2026年7月24日金曜日

161 人生のスタート

 

私(光男)が、なぜテレビ業界を目指したのか。

昭和30年代、テレビは緒についたばかりだ。

遥か南端の小島、映画館は無いが子供心に映画を見たかった。

石垣島まで渡れば映画は見られたが、家が貧しく船賃もなくできなかった。

南端小島、当時飛行機は無く船輸送、漫画本等は半年以上遅れて着く。

その漫画本の片隅に、5コマでコタツに入りながら映画が見られる。それが四角いテレビだと書いてあった。

それだ! 家に居ながら映画が見られるという、訳のわからないテレビというものの解明に人生をかけよう。

そこから人生がスタート、親兄弟を捨て、故郷も捨て着の身着のままで上京、夜学へ通いながら必死に勉強した。

ブログをやっている人なら、かつての通信会社ウィルコム(現ソフトバンクの前身)と言う会社、知っているだろう。

当時のホームページに誇らしく、人口カバー率99%と出ているが、光男の育った島はまだカバーされていなかった、日本最後の情報過疎地だ。

半年遅れで漫画本が流れ着くが、それが唯一の情報源だ。

昭和39年、第一回東京オリンピック開催。

翌年の40年、やっとの思いでテレビ業界へ入った。

もちろんテレビは白黒時代で、朝と夜の放送で、昼間はフィルムの昼メロドラマ放送。

就職までの道のり、本当に人生の辛酸をなめ尽くしたと言われる状況だった。

その後しがみ付き、魔法の箱解明、夢を全うした。

もちろん長男ではあるが、両親の死に目にも会えなかった。

そんな経験の中から、今の若者たちには是非、勇気を持って己の道を貫いて欲しい。

親が何を言おうと己を貫け。

親は、己の人生を既に歩んできている。これからは、自分の人生は自分で決断する、でいい。

この世にポコンと動き出した貴方の鼓動、100パーセント間違いなく、いずれは止まる。

何のため、今まで動いてきたのか?

今、何のために動いているのか?

これから先、どう動かせるか?

己の可能性に立ち向かおうではないか!

人生の 喜怒哀楽に ロマンあり

若者よ 思い残すな 明日は華

  貴方には 誰にも盗られない 知恵がある

  貴方には 誰にも止められない 鼓動がある

これしかない!

己の人生ドラマ ロマンを持て!

そして

 命を張れ!

 命を張れ!


0 件のコメント:

コメントを投稿

164 ヤギの乳

  離島で子供が生まれても、昔は栄養が行き届かず母親の乳が出ない場合があった。 勿論、粉ミルクは無く冷蔵庫もない時代。 そこで、ヤギの乳を頂く、そうやって島の子供たちは育ったのである。 光男も母に3軒の家からヤギの乳を頂いたと言われた。 だから3軒の家のヤギ様には感謝しなさい、と...