2026年7月6日月曜日

121 ペルテス病

 振り返ると光男は小学校入学時、登校拒否児でした。

五歳の時、股関節変形のため片方の足が2センチほど短く、入学時、他の子が運動場一周するにも、半周しか出来ないピコタンピコタン歩く状態。

貧しくカッパが買えない大雨の日、母は蓑傘を着せ、登校させる。

途中、光男はあまりの格好悪さに気づき、帰ると脱ぎ捨て、ずぶ濡れで登校。

急に体を冷やしたせいか、下腹部に激痛を感じるが、我慢できずウンチを漏らしてしまう。ピコタン、ウンチ野郎、といじめられる。

女の子が木切れでつっついて逃げるを、ピコタンピコタン追いつかない。更に、他の村は、同級生が大勢いたのですが、光男の村はたった一人。

しこたまいじめ貫かれたのである。

登下校時、他の村の連中が徒党を組み、襲ってくるのではないかと恐怖を感じ、とうとう言葉を失う、しゃべらなくなったのです。

登校拒否に、母は光男を抱きしめ「光男が学校へ行かないんなら、お母さんは生きていけない」と大粒の涙をおとす。

当時母は貧しく栄養失調ぎみ、三人の子が次々と育たなく他界、光男がピコタンピコタンで学校へも行かない。

顔色から本気で死の道を考えていることが感じられる。

たった一人自分を守ってくれる母、母の心の内を感じた光男は、だまって小指を出した。

光男は、登校拒否はしないという母との約束を守り、どしゃ降りの雨でも、口を真一文字に噛み締め、ずぶ濡れで学校へ行くようになった。

いじめは続き、当然成績はほとんど零点だったが、通信簿は学校の配慮なのか、1ではなくオール2のアヒルの行進。

しかし四年生の終り頃、勉強もしなかったが、30点、40点が出るようになった。

この、ちょっとだけ成績が良くなったことを、先生が見逃さず、進歩賞なるものを直筆で作り、みんなの前で表彰し褒めてくれたのだ。

光男の学校恐怖症は、素晴らしい先生との出会いと粋な計らいによって自信を取り戻し、徐々に心を開いていったのです。

自信をつけた光男、運動では勝てないが勉強の成績で勝てる、と本気で勉強をするようになったのです。

登校拒否やいじめ問題は、このような思いやりのある先生に出会えれば、事なきを得ることでしょう。


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