沖縄本島から、南へ400km。日本の最南端は波照間島であるが、その手前に、ものの見事なハートの形をした黒島がある。
この島は1771年、明和の大津波以前、あふれんばかりの人がおり、一大文化を謳歌していた。
山も川もない、周囲12kmの小さな島だが、島を取り巻くように南半分、6kmにわたる見事なサンゴ礁がある。
そこからは、素潜りで大量の魚がつかみ取りでき、それで島の人たちは、豊かな生活をしていたようだ。
しかし、この島には、紙と文字という文化はなかったため、今では歴史に跡を残すことなく、ほとんど知られない存在となってしまった。
写真の、しめ縄を小さくしたようなものだが、これは何かというと、この島で使われていた、住民台帳だとのことだ。
縄から髭の如く出ているもの、それによって、家族の人数や大人、子供などの情報が、全て入っているとのことだ。
また同じしめ縄のような形で、島の1軒1軒の地図が、表現されていたという。
さらに驚くのは、この縄から飛び出している髭の長短、太さ、小さな縄状物によって、計算の繰り上げ、繰り下げが出来、今で言うと、超ハイテクコンピューター並があったという。
日本や中国ではそろばんがあったかもしれない。
この島の人たちはそろばんではなく、とんでもないものを使っていたようだ。
現在のコンピューターは、パルスのあるかなしかで基本原理ができているが、パルスの長短、太さ、色分けをしていくと、超コンピューターができるであろう。
遥か昔に日本の南の島で、高度な文化を誇った人達がいたのだ。
この島の文化が、何で日本の歴史にないのか、非常に不思議であるが、いうなれば、日本のインカ帝国と言ってもいいのではないだろうか。
沖縄の民謡に興味がある人なら、黒島口説、チンダラ節、アブジャーマ等、聞いたことがあるかと思うが、この島の民謡で、紙では残せない音楽、昔の人が残した痕跡だ。
黒島口説はマイクのない昔、祭りで大勢を前に、曲の半分を大きな声で歌いながら踊るという、今のカラオケの原点が百年以上も昔に誕生していたのだ。
こんな民謡はどこにもないであろう。
120もの島からなる沖縄県、たった周囲12km、現在の人口200数十人の島から県を代表する音楽が出ている、ということは、とんでもない音楽のDNAを持った人種であることは間違いない。
島見聞録、これから島の古老たちの話を交え、立ち上げていきたいと思います。
お楽しみに。
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