2026年7月18日土曜日

151 転がすのですか。 

 

飛鳥古墳見学ツアーに参加した時、近くに巨大な石室があった。

参加者に、高校の先生がカメラを持って参加しており、機械や重機のなかった昔のこと。

どうやってこの巨大な石を運んで来たのか、ガイドに聞いても分からず、説明書を隅から隅まで読み、頭をかしげていた。

3トンの石等、昔の人は簡単にかついで移動したはずだと言うと、その先生は怪訝な顔をしてきた。

転がすのですか、どうやって運ぶのですか、としきりに聞く。

写真のように、1トンの鉄の塊があったとする。

それにA点でロープの端をしっかり結わえ付ける。ぐるぐるに6回ほど巻く。最後はB点でまたしっかり結わえ付ける。

そして担ぎ棒を6本入れ、左右ペアで担ぐ、この図だと12名で担ぐ事になる。

この方式は、12名に均等に荷重がかかる。1人90キロ弱だが昔の人ならそれくらいは担げるであろう。

59センチほど浮かせて、声をかけ、右足、左足、と全員同時に、移動すれば、1トンにつき12人で十分運べる。

勿論ペアを組むのは、背丈の近い人、低い人同士、場合によっては、ロープをもう1回巻きつける。

担ぎ棒をもう1本増やせば、女性が加わったとしても何ら問題はない。

石室の3トンの石を縦、横に2本ずつ支柱を入れ巨大な石を結わえ付ける。

上下左右4箇所角に、この原理と同じようにロープを巻きつけ、2カ所で固定する。

一角に10人ずつ配置すれば4角で40名になり、一人当たり75キロの重量だ。

昔の人ならこのくらいの重量、一日数キロの距離でも行軍出来るであろう。

石室から数十キロ圏内に、この石と同じような石の産地があるはずだ。

石室の周りは盛り土したように、小高くなっている。

多分その下には、足場に使った、石垣があるはずだというと、その先生はえらく感心していた。

早い話がピラミッドの石は5メートルの丸木に6回巻き固定し、担ぎ棒を6本入れ丸木に石をもっこ(網袋)で固定。

12人で担ぐと1トンの石を長距離、いとも簡単に移動できる。ロープはあだんの木の気根で出来る。

どこでそのような事を知ったのですかと聞かれたので、黒島には大きな亀甲墓がある。

屋根の部分には、大きな石が載せてあり、下には一坪ほどの空間が出来ている。

屋根の石を運ぶ時、この方法が用いられた。

時代劇に出てくるもっこ、網の真ん中に重い石を載せる。

周りの大勢で持ち上げる、背の高い人と低い人では網目が違いほぼ均等に重力がかかるということだ。

これは亡くなった曾祖父から聞いた話で、エジプトのピラミッドも同じ縄担ぎ方式で作られたと聞いている。

すると、その先生は是非亀甲墓を見せてくれという。

外から見ても、漆喰で固められており、ほとんど分からない。しかし中に入ることは絶対に許されない。

人が亡くなった時でも、決して女性は入れない。

直系の一番近い人から入ることになっており、中は二人が限度で、残念ながら見ることはできないと言ってやった。

先生は教科書の何処にも載っていない。

大変参考になりました、とお礼を言って別れた。

本土のお祭りの御神輿は、背丈の高い人に負担がかかる。

縄担ぎ方式を導入すれば、もっと大きな御神輿が出来たはずなのに。

150 画

 


縄担ぎ。


149 神様だよ

 

この島に、年は58歳、東京からUターンしてきたY君夫婦がいる。

子供はいないが、島の誰もがうらやむくらい、どこへ行くにも二人、すこぶる仲の良い夫婦だ。

普段は無口で、酒もあまり飲まず、ひたすら仲の良い夫婦をやっている。

先日、家を手直しするので、手伝ってくれと言うと「はいきた兄貴、任せてくれ」と引き受けてくれた。

仕事も無事完了、ビールと泡盛を飲むと、ペラペラ喋りだした。

俺みたいな男の所へ、嫁に来てくれた女房、神様だよ、ありがたいと思っている。

実はそれには訳がある、と喋りだした。

小学校5年生の時、担任は若い女のS先生だった。

この先生には、隣の西表島に、同じ教員で恋人、K先生がいたという。

そのK先生は週末になると、考えられないことだが、西表島で拾った、写真の飛行機の残骸、燃料補助タンク。

それに乗って、一人で櫂をこぎ、8キロ近く、海流もある荒海を渡ってこの島のS先生に会いにくる。

島中の人がK先生の命懸け、と言うか、命懸けの恋には、あきれ果て大きな話題だったという。

島の子は、猫よりも身軽に石垣を乗り越え、猫よりも音をたてずに忍び寄り、S先生の戸の隙間から大人のお付き合いなどを観察したという。

素知らぬ顔で、教壇に立つS先生の顔を見、友達同士でつっつきあって面白がっていたという。

そのうち4月になり、島に新しい男の先生が赴任してきた。

こともあろうに、S先生は新しく赴任してきた若い先生にぞっこん、出来ちゃっていることは島中の人が知っている。

命懸けで通ってきたK先生は、泣く泣くまた命懸けで帰るしかない。

島の人たちはK先生が自殺するのではと同情、あまりにも身勝手なS先生の変わり身は、話題になったという。

そしてS先生は、新しい恋人とさっさと結婚してしまったのである。

「兄貴よ、俺は女が信じられなかった、俺など何の取り柄もない、女房はずーっとついてきてくれている、神様、仏様のように思える」だと。

世の男性共よ、女房を大事にしよう。

逃げられてからでは遅い、神様、仏様だ。

そんなY君の余韻に浸っていると、入れ替わりで島一番の物知り博士だと自認する、島じいが泡盛を片手にニコニコ入ってきた。

「何をしているんだ」と言うので、ブログを書いていると言うと、グローブは知っているが、何だそれは、と言う。

島ではインターネットをやっている人はほとんどいない。

年寄りたちはインターネットと言えば、人を誹謗中傷する道具と解釈しているようだ。

まかり間違ってもそんなもの持ち歩くんじゃないぞ、と注意されるのである。

島じい、インターネットって知ってるか、と聞くと「バッハルン!」(あったりまえ、しっているさー)と方言で自信ありげに答えた。

昔は、女しかしなかったのに、最近は男までがやっとる、と言い出す。

観光客が、ヘッドセットをかけて歩くのを見、それがインターネットと、解釈しているようだ。

昔、女性がヘアネットをしていたのを、最近では、男までがやる。それがインターネットと解釈しているらしい。

ヘアネット、ヘッドセット、インターネット、頭の中で混乱しているようだ。

言われてみれば、インターネットは頭を使う。

頭に関係するヘアネット、ヘッドセット、インターネットのチャンプルーだー

あれれ、この島じいの解釈、間違っているのかな?

おい、おい!こっちまで脳内超伝導現象だ。


148 画像

 


ジュラルミン製、飛行機の残骸。

147 「良かれと思った『肩たたき』が命取りに―島移住の落とし穴」

 定年後に島へ移住した吉田氏(仮名)が深刻な顔で相談に来た。

移住した時に世話をしてくれた人が、いつの間にか疎遠になり、その次に親しくしていた人も付き合ってくれなくなった。

とうとう3番目に親しくしていた人に、酒を飲んでいる時、怒鳴りつけられたという。

本土では、男同士が親しくなると、肌を触れ合ったり、肩をたたいたりするのは、ごく当たり前だ。

しかし島の人たちは、男が男に触れること、ベタベタしたり肩をたたいたりすることは、一番嫌悪感を抱くのだ。

「男が男にべたべたするな!気持ち悪い!」という、男気が異常に強いのだ。

吉田氏は島の気質を知らずに、親しくすればするほど、こまめにベタベタ、肩をたたいたりしたようだ。

島の人にとって肩をたたかれようものなら、とんでもないことで、往復ビンタを喰わされたような、嫌悪感を覚えるのだ。

吉田氏もそれに気付き、なんとか関係を修復したいとのことだが、一度壊れてしまった男同士の関係は、そう簡単に修復できない。

その悩みの相談であった。

たぶん、男気が強い島の人たちとの関係修復は、かなりの時間を要するだろう。

深く反省し、時間をかけて解決しようと諭した。

島暮らしや田舎暮らし、ペットの問題や、周りとの付き合い方、その土地の習慣などは、注意が必要だ。

よく見ると若い人たちは意外とベタベタしているが、中年以上の人たちはベタベタすることを異常に嫌うのだ。

注意しよう。


146 至福の時間

 人生、いくつになっても苦楽は付き物だ。

おじさんも東京に二人の孫がいるが、二人とも、小児喘息持ちだ。

娘からのメールで、今病院で点滴をして来たとの事。

孫のゼーゼー苦しむ顔、普通の人並みの子になって欲しい、と夕日に願をかけていたところだ。

若い時の辛さや苦しさは、いくらでも取り返すことができる。

年を取ると時間と体力に焦りを感じ、本当に心が痛む。

胆汁を搾り切られる思いがする。

確かに今は辛いかも知れない。

しかし取り戻せるのだから。

その辛さを肥やしとして、強い女性に変身したほうが良い、と言うと二人は目を合わせてうなずいた。

最初の娘は、横浜出身で、続いた子が名古屋出身だという。

二人とも年齢は20代後半、ぎりぎり30歳前かなという感じだ。

話をしていて感じた事は、二人とも、私に限って、という自信があった。

そして、まだまだ遊びたいという気持ちが働いたようだ。

もし男が、それを察知したら、遊び心は、女より、はるかに上だから、遊び相手を探して次へと、展開していくのは当然だ。

他所事(ひとごと)ではない。自分の人生なんだから、何でもっと真剣に、積極的に、先へ進めなかったのだろうか。

若い時に少しでも遊びたい、という気持ちは理解出来るが、結果として、それは後々ツケが回ってくることになる。

私の知人にも晩婚で、30代後半で子供が出来た人を何人も知っている。

定年時、子供がまだ大学生、定年で時間が出来、楽しい老後をと思いきや、それどころではない。

やむなく働きに出るが給与はがっくり、今まで自分が顎で使っていた、子供みたいな若造に今度はしごかれ、心身共に疲れ果てる。

帰りに、飲み屋で気を紛らせる、ストレスで体調まで崩してしまう。

そのような人を何人も見てきた。

結果的に、結婚が若ければ若い程、早ければ早いほど、定年後は時間がたっぷりある。

そこで夫婦旅行したり、場合によっては共通の趣味を育てたりと、本当の至福の時間ができる。

若い時に苦労すれば、年を取ってから楽出来る。

若い時に、楽をして遊んでいると、今度は老後に、苦労が待ち構えている。

だけど、まだまだ大丈夫だ。めそめそしないで、新しい恋人を本気で、積極的に探したほうがいい。

南の小さな島は誰も、周りにいない。心を打ち明けたとしても、他人に聞かれるはずがない。

二人とも心の内をさらけ出し、明るくなった。

しかし本当に、胸がつぶれる思いで心配をし、夜も寝ないで、心を痛めているのは、親御さんだろう。

分からないはず、と思っても感じるのが親だ。

今ごろ自殺でもしているのではないかと、心配で心配で寝られない日だろう。

元気な声を親に聞かせてあげるんだぞ、と言うと、二人とも、にっこりうなずいた。

ところで昨夜、民宿で遅くまで酒を飲んでいたが、年齢30歳前後と思われる、好青年が連泊。

恋人募集中だと言ってたから、今日にでも可能性はあるぞ。

帰って夕食がすんだら、民宿の庭で今夜も大勢で酒を飲むだろうから、さっそくアタックしてみろ。

二人はもう元気そのもの。

がんばるぞ! がんばるぞ! と、シュプレヒコールだ。

いつの間にか夕日は、若い二人の失恋という2文字、漆黒の海の底へいざなっていった。

夕日よ、今夜もありがとう。


145 馬鹿野郎!

 いつものように、海辺の休憩所の横で、一服しながら真っ赤な夕陽を眺めていた。

潮時は満潮で、砂浜にも珍しく観光客の姿はなかった。

すると二十代後半と思われる女性が、自転車で来るなり、私の存在も気づかずそのまま砂浜へ降りて行った。

波打ち際で止まるかと思ったのだが、その子はそのまま海の中へ、ズブズブとまっしぐらに歩き出した。

途中で止まるかと思うと、その子はさらに深い所へ、止まることを知らない。

ありゃありゃ、入水自殺か?  

私の前を通り過ぎる時の思いつめたような横顔からして、ただごとではないな。

取り急ぎ、島の消防団を呼ぶ必要があるな、と腰を浮かせ携帯電話を取り出すと、その子は胸元まである深さへ行くと、ピタリと止まった。

そして両手を口もとへ持っていき、腹の底から、あらん限りの声で、夕陽へ向かって叫び出したのである。

OOの馬鹿野郎!

OOなんか死んじまえ! 

OO! あんたなんか動物以下だ!

失恋した男の名前だろうか、悔しさを夕陽にぶつけている。

そうしていると気づかなかったが、砂浜の岩陰にでも居たのだろうか、今度は左側からもう一人、女の子がズブズブと海へ入って行き、同じ態勢で叫び出したのである。

XXの馬鹿野郎!

XX! 今に見ていろ!

若い女性が、真っ赤に沈む夕陽を真ん中に、ステレオで叫ぶ様は、心を打たれ、物悲しい。

涙を洗い流しているのだろうか。

両手で、ざぶざぶ顔を洗った後、女性は砂浜を上がって来た。

私の存在に気づくと、ばつ悪そうな、気恥ずかしい顔をした。

「塩水のまま民宿へ帰るとまずいので、そこのシャワー浴びたほうがいいぞ」と言うと、真っ直ぐシャワーの方へ行った。

シャワーの場所を聞き返さないところをみると、この島は初めてではなさそうだ。

もう一人の子も私の声が聞こえたのか、前の子の後を追ってシャワーへ行った。

自分達の、見せては恥ずかしいシーンを見られてしまった、しかし相手は、どう見ても島の人らしい。

シャワーの間に安堵感があったのか、二人はシャワー後、真っ直ぐ帰るかと思うと、私の前の腰掛け代わりの流木に腰をおろし、一緒に夕陽を眺めた。


151 転がすのですか。 

  飛鳥古墳見学ツアーに参加した時、近くに巨大な石室があった。 参加者に、高校の先生がカメラを持って参加しており、機械や重機のなかった昔のこと。 どうやってこの巨大な石を運んで来たのか、ガイドに聞いても分からず、説明書を隅から隅まで読み、頭をかしげていた。 3トンの石等、昔の人は...