2025年12月10日水曜日

1107 涙

 

ひかるは昭和40年の入社時、都会の人にだけは負けたくない、と言う一心で、自分なりの知恵を絞っていました。

当時のテレビカメラはバカでかく、支える三脚は鉄の塊、ケーブルは、78芯で銅の束。

それをカメラ台数分セッティングし、撤去。毎日が、大綱引き。

それに比べ、スタジオは冷暖房完備で、暇な時には、タレントとも気楽に接する事が出来、同期の人達は、大半がスタジオ勤務を希望。

ひかるは都会の人達に負けない為には、丈夫な体を使い、皆が嫌がる中継部門で、自分の存在価値を見い出そう、と考え、中継部門を希望したのである。

当時、球場は勿論、殆んどのホールなど、中継回線が敷設されておらず、綱引きだらけ。

しかし、体力だけでは、単なるバカ力持ちだけに過ぎず、勝負になりません。

わら半紙を買い込み、毎日出かける球場や劇場は勿論、各区民ホール等の中継車の駐車位置やケーブル長。

引き回しからオケピットや舞台裏の状況。

ケーブルがお客の導線をまたぐ場合のケーブル覆いのジュータンの枚数から、色など。

克明にデータを作り、次回そのホールを使う時は、必ずデータを頭に叩き込み、仕事に望みます。

数年後には、関東一円の殆んどのデータが出来上がり、あいつがいれば大丈夫だ、と言われ、若い連中のリーダーシップが取れるようになった頃、前記した通り、30歳で、社外族から、会社全体の流れを見る立場に立たされ、自分なりに周りの状況を分析、突破口を、見い出したのです。

我々の脳細胞は、120億も有ると言われ、この組み合わせから絞り出される知恵は、無限で、枯渇する事はあり得ません。

もし、枯渇を心配する人が居るとすれば、それは、太平洋の水をバケツで汲み、水が枯渇するのを心配しているようなもので、無尽蔵な財産を使わずに、このまま灰にするには、あまりにももったいない話である。

ひかるは、波と岩の熾烈な戦いの中にも、自分なりの答え、「これしかない!」を見い出しました。

そして父の生き方より、前にも行けず、引く事叶わず、ただ、現状のまま耐えるしかない。「これしかない!」事を教えられ、これしかない道を求めるよう、心がける事が出来ました。

誰しも、その時々の状況に応じ、今採れる最良の道を求めれば、結果については納得できるはず。

知恵という財産、知財を最大限有効に使うテクニックとして、これしかない!、方法を試みる必要があるかと思います。

遅くない これしかない! 道 やってみよう。

0 件のコメント:

コメントを投稿

1155 北海道のおばちゃん

   島の民宿では夕食後、泡盛がただで振舞われる。 中庭の大きなテーブルで、星空を眺めながら、お互い自己紹介をし観光客は談笑。 ふらりとその輪の中へ入っていくと、島の人だという事で話を聞きたく、周りに集まってくる。 北海道から来たという、60歳過ぎのおばちゃんが、早速、隣へ割り込...