投資した金は半分に減ってしまったのである。 それからというのは、親からもらった財産を半分に減らした分を、なんとか元に戻すと、更にお金に対する執着、そして呪縛は、日を増すにつれ、膨らんで行った。 とうとう60を過ぎても結婚出来なかったのである。 それでもまだ五億くらいの金は背負っていたので、もうお金の事は諦めろ。 老後を楽しく過ごそう、と言ったが全く聞く耳を持たない。 母親も亡くなり、これから先、自分が死んだらこの財産、どうなるのだろうかと不安がっている。 また若い時、金に任せ女遊びと酒を飲んで肝臓まで患ってしまい、不安な毎日を過ごしているそうだ。 ちなみに、渋谷で億ションを買って遊び呆けていた姪ご達、中山家の人達は誰一人として子供が出来かったそうだ。 金に狂った一族だと言わざるを得ない。 ひかるはアパートを転々とし、引っ越し貧乏を繰り返していた。 仕事が忙しく、徹夜の連続か午前様で、朝は子供達が目覚める前に、出社する。 子供達が、父親を怖がり近寄らない状態。 あまりの貧乏さに、ある時女房が怒鳴りつけた。 貯金が4万円しかない、これからどーやって生活する! どうせこれからも母子家庭に間違いない。 貴方等いない方がいい、出て行け! と怒鳴ったのである。 貴方等、貧乏王国へ行けば即大統領になれる、素晴らしい人だ。 もうこんな生活はイヤだ! それでもひかるは、コツコツと働きに働き続けた。 子供達にも、祖父母の存在は必要だろうと考え、女房の実家とも丁重に頭を下げ、和解した。 女房の実家側からすれば、最初に沖縄という、想像出来ない所の人間で、まず拒否感が出たのであろう。 それなりに家庭を守り、またテレビ業界での仕事ぶりは、大きな評価を得て、塩を撒き付けたはずの男が、何時の間にか神棚に上げられるような大変な信頼ぶりである。
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2026年4月23日木曜日
f1156 強制移住
南端に浮ぶ周囲12キロ、ハート形の黒島には遠い昔、溢れんばかりの人口があり、一大文化圏を形成していたという説がある。 ある説によれば、人口1万人はいたであろうという人もいる。 真意の程は定かでないが、1700年、鳩間島へ60人が強制移住、3年後には更に500人が強制移住させられたという記録が残っている。 その記述が本当ならば、黒島の住人は千人や二千人ではなく、一万人説もおかしくない。 それ以降も石垣島等へかなりの人が強制移住させられたという。 1500年代から600年代にかけて、日本では武士が勢力争いをしていた頃、この島は幸せで豊かに、文化を謳歌した人達がいたと思われる。 島には、特に豪族らしきものは無い、また貨幣なるものも見当たらない。 人々は物々交換、海から獲れる膨大な魚介類、御嶽を中心にお互いの門中が、仲良く生活していたと思われる。 島には墓は有るが、お寺は一軒も無い。法事は自宅で親族同士で行う。御嶽は健康子孫繁栄、豊作祈願の太陽崇拝の場で、親族同士が門徒である。 島には人が溢れ、耕作地を岩の上まで広げたという、その痕跡は今でも残っている。 岩の上に出来る作物など、あるはずがないと思って、古老に聞くと、事もなげに粟なら十分作れるとの事だ。 言われてみれば60年前、島には粟が野生化し、野生のウズラがたくさんいた。 ウズラの卵、仕掛けでウズラを捕らえて食した事を思い出す。 また、御嶽は今でも十数カ所残っている。直径2キロちょっとの島に、本土では考えられない十数カ所の御嶽の跡が残っている。 沖縄本島にある御嶽は、久高島に島々を作った神様が降り立ったという事で、久高島を向き、御嶽信仰が行われているという。 しかし450キロ離れたこの島には、そのような信仰は無関係のようだ。 理解出来ないのは、島の十数カ所の御嶽は、それぞれ方向がバラバラで、統一されていない。こんな小さな島で統一されない疑問、不思議である。 御嶽は本土でいうお寺みたいな存在だが2キロ前後の空間に、これ程のお寺なり、御嶽があるような地区はないだろう。 この島を調べていくと、不思議な事だらけだ。
f1163 ヤギ様
南の島々には、ヤギを飼育しており、ヤギ汁は生活に欠かせない。 そして必ずと言っていいくらい、そこにはヨモギが入っている。 ヤギ汁は血圧を上げる、ヨモギは血圧を下げる効果があるとの事。 だからこの組み合わせは、どこの家庭でも行われている。 古老に聞くと、ヨモギは、サギグスイ、下げ薬と呼んでいる。 昔の人はよくぞ血圧計もなかっただろうに、どうやってそのような組み合わせを考えたのだろうか。 南の島には、色々な不思議が一杯だ。 この島の人達は昔、牛肉は食する風習は無かったが最近では牛肉を食べる機会が多い。 やはり、その時も牛汁にはヨモギを入れて食べる。 島の人達は知らないところで、健康管理が出来ているようだ。 ちなみに、ヨモギは野生でどこにでも生えている。 東北人はおしんこを多く食べ、塩分を取り過ぎ、高血圧で寿命が短いと聞く。 庭先にヨモギを植え、利用するといいかも。沖縄の長寿はヨモギのせいかも? 南の島でヤギは重要な存在である。 人間をはじめ全んどの動物は、生きていくのに水を必要とする。 しかし、ヤギは川がなくても水の無い所でも何ら問題なく生きられる。 八丈島の手前に、周りは崖で人が住めない無人島があるが、(鬼界島?)そこには、かなりのヤギが野生化して育っている。 勿論無人島で、川も無く水溜まりや雨水を溜める容器も無く大雨が降ってもサンゴ礁の島は即地下水に成りヤギの飲み水は無い。 生涯水を飲まなくても草を食べるだけで問題無し。ヤギの生き延びる力は半端じゃない。 この黒島では昔、妊娠すると出産日を計算。 まず妊娠してるヤギをどう確保するかが、大きな問題だ。
f1166 田舎者
当時、沖縄は日本国ではない。米国統治下でパスポートを持っており、ましてやひかるの生まれ育った島など、日本の地図には載っていない。 彼女の実家は、代々手広く卸問屋をしており、嘘かまことかは分からないが、皇族にもつながる由緒ある家だと言っていた。 そんな家柄が、ひかるみたいな見た目も格好も田舎者。ましてや沖縄とパスポートとなると、反対するのは当然だ。 座布団を投げ付けられ、しまいには塩を捲かれるありさまだ。 生まれて初めて他人さまに馬鹿にされ、コケにされる屈辱感は半端じゃない。 当時、沖縄生まれでパスポートを持っている。自分でも劣等感は感じていたが、それをもろに罵られると、人間の感情は火に油を注ぐようなものだ。 こんな人間、生きている価値がない・・ぶっ殺してしまえ!それくらい憤りを感じた。 しかし故郷で、今日もヘラで草取りに汗を流し、爪に火を灯して生きる両親の事を考えると、息子が東京へ出て殺人を犯した、なんて白い目で周りから見られて生きるのは、あまりにも酷だ。悔しくても、侮辱されても、頭を下げ続けたが、結果的に、許してもらえなかった。 彼女が、親兄弟、親戚含め全て縁を切り一緒になる、と言ってくれた時は、涙が止まらなかった。 ひかるは一生、彼女を路頭に迷わす事はすまい、と心に誓って新婚生活をスタートさせた。 新婚当時、女房の友達を含め7、8人、同年代の仲間でよく飲み食いをした。 その中に一人、独身の中山学がいた。 学はとんでもない男で、十数億もの資産を持ち、自由が丘の邸宅住まいだ。 外国製のカマロだとかいう、訳の分からない外車を乗り回していた。 日本の車は、ドアを閉めた時の音が軽すぎる、といって重厚なドアの音のする外車を次から次と乗り回していたのである。 親父を早くに亡くしており、母と2人の生活だ。 邸宅へ誘われていったが、庭には外車を4台収納出来る車庫があり、門の横には鉄格子で囲った、立派な犬小屋だ。 ひかるの三畳一間の生活、犬以下だ。 この犬がまたデッカイ、3匹もおり、人間なぞひと噛みで殺しそうで、それこそ血統書付のいい犬だという。 家の中へ入ると、そこにはまた、青い眼をした、ペルシャ猫だとかなんとか言っていたが、これまた血統書付の高級な猫だというのが3匹ほど、母親が可愛がっていた。 家のなかの家具や調度品は見た事もない、皇族のお宅ではないかと思われるようなしつらえだ。 泊まっていくようにと勧められ、泊まった。そこには全く見た事もない、そのために作らせたのかと、思われるような本棚があり、そこには、とんでもない百科事典等が、びっしり収まっている。 母親は上品な女性で、何人かのお手伝いを雇い、家の中や庭等、綺麗に作り上げていた。 なんで金があるのかと聞くと、学の祖父は次男ではあったが、長男を手伝い、その昔造園業をやっていたという。 貯木のため、原っぱだった土地をかなり持っていたので、兄貴に分けてもらったとの事だ。 その土地は自由が丘、あれよあれよという間に値上がりし、手が付けられない程の大金が転がり込んできたという。 本家の姪達は、20歳前だと言うのに二十億もの資産を相続、渋谷駅近くに億ションを購入し、優雅に遊び呆けているとの事だ。
f1167 新婚生活
ひかるの新婚生活、女房の実家に猛反対され、それこそ三畳一間、電化製品ひとつない、貧乏どん底からのスタート。 木造で、廊下は歩くとミシミシ音がし、トイレはポットン便所の安アパート、夫婦で共働き、やっと家賃が払えるという生活。 東京で家賃が一番安いアパート。当時アパートには沖縄出身者の入居お断り看板が出ていた。 沖縄名字のひかるは当然パスポート保持者。 ひかるはテレビの世界で仕事をしていたが、当時は白黒放送で、給料など一般の企業の社員に比べられない、どん底生活であった。 ボーナスが入ったら洗濯機を買おう、その次は冷蔵庫、テレビと夫婦で夢を描き、必死で働いていた折、学が自由が丘に五階建ての賃貸しマンションを建てたので、管理人をしてくれないか、との話。家賃は無しとの話だったので、これ幸い飛びついた。 ただほど高くつくものは無い。この管理人の仕事、とんでもない結果を生む事になる。 当時マンションという言葉は、聞き慣れない言葉で、走りだったのである。 家賃も高かったので、入居者はハイクラスの人ばかり。有名な銀座の老舗ビルの息子夫婦だとか、新宿の高級クラブのママさんだとか、自他共に金持ちと認じる人ばかりである。 そういう人達から見ると、明らかに若くて、家賃の出ないマンションの管理人をやってる人間なんぞ、見下げた貧乏人に見えたのだろう。 隣人同士のいざこざ、上下階のいざこざ、トイレが詰まっても管理人の責任だとか、やたらめったら無理難題を押し付けて来る。 下の階からの焼き肉の匂いを、あれは我が家に対するあてつけだ。なんとかしろ、と言ってくる。 とうとう女房が、初めての子を流産してしまった。住人は流産した事を知っているが、優しい言葉をかける訳でもない。 貧乏人など子供を作る資格がない、と言わんばかりに輪をかけて自分たちの争い事を管理人に押し付けてくる。 金持ちなら、心豊かに周りに温かい目、優しい言葉がかけられるものだと思ったが全く逆だ。 金持ちは、人間としての情が金に奪われてしまうものだ、としみじみ感じた。 その後、妊娠をしたので出る決心をし安アパート生活に戻った。 数年後、学が35歳になった頃、母親から嫁探し、お見合いの相手を見つけて欲しいと頼まれた。 友人の為と思い、あちこちに声をかけ、二度も見合いをさせたが成立しなかった。 相手はなんの非の打ちどころもない。素晴らしい女性で、成立しないという事はおかしい。 本人を捕まえ、とことん本音を聞いてみるとびっくりした。 女は自分の背負っている金、財産が目当てだ。 そんな女に子供が出来、子供にまで財産を持っていかれるかと思うと、どうしても決断が出来ないという。 お金の亡者、呪縛に縛られた人間の頭の中というのは、そういうものか、と呆れ果ててしまった。 以後、ひかるは二度とお見合いの段取りはしかかった。 周りの友人も、同じ経験をしているから、誰一人として学に結婚を進める人はもういなくなった。 学はゴルフが好きで、金に任せゴルフ場の会員権を北海道から九州迄くまなく買いあさっていた。 先行投資で、いずれ倍、倍になると自慢していた。 事実、ある程度倍くらいにまでなったようだが、しかしバブルがはじけてしまった。
f1165 軽い男
食事を済ませ8時過ぎ、庭のテーブルで、泡盛を飲んでいると、民宿の20代半ばのカップルが2組散策がてら、ぶらりと入って来た。 東京と島を年間半々生活してる私を見て、うらやましい。自分の両親にもそのような生活をしてもらいたいと、話していた。 親父は定年になるの楽しみにしていたが、いざ定年になると、朝から晩まで夫婦角突き合わせで、些細な事で、口争いが絶えないという。 若い内は朝昼晩喧嘩するが、朝昼晩セックスをすれば、仲直りができる。 歳をとるとセックスの数が追いつかず、なかなか仲直り出来ないというと、おじさんのいう事は的を得ていると、おおはしゃぎだ。 世間話をしていると、同じ民宿の泊まり男客が2人、話につられ、ぶらりと入ってきた。 一番年上だと思われる、30歳くらいの男の言動がどうも気になる。 自分は1度も仕事をした事がない、フリーターである事を自慢している。 態度や言動から見て、どうも軽過ぎる。 スタイル格好そのものは普通の十人並みだが、男として結婚をしようとか、そういう感覚は全く無いようだ。 東京の文京区に親と同居しており、どうも生活するのには困らないようだ。 文京区あたりは東京のど真ん中で、そこに親の代から生活しているという事は、土地なり資産があるだろう。 当然あくせく働く必要もなく、十分食べるくらいの収入があるだろう。 が、しかし男として考えると軽すぎる。 ティッシュペーパーがふらふらしているようなもので、ちょっと風が吹けば舞い上がり、己をコントロール出来ないような、あまりにも軽い幼い感じすら受けるのである。 ひかるの息子は40才、子会社、下請会社を数社使いこなしバリバリ働いている。 今の時代はどうだのこうだのと、親父に説教するくらいのバリバリ、毎日が充実しているようだ。 軽い男に言い聞かせる気などさらさらないが、つい経験した犬の糞物語を話してやった。 ひかるは高校卒業と同時に、周囲12キロ海抜12メータという、日本の南端の小さな島から、着のみ着のままで上京した。 昼間は必死で働き、夜学の後テレビ界へ就職した。 その時知り合った東京生まれの東京育ち、江戸っ子の彼女と出会う事が出来た。 結婚の約束をし、相手の親の所へ挨拶に行くと猛反対だ。
f1142 大量出土
この島で、妙な貝が、大量に出土した。巻貝ではあるが、大きさがサザエの数倍あり、ホラガイとはまた違う、形そのものは、サザエオバケみたいな貝だ。 ところがその貝には、どうしても人工的としか思えない、穴が一つ空いている。 この貝はひかるが子供の頃、60年前には一度も見たことがない。 古老に聞くと、自分もその貝を見たことも、食した事もないという。 しかし、大量に出土したということは、100年、いや200年前、この貝はこの島の周りに、大量にいたと思われる。 シャコ貝と同じぐらいの出土量があるから、かなり生息していたと思われる。 シャコ貝は60年前、足の踏み場もないくらいリーフやリーフの上にはおり、この貝だけは誰も見たことがない。 疑問は、人工的に開けられたと思われる穴だ。 穴のことを古老に聞くと、話には聞いたことがある。 貝に穴を開け、石にゆわえ付け、海中に放牧?していたという。 目の前は太平洋、魚介類はいくらでも採れるのに、恐るべし、いにしえのこの島人は養殖方式を採用していたのだ。小さな貝はなくほとんど大きさが統一されている。 昔は、電気や冷蔵庫もなかったので、祝い事や大事なお客をもてなすとき、放牧?していた、貝をとって来、目の前で、新鮮な料理でもてなしたという。 なるほど、と感心した。 いにしえの島の人たちは、海で貝を放牧?し、必要な時に必要な量、新鮮な料理をし、心豊かに味わっていたのだな。 私も閃いた。 今度は、シャコ貝に、ドリルで穴を開け、テグスで石にゆわえ、必要な時だけ、新鮮なシャコ貝を食べよう。 南の島、夕陽を眺め、新鮮なシャコ貝、貝柱、泡盛を片手に、至福の時間だ ! 調べたら、この貝は学名、夜光貝で、太古の昔、中国王朝の漆器などに使われ、とんでもない高価で取引されていたと言う。
f1168 子孫
投資した金は半分に減ってしまったのである。 それからというのは、親からもらった財産を半分に減らした分を、なんとか元に戻すと、更にお金に対する執着、そして呪縛は、日を増すにつれ、膨らんで行った。 とうとう60を過ぎても結婚出来なかったのである。 それでもまだ五億くらいの金は背...