私(光男)が、なぜテレビ業界を目指したのか。
昭和30年代、テレビは緒についたばかりだ。
遥か南端の小島、映画館は無いが子供心に映画を見たかった。
石垣島まで渡れば映画は見られたが、家が貧しく船賃もなくできなかった。
南端小島、当時飛行機は無く船輸送、漫画本等は半年以上遅れて着く。
その漫画本の片隅に、5コマでコタツに入りながら映画が見られる。それが四角いテレビだと書いてあった。
それだ! 家に居ながら映画が見られるという、訳のわからないテレビというものの解明に人生をかけよう。
そこから人生がスタート、親兄弟を捨て、故郷も捨て着の身着のままで上京、夜学へ通いながら必死に勉強した。
ブログをやっている人なら、かつての通信会社ウィルコム(現ソフトバンクの前身)と言う会社、知っているだろう。
当時のホームページに誇らしく、人口カバー率99%と出ているが、光男の育った島はまだカバーされていなかった、日本最後の情報過疎地だ。
半年遅れで漫画本が流れ着くが、それが唯一の情報源だ。
昭和39年、第一回東京オリンピック開催。
翌年の40年、やっとの思いでテレビ業界へ入った。
もちろんテレビは白黒時代で、朝と夜の放送で、昼間はフィルムの昼メロドラマ放送。
就職までの道のり、本当に人生の辛酸をなめ尽くしたと言われる状況だった。
その後しがみ付き、魔法の箱解明、夢を全うした。
もちろん長男ではあるが、両親の死に目にも会えなかった。
そんな経験の中から、今の若者たちには是非、勇気を持って己の道を貫いて欲しい。
親が何を言おうと己を貫け。
親は、己の人生を既に歩んできている。これからは、自分の人生は自分で決断する、でいい。
この世にポコンと動き出した貴方の鼓動、100パーセント間違いなく、いずれは止まる。
何のため、今まで動いてきたのか?
今、何のために動いているのか?
これから先、どう動かせるか?
己の可能性に立ち向かおうではないか!
人生の 喜怒哀楽に ロマンあり
若者よ 思い残すな 明日は華
貴方には 誰にも盗られない 知恵がある
貴方には 誰にも止められない 鼓動がある
これしかない!
己の人生ドラマ ロマンを持て!
そして
命を張れ!
命を張れ!
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