振り返ると光男は小学校入学時、登校拒否児でした。
五歳の時、股関節変形のため片方の足が2センチほど短く、入学時、他の子が運動場一周するにも、半周しか出来ないピコタンピコタン歩く状態。
貧しくカッパが買えない大雨の日、母は蓑傘を着せ、登校させる。
途中、光男はあまりの格好悪さに気づき、帰ると脱ぎ捨て、ずぶ濡れで登校。
急に体を冷やしたせいか、下腹部に激痛を感じるが、我慢できずウンチを漏らしてしまう。ピコタン、ウンチ野郎、といじめられる。
女の子が木切れでつっついて逃げるを、ピコタンピコタン追いつかない。更に、他の村は、同級生が大勢いたのですが、光男の村はたった一人。
しこたまいじめ貫かれたのである。
登下校時、他の村の連中が徒党を組み、襲ってくるのではないかと恐怖を感じ、とうとう言葉を失う、しゃべらなくなったのです。
登校拒否に、母は光男を抱きしめ「光男が学校へ行かないんなら、お母さんは生きていけない」と大粒の涙をおとす。
当時母は貧しく栄養失調ぎみ、三人の子が次々と育たなく他界、光男がピコタンピコタンで学校へも行かない。
顔色から本気で死の道を考えていることが感じられる。
たった一人自分を守ってくれる母、母の心の内を感じた光男は、だまって小指を出した。
光男は、登校拒否はしないという母との約束を守り、どしゃ降りの雨でも、口を真一文字に噛み締め、ずぶ濡れで学校へ行くようになった。
いじめは続き、当然成績はほとんど零点だったが、通信簿は学校の配慮なのか、1ではなくオール2のアヒルの行進。
しかし四年生の終り頃、勉強もしなかったが、30点、40点が出るようになった。
この、ちょっとだけ成績が良くなったことを、先生が見逃さず、進歩賞なるものを直筆で作り、みんなの前で表彰し褒めてくれたのだ。
光男の学校恐怖症は、素晴らしい先生との出会いと粋な計らいによって自信を取り戻し、徐々に心を開いていったのです。
自信をつけた光男、運動では勝てないが勉強の成績で勝てる、と本気で勉強をするようになったのです。
登校拒否やいじめ問題は、このような思いやりのある先生に出会えれば、事なきを得ることでしょう。
0 件のコメント:
コメントを投稿