食事を済ませ8時過ぎ、庭のテーブルで、泡盛を飲んでいると、民宿の20代半ばのカップルが2組散策がてら、ぶらりと入って来た。 東京と島を年間半々生活してる私を見て、うらやましい。自分の両親にもそのような生活をしてもらいたいと、話していた。 親父は定年になるの楽しみにしていたが、いざ定年になると、朝から晩まで夫婦角突き合わせで、些細な事で、口争いが絶えないという。 若い内は朝昼晩喧嘩するが、朝昼晩セックスをすれば、仲直りができる。 歳をとるとセックスの数が追いつかず、なかなか仲直り出来ないというと、おじさんのいう事は的を得ていると、おおはしゃぎだ。 世間話をしていると、同じ民宿の泊まり男客が2人、話につられ、ぶらりと入ってきた。 一番年上だと思われる、30歳くらいの男の言動がどうも気になる。 自分は1度も仕事をした事がない、フリーターである事を自慢している。 態度や言動から見て、どうも軽過ぎる。 スタイル格好そのものは普通の十人並みだが、男として結婚をしようとか、そういう感覚は全く無いようだ。 東京の文京区に親と同居しており、どうも生活するのには困らないようだ。 文京区あたりは東京のど真ん中で、そこに親の代から生活しているという事は、土地なり資産があるだろう。 当然あくせく働く必要もなく、十分食べるくらいの収入があるだろう。 が、しかし男として考えると軽すぎる。 ティッシュペーパーがふらふらしているようなもので、ちょっと風が吹けば舞い上がり、己をコントロール出来ないような、あまりにも軽い幼い感じすら受けるのである。 ひかるの息子は40才、子会社、下請会社を数社使いこなしバリバリ働いている。 今の時代はどうだのこうだのと、親父に説教するくらいのバリバリ、毎日が充実しているようだ。 軽い男に言い聞かせる気などさらさらないが、つい経験した犬の糞物語を話してやった。 ひかるは高校卒業と同時に、周囲12キロ海抜12メータという、日本の南端の小さな島から、着のみ着のままで上京した。 昼間は必死で働き、夜学の後テレビ界へ就職した。 その時知り合った東京生まれの東京育ち、江戸っ子の彼女と出会う事が出来た。 結婚の約束をし、相手の親の所へ挨拶に行くと猛反対だ。
2026年4月23日木曜日
f1142 大量出土
この島で、妙な貝が、大量に出土した。巻貝ではあるが、大きさがサザエの数倍あり、ホラガイとはまた違う、形そのものは、サザエオバケみたいな貝だ。 ところがその貝には、どうしても人工的としか思えない、穴が一つ空いている。 この貝はひかるが子供の頃、60年前には一度も見たことがない。 古老に聞くと、自分もその貝を見たことも、食した事もないという。 しかし、大量に出土したということは、100年、いや200年前、この貝はこの島の周りに、大量にいたと思われる。 シャコ貝と同じぐらいの出土量があるから、かなり生息していたと思われる。 シャコ貝は60年前、足の踏み場もないくらいリーフやリーフの上にはおり、この貝だけは誰も見たことがない。 疑問は、人工的に開けられたと思われる穴だ。 穴のことを古老に聞くと、話には聞いたことがある。 貝に穴を開け、石にゆわえ付け、海中に放牧?していたという。 目の前は太平洋、魚介類はいくらでも採れるのに、恐るべし、いにしえのこの島人は養殖方式を採用していたのだ。小さな貝はなくほとんど大きさが統一されている。 昔は、電気や冷蔵庫もなかったので、祝い事や大事なお客をもてなすとき、放牧?していた、貝をとって来、目の前で、新鮮な料理でもてなしたという。 なるほど、と感心した。 いにしえの島の人たちは、海で貝を放牧?し、必要な時に必要な量、新鮮な料理をし、心豊かに味わっていたのだな。 私も閃いた。 今度は、シャコ貝に、ドリルで穴を開け、テグスで石にゆわえ、必要な時だけ、新鮮なシャコ貝を食べよう。 南の島、夕陽を眺め、新鮮なシャコ貝、貝柱、泡盛を片手に、至福の時間だ ! 調べたら、この貝は学名、夜光貝で、太古の昔、中国王朝の漆器などに使われ、とんでもない高価で取引されていたと言う。
f1164 ヤギの乳
子供が生まれても、昔は栄養が行き届かず母親の乳が出ない場合が結構あった。 勿論、ミルクは無く、冷蔵庫も無い時代。 そこで、ヤギの乳を頂く事になる。そうやって島の子供達は育ったのである。 ひかるも母に3軒の家からヤギの乳を頂いたという。 だから、3軒の家のヤギ様には感謝しなさいよといわれた。 よって恩返しの為、物心ついた時からヤギを飼わされ、一生懸命ヤギの草を刈ったもんだ。 そしてその3軒の家に子供が誕生した時には、私の飼っていたヤギの乳を恩返しするという事だ。 ひかるがこうやって生きていられるのも、ヤギ様のおかげで神様だ。 ひかるの神様は、ヤギ様である。 領土で中国と揉めている魚釣島、野生のヤギが生息しているがこの地区の人が昔住んでいた。 だから女性が居てヤギを同伴させた証である。 皆さん無人島で住む場合、女房とヤギはセットだぞ。 必ずヤギ様もオス、メス同伴が条件。不滅の鼓動だ! ある小雨の日、牧場をやっている青年が我が家へ来、のんびり喋っている。 牛の草は刈ったのか、と聞くと牛は濡れた草は、食べないという。 ??? それでは雨が降った日はどうするんだと聞くと、干し草を食べさせるとの事だ。 初めて聞いたが、牛は苅った草、どんな新鮮な草でも、雨に濡れていると食べないという。 枯らした草、干し草なら、雨に濡れても食べるとの事だ。 勿論、生えている草なら、雨に濡れていても食べるが、苅って雨に濡れた草は刈りたて、新鮮な草でも食べないという。 本当なのだろうか? この島の牛だけが贅沢な生活をしているのか? なんで新鮮な草でも、雨に濡れたら食べないのだろうか? 生えた、雨に濡れた草は食べるのに? 不思議である。 他の島の牛飼いさ〜ん、教えて・・・ 島のじいさんが、おしゃべりにきた。 泡盛とサバの缶詰で飲んでいると、ハエがうるさい。 このハエ何とかならないのかなぁというと、8時半まで待てよという。 訳を聞くと、ハエは8時半になると就寝の時間だという。 言われてみて初めて気がついたが本当に8時半になると、ありゃりゃ、ハエがピタリといなくなった。 島のハエは夜8時半就寝だそうだ。 島の人達は行動時間が夜型だ。 9時10時から平気で飲み歩く。 ハエの時間を考え行動をずらしているのだろうか? 島での生活、色々と頭を使う。 南の島の夜は開放的だ。
f1162 トウージ
この島の方言を見ていると、突然変異みたいな訳の分からない方言が時々出てくる。 豊年際にハーリー競争が昔からある。その船のかじ取り役は重要である。 かじ取り役のことを島の方言では、トウージーという。 なぜかじ取りが、トウージーなのか? 日本の言葉でいうと、統括、統治に当たり、つながるのではないかと思う。 統治が、トウージーになったのではないだろうか。 その昔、この島には、あまりものを書くという習慣がなかったのに不思議である。 昔から続くこの島のハーリー競争は、かじ取りが絶対の権限を持っており、完全に統括している。 言うなれば統治者が、トウージーになっているのだろう。 また女房、妻を、なんと言うかというと、トウージーのハイホンを2つとった、「トゥジ」と呼ぶ。 トゥジ(妻)は、家庭を賄い、やりくりする、言うなれば、家庭の統治者だ。 よって、トゥジと言われるのは、当たり前である。 友人のことを、島の方言では、ドゥシ、と言う。 友達という、複数、総称する場合は、普通、島の方言では、ERがつくが、この友人には、それが付かない。 友達は、ドゥシンキ、という。 この友達という、ドゥシンキは、他の方言と共通しない、変わり種だ。 この言葉がどこから来たのかわからないが、もしかすると、アフリカの山奥で、友達のことをドゥシンキ、というような所があるかもしれない。 渡り鳥が、その言葉をくわえ、島へポコリと落としていったかも? 種子が島で根付き、しっかり島の言葉になったような気がする。 友達の、友達は、みな友達だ。 ドゥシンキの、ドゥシンキは、みなドゥシンキだ。
f1157 死なすぞ!
島で生活してると時々、言葉遣いや表現に、あれれ?、と感じる事がある。 話の中で冗談に、殺すぞ! 、あるいは殺されるぞ!、 という言葉が出てくるはずだ。 島の人の表現では、それは、死なすぞ!、死なされるぞ!、と言う表現になっている。 何んでそんな表現になるのだろうかとよく考えると、殺すぞ!、殺されるぞ!という表現には、頭をブチ割られ、非常に残忍で残酷なシーンが先に浮かぶ。 その点、島の表現では、そのような残忍残酷さは抑えられる。 島の人達がもともと心根が優しい、穏やかであるから、残忍なシーンを連想するその言葉は使い辛いので、自然に言葉が変換されて出てくるのである。 島の人は素晴らしい、とつくづく感じる日々である。 マスコミでは子供が親を、あるいは兄弟、家族を残忍な残酷な殺人報道が多い。 皆さん、夫婦喧嘩、親子や家族喧嘩の中で、知らずに、殺すぞ!とか、殺してやりたい!とか、そのような言葉が日常、ポロリと出ているのではないだろうか。 子供は親の背中を見て育つ、何時の間にか親や周りに、そのような残酷な言葉が飛び交うのを聞き、精神的に残酷なシーンが受け入れられているのではないだろうか。 喧嘩等、興奮してる時に、周りへの配慮は難しいだろうけど、普段から言葉の使い方、表現の仕方に心配りが必要ではないだろうか。 子供は親の背中を見て育つ! 親の言葉を聞いて育つ! 気をつけよう・・・ 以前、民宿のヘルパーをしていた27歳前後の女がいた。 父親は公務員だと言う。 南の島へ行った切りで、心配だっただろう。迎えに来た。 今日は子牛のセリで、見に行くと帰ったはずのその子が牧場へ泊り込み、牛飼いをやっていると言う。 親が許さないだろう、と言うと、ミーラ取りがミーラに成ったのか、父親はこんな良い島は無い、とたびたび訪れると言う。 よく聞くと、他にも牧場に泊り込み、牛飼い女が3人もいると言う。 彼女は大学も出ており、丸の内でキラキラ輝くキャリヤウーマンとしても通用する頭脳明晰、牛飼いがそんなに魅力的なのだろうか、訳が分からなくなった。 160頭もの子牛がセリに出され、70万円前後の値が付いていた。 あすは神戸牛か松坂牛か。 子牛と別れる牛飼い女の目に涙、印象的だった。
2026年4月22日水曜日
f1155 北海道のおばちゃん
島の民宿では夕食後、泡盛がただで振舞われる。 中庭の大きなテーブルで、星空を眺めながら、お互い自己紹介をし観光客は談笑。 ふらりとその輪の中へ入っていくと、島の人だという事で話を聞きたく、周りに集まってくる。 北海道から来たという、60歳過ぎのおばちゃんが、早速、隣へ割り込んできた。 きれいな星空、空気がおいしい、生まれて初めての体験だと、かなりハイになっている。 こんな素晴らしい島で生活出来たらいい。なんとか移住したいので、土地を譲ってくれる人はいないか、との相談だ。 出来ない事はないと言うと積極的に色々な質問をしてきた。 話の内容から、かなり融通の利かない教員か公務員上がりのガチガチな堅物の類、箱入りババーだ。 こんな人に土地を分ければ、住民と間違いなく争いを起こす。 島の人達はテーゲーグワーで、いい加減と言うかあまり小さな事にはこだわらず、のんびり生活をしている。 島人と争いをお越し、後々嫌な思いをするので、この人の相談にだけは乗らないようにしようと心に決めていた。 その内、ひょんな質問をしてきた。 この島に、蜘蛛はいるのですか?・・ はぁー? と思わず聞き返す。 蜘蛛はいっぱいいるし、毒は持ってないが森へ行くと大きなやつもいるよ、と言うと、ギヤアーと血相変えた。 蜘蛛は嫌いどころか糸が体に触れただけで蕁麻疹が出来ると言う。 民宿のベランダでも糸を張っているし、島を散策すると間違いなく糸に触れるよ、と言うと顔面蒼白、わざと嫌がる事を言って脅かしているのではないかと、毛嫌いするというか嫌悪感あらわに出し、睨み付けている。 芯から蜘蛛が嫌いで、アレルギーのようだ。 隣にいるのも嫌になっただろうか、席を移していった。 その話を聞いていた他の観光客が、そのおばちゃんを説得。 日本全国蜘蛛のいない所はない。あなたは、まかり間違っても田舎暮しなど、考えないほうがいいと言われ、渋々納得したようだ。 このおばちゃん、島で連泊するつもりだったらしいが、翌日、早々に引き払ったと言う。 次は西表島観光だと言っていた。あの島は、毒はないが、大きな蜘蛛がもっといっぱいいる。 デッカイ蜘蛛が首に貼り付き、アワを吹き吹き、失神する姿、目に目えるわ・・ その人は北海道だと言う。 おーい北海道〜 蜘蛛いないか??
111 人生最後のゴール
三高流行の今時、しっかりした考え方に感心させられました。 確かに三高に越した事はないはずですが、世の男性に求められているのは外見や条件よりも、その人の持てる内面的な考え方や個性、生き方ではないだろうか。 夢を語り人生を語り、一緒になって人生ドラマを築き上げて行こう、と真剣に取り...