2026年2月6日金曜日

 1118 攻めようぜ

 

30年も前の話だが、画期的といわれた、ISDNの開発を大々的に国がPRした。

霞が関の郵政省と、三鷹の当時の日本電信電話公社との間で、ISDNを使って映像をやり取りするという、

国家的プロジェクトに、どういう訳かひかるに白羽の矢が立てられた。

当然NHKがやるはずのところだが、どんないきさつでひかるに話が来たのかは、定かでない。

それ以来、インターネットに関しては、かなり注目し、放送業界もいち早く取り入れるべきだと、主張したが、放送業界は惰眠をむさぼっていた。

その結果、業界からすれば、赤ん坊にすぎない、ホリエモンや楽天に、脅され、揺さ振られる結果となったのである。

これから、ブロードバンド携帯が発売されるようになれば、日本全国、個人が放送局を持つ時代になるんだぞ!

企業や団体など、独自に、それぞれ専門分野の放送を始めるであろう。

既にテレビ業界には、陰りが見える。

今の若者達は、車や携帯電話などを購入する際、あんな30秒コマーシャルで、意思決定する人はいない。

インターネットで、たっぷり時間をかけて、そこから購買へ結びつく。

既に自動車や家電など、ドル箱スポンサーが、テレビからかなり減っているのが見てとれる。

放送業界は、惰眠をむさぼっている場合じゃない!

急ぎ、手を打たないと、お先真っ暗だぞ。

キー局はネット局を食わせる責任がある。

ネット局を使わずに、電波や情報を全国発射出来れば大変な事になる。

もし一局でもネット局が脱落すれば、スポンサーはテレビ局に値下げをあからさまに要求する。更に苦しくなり、次から次と脱落。

その内、ジャパネット高田の限定販売、チラシ広告屋になりさがるぞ!

ひかるがブロードバンド携帯を手にすれば、南の島から、携帯放送、チャンネル1919で、たった一人の放送局を立ち上げて見せるぞ!

今立ち上げているブログは、携帯放送のテスト中だ。

若者の就職ランキングで、放送業界は、かなり上位にあるようだが、頭を使って、ひとりで放送局を立ち上げたほうがいいじゃないかな・・・

コンテンツさえ良ければ、行けるぞ!

放送業界、出版界、広告業界、シェアをもぎ取れるぞ!

若者よ、夢を持て!

果敢に攻めようぜ!


1117 竜宮の使者


最近、伝説の生き物だと思われた、竜宮の使者と呼ばれる魚が釣りあげられたとの事。

体長数メートル、巨大な太刀魚に似た、鋭い切っ先の口に、流線形の見事な背ビレ。

銀色の魚体には、ブルーラインが1本入っていたとの事。

巌流島の決闘、佐々木小次郎の物干し竿は言うに及ばず、この魚を怒らせると、人間の心臓は、簡単にぶち抜かれる事でしょう。

欲に目の眩んだ男が、海で見事に心臓をぶち抜かれ、成敗された、という昔話を聞かされた事があります。

竜宮の使者の怒りに触れたのだろうか?

最近では、重さ数10キロ。体長1メートルにも及ぶ、巨大な白イカが釣れ、話題になっているとの事。

海面はスミで黒く染められ、釣り上げる醍醐味は格別だった事でしょう。

一度釣り上げたい、格闘技をしてみたいと描く、楽しい夢。

また、畳4枚分にも及ぶ、巨大なマンタをテレビでご覧になった事があるかと思いますが、ひかる家の、プライベートビーチの前を通り、西表島小浜島間のヨナラ水道を堂々と回遊。人に危害を与えない為、観光の目玉となっています。

無造作に見える海底のテーブルサンゴ類、陽光と見事に調和した動物たちの造形美、ゆるやかな潮流は、夕凪を感じさせ、遊泳の眺めは、

地上のいかなる遊覧飛行、宇宙遊泳にも勝るものではないだろうか。

人間には、とてもまねの出来ない、個性豊かなファッションショーを繰り広げ、乙姫たちが舞う竜宮城。

魚達も、少年の頃に出会った魚達の、孫か、ひ孫になっているのかなぁ?

ひかるは間違いなく、浦島太郎になっている事でしょう。

澄み切った空あり、海あり、命あり。

部屋には、孫達の大きな写真を張り、5コマ漫画に出ていた、大きなテレビで、映画を見よう。

そこは、ひかるの極楽、メルヘンだ!!

長年待ち望まれた、羽田、石垣島間、直行便が飛ぶようになりました。

更に成田から往復2万円で格安便も出ています。

古代の生き物たちと共存出来る、生まれたままの島。

流れ星の、燃える音が、聞こえて来そうな島。

体中に張り付く、幸せを呼ぶ、星砂の島。

人々の、純な心に触れ合う島。

ここは別天地、ロマンあふれる南の島。

恋を語ろう・・・・・

夢を語ろう・・・・・

人生を、語ろう・・・・

人生の、アルバムを作ろう・・・・


 1116 自論

 

「人生には、ロマンと、スリルと、メルヘンが、必要である!」これは、ひかるの自論である。

ロマンについては、別に書いた通り、スリルも、命を張れる生き方をすれば当然。

さて、ひかるにとって、メルヘンの世界とは?

やはり、ひかるのメルヘンは、南の小さな島にしか求められません。

生きる厳しさ、激しさを教えてくれた、台風に遇いたい!

灼熱の太陽エネルギーを浴び、風と戯れ、小鳥達や、百面相の雲と語り合いたい。

そうだ、命を誕生させてくれた、母なる海の世界もある。

華やかで、色とりどりの熱帯魚達、格好良くないけど、ナマコも、クラゲもいるだろう。

ヒトデは手が五つ、五回も握手を交わせるなんて、おまえは幸せものだ。

人が親類に見えるのか、擦り寄って来る、小さな耳かきヒレのタツノオトシゴ君、泳ぎが下手で、立ったまま流に漂い、どうやって、家に辿り着くのだろうか?

魚達の親子は夜、どうやって寝るのだろうか?

また、イソギンチャクに隠れんぼする、真っ赤に白い、派手な縦縞のクマノミちゃん。

卑弥呼の世界で、ボスクマノミは、自然にメスになり、ボスの座を降りると、自動的に、オスに性転換するとの事。

オスを従えての女王様。

スズメダイ、ベラ等は、クマノミと逆、ボスはオスになり、今までメスだった魚が、ボスになると、性転換するとの事。

便利というか、人間の世界では考えられない、厳しい世界だ。

周りには、光柱ライトの中、テーブルサンゴの舞台狭しと踊り狂う魚や、薄暗い根元では、魚体をくねらせ愛し合う魚あり、コバルトスズメの団体は、一斉に向きを変え、一糸乱れぬ行動、光に映える魚体の見事な模様は、立体ラインダンスを演出してくれます。

おちょぼ口の針千本が、小ビレをばたつかせ、警戒警報!

突然現れる、わんぱく小ザメ、しかし枝サンゴへひょいと入れば、絶対安全。

ビー玉ほどの小魚とて、恐れる事はありません。

ちょこちょこと出入りしながら、揶揄する小魚達に、小ザメは仕方なく、「今に見ていろ、痛い目に合わせてやるぞ!」と、威嚇しながら捨てぜりふを吐き、退散。

見ているだけで、時を忘れさせてくれます。

退職金で、小さな船を買い、風のない日は釣り三昧。

そして風が出れば、畑を耕し、汗を拭かせよう。

果て無き宇宙の天の川の下、母なる大河、黒潮に身を委ね、ゆったりとした時浴の中、春には一斉に産卵する、魚達の出産に立ち合う気ままな生活。

子供の頃不自由した飲料水も、同じ町内の島、東洋のアマゾンと呼ばれる、西表島の豊富な水が、海底パイプで引かれており、枯れる事はないでしょう。

人生劇場***本土では考えられない、年間日射量、畳2枚分のソーラーで必要な電気は賄えるはず。

水と電気さえ確保出来れば、あとは大自然の恵みで十分、待つのは、贅沢過ぎる、心豊かな生活のみ。

定年後も夢があり、自分の思った通り、楽しく過ごせる。

これぞ、メルヘンの世界ではないだろうか。


 1115 画像

 


クマノミちゃん


1114 明日は華

 

そして、人生の大海原、舵の取り方次第で、己の未来形は思いのまま。

しかし人々は、先輩の歩んだ人生、位置づけを参考として人生航路を航海。

人それぞれ、目指す分野や人生に、夜空に輝く星の如く、目標とする先人が居る事でしょう。

何時までも、人生航路の人生灯台として、目標にされる立派な人間になろうではないか。

群れ星の中、ひときわ輝く星になろうではないか。

80年前、遥か南の小島で動き出したこの鼓動。

嘘のような魔法の箱物語を求めた60年間。

常に夢一杯、幸せ一杯の人生を送る事が出来ました。

ひかる少年の求めた魔法の箱、単なるテレビにとどまらず、素晴らしい幸せの宝箱だったのです。

今の少年なら、月に別荘を建て、どでかい花火を打ち上げ眺めてやる、といった壮大な夢を持てば、結果は50年後に出る事でしょう。

昭和30年代、時代の求める流れも加味したかと思いますが、若者達が未曾有の勢いで都会へ集中して行きました。

当時、若者達のロマンを駆り立てる要因は、何んだったのか、と考えると、あのクラーク博士の「大志を抱け!」メッセージに行き当たります。

豊かな時代になったからとて、燃えたぎる若者の情熱は不変。

ひかるは幸いにも、少年の夢を思い通り実現出来ました。

自分なりに学び得た多くの教訓から、今こそ若き力を奮い立たせる、令和の語録が必要ではないかと、あえて遥か南の小島より熱きメッセージを送ります。

人生の 喜怒哀楽に ロマンあり!

若者よ! 思い残すな 明日は華。

貴方には 誰にも盗られない 知恵がある。

貴方には 誰にも止められない 鼓動がある。

これしかない!

己の人生ドラマ ロマンを持て!

そして、

 命を張れ!

 命を張れ!


2026年2月5日木曜日

 1113 幸せの鼓動


一人一人平等に与えられた、この莫大な鼓動エネルギーと、尽きる事のない知財を最大限に引き出し、己の目標を真剣に求める、情熱的な生き方。

脳いっぱいに詰め込まれた、溢れ出んばかりの人生のアルバムで、老後を楽しみ、周りに幸せエネルギーを放射出来る生き方。

振り返った時、後悔は ない!

これしか なかった! と言い切れる人生。

これこそ、幸せの鼓動、と言えるのではないだろうか。

そして、油面の海が、雄叫びをあげ、暴れ狂う海に変化するが如く、我々の人生においても、厳しく辛い時期もあり。

決して、平穏無事で終りません。

夢が大きければ大きい程、理想が高ければ高い程、苦労は付き物。

高く険しい登山、直線登山では、息切れ必定。

いろは坂登山になるかと思いますが、夢が大き過ぎ、理想が高過ぎ、いろは坂人生もやむなし。

考え方、目標さえしっかりしていれば、決して、到達不可能という事は、ありません。

平和な飽食時代、食うに事欠く話や街頭テレビの話など、時代錯誤もはなはだしい、と言われるかも知れませんが、たった50年前の話。

人は皆、懸命に仕事を覚え、結婚。子供が出来てからは、育児や教育問題等に追われ、

人生にターボが付いたのではないかと思われる加速。

これから社会人となる人達は、いま一度考えてみる必要があるのではないだろうか。

過疎の島から上京、二十歳で夢を語り貫き通した親友と二人。

青春時代の楽しい思い出を肴に飲み干す、夢涙汗の味わい酒。

一人でも多くの若者達が、夢を貫き、夢涙汗酒、飲み乾せん事を願っています。

アリ家族 明日を夢見て 蓄える!

カラスとて無い知恵絞り 生きて行く!

人の道 無駄にはすまい この知財!

人の道 無駄にはすまい この鼓動!

1112 伝説

  

2百年前の伝説ですが、この島のある男が、くり舟で遭難し遥か南方の無人島へ漂着。

半年後、夢に出てきた神様のお告げを頼りに海へ出ると、黄色いサメが、又間へ入り込み、背ビレに捕まると、そのまま北上。

一昼夜かけ、元の島にたどりついた、という伝説があります。

法事も済ませた後での男の帰還に、島中大騒ぎで、話は広まり、男は琉球王朝へ呼び出され、詳細を報告。

多良間真牛(たらまもーしー)の伝説として、日本の伝説沖縄編に、しっかり位置づけされており、素晴らしい掛け軸と、当時の状況を克明に記述した古文書が今に残されています。

ジュゴンに助けられた伝説は、北欧諸島にあるとのことですが、サメに助けられた伝説は、どこにもないとのことで、国内外より、民話伝説等の研究者が、調査にくる貴重な物語です。

何を隠そう、この話は、わがひかる家に代々伝わる伝説で、掛け軸に使われた色や図柄などの調査結果から、描写の技法は、琉球王朝の絵に源流があり、色は当時の八重山地区では出せない、島では作れない、紛れもなく琉球王朝より、贈られた物だとの事。

琉球王朝の風は、南の島のひかる家にまでささやかに訪れ、わが家は、由緒ある家柄でした。

そしてひかるは、サメに助けられた伝説、五代目の子孫。

末代まで、サメを傷つけてはいけない!

食してはいけない!という家訓があり、サメを神様として崇め、供物を絶やしたことがありません。

なにげなく仲間と酒を酌み交わし、注ぎつ注がれ、フカのヒレ酒だと言われ、急いで戻しましたが、後の祭り。

翌日は、飲み過ぎたのか祟りなのか、1日中頭痛がしていました。

ご先祖様に陳謝! 陳謝!

(多良間真牛の伝説は、平成5年2月26日付け中日新聞、3月29日付け東京新聞に、日本版ロビンソン、クルーソー物語として、大きな紙面で、取り上げられました)

2026年2月4日水曜日

1111 人生最後のゴール

 

三高流行の今時、しっかりした考え方に、感心させられました。

確かに三高に越した事はないはずですが、世の男性に求められているのは、外見や条件よりも、その人の持てる、内命的な考え方や個性、生き方ではないだろうか。

夢を語り、人生を語り、一緒になって、人生ドラマを築き上げて行こう、と真剣に取り組む姿に、本当の男らしい魅力が感じられるのです。

燃える男の情熱、希望に胸膨らませ、光り輝く瞳に、心惹かれる女性が現れるはずだ。

見果てぬ 夢がある限り!

たった一度の人生なら!

試してみよう この人生!

必ず 結果が出るはずだ!

何を言われようとも、たった一人の、自分だけの夢を持ち、未知なる道を求め、見た事のない、他人の真似事でない花、人生の一輪を咲かそう・・

そして人は、泣いても笑っても、黙っていても年を経りますが、この世に生まれた以上、幸せを求めない訳にはいきません。

生まれたい、と望んで生まれ出る人は、一人もいないはず。

もし、生まれ出たくて生まれ出た人なら、生まれ出ると同時に、演説を叩っています。

また、望まなくても死んで行くのが人間。

人生最後のゴールは、たった一人で切るしかありません。

誰も、道連れはしてくれません。

二度と戻らぬ人生、一睡もせず、刻一刻、止まる方向へ進む鼓動。

今一度、胸に手を当て、対話を試みてみましょう。

今まで、何んのために打って来たのか?

これから先、何んのために生きるのか?

真剣に考える時、生涯、休む事許されず、けなげに打ち続ける鼓動に負けない、強い精神が求められ、

いかに無駄な時を刻んではいけないのか過ぎ行く一日の大事さが分かるかと思います。

たとえ、喜怒哀楽の激しい、振幅の大きな人生だとしても、恐れる事はない!

むしろ、浮き沈みの大きな人生程、他人の気持ちを広く受けとめられ、苦境を苦とせず、信頼される人間になれるのだ!


 1110 夢こよみ

 

子供の頃、日めくり暦でしたがこの暦、不思議と夢が詰っていた事を思い出します。

誕生日や夏休み迄あと何枚かと、1枚1枚めくる楽しみ。

夏休みが日1日と過ぎ、宿題の重みがヒタヒタと乗しかかり焦る日々。

年末には、ほんのチョッピリと薄くなった暦をめくり、お年玉までもういくつ寝ると、とウキウキ。

そして一年間の反省。

元旦には、分厚く真新しいページをめくり、新学年や今年1年間の夢を見る。

昔の子供達は暦をめくり、知らず知らず日1日を重ねる意味。

夢が積み重ねられていたのです。

日めくり暦、今の若者達にもぜひ利用し、常に夢を膨らませ続けて欲しいものです。

そして、夢を追い求め、40年が過ぎた今、人間は、パンのみに生きるものではない事が、本心から理解できるようになりました。

貧しくても、夢のある人生、自分の考えた通りに生きられる人生が最高の人生で、夢のない、老いを待つばかりの人生は、最大の苦痛なのです。

夢を展開し、これが自分の歩んで来た道だ! ドラマだ! とはっきり言える生き方。

そして、老後の人生を楽しめる生き方こそが、大事ではないだろうか。

最近20代後半の独身女性と話す機会があり、数年間も交際続行中の恋人がいるにもかかわらず、どうしても結婚に踏み切れない、との事。

訳を聞くと、これと言った欠点もなく、嫌いと言う訳ではない。

しかし、夢が無い。

会う度に、仕事の不満や世の不平を聞かされ、この男の不平不満に、生涯付き合わされるのかと思うとうんざり。

どうしても付いて行く気分になれないとの事。

 1109 己の主役ドラマ

 

そして、少年の求めた魔法の箱は、当時の状況下、あまりにも大きな夢でした。

好奇心旺盛なひかる少年は、諦める事なく、心に秘めて上京するにも、三千円の家賃さえ遅れがち。

オーバーが買えない、初めての冬、「沖縄だってね~、死んだ亭主のオーバーだから、着な、家賃は出世払いでいいよ!」と励まし、慰めてくれた大家のおばちゃん。

オーバーを着た時、湯気が出る程、ぽかぽか暖かかったのは、忘れられません。

トラックの助手時代、寮費は心配するな、と声をかけてくれた社長。

卒業時、「決して悪いようにはしない、我が社に留まれ!」、と言われましたが、どうしても、テレビの世界を求めたいと、丁重に断りました。

苦しい中で初めて鼓動に触れ、自分にとっては、夢を追い続けるしかない!

たとえ、苦しみが続こうとも、進むしかない、と言い聞かせ、自らの手で、全国へ映画を放送した時、思わず流れ出た、歓喜の涙は、生涯忘れられません。

そして、人は誰でも、夢を見ます。

夢があるから、喜びがあるんです。

初詣の人出に、大勢の人達が幸せを願い、夢を追い求めている姿が見られますが、神に祈るだけで、夢は実現しません。

幸せにも、なれません。

では、幸せとは、何んだろうか。

やはり40年を通した中から、夢を、己のドラマ、ロマンとして展開した人生を体験する事が、幸せの一番大事な要素ではないだろうか。

小さな夢でも、それを追い求め、努力するからこそ、汗や涙に価値があり、己のドラマとして、展開す事が、幸せの出発点で、体験をした結果として、幸せが感じられるのではないだろうか。

まぐれや奇跡を当てにしているような人生では、あまりにも心細い話でしょう。


1108 蘇って来る

 

少年の目に映った魔法の箱、テレビは、東独はじめ東欧諸国の民主化にも大きな影響を与え、オリンピック中継等でもわかる通り、人々の目となっています。

情報の乏しい小島で育った、ひかる少年の目、子供らしい、素直な目、だったのではないだろうか。

今の子供達にもこのような目は、あるはずで、清らかな瞳を見る時、将来、どのような素晴らしい人生が約束されているのだろうか、と期待せざるを得ません。

また、親元を巣立つ時、県内にとどまるべきか、当時の、常識を越えた所へ飛ぶか、と真剣に悩んだ時期がありました。

しかし、親は既に50才を過ぎ、自分なりの人生を歩んで来た。

二十歳、30歳と歩む、己の今後の人生を考えると、ここで別れがあったとしても、生涯離れ離れになったとしても、自分の人生を優先すべきだ、という結論を得、行動に移したのです。

はたして、何が少年に、生涯を左右する、大きな決断をさせたのだろか。

おそらく、遊びや、悔しい思いの中から、沸々と湧き出た情熱でしょう。

あの甲子園で繰り広げられる高校野球、若者達が、たった一つの目標の為、最大限努力し、熱き鼓動、燃える鼓動をぶつけ合い、勝っても負けても、涙する、あの姿は、ブラウン管を通し、燃える情熱を感じさせ、感動させてくれます。

光輝く瞳から流れ出る、あの大粒の涙は、どんな味がするのだろうか。

辛苦の涙だろうか・・

歓喜の涙だろうか・・

満足の涙だろうか・・

忍耐の涙だろうか・・

他人には分からない、自分一人の味でしょう。

流した涙は、人生のアルバムとして脳裏に収められ、何万回でも蘇って来る事でしょう。


  1107 涙


ひかるは昭和40年の入社時、都会の人にだけは負けたくない、と言う一心で、自分なりの知恵を絞っていました。

当時のテレビカメラはバカでかく、支える三脚は鉄の塊、ケーブルは、78芯で銅の束。

それをカメラ台数分セッティングし、撤去。毎日が、大綱引き。

それに比べ、スタジオは冷暖房完備で、暇な時には、タレントとも気楽に接する事が出来、同期の人達は、大半がスタジオ勤務を希望。

ひかるは都会の人達に負けない為には、丈夫な体を使い、皆が嫌がる中継部門で、自分の存在価値を見い出そう、と考え、中継部門を希望したのである。

当時、球場は勿論、殆んどのホールなど、中継回線が敷設されておらず、綱引きだらけ。

しかし、体力だけでは、単なるバカ力持ちだけに過ぎず、勝負になりません。

わら半紙を買い込み、毎日出かける球場や劇場は勿論、各区民ホール等の中継車の駐車位置やケーブル長。

引き回しからオケピットや舞台裏の状況。

ケーブルがお客の導線をまたぐ場合のケーブル覆いのジュータンの枚数から、色など。

克明にデータを作り、次回そのホールを使う時は、必ずデータを頭に叩き込み、仕事に望みます。

数年後には、関東一円の殆んどのデータが出来上がり、あいつがいれば大丈夫だ、と言われ、若い連中のリーダーシップが取れるようになった頃、前記した通り、30歳で、社外族から、会社全体の流れを見る立場に立たされ、自分なりに周りの状況を分析、突破口を、見い出したのです。

我々の脳細胞は、120億も有ると言われ、この組み合わせから絞り出される知恵は、無限で、枯渇する事はあり得ません。

もし、枯渇を心配する人が居るとすれば、それは、太平洋の水をバケツで汲み、水が枯渇するのを心配しているようなもので、無尽蔵な財産を使わずに、このまま灰にするには、あまりにももったいない話である。

ひかるは、波と岩の熾烈な戦いの中にも、自分なりの答え、「これしかない!」を見い出しました。

そして父の生き方より、前にも行けず、引く事叶わず、ただ、現状のまま耐えるしかない。「これしかない!」事を教えられ、これしかない道を求めるよう、心がける事が出来ました。

誰しも、その時々の状況に応じ、今採れる最良の道を求めれば、結果については納得できるはず。

知恵という財産、知財を最大限有効に使うテクニックとして、これしかない!、方法を試みる必要があるかと思います。

遅くない これしかない! 道 やってみよう。


 1106 知恵

 

都会の子供達を見る時、伸び伸びと遊ぶ場所や自然を見つめ、自分を見つめる場が少ないのには、考えさせられます。

子供は、遊びや自然との触合いの中から世間を見、色々な事に興味や疑問を感じ、人間や自然のルール、正しい心のあり方を学びとって行きます。

親の育て方にも問題があるのではないだろうか。

子供は誰しも、多少の癖やそそうはあります。

その部分を拡大するのではなく、良い点を10倍20倍にも拡大。

信じ見守ってやるべきで、子供は親に信じてもらえなければ、誰に信じてもらえるのだろうか。

もし、親の考え方や方向づけで、子供の持てる素晴らしい才能や芽を潰すような事があっては、子供の生涯に問題を残し、大きな罪を犯した事になります。

ひかるは14歳で5コマ漫画に出会い、魔法の箱、テレビの解明を志し上京。

当時は、数少なかった出来たばっかりのカラーテレビ学科を選択。

テレビ業界を目指し、貫き通しました。

今の子供達には、もっと広い門戸が開かれているはず。

皆が同じ方向に殺到する必要はなく、自分の求める道を本気で全うすべきでしょう。

恵まれ過ぎ、夢が見つけられず、虚無の世界をさまよう若者達を見る時、心痛あるのみ。

子供は、親の宝であると同時に、世の宝、無限の可能性を秘めています。

物事を自分で判断し、自分に合った生き方、世界を舞台に活躍出来る、立派な人間に育って欲しい、と願わざるを得ません。

無い無い尽くしの少年が、体一つで生き抜いて行くには、どうあるべきか、と考えた時、知恵を使う大事さに気づきました。

一口に知恵と言っても、日常の些細な問題から、仕事や人生に関するまで、多種多様。

世の中、大発見と言われるものでも、ちょっとしたアイディアや、見方、発想の転換から出てくる場合が多いかと思います。

成り行きに身を任せて過ごす人や、何事にも知恵を絞りだす人。

こうした個人差、これこそ人生の分かれ目に、なるのではないだろうか。

如何なる有名大学で学問を詰め込んだとしても、それを引き出し、自分の個性に合った知恵、として応用出来なければ、宝の持ち腐れ、時が過ぎると忘れていきます。

また、知恵を引き出す訓練の出来ている人は、どんな職種や職場へ回されたとしても、何らかの形で結果を残せる、実行力のある人間になれるのだ。


2026年2月1日日曜日

 1105 花の予備校

 

夜学時代はともかく、入社後も仕事に付き合いに、睡眠時間4時間の連続でしたが、今だに風邪ひとつ引いた事がありません。

3番目は、自然の中で育ち、色々な事に疑問を感じながらヒントを得、知恵を使う訓練が出来ていた点です。

どんな難問だとしても、どこかに解決策があるはずで、知恵を使う大事さは言うまでもありません。

4番目は、小さな貧しい島での生活から生まれた、周りの親戚や村人同士が助け合い、思いやる心です。

部下を持った時、100人いれば、100人に思いやる心が大事で、自分さえよければ、他人はどうでも良い、という自分本意では、部下は従いて来ません。

上京当時、田舎者という劣等感やプレッシャーはありましたが、その中でもひかるは、このような環境に育ったのだから、決して都会育ちの人達には負けるはずがないと、自分に言い聞かせ、前向きに考えていた。

今でも間違いではない、との考えだ。

都会育ちの小学生が、北海道の農家へホームステイとして体験学習し、先生や友達と仲良く遊ぶ中から学ぶシーンが、放映されていましたが、素晴らしい制度ではないでしょうか。

屋根の雪下ろしや、2キロの雪道通学、厳しい自然と直接触れ、初めは恐れた牛とも仲良くなり、乳しぼりをしたり、父にジャレるが如く、牛の背中に乗る。

牛の体温や肌触りの感触、目で交わす言葉など、脳裏に収められ、人生の良きアルバムになった事でしょう。

過疎化の中、廃校にならないよう取り組んでいるとの事ですが、可愛い子には旅をさせ、他人の飯を食わせる。

何事も百聞に勝る体験! 

これぞ生きた教育! 

子供たちの将来を考え、行政面からも制度化、促進する必要があるのではないだろうか。

体験は、花の予備校、人生の・・・

1104 部族を維持

 

本土の人には、なかなか理解出来ない事が、しばしば南の島では起こる。

陸続きでない為、また、その昔はエンジンなるものがなかった為、往来が難しく、方言や風習等、目と鼻の近い島でも違いがあるのだ。

黒島にも数十の部落名が残っており、其々の集落が自分達の子孫、部族を維持、守るため、他部落との交流や結婚などを嫌ったと言う事が実際にあった。

島の古老達の方言を聞いていると、色々な発見、考えさせられるものがある。

方言で「痩せる」は「ヤギ」と言う。

動物の山羊から来ているのかと思うと、動物の山羊は「ピシダ」と言う方言があり、まったく別ものだ。

逆の「太る」は「パンタル」と言う。

あれれ?丸丸に太った動物、中国に、パンダがいるな?パンタルは、パンダと関係あるのかな??

ところで、テレビでは痩せる、ダイエットが流行っているようだが、そのうち日本全国、豚ではなくヤギだらけになるのかな?

あなたの周りに、ヤギ君いる?

パンタル君いない?あなたは、ヤギになりたいの?

我輩は、ヤギである!

ひかるは小さな過疎の島で生まれ育ち、都会育ちの子供達に比べ、恵まれていたのではないか、と考え、自負する点が、多々あった。

一番目は、先祖代々台風と戦い、作物が薙ぎ倒されようとも、忍耐強く生き抜いて行く。根性なるものが、生まれながら宿っていたのではないかと思う点。

今の若い人達には、古くさい言葉に聞えるかも知れませんが、長い人生を歩む上では、コツコツと目標に向かって努力する、という事は、大事な要素では無いだろうか。

2番目は、子供の頃から裸で育ち、灼熱の太陽エネルギーを目一杯体で吸収、人一倍健康な体が育まれたのではないかと思う点です。


1103 画



ヤギである。

 1101 西表島

 

そして、この残された自然を観察すると、動物たちは、月の引力による旧暦での行動。

黒島では、旧暦の決まった日の満潮時、島中のカニが、一斉に海へ向かい産卵をします。

道路や砂浜までが、足の踏み場もないくらい、カニで埋め尽くされ、これ程のカニが生息していたのかと思わせる数。

海は、卵で赤く染められ、殆んど魚の餌食になる中、わずかながら、生き残って行くのです。

甲羅が5センチ以下のカニ、どうやって産卵日を計算しているのだろうか?

年に一度、間違いなく日時を計算し、一斉に産卵する自然の営み、一度は都会の子供達に見せたいものです。

また、日本では、唯一亜熱帯気候に属するこの地区は、2月に入ると、気温が二十二、三度にも上昇し、どっと春風が押し寄せ、百花繚乱の季節。

もし桜があれば、間違いなく正月には咲くでしょう。

3月には日本一早い海開きが行われ、暖かい春風が、沖縄本島へ九州へと北上、日本の春は、八重山の元旦から出発していくのです。

南国の山々は、一年中緑を湛え、春夏秋冬というはっきりした変化もなく、季節は北風の吹く季節とか、うりずんの季節、という呼び方で表現され、春夏秋冬という方言も見あたりません。

ひかるが上京して一番驚いたのは、山一面が紅葉し、落葉する事でした。

初めての冬、木々が落葉し、裸山の姿を見た時、間違いなく枯れた、木々が新しく地面より芽ぶき大木になる迄、これから何年かかるのだろうか。

化学兵器が使われたのか?

天変地異が起きたのか? と考え、この世も終わりではないかと思ったものです。

子供の頃不思議に思った、落ち葉焚きが後に理解出来るようになったのだ。

また考えられない事かもしれませんが、ひかるの家の前には、自然のサボテン林がありました。

トゲがあるため、人間や牛馬、他の動物は一歩も入れず、トカゲやヘビなど、爬虫類の格好の棲家。

サボテンと言うと、誰しもメキシコを連想するかと思いますが、日本にも自然のサボテンが群生する気候があったのです。

そして、誰しも、沖縄の自然は素晴らしい、と絶賛しますが、この八重山地区は離島のため、未だにあまり知られていません。

この地域は珊瑚群が、海底いたるところに見られ、この海域に眠る、世界屈指の珊瑚群は、復帰に伴う、日本最大の財産ではないでしょうか。

台風が作り上げた地形や山並みの変化に富み、西表島は、全体が絶景のいたりで、沖縄本島に次ぐ大きな島にもかかわらず、人口は1700人程度。

いかにこの島が人を寄せ付けなかった島なのか分かるかと思います。

そして地球上の動物が絶滅していく中、20世紀最大と言われる、西表ヤマネコが、古代の生態系を残したまま、この島で発見されたのです。

遥か昔、西表島が中国大陸と陸続きだった時より生き続け、動物学上、貴重な猫だとの説。

外国からは、経済アニマルと呼ばれ、自然破壊が激しい国に見られていると思いますが、世界に類なき動物が生息する日本、おおいに誇るべき発見ではないだろうか。

今日も日本のどこか、息を潜め、獲物を狙う、百万年来生き続けた、古代の目が光っているのかと思うと、大きなロマンを駆り立たせてくれます。

古老の話によると、その昔、この西表島は山国のため、収入が少なく、税金を滞納。

島ごと、税金のカタに取り上げられ、国有化し、開発されなかったと言っていましたが、真意の程は、定かではありません。

沖縄県3番目に大きな石垣島は人口5万人。

川平(カビラ)湾は世界で唯一黒真珠が採れる、鮮やかなエメラルドの湾。

波間にキラリと光る真珠の輝きあり、入江に浮かぶ島々は真っ白い砂浜に取り囲まれ、砂浜から深みへの微妙な色の変調は、絵の具を流し込み、風の筆で描かれたのではないかと思われる眺めです。

この色は、どうして砂に染まらないのだろうか?

例え、どのような名文をもってしても、表現は不可能でしょう。

決して、日本三景に見劣りのしない絶景。

一見に値するのでは無いだろうか。

・・風筆や 描き尽くさん 八重の島・・

・・海の色 湧き出る元か 川平湾・・

近年川平湾には異常に外国人が多い。それも中国や台湾 近くの東南アジア諸国の人ではなくヨーロッパ系の人でフランス人が大半。

ボンジュールが連発される石垣島だ。

訳を聞くとフランスの著名な旅行雑誌、価値ある観光地ベストテンに川平湾が入っているとの事。皆さんも一度は行ったら・・

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川平湾(かびらわん) 

1099 魔法の箱物語


普段は、15、6頭の牛を庭先の牧場で放牧し、牛には家族の名前をつけ、子や孫と話すように、牛と対話しながらの生活。

いち早く血統書に注目、島根県産の血統書付母牛を導入。

初めの内は、訝かられたそうですが、今では血統書が重宝されるようになりました。

牛は、子を産む事に、角に一輪ずつ節目がついて行きますが、父の牛は、血統書の生年月日と、節目の数がぴったり合う、いわゆる、毎年子供を産む安産型、骨太で肉付のいい優良牛だったのです。

その牛を競売に出したところ、今までにない最高値が付き、大きなトロフィーが贈られ、位牌の横に、誇らしげに据えられました。

父は小さな島で一生を終え、息子と一つ屋根の下で生活する事が、叶わなかったにも関わらず、幸せだったと思います。

きっと、ひかるがテレビを運んで来る、と信じ、自慢していた父。

親にとって、息子が信頼出来、自慢出来る事は、最高の幸せではないだろうか。

そして貧しいながらも、住み慣れた土地で、生涯が送れたのです。

家で映画が見られる、魔法の箱物語。父は最初から賛成していましたが、晩年の父の姿に、その訳が分かりました。

映画が好きで、特に洋画の世界は、我をも忘れる大好き人間。

過疎の村で、朝1番に、お茶ではなく、コーヒーを点てて飲み、洋画の世界に浸る父は、本格的なロマンチストだったのでしょう。

少年の夢、父の理解が大きな役目を果たし、5コマ漫画のロマンは、親子2代のロマンでした。

我々日本人は、大自然に浴し過ぎ、恩恵を過小評価しているのではないだろうか。

北海道から、南は台北よりも南に位置する、八重山地区までの海岸線の総延長。

暖流や寒流が交差し、北が氷に閉ざされている時期とて、南の島では水泳が出来、四季折々の花や食べ物など、季節感が楽しめる。

これ程、自然に恵まれた国は無いでしょう。

特に最南端の八重山は、商業放送のテレビが最近開通したばかり。

観光事業や他の事業等も経済的な面で、採算がとれず、孤立した地区として、乱開発されず、豊富な自然が残されて来たかと思います。


1098 テルビ


親に隠れ、おじいちゃんの位牌に線香をあげる、中学1年生の息子を感じた時、一人旅は、無駄ではなかった。

学校では学べない、大事な事を南の小さな島で、学んで来たな、と。

おじいちゃんも、孫と1カ月間、同居出来、天国へのなによりのお土産だった事でしょう。

 ひかるの父は、島で生まれ育ち、島から出た事がありません。

勿論、テレビなんて物は見た事もなく、何度言い聞かせても、テレビの発音が出来なく、テルビ、テルビと、言っていました。

役場や農協の窓口の事務員を捕まえ、息子が東京で、テルビをやっている、といつもの自慢話。

遠い田舎の事です。テレビの組立配線工として働いているのだろうとしか、思わなかった事でしょう。

帰郷の際、早速農協や色々な所へ連れて行かれ、東京でテレビの番組を作り、全国へ放送しているんだ、と話したら、驚かれたのも当然。

更に、自慢話にハクが付きました。

子供達との同居をかたくなに拒み続けた父も、孫から要望され、上京を決意。

島を引き上げる前、夏休みに、家族全員で会う事を約束。

4月に他界した時、通帳に孫二人分、10万円ずつの飛行機代が用意されていました。

島のこの家で、家族そろって過ごす日、指折り数え待っていたのです。

夏休み迄には、まだ間があるのに・・

孫達には、お金に変えられない、おじいちゃんの気持ちが伝わったのは言うまでもありません。

父が必死で守り続けたこの家で、家族全員泊まる日、小さな夢、小さな幸せを、叶えさせてやりたかった。

 1118 攻めようぜ

  30年も前の話だが、画期的といわれた、ISDNの開発を大々的に国がPRした。 霞が関の郵政省と、三鷹の当時の日本電信電話公社との間で、ISDNを使って映像をやり取りするという、 国家的プロジェクトに、どういう訳かひかるに白羽の矢が立てられた。 当然NHKがやるはずのところだが...