亀甲墓は子宮の形だと言われ、命は子宮で育まれ、全うしたら、またそこへ戻ると言われ、入り口は80センチほどの四角い入り口になっている。
もちろん蓋は分厚い四角の石で覆われ、空気が外へ漏れないようになっている。
風葬と呼ばれる方式で、遺体は決して焼かない。また、西洋のように埋めるようなこともしない。
棺のまま墓へ入れ、肉体が風化したころ、きれいに洗骨し墓の中で保存。ピラミッドや日本の前方後円墳同様、焼却はしません。
遺体を棺のまま墓の中へ入れる為、異臭が漏れないよう、入り口が密閉できるようになっているのである。
もちろん100日での洗骨は強烈な異臭など、赤の他人ではなかなかできないものである。
写真は多良間家の墓で祖父母の代まで焼却しなかったので遺骨が入ったまま、DNA鑑定すれば数百年前まで調べられるかな。
光男も両親が亡くなった時、初めて小さな入り口から這いつくばって中へ入ったが、暗闇の周りは、こうべと骨だらけ、足の踏み場もない。
しかし先祖であり、血の繋がったこうべだと思えば、なんとか佇んでいられた。
赤の他人だと、どうしても恐怖心で、その空間には、いられないだろう。
もしかして入り口が、何らかのかたちで塞がってしまえば、もう2度とそこからは出られない。
声を出しても絶対に届かない。
そういう意味で、全く他人はそこへ入れないということだ。
墓の中のスペースは、先祖代々のお骨が保存できるスペース、そして棺を入れ、入れた人が入り口から出るスペースも必要だ。
よって、かなりの空間が必要で、先祖代々の血族が一つ屋根の下で祀られるのである。
大きな亀甲墓を作ることは大きなエネルギーが必要で、罪を犯せば墓に入れてもらえない。
ということは最大の屈辱であり、悪事に対する抑止力は墓だったという。
ちなみに墓の入り口を開けるのは、遺体を入れる時以外は決して開けてはいけない。
どうしても分骨したり、墓の中のお骨を取り出す場合は、鶏などの生贄を捧げて代わりの儀式を行い、開ける必要がある。
日本に風葬をする人種がいたということである。
光男の両親が他界した際、火葬場で焼却することに猛烈な反対があった。
黒島の言い伝えでは、泥棒や殺人など極悪人は焼き捨てる。親を焼くなんてとんでもないことだ、親不孝者になるのかと言われた。
火葬が焼き捨てることと解釈されたのである。
黒島には火葬場はないが石垣島にはあり、行政や保健所も伝染病などの件も考慮し、火葬を勧めていると
長老の皆さんに了解してもらった。
以後は他の島も含め遺体は石垣島へ運び火葬が行われている。島では50年前まで火葬なし、洗骨、風葬が行われていたのである。
