2026年9月28日月曜日

192 瓶拾い

 

結婚をさせ、子供でもできれば、元の明るい子に戻るだろうと、石垣島の知人に相手を紹介して欲しいと依頼した。

五歳年上の健一という男とお見合いをしたが、抜け殻のようになった明子は、親の言うまま結婚。

健一の仕事は、船の荷役という日雇い労働者だ。

当時は重機がなく、男どもが蟻の如く沖縄本島行きの船へ荷物を乗せ降ろししていたのである。

明子との間には、子供ができなかった。

それもあったのか、荷役の仕事は、船の出港が午前中のため、朝早く仕事に出かけ正午頃には自宅へ帰るが、酒浸りとなった。

この島にはパチンコなどなく、暇を持て余してどうしても酒に手が出るのである。

酒に酔うと言葉の暴力、物を投げ、手まで出す始末。

健一の妹がやはり子供もできず、出戻ってきて姑にいびられる。

挙げ句の果ては、健一が外の女、良枝に子供まで生ませてしまった。

良枝は石垣島生まれで、健一の家族も顔見知り、臆面もなく、しゃーしゃーと子供連れで出入りするようになった。

明子は女中以下の扱いだ。

健一は、酒を飲み過ぎたのか、肝臓を患い、五十七歳で他界してしまった。

健一の両親は、他所の女に産ませた孫を可愛がり、その女は堂々と出入りする。姑にはいびられる。

収入がないので、近所の空き瓶を拾い、それで生活するような、困窮を極めた生活となった。

リヤカーも買えない、天秤棒の前と後ろに、カシガー袋(大型土嚢袋)で空き瓶を拾い回り、天秤棒担ぎをしている姿を島の人に見られてしまった。

親父は、強引に乗り込み島へ連れ戻した。

明子五十二歳の時である。

不幸はどこまで追いすがるのか、母は病に倒れ、一年後に他界、父もまた後を追うように翌年他界した。

不幸は更に追いすがる、古い家もまた台風で吹き飛んでしまったのである。

本当の家無し、施しを受ける身となってしまったのである。

建て直す金などあるはずがない。

近所の人が廃材となったトタンを集め、やっと一人が生活出来る、掘っ立て小屋を建ててくれた。

電気代を払う金もなく、ランプ生活。

プロパンガスとて無理、土間で薪を拾い煮炊きする生活だ。

あまりにも惨めな物乞い生活であった。

191 真っ赤っか

 

明子は中学生の頃、テニスに打ち込み地区代表として県大会まで出る程の腕前。

それがまた親父の誇りで、みんなの人気者だった。

明るくて元気な明子、昭二もほのかに思いを寄せていた。

誰にも触れさせたくない存在、とうとう夜這いに及んでいたのである。

先輩が伝授した通り、身をかがめ、こっそり家の裏へまわる。

そして物音一つしないよう、明子の寝ている裏座の戸を、やっと入れるくらいの隙間を開ける。

島の家の造りは、一番座、二番座があり、必ずと言っていいほどその裏に裏座がある。

そしてその裏座はまた、必ずと言っていいくらい外へ出入り出来る構造になっている。

初めての夜這いで、昭二の胸は高鳴り、破裂しそうである。

しばらく目を暗闇に慣らすため、じっとうずくまっていると、なんと明子は大胆なポーズで寝ている。

その姿を見た瞬間、昭二の頭は真っ赤っか。全ての思考力はすっ飛んでいた。

昭二は夕方森で出会い、今夜自分が夜這いに来ることを予測し、待っていてくれたのではないか、昭二にはそう思えるポーズ。

ぶるぶる身震いしながら少しずつ近づいていった。

その時、襖が五センチほどそっと開いたのであるが、人生最高潮、絶好調に興奮しまくっている昭二は、まったく気がつくはずがない。

ふっくらと盛り上がった明子の乳房へ手がかかる瞬間。

予告なし、稲妻なしの突然の落雷!

「こらあー!」と親父の怒鳴り声、天井がスピーカーのコーンとなり爆音が部屋中に響き渡ったのだ。

昭二はそれこそ、失神しかねない驚きだが、抜けた腰でも、とにかく逃げた。

隙間にしこたまぶつけたが、抜け出し、東から回って逃げようとすると、親父が先回りし、泥棒、泥棒と言って通せんぼ。

身を翻し西側から逃げようとすると、今度は母親が、棒を振りかざし、泥棒、泥棒と叫び、挟み撃ちになってしまった。

しからば、石垣をよじ登って逃げようと飛びついたが、酔いがまわっていたのか、すんでのところ石垣の上で親父にズボンの裾を捕まえられてしまった。

ヤモリなら尻尾を切って逃げるが、へばりついたまま、母親は棍棒振りかざし、恐ろしい形相で、ことあらばと一撃態勢、身動き出来ない状態。

後手にねじ上げられ、家の中に引きずり込まれた。

そして両手を後手に、柱に縛りつけられてしまったのだ。

普通なら説教をし、謝れば解き放つのだが、かわいい一人娘を狙ったにっくき男、親父は気がすまない。

夜が明けると、村中の人に「大泥棒を捕まえたから、顔を見てやってくれ」と振れ回ったのだ。

隣村からも見物に来、秀雄や久雄などまでがドジしやがったなとニタニタ見物、これ程の屈辱は無い、という晒し者。

親が謝り解き放たれたが、昭二は外にも出ずこもりきりだ。

自殺しかねない、見るに見かねて、次男の昭二は島からこっそり逃げるように出た。

着の身着のまま、見送る人もない。

以後の行方は親兄弟、誰一人として知る者はいない。

以後、あれ程明るかった明子は、ふさぎ込んでしまった。

190 作法

 日本の南端、この黒島ではその昔、夜這いは日常の出来事で、公然と行われていた。

もちろん夜這いが成立するには、お互いがある程度、好意を持ち、受け入れられていたのである。

昭二は二十歳。隣村に住む十八歳の明子に、ほのかな想いを寄せていた。

夕陽が真っ赤に沈みかけた頃、隣村との間にある森へ、牛の草刈りに出かけた。

その森へ明子もまた、薪拾いにきていた。

二人は森の中で、出くわしたのである。

明子の素振りも決して昭二が嫌いと言う訳ではなく、好意を持っているかに見えた。

明子は流行歌を口ずさみ、さも楽しそうに嬉しそうに薪拾いをしていた。

声をかければよかったのだが、昭二は寡黙で気が小さく、そのまま別れてしまったのである。

夜は村の中心にある大きなガジュマルの下で先輩たちは、三々五々、集まって酒を酌み交わす。

昭二は先輩たちと一緒に飲んでいたが、話題が夜這いの話で盛り上がっていた。

「おい、中里村の明子はよ、今一番いい。熟しているぞ、誰が夜這いをかけるんだ」

他の先輩が「中里村の秀雄がよ、あの子に気がある。近々間違いなく夜這いをかけるはずだぞ」

「お前ら甲斐性なしだな、この村から先に夜這いかける奴いないのか。久雄、お前度胸ないのか」

久雄は「やってもいいかな」と打診をし、乗り気になっている。

「親父の行動を注意しろ、力仕事で疲れ果てぐっすり寝込んだ夜をねらえ」

この空になった二合瓶に水を入れ、戸走り(とばしり)をたっぷり濡らし音が出ないようにする。 

など、久雄に夜這いの注意点をこと細かに伝授しているのである。

昭二は、決して明子はこいつらの夜這いを受け入れないだろう、と期待しながらも、もしかして夜這いに耐えられない明子の姿。

不安と動悸が膨らんでいった。

ある先輩が自慢げに語り出した。

俺が夜這いをかけた時、布団からそっと足元に忍び寄ったが、相手は男だった。

その娘は弟と一緒に寝ていたのだ、その日は失敗に終わった。

そこで運動会の夜、弟がぐっすり寝ている時に夜這いをかけたら、大成功。

あの娘はよかった、おいしかったぞ、と色々と自慢話をし煽り立てている。

夜這いの話、明子の話題で、その晩は持ちっ切りだった。

昭二は、寝ようとしたが、夜這いの話が頭にこびりつき、久雄の夜這いに屈する明子の顔で、悶々と寝られなかった。

夜中の三時、特に意識した訳ではないが、いつの間にか明子の家の近くをうろついていた。

周りはどの家も真っ暗闇で寝静まっている。

先輩の、早くしないと他の奴らに夜這いをされるぞ。

その言葉が頭の中で、エコーとなって止まらない。

188 古井戸

 M氏は20年前、20代の時に、黒島に遊びに来た。

ちょうどその頃、島の人が民宿をしていたが、閑古鳥が鳴き、つぶれかかった一軒の民宿を自分が借り切るような形で、経営を引き継いだ。

島の人が民宿をやると、島料理ばかりであったり、虫がいても気にしなかったり。

といった島特有の無頓着さが観光客には敬遠され、なかなか繁盛しなかったのである。

M氏はかれこれ15年間コツコツとリピーター客を増やした。

そして嫁さんも迎え、子供もでき、いよいよ自分の民宿を建てる計画を実行に移した。

土地を確保し、整地していると、どうも古井戸らしいものが出てきた。

昔、プラスチックがない時代、飲料水を溜める容器がなく、瓶に溜めるが家族が多くなると貯蔵は大問題。

井戸水は海が近いので干潮や満潮に関係するが、食器洗いや洗濯、島生活、生きるためには絶対必要だった。

誰かが埋めた跡が残っていた。

村の古老に話を聞くと、確かにここには以前家があって、間違いなくそれは、古い井戸であるとのことだった。

その古老は、あなたは大変幸運な男だ、島では昔から「井戸を埋めると子孫末代まで良いことがない」と言われている。

その井戸を見つけたのだから、ちゃんと生き返らせれば、君には幸運がもたらされるであろう、と言ったのである。

誰かが埋めた形跡があり、庭も狭くなるので、そのまま埋めてしまおうかと思ったが、古老の話が気にかかり、生き返らせることにした。

雨水を溜めるための、丸いタンクの使い古しをその井戸にかぶせる。

真ん中に穴を開け、鉄パイプで空気が通るようにし、子供たちにも危険が及ばないようにしたのである。

コンクリート2階建て、島一番の立派な民宿ができ上がり、営業を開始すると、古老に言われた通り、見事に繁盛したのである。

開業してから2年、今ではお客を断るのが大変だという。

中には日程をずらしても宿泊できない、どういうことだと詰め寄るお客もおり、うれしい悲鳴どころか、本当につらいですよと嘆いている。

観光客の中には、その古井戸を見て、それは何ですかと尋ねる人もいるという。

これこれしかじかと話をすると、この古井戸のおかげで、私たちはこんな立派な民宿に宿泊できたんだ、と手を合わせるお客さんもいるという。

M氏は、村の古老の話を聞き捨てにせず、おかげで自分は、言われた通り大変な幸運に恵まれた、と感謝をしているとのことだ。

古井戸や、客呼び込む福の神。


187 珍人生

 この島に、20年前に本土から移住してきた人、K氏がいる。

立派なコンクリート造り、冬場しかK氏は島にいない。夏場は本土へ帰るのである。

その家が空き家にならないよう、管理の名目で夏場だけ、友人のY氏が利用している。

当然20年来、島へきているから年齢的にも50代半ばである。そのY氏の生き方が変わっている。

冬場はどうするかというと、本土のスキー場で泊まり込みインストラクターをしているという。

インストラクターで稼いだお金で、夏場は他人の家を自由に使って気ままに生きているのである。

背丈も高く、顔自体も結構モテるタイプで、私には真似できない。

そして島の民宿とも顔見知りになり、Y氏を頼りの民宿利用者もいる。

夏場は水着姿の女の子たちをいろんなポイントへ案内、ガイドで自由に生活している。

自分の家も持たず、結婚もせず、常に若い女性たちに囲まれ、不自由しない。

ちゃんと人生が成り立っているのである。

スポーツマンタイプで、女性がかなり群がってくるはずなのに、うまくかわす術もあるようだ。

お金がなくても、自由で気まま、しかも女に不自由しない生活を20年も続けられる、摩訶不思議である。

団塊世代の人たちは「働かざる者、食うべからず」としゃにむに働いて家庭を維持してきたはずだ。

そういう人達から見ると究極の自由人、いかにもこんな人生があるのか、一年だけでも体験したい、と感心させられる珍人生である。

186 スケベじいさん

 

南の島には、個性豊かな老人たちが多い。

自他共に認める、島で一番のスケベじいさんがいる。

水着姿の観光客、女の子達が集まる休憩所へいつもちょこちょこ出かけるじいさん。

若いピチピチした女の子を見るとすり寄っていく。

あんたは肌が白い、顔立ちにも気品がある、京都の生まれであろう、とかなんとか言って、話しかけていく。

観光客も、明らかに島のじいさんだということが分かるので、別に拒否反応も示さず、また南の島ゆえ開放的に色々な話をして過ごす。

じいさん、毎日若い女の子のケツを追っかけ、ばあさんにやきもちを焼かれないのか、と聞くと「あはー、ばあさんは、とっくに死んだよ」

おいおい、生きている人を殺すなよ!

ばあさんが死んでいたら、あんたはとっくに死んでいるよ!

このじいさん、ボケているのか、ばあさんが世話しなければ、生きていけないはずだが、脳内プログラム、三途の川、いや海の景色を楽しんでいるようだ。

ワシは若い娘たちから、パワーをもらっているから元気でいられる、と本気でしゃべっている。

そのじいさんがニコニコ笑って、おい! ひかる、この島は格が上がったぞと言う。

よくよく話を聞くと、以前は観光客に年寄りが多かった。

しかし最近では、若くてしかも美人だけが、こぞって島へ訪れるという。

だからこの島の格が上がったと、じいさんは主張するのだ。

確かにここ数年で、この島へ訪れる観光客は、若い女の子の比率が格段に上がったことは事実である。

この地区は今、離島観光ブームでかつてない程、沸き立っている。

石垣島から黒島には毎日4便ほどの往復便がある。

この島より少し小さいが、竹富島は文化財に指定され、牛車での島めぐり、赤い瓦屋根、道路などの景観が観光客に大人気。

黒島の3倍以上、毎日12便が石垣島から観光客を運んでいる。

隣の小浜島は、黒島よりちょっと大きいが、NHKの朝ドラ「ちゅらさん」の舞台となって、その島も毎日14便くらいの往復便があり、観光客で沸き立っている。

また、隣の西表島は、東洋のアマゾンと呼ばれるだけあり、沖縄本島に次ぐ2番目に大きな島であるため、そこも、石垣島から30便前後の船が往復している。

また、船の大きさも、定員数も格段に違い、黒島便は小さな船が4便しかないということは、いかにこの島が観光地化していないかということが分かる。

また竹富島や小浜島、西表島などは、ツアー観光のコースに取り入れられている。

黒島は、民宿の数も少なく大勢の団体が来た場合、トイレや休憩所など、とても対応できない。

石垣島の離島桟橋で見ていると、三角の旗を持ったツアーガイドが、大声を張り上げ、ムカデのごとく列をなして、竹富島や小浜島、西表島などへ渡っていく。

若い人達は、ぺちゃくちゃしゃべりまくる中高年の団体客、集団にはついていけないようだ。

よって若い観光客が、締め出される形で黒島へ押し寄せる。

だからスケベじいさんの言う通り、海岸へ行くと若いピチピチしたギャルたちが、ごろごろいる。

この島で2、3年も生活すると、誰でも水着に飽きてしまう。

海のない、あまり水着に出会える機会の少ない人達から見ると、嘘だろうというかもしれないが、マジな話だ。

シーズンになると、水着での集落内歩行はやめましょう、との立て看板も暑いので守れない。

また格安航空券も国内で一番長い距離があるため、割安感があり、東京の人が軽井沢、箱根や伊豆半島へ出かけるように、この地区へ人が集まる。

黒島は牧畜が盛んで、人口200人、牛3,500頭、牧場のあぜ道を水着の女性がステップでルンルン闊歩。

牛は暑いから「俺は裸だぞ」とニタニタ・・

南国楽園、まだまだ続くようだ。

2026年9月27日日曜日

185 悲恋

 

正治じいは、大阪の漬物工場で、長い間働いていたが、ふらりと一人で、生まれ島へ戻ってきた。

結婚はしたことがあるのか、子供はいなかったのか、誰にも過去の話はしないという。

機嫌良さそうな顔で、どうやって手に入れたのか、泡盛の二合瓶を1本持って「光男、今日はオレのおごりだ!」と言ってふらりと入ってきた。

楽しいことがあったのか、いつもより、水の量が少なく、ほとんどストレートで、1本飲んでしまった。

「正治じい、この年で一人は惨めだよ、女はいなかったのか、どこぞに子供はいないのか」と聞くと、小さな目で睨み付けた後、どういうわけかポツリと過去の話をした。

漬物工場の近くにある、町内の縫製工場で働く可愛い子で、名前は良枝という。

良枝は母思いで、いつもセーターやマフラーを編んで、秋田の母に送っていたという。

二人は一緒になる約束をしていたそうだ。

そのうち良枝の母の具合が悪くなり、秋田へ帰ったとのこと。

正治じいは世帯を持つため、一生懸命働きに働いたが、そのうち島の自分の母の具合が悪くなったということで、呼び戻されたそうだ。

昔のことだ。今みたいに、飛行機が使えるわけでもない。一度果ての島へ帰ったら、二度と本土へ行くということは大変なことだ。

世帯を持つと約束した二人の関係はあまりにも遠く離れ、以後ぷっつり途絶えたという。

正治じいは、下手ながら、夜な夜な三線をつまびく。

そして歌うのは「籠の鳥」である。

良枝とのことは、誰にも話したことがない。初めて打ち明けたのだろう。

話の途中から、もうおいおい泣き出して、涙が止まらない。

80歳になった今でも良枝のことが忘れられず、夜な夜な「籠の鳥」を歌う。

会いに来たのに なぜ出て会わぬ。

僕の呼ぶ声 聞こえぬか。

今宵また南の小さな島の空に「籠の鳥」が響く。

声の限り、途切れ途切れに叫ぶ「籠の鳥」の歌は、物悲しい

そしてまた明日は港へ行き、若い娘を見つけては「どこから来たねー」と探し求める。

もう良枝は、こんな若さではないだろうに、正治じいには、色が白くて髪の毛を束ねていた、若い時の良枝との約束、面影をぽつりぽつり。

泣き崩れる正治じいの姿、そして、良枝が編んでくれたという、セーターを、今でも大事に、大事にしている。

正治じいは、もう長くはないだろう。

せめてひと目、秋田にいるという、良枝に会わせてやりたい。

良枝、一度でいいから、いや、生きているなら声だけでもいい。

命の限り、あなたを待ち続ける正治じいは、かわいそうだ。

正治じいの声が聞こえるか。

会いたさ、見たさに、怖さを忘れ。

会いに来たのに なぜ出て会わぬ。

僕の呼ぶ声 聞こえぬか~

搾り出すかすれ声は潮騒に沁みていく。


192 瓶拾い

  結婚をさせ、子供でもできれば、元の明るい子に戻るだろうと、石垣島の知人に相手を紹介して欲しいと依頼した。 五歳年上の健一という男とお見合いをしたが、抜け殻のようになった明子は、親の言うまま結婚。 健一の仕事は、船の荷役という日雇い労働者だ。 当時は重機がなく、男どもが蟻の如く...