2026年4月30日木曜日

1232 交番

 昭和30年代から40年にかけて沖縄出身者の心はかなり荒んでいた。

パスポートや離島と言う経済的なハンディ、或いは孤独や孤立等が原因だったでしょう。

犯罪のニュースには沖縄の苗字が結構出てきたのである。

それが偏見となってアパートには沖縄出身者の入居お断りという看板が出ていた程である。

ひかるは結婚にもろに反対され、最後は「犬や猫がくっつく訳ではない、式くらい挙げたらどうか」という相手の言葉に了解が取れたと飛び上がらんばかりに喜んだ。

しかし一緒にいたい気持ちが先走りし、結婚式の事など全く考えていなかったのです。

急ぎ結婚式を挙げなければと考えるのですがまったく金がありません。

悩んだ末、交番へ駆け込みました。

まだ24歳で明らかに田舎っぺの顔、沖縄の顔つき。

式を挙げなければ結婚出来ない、深刻に結婚したいと言う悩みは、なんと奇跡が起きたのです。

交番のお巡りさんが任せておけ、と引き受け警察官の専用結婚式場になっている虎ノ門ホールを保証人となってキープしてくれたのです。

考えられない奇跡です。パスポートを見、親身になっての計らい事でした。

今でもお巡りさんを見る度に、ご苦労さん、有難うといつも手を合わせています。

私はいかような事があっても、手錠を嵌められるような人間にだけは絶対にならない、と心に決めております。

警察関係者がこのブログを見、当時の担当者をルール違反だから、と罰せないでくださいね、もう時効ですから。

パスポート結婚、当時は珍しい国際結婚だった。

結婚の相談を交番に持ち込んだのは、ひかるくらいのものかな・・ 

1231 価値感

 最初から結婚をしないと決め込んで生きて来た友人を数多く知っておりますが60代になって大きな分かれ道が出てきます。

経済的にも余裕が出来これから友人仲間と数多く付き合って人生楽しむという事になるのですが、ところがどっこいそう簡単には行きません。

周りの話題は子供や孫の話、嫁さんの悪口であったり亭主がどーのこーのであったり、病気の話題であったり殆んど話題に入っていけません。

結果的に同年代の人達と輪になって楽しむ、が人間性や価値感に大きな違いが出、孤立して行きます。

若い時には予測出来なかった事が目の前に出てきます。

ですから年寄りの言う事と聞き流さずに、人生の総仕上げ、出来れば結婚をするのが一番ベターではないかと言います。 

結婚感についても、例えばイケメンである程度金持ち、ちょっと条件を付け過ぎではないだろうか。

若い時から金持ちと言うよりは、二人でゼロから築き上げる過程が一番楽しいのではないだろうか。

また結婚する場合性格が違う、と心配する向きがあると思いますが、個性が合わない者同士がお互い欠点をカバーし合う事でより素晴らしい家庭が出来ます。

勇気を持って一歩踏み出して欲しいと思います。

私の場合沖縄本島から450キロ南の小さな島で育ちました、女房は代々江戸っ子です。

合うの合わないのと言うと、性格や個性、習慣、全く合いません。

しかし月日が経てばお互いの欠点は分かり切っており、其々欠点を補い合う、あうんの呼吸というものが出来ます。

むしろ性格や個性が離れていた方が結婚生活は楽しいのではないかと思うくらいです。

つり合いが取れない、という言葉があるが私の場合は全く取れなかった。

女房の実家はあの時代劇に出てくる昔からの大棚である卸問屋であった。

女房の母は末娘として初の高等女学校出、勿論学校の送り迎えも用人が付く、習い事や躾などはかなり厳しく育っていたのである。

かたやひかるの母は学校も出ていない為、読み書きは出来なかった。

ひかるは南の小さな島で子供の頃は、裸足でそれこそ完璧なるフルチンで魚のように海を泳ぐ。

透明度が良いためゴーグルは不要、裸眼で海面を叩くと魚が穴へ入る。

魚を素手で取り、生きたままむしゃむしゃ食べて育つ野性そのものの育ち方をしている。

ひかるの事を全く躾がなされていない島ザル、と呼び塩を撒かれたのも、誰が見ても頷ける状況である。

そんな中でひかるは結婚する。

そして十年間、実家との絶交を女房に言い付け、子供が出来、孫をかすがいに実家との付き合いを円滑にしていったのである。 

1230 結婚

  私の場合両親が80手前で他界しました。

たぶん私は80歳までは生きられるだろうと考えております。

現在78歳、あと2年後には鼓動が止まる計算になります。

私の人生は80センチの物差しで考えておりましたがもう2年先なんて言うのはあっと言う間に過ぎてしまいます。

人生最後の総仕上げ、悔いのないようにしたいのが今の段階です。

出来れば85歳90歳まで生き延び、ひ孫の誕生、そして鼓動を重ね合い、鼓動がひ孫まで伝わっているんだと言う実感を感じたいのが一番の願いです。

最近テレビで結婚をしないとか或いは子供を作らない事を自慢気に話す人がおります。

私の考え方からすると鼓動を己の代で止めてしまう、本当に自殺に等しいのではないか、と残念でしょうがありません。

子供が出来ない場合はともかくとして、親から引き継いだ鼓動、己の代で止めてしまう。

あってはならない事だと思います。

確かに子供がいなければ金もかからず贅沢も出来ます。

しかし年を経て己の鼓動がこの世に引き継がれていない事は、本当に寂しい事ではないでしょうか。

勤続中は大きな組織のパーツです。そこからが人生の総仕上げ。

結婚をする事によって相手の個性やものの考え方など多くを吸収していきます。

当然、相手の親からも多くの事を学び吸収していきます。

親が二人から4人になったのです。

さらに子育てをする中で、多くの事を学びとって行きます。

人はそうやって、深みのある人間性、広い心の人間性が培われて行きます。

1229 ワンカット

  その後80まで生きたとしても20年間は果たして体が思ったように動くのか先の保証はありません。

そう考えてみると何をしなければならないのか、何の為にこの世に自分が生まれて来たのか、疑問が湧いてきます。

そんな中から一日でも無駄に出来ない、ワンカットの積み重ね、いわゆる鼓動哲学の原点を見出したのです。

あれから55数年、今78歳ですが自分ながらよくぞ己の鼓動と対話をし無駄のない日々を過ごして来たものだと感心しております。

これから世に出て活躍する若い人達に是非鼓動哲学、これを頭の隅に置いて自分の鼓動をどう使い切るか本気で考えて欲しい。

願いを込めて今回鼓動哲学を公表しました。

常に若かろうが年をとろうが鼓動という側面から己を見つめ、そして周りを見つめてワンカットワンカットの人生アルバムを積み重ねて欲しいと切に願うものです。 

我々は普段哲学と言うと頭の問題、脳の事しか浮かんで来ませんが、その先には鼓動があります。

鼓動の上に脳があり、一輪の素晴らしい花が咲くのです。

鼓動が止まったらお終い、へったくれもありません。

だから原点を突き詰めた鼓動哲学が重要であると主張します。

若い人は学業と鼓動であったり、鼓動と結婚であったり、鼓動と家族、夫婦と鼓動、50代と鼓動、80代と鼓動、病と鼓動、田舎暮らしと鼓動、趣味であったり、何んでも結構でしょう。

一人何種類もの鼓動哲学があって良いのではないか。

ぜひ朝起きたら胸に手を当て、鼓動と対話してみましょう。

本当に昨日から一晩ぐっすり寝ていたのにこの鼓動は1分たりとも休む事なく動いていたのです。

何んの意味があるのかと問いたくなります。

学生なら卒業論文に鼓動哲学を記し、記念に10年後20年後紐解いてみるのも いいのではないだろうか。 

前記に人生を物差し上で考えるべきだと書きましたが鼓動哲学を実践する上でこの人生物差しは重要な役割を果たします。

1228 老若男女

 過去から現在、そして未来と己の人生を鼓動という側面かな分析展開していく事がいかに大事であるかは、きっとある程度年齢を重ねれば解るかと思います。

私の提唱する鼓動哲学とは、一人一人が其々の生き様としての哲学であって欲しい、

其々が己の哲学を持つべきだと主張します。

癌患者と鼓動哲学論をした事がある。

ややもすると癌の重圧に耐えかねていた。

朝晩鼓動と対話し、思った通りワンカットずつの積み重ね、残り少ない余命を全う出来る、と鼓動哲学論に涙を流しました。

自由だの人権論だの色々ありますが、己にとっての大事な鼓動哲学論が欠けている。

体の不自由な人、元気な人、緩和ケアが必要な人、老若男女 鼓動哲学論が出て来る事を願うものである。

ひかるはテレビ業界に入った時、IT に関する知識が乏しく IT 最先端企業ではたしてやっていけるのか悩んだ時期がありました。

人は悩んだ時、何かに縋りたくなるものです。

何んとひかるが縋ったのは歴史でした。

当時東大編纂所が出版した日本の歴史27巻を買い込み、無心になって古代から現代に至る迄、2度ほど読み返しました。

読み終えて得たものはたった一つ、己がこの世に生きている時間があまりにも短く、長い歴史の上から見れば一瞬に過ぎないのだなと言う事でした。

二十歳を過ぎ60までというと、あと40年しかありません。

1227 一鼓一会

  ひかるは15歳時、四角いブラックボックスTVの解明を目指し、生涯天職として貫きました。

早い時期に方向付けが出来、その分幸せが大きかったと思います。

親からもらった己の鼓動、いずれ止まる宿命を背負っています。

昨夜来 一分たりとも休むことなくポコンポコンと何んのため、これから先、何んのため・・

全ての人々が境遇は違うかも知れませんが、一人一人鼓動に対する哲学が必要です。

恋人がいてこれから結婚する人なら結婚と鼓動、或いは子供に対する考え方の鼓動哲学があっても良いと思います。

50代の人ならば孫の事も想定した鼓動哲学が必要でしょ。

70代なら孫と家族、先祖と子供に対する考え方の哲学があっても良いのではないだろうか

私は初めて孫が出来た時、孫を抱いてお風呂に入りました。

母親の匂いと違う為か、孫は小さな手足をばたつかせ、ありったけの声で泣いておりました。

耳元でお爺ちゃんだから怖がらなくて良いよ、と語りかけゆっくり湯につかりました。

驚いた事に孫の鼓動は私の鼓動より大きな響きで激しく打っておりました。

鼓動を重ね、しみじみこの鼓動は私の鼓動がここ迄引き継がれて来たのだ、と思わず喜びで涙が出ました。

子供の有難さをしみじみ感じさせられました。そしてその孫は大学四年生。

もしかして私が生きてる間に、せめてひ孫の鼓動を抱きしめたい、このような楽しい夢を見ております。

神様がいるなら最後のお願いだから、私にひ孫を抱かせて欲しい、日々願っています。

今何の為に生きているのか、これから先何の為に生きるのか。

鼓動という側面から己の生きる道しるべ、鼓動哲学。

自分なりのたった一人の鼓動哲学があっても良いのではないだろうか。 

このサイトに出会ったのが人生最大の良縁、一鼓一会です。

1226 脳内酵母論

  聞いた話ではあるが、ある男が弁護士になるのだと言って司法試験を受けたそうだが、20回を数えても合格出来なかったそうである。

年も50を過ぎ、奥さんが子供達の教育資金もままならないので、諦めて欲しいと懇願。男は挑戦する事に意義がある、と女房を一喝。

70歳過ぎて亡くなるまで合格出来なかったそうだ。

何のための人生だったのか・・

立派な風貌と弁も立つ、他の事をやっていれば素晴らしい人格者に成っていただろうに、と笑い話になってしまった。

若い内に己の脳質を少しでも検討すればよかったのに。

私は脳学者ではない、個人的な勝手な脳内酵母論、信じるか否かは個々に任せる。 

自分なりにどのように舵を取るかによってその結果に幸せが感じられるのではないだろうか。

ここで自分なりに思った通りに生きる事がなかなか難しい。

人は産声を上げ、無の状況から色々見聞き、脳内に知識を蓄え、二十歳までは親の庇護の下に生き、その後伴侶を見つけ、子供が出来マイホームを構えて三十歳前後に子供が誕生したとすれば、子育てをしている間に五十歳に成ってしまう。

やれやれと思っていると定年で放り出され、さて何をしたら良いものか戸惑う場合が多い。

自分の思った通りに人生を歩むという事は、二十歳前後にそれなりの方向性を見つける必要がある。

己の鼓動、自鼓について今一度真摯に問いかけてみようではないか。

1225 最先端企業

 ひかるは中学迄ランプで育ち、地区に高校は理系が無く商業科、簿記そろばんを勉強せざるを得ませんでした。

その後人生をやり直すべく東京へ出、理系の専門学校へ通いテレビ局へ入ります。

当時のテレビ局は IT の最先端企業で、夜間の専門学校で2年間理系の勉強をしたからとて、とてもテレビ業界は務まるような所ではない、と悩みました。

しかしよくよく考えると父は南の小さな島で手先が器用で、お土産物など小物を内職として夜な夜な作っておりました。

いわゆる物作りの得意な父だった事を思い出し、私にも物作りという点ではたぶん大丈夫ではないだろうかと考えました。

そこからテレビの番組作り、物作りに通じるのだと考え、天職として一生番組作りをして見ようと腹に決めのです。

40年間勤め振り返ると、やはり間違いではなかった、番組作り物作りが一番向いていたんだと納得しています。 

これから羽ばたく若者には是非、己の先祖や親戚など観察し、己の脳内酵母、脳畑の脳質を検討すべきです。

例えばある親が生年月日も同じ男の子A君B君を赤ん坊の時から養子縁組をして育てたとしよう。

ある程度大きくなってA君とB君に同じテーマを実践させたとしよう。

同じレベルに達するのにA君は 芸術系では1年、B君は2年を要する。

ところが理系のテーマだとB君は1年でクリアするがA君は2年を要する。

同じ脳内酵母でもA君の場合は脳みそ、いわゆる脳の畑、脳質が芸術系脳内酵母増殖が早かったという事である。

同様にB君の場合は脳内畑の脳質が、理系の脳内酵母が増殖しやすい脳質であったという事になる。

食べ物や躾、教育や環境が同じでも違いが出てくる。

このように脳の脳内酵母、或いは農の畑、脳質の問題が理解出来るかと思う。

この場合A君とB君の親や先祖など調べると、そこには必ず其々芸術系に強い人、理系に強い人がいたりするものである。

そういう意味で己を悟る事は、この脳内酵母の種類や脳畑の脳質を自分なりに理解し、人生設計をすると結構うまく行くのではないかというのが私の脳内酵母論である。

1224 宿命

  貧しくて設備が確保出来ない場合にはこれはどうしようもありません。

鼓動を維持する為に多くの人を犠牲にする、それもまた考えものです。

そのような観点からして私はその環境の中で鼓動を維持する大切さ、鼓動の大事さは説きますが極限の状況では是是非で良いのではないかと主張します。 

しかしその鼓動「滅せぬ者のあるべきか・・」と言われ、いずれ止まる宿命を帯びています。

人生とは何んぞやと聞かれると、私は即座に己の鼓動を思った通りに使うのが人生である、と答える。

流れのままに生きたのか己の思った通り、鼓動を使い切ったか、それこそが幸せの度合いと言えるのではないだろうか。

貴方の鼓動は親だとて止められません、誰にも止められません。

そしてその鼓動の使い方はまた、貴方しか決められません。

周りに流され、浮き草のような人生では心もとない話です。

またそこで重要な役割を果たすのが脳です。

自論ですが人其々の脳みそはおそらく酵母の様なものであるのではないかと考え、酵母論を展開します。

理系の強い酵母なのか、文系に強い酵母なのか或いは芸術に長けた酵母なのか色々あるのではないかと考えます。

中には理系、文系、芸術、何事をやらせても非常に良い結果を残すバランスの取れた酵母の持ち主もいるのではないかと考えます。

脳みそ自体を畑に例えれば、何種類かの酵母の種を蒔いても、芸術ならその分野の種が他の種より育ちがいい。

土質ならぬ脳質が育ち良い畑と言えるのではないか。

絵画や書道、音楽や文学など、血統と思えるような現象は皆さんも感じているかと思います。

己の人生航路計画、まずは己の脳内酵母がどのような類の酵母であるのか、己を知るとは酵母菌、脳質を悟る事、

見極める事が一番大事ではないかと思います。

学生の頃何をやらせても素晴らしい成績で、なおかつスポーツ万能なんていう人間がいるものだ

将来的にもリーダーとして素晴らしい活躍をするだろうと予測された人間が10年20年経って見ると大した事はなく、

もしろ成績が悪かったはずの人間が立派なリーダーに成っている場合がある。

万能な人間は世間に出ても普通に何でもこなす、いわゆる器用貧乏になってしまうのだ。

かたや成績の悪かったやつは自分に何か取り得がないものか、

一生懸命考え、自分なりの自分に合った道を選択肢する結果、10年20年経つと成績の悪かったはずの人間が

立派な人間に成っているという事がある。

そういう点からしても私の主張する脳内酵母論、試しに検討してみても良いのではないだろうかという事である。 

1223 千差万別

  人間(ジンカン)五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり・・・

一度生を授け、滅せぬ者のあるべきか・・

これは織田信長が口ずさんでいたという敦盛の一節である。

権力や名声を欲しいままにした秀吉や家康、勿論、近年においても財閥を成した人とて、滅せぬ者のあるべきか・・・

そうです今宵は己の鼓動と会話してみようではないか。

貴方は生まれた時、目も見えず耳も聞こえない、触覚や嗅覚とて白紙の状態。ただ一つ鼓動の響きのみだった。

乳房を吸う事により母の体温や匂い、声や顔を脳内に一つずつ記憶されて来たのは言うまでもない。

人間の原点に戻り、突き詰めると鼓動に行き着く。

男や女の区別なく、年寄りや子供、宗教や国家、肌の色や言葉の違いに関係なく、この世に生を授けた全ての人には平等に鼓動が与えられている。

そこで私は鼓動という側面から己を見極めるべき哲学が必要ではないかと、ここに動哲学論を展開いたします。

哲学と言うと堅苦しい話の様に聞こえますが人間頭も心も千差万別です。

一人一人違う鼓動があり顔があります。一人一人違う哲学があっても不自然ではなく、むしろ有るべきです。

万人に強要するのではなく一人一人が財布の如く身に付けて持っている哲学。

そしてその都度己の人生の道しるべとして確認をしながら人生を全うする。

そういう意味での幅広い生きざま論、鼓動哲学が必要との主張です。

お互いの鼓動を尊重すべきであると展開していくと、必ずそこには鼓動を止める死刑廃止論であったり、

或いは中絶廃止論であったりという問題にぶつかるかと思います。

私はそれは是是非で良いのではないかと考えます。

なぜなら、私の主張する鼓動哲学は個々のものです。

個人個人が身に付けておくべき哲学だと主張しており、其々によって違う条件の中で解決すべき問題だと考えます。

鼓動を維持するのに高価な機械を必要とする場合もあり、動作を維持していく為には周りの親兄弟、或いは地域国単位での手助けが必要です。


1222 パンツ帽子

  新造爺さんはまだら呆けを越している。

五歳になる孫芳美が大好きで ママごと遊び、かくれんぼの日々。

風呂も食事も寝る時も一緒。

芳美はママやお婆ちゃんに ツルツル頭とやり込められる爺さんを助けたいと子供ながらに考える。

お風呂で下の毛はふさふさ、そうだパンツを履いているからふさふさなんだ。

お爺ちゃんの頭、パンツを履けばふさふさになるよ、と提案。

その晩から芳美は自分のパンツを大好きなお爺ちゃんへ被らせ寝る事になった。

かくしてママごと遊び、食事の時も孫のパンツを頭に被ったまま。

皆が出かけた後、公園へ遊びに行くがパンツを被ったまま。

大勢の人だかりが出来る。

さあー家族にバレたらどうなるか・・・・

耳元まで口が裂け バトルが始まるであろう・・・

・・妄想家族 バトル編


1221 阪神ファン

これまた超話題となり町中が色とりどりのマドロス帽にラクダももひき姿が大流行。

飲み屋も喫茶店も歩いている人々も色とりどりのマドロス帽にラクダももひきシャツ姿。

観光客は島へ来るなり、ここは宇宙かと勘違いする程。

大阪で会社を経営している社長が業績が上がらず悩んで旅行中、この光景を見て閃き、膝を叩いた。

社長は大阪へ帰るといきなりラクダファッションで出社。

警察も肌を露出してる訳では無いので手が出せない。

社長はまた大の阪神ファンときている。

ラクダファッションにそれこそ縦縞をつけて甲子園球場へ応援に行く。

縦縞ラクダファッションの社長が応援に行くと、これまた完全に負けの試合が最終回に逆転勝利、連勝記録が話題となりこれまた球場全体がラクダファッションとなってしまう。

ラクダファッションは新聞テレビで話題となり、社長は大量に売りさばき社員の給料倍増。

そして社員に我が社の作業衣をこれにすると言って全社員にラクダファッションを命じる。

営業マンもその姿で外回り。

ところが落とし穴があった。

ビヤダル状の新入女子社員がこのファッションを拒否、解雇になるが裁判となった。

ラクダ裁判である。

さて司法試験第一問。

貴方ならラクダファッションを作業衣として命じた社長の言い分をとるか、ビヤダル状新入女子社員の言い分を取るか、詳細に理由を書きなさい。

貴方はどっちかな・・・・

それにしても飲食店やキャバクラなどあらゆる方面でラクダファッションが大流行するかな・・・

あれ~AKB48が花柄模様のラクダファッションで舞台を彩ったら面白いだろうなぁ・・・

待てよ・・AKB48に対抗すべく新しいラクダ48グループを作ったらどうだろう・・

誰か新しい企画考えて~~

加齢とともに体力を使わない妄想の時間が一番楽しくなる。

・・ひかる妄想劇場より・・・

1220 マドロス帽

 

南の島は一年中温暖な気候である。しかし朝晩は冷える。

武蔵爺さんは有り金はたいてラクダのモモヒキとシャツを買った。

着てみるとこれがやたら暖かい。早速周りへ自慢して歩いた。

あまりの自慢に隣の金持ち爺さんが、ほんだらオイラは2着買うべ、と言って買い、着てみる。

これまたあまりの暖かさにモモヒキシャツ姿で自慢をして回った。

それが何時の間にか島中の人達が老いも若きも次々とモモヒキシャツ姿で歩くようになった。

あたかも島中が宇宙人ではないかと思われる位の姿になってしまったのだ。

観光客は港に降り立つとびっくり。宇宙へ来たのかと勘違いする始末だ。

ビヤダル状の杖をついた婆さん、ボケで帰る家が分からなくなってしまい観光客に、私はどこへ帰ればいいかねーと尋ねた。

観光客は宇宙人のイメージがあったもんでつい天を指差した。

婆さんはいきなり怒り出し、私はまだ死ぬ訳にはいかない、と杖を振り回して追いかけた。

あれれ~と言う間に、婆さんは転倒して骨折してしまった

急いで救急ヘリを呼ぶが、当然事故なので警察も同乗して来たが、ヘリポートの周りの人達のラクタシャツ姿に何んだこれは、とびっくり。

とりあえずは怪我人をと急いで石垣島の総合病院へ運ぶ。

緊急入院するがなんと付き添いの人、見舞いに来る人達がこれまたラクダ姿だ。

病院でも話題となり、病院の爺さんが試しに着ると、なるほど暖かい。

爺さんはこれまた得意になって街中を闊歩するようになった。

映画好きな爺さんはその姿で映画館に行く。

当時は石原裕次郎のマドロス姿にパイプが超人気、爺さんはラクダももひき姿に真っ赤なマドロス帽を被り町内を闊歩する。


1219 節目節目

 ココロ鏡は毎日引っ張り出す必要ありません。月に1度でいいからココロ鏡を呼び出し、

己がどのような人物なのかを己の目で確かめ確認する、ココロ鏡が大事です。

自分は人間としてどうあるべきか、どのような姿であるべきか。

そうです、ココロ鏡を呼び出す時、それは先程の禅の境地に入った状況で己をじっくり写し出す、

それこそ生きて行く上で大事な事ではないだろうかと考えます。

私は20代からこのココロ鏡を引っ張り出し節目節目を確認して生きて来ました。

人口700人前後の小さな島でランプで育ち、隣の人口4万人の石垣島へ渡る事が一番の夢でした。

石垣島には映画館が3つもありネオンも商店街も市場もあります。

高校出る事によって3年間その島で生活し、卒業と同時にテレビの仕事に就きたく上京します。

石垣島の高校には理系コースが無いため商業科コースを卒業し今度はテレビの為、出直し理系科へ。

開設したばかりのカラーTV専門コースに通います。

食う為、昼間は力仕事、2年間夜間学校へ行きますが全んど疲れ果てて勉強どころではありません。

そしてテレビ局入り、いきなりテレシネ、マスター部門と言う、当時のIT最先端の放送局送信心臓部へ配属されます。

1年後にIBMのコンピューターが導入され、コンピューター分野まで携わる事になります。

あまりの変化にどうも付いて行けそうにもない、と悩み自信喪失状態。

その折、ココロ鏡を引っ張り出し、己の置かれている状態、立ち位置などココロ鏡に写し出し考えました。

人口700人の島から4万人の石垣島で高校3年間、そして東京で夜学2年後、放送局へ入ったのです。

そんな中で己のココロ鏡と対峙し、気がつくと島を出て5年後、自分の作った番組が北海道から沖縄迄、そうです全国のお茶の間へ届く、気が付いた時点で自分は何時の間にか一億人の人を相手にする立場の仕事をしていたのです。

自分のやった仕事が一億人の人が見ている、そうです一億人の人が見つめる舞台に立っていたのです。

例え端役ても通行人役でもいい。

何時の日か、まかり間違って一億人が見つめる主役に成るかも知れない、と馬鹿げた事を考え、この仕事を生涯の天職として全うしようと決めたのです。


1218 ココロ鏡 

 これからも己の人生ドラマを、どう展開させていくのか本気で考えるべきではないだろうか。

そして己との対話、己の人生ドラマの進行状況を写し出す上で最も大事なのがココロ鏡です。

皆さんは毎日鏡で己の姿を写し出し、見ているでしょう。

特に女性の方は手鏡などでその都度己の顔を写し、手直しをしたりするのは言うまでもありません。

私はここでもう一つの鏡の存在を提案いたします。

それはココロ鏡です。

己の顔だけではなく、己自身がどのような姿をしているのだろうか?

前後左右上下、あらゆる角度から己を立体的に見つめる、それを私はココロ鏡と呼びます。

己はどのような姿で周りから見られているのだろうか、性格はケチな奴なのか、ガツガツした人間なのだろうか。

自分本位の人間では無いだろうか。

あるいは時の流れに逆らっている奴なのか、時の流れを捉えられる人間なのか女なのか。

一方的に自分しか主張しない人間がいたり、ただ周りに迎合。

こいつは人間では無いのではないかと思われるくらい優柔不断でどうしようもない人もいます。

やたらと人を嫉んだり、被害妄想的な発想の人がいたり、人が苦しい状況にある旨を喜んだりする人間がいたりします。

自分は悪くない周りがみんな悪いんだ、と主張する奴もいれば政治が悪い国が悪い。

自分は悪くない世の中が悪いなんて訳の分からない事ばかり言ってる人もあるかと思います。

さて自分は本当にどのような姿で周りに写っているのだろうか、仕事の上だとかあるいは家庭の中。

あらゆる方面から己を写し出すココロ鏡が大事ではないかと思います。


2026年4月29日水曜日

1217 寝禅

 座禅と言う言葉がある。

禅と言えば、あぐらをかいて体のバランスをとって行うもの、と言うふうにおおむね解釈されているが、

私は禅と言うと寝禅が一番ではないかと考える。

寝た状態で足を半開きにし、軽く胸に手を添える。

この状態こそが体の関節や臓器すべてに均等に重力がかかる。

人間は生きている間かなりの時間寝ている時間がある、その時間は節々や関節や臓器に重力がかからない事になり、

そのこと自体が人間が一番休まる時間だと考える。

騙されたと思って一度行って頂きたいのは、夜寝る時に目を軽く閉じ、両手を胸に軽く添えるとかすかに鼓動が感じられるであろう。

その状態で目一杯息を吸い込み、そしてまた最後の一滴まで雑巾を絞り出すように息を吐く。

それを30回ほど繰り返してみよう。

今迄に経験した事がないくらい体全体が軽くなり、頭が空になるだろう。

そのまま軽く目を閉じた状態でしばらくゆっくりと息を吸い込みゆっくり吐き出す。

その行為を20分程していると、おそらく本当に今まで経験した事がないくらい頭の中が空になるだろう。

それこそが本当の、禅の境地と言えるのではないだろうか。

ゆっくりと目一杯パンパンになるまで息を吸い込む、そしてゆっくりと雑巾を絞るように最後の1滴まで息を吐く、

その行為を30回程繰り返し、その後はゆっくりと吸い込み、またゆっくりと息を吐く行為を20分程繰り返していると、

殆んどの人が禅の領域に入る。

大事な事はその後である。果たして今まで生きてきた自分はどうだったのだろうか。

己の人生ドラマはうまくワンカットワンカットが作れているだろうか。

鼓動との対話が大事です。

母は何のため10月10日も体内で貴方を育み、そして何の為に乳を与え、おむつを取り替えて育てあげて来たのだろうか。

己は母の期待に答えられているのだろうか、母に本当に心底誇れる自分なのだろうか。

己との対話、鼓動対話が一番重要ではないかと思います。

 まだらボケ

おん年 八十 まだらボケ

娘と女房境目なし・

じーと見つめ ウインクする・

何すんのよ!

キモイ スケベーオヤジ 入院だ!

一喝 ショボタレ し・失禁だ~

お~い 酒!

朝から ふざけるな!

二喝目 ショボタレ・タレ・・タレ・・・・

お~い お茶!

・・・ヨシ! 

入院取りやめ! 

・・妄想家族 団欒編

1216 ゴキブリ娘

  片やゴキブリ娘はとうとう両親も他界し、今でも一人で相も変わらず奇声を発しているそうだ。

そしてその家は名実ともにゴキブリだらけ、ゴキブリ館と呼ばれているそうだ。

人生全てゴキブリとの格闘、神から授かった子宮は一度も使われず南端小島で墓場行き。

人生とは何か、と考えさせられます。

あだ名は体を表すのかな・・・・・

島ではその人の特徴を捕え、ユニークで覚えやすいあだ名を付けて呼ぶ習慣があった.

ひかるが生まれた当時、母は戦争最中の食糧難の小島、乳が出ない為ヤギの乳を飲ませ育てた。

ひかるの神様はヒツジ歳だが、ヤギである。

のちに牛の乳を飲ませる習慣が入ってきた。

島で女の赤ちゃんが生まれ、不幸にも母親が亡くなってしまった。

島の人は見た事もなかったが、初めてその子に牛の乳を飲ませて育てた。

女の子だったが島の人達はその子の事を、牛の乳で育ったので牛若丸とあだ名を付けて呼んだ。

女牛若丸誕生だ!

そのうち子供が生まれると次々と牛の乳を飲ませて育てるようになり、結果的に島牛若丸が次々と誕生したのである。

名前を呼ぶのに牛若丸五号、牛若丸六号、なんて事になり、このあだ名は不都合が生じ封印されてしまったが、最初の子は元祖・女牛若丸と呼ばれた。

島には川は勿論、水溜まりも橋も欄干もない。

牛若丸はピョンピョンどこを跳ねていたんだろうか。

石垣を跳ね飛んでいたのだろうか。

石垣を飛び交う牛若丸・・・絵になるなあ~

子供は島で育つと年頃に島を飛び立っていく。

女牛若丸は飛び跳ね過ぎたのだろうか。アメリカへ渡って現地で結婚。女の子二人をもうけた。

娘が大学の卒論にと自分のルーツを求め島を訪れた。やはり顔は女牛若丸、母親そっくり。

島ではその日のうちに伝令が走った。

女牛若丸が島に舞い戻ったぞーと。

当の本人は何んで自分が牛若丸なのかチンプンカンプン。

娘はアメリカと日本の架け橋たらんと東北へ赴き、震災後の復興に取り組む。

アメリカからのボランティア受け入れ窓口として日本語英語で活躍しているとの事です。

日米の架け橋の欄干で女牛若丸はぴょんぴょん跳び跳ねていた。


1215 アイロン娘

  南国の小さな島の人達は普段、作業着姿で取り立ててオシャレなど無縁だ。

20歳になったばかりの千恵子は、育ちの良いオシャレな女の子である。

洋服はいつもピシャリとアイロンがけをし、周りからも羨ましがられる存在だ。

いつの間にか千恵子は、アイロン娘と呼ばれるようになった。

隣村に同じ歳の容姿淡麗、千恵子に勝るとも劣らない一人娘の町子がいた。

どういう訳か町子の前を通ると、時々奇声を発するという。

なんで奇妙な声を出すのかと聞くと、町子はゴキブリが大嫌いでゴキブリを見ると、ほうき片手に格闘するという。

案の定、町子はゴキブリ娘と呼ばれるようになってしまった。

この島では本名よりあだ名の方が羽振りを聞かせる。

アイロン娘、そしてゴキブリ娘と二人は呼ばれるようになってしまう。

このあだ名が命運の分かれ道だったのだろうか。

アイロン娘は早々と結婚するが、ゴキブリ娘は嫁の貰い手がなく、とうとう行かず後家になってしまった。

アイロン娘は年頃になり美容師の勉強をする、と東京へ出る。

そして結婚をするが、何と嫁いだ先がクリーニング屋だったそうだ。

アイロンがけは評判もよく、クリーニング屋は大繁盛。

いつの間にか全国にチェーン店を持つ、大きなクリーニング屋さんになったそうだ。

アイロン娘は可愛い女の子を授かるが、血筋なのかその子もまたアイロンが好きでいつもアイロンがけした洋服を着ていたそうだ。

ばーちゃんとなってしまったアイロン娘は、いつも孫に我が家の家宝はアイロンだぞと話しているそうだ

1214 父狂った

 我が家では女房と娘が台所で握りを頭の上でパッと開く、また目が会うとその動作を繰り返しニタニタする。

どうも父狂ったの合図らしい。

自慢じゃないが、もともとひかるは本を読んだ事がない、と言っていい程文章とは縁がない。

部屋には一冊も蔵書がない、あるのは一冊、百円ショップで買ってきたスピーチの小冊子のみ。

高校は理系に行きたかったが南端の高校には無く、やむなく商業科を出、出遅れ人生で、闇雲に好奇心の追求のみ。

休日はゴロゴロ這いずり、トド様と呼ばれる。

ITの世界に革命が起きているからとて、物書きを始め個人放送局を立ち上げる、と挑戦する事自体おかしい。

本当に狂ってしまったのだろうか、と自分でも思う。

皆さん、このブログの文書、気違いブログかな????

がしかしまてよ、やってみなければ答えは出ないだろう。

試行錯誤しながらもこのサイトは二千万ビュアー突破しているぞ。

今時著書で百万部売れるとベストセラー、二千万ビュアーを著書に換算すると二百万部に相当すのでは・・

もしかして超ベストセラーかな?

ヤッバイ・・ ビュアー数、今後は増えても書かないようにしよう・・

世の中には物書きを目指す人、やっている人達は何をしているのかな?

どんなに素晴らしい文書でも人に見てもらえなかったら意味ないぞ。

早もの勝ちだぞ。

文系に無縁な人でもブログで書きまくろう、とんでもない結果が出るかも・・

文章とは貴方の深層心理、幻でもいい、奥に潜むシーンを第三者に分かるよう活字を並べればそれで済む。文法、作法なんて考える必要なし。

皆さんの周りにカラオケで、よくぞこれ程外れるのか、どうやったらそこまで音程を外す事が出来るのか、どうしてもそのど音痴は真似が出来ない、という人がいるはずだ。

だからカラオケが面白く味がある、というものだ。

ひかるは上下左右、どこから見ても文書ど音痴と言えるかもしれない。

がしかしひかるは超売れっ子作家顔負け、赤ペン入り丸めたわら半紙が部屋に所狭しで格闘する。

やけのやんぱち、存分に書き捲ってやるぞ!

仰げば尊し、我が師の恩・・

仰げば尊し、乙女の木登り・・

仰げば目に毒、屋根屋のフンドシ・・・

ガガ~ン ?!

1213 沖縄の瞳

 皆さん、沖縄出身のアイドルと本土出身のアイドルでは、一つだけはっきりした違いがある。

さて、何んだろうか?

ほとんどの人が気付かないだろうが、実は瞳の黒さが違う。

沖縄女性は黒さが濃い、いわゆる瞳が本当に黒いのである。

白みは本土の人と変わらないので、濃淡がはっきりしていて、強烈に情熱的な感じを与える。

もし、本土の男性がこの黒い瞳で見つめられると、たぶん、イチコロだろう。

夜の渚で一番星が映える、と書いたのはこの事だ。

いや、私は間違った事を書いている訳ではない。

代々、沖縄のDNAを持っていれば、紫外線、直射日光などで、必然的に瞳は濃くなるのだろう。

雪焼け、という言葉がありゴーグルを使う、沖縄は夏場だけでなく、年中真っ白い砂浜、海面反射と日光だ。

子供はサングラスをするはずもなく鍛えられ、先祖から徐々に濃い瞳を引き継いでいくのだ。

子孫を保存するうえでも、いやがおうにも、瞳は黒くならざるをえない。

子孫を残すため、女性の瞳が濃ゆくなったのだ。特に女性で、男性には感じられない。

沖縄女性は男を見る目が特に鋭いのかな?

私も沖縄の血が入っている。沖縄女性から目もくれなかったが結婚相手が江戸っ子だったので辛うじて結婚できた??

北欧の青い目の人がこの島は眩しくて住み着けない、とかなり濃い水中メガネ状の光の漏れないサングラスをして観光している。

本土の人が島へ行くと、眼科で瞳孔を開く薬を使用した状況で、ノーサングラスでは無理だ。

そんな中、裸眼で海辺で遊ぶ子供を見ると納得。

典型的なタレントで、南沙織さんなぞは瞳の黒さ分かるであろう。

往年の大空まゆみや、夏川リミや仲間ゆきえ、宮里藍、石田ゆり、ひかり姉妹等、テレビで見るより実物を見ると、なるほどと八割がた納得するだろう。

安室奈美江、黒島結菜もいたな・

これまた、大発見、黒い瞳の情熱的な沖縄ミドウン(女性)

最近沖縄人のゴルフや高校野球など、屋外での小さな球技での活躍は、たぶん視力もプラス要因になっているかも?

特に陽射しが厳しい夏、ゴルフで沖縄ミドウンが活躍するが、野外でボールを見、焦点を絞った時、輪郭や凹凸、本土の女性よりはっきり見えるはずだ。

そのうち卓球でも沖縄ミドウンがデビューするでしょう。

沖縄ミドウン

命短し、恋せよ男!

行こう、沖縄へ!

骨密度を研究している人が、沖縄出身者は魚貝類を食べているせいか、日光のせいか高い、との事。

瞳を研究している人いないな...

1212 ケツ捲くり

 二泊で川治温泉ツアー旅行へ行った。

ウイークデーとあって老人だらけ。

新宿発、上野経由で上野から乗った。

高速道路で、予定外にお客のトイレタイムをとるとのアナウンス。

70歳くらいのばーさんがパンク状態で路肩へ降りると、後からじーさんが追いて行く。

もどかしくガバッとケツを捲くると、これまたタイミングよくじーさんが傘をパッと目隠しに広げる。

あれれ?

透明のビニール傘、まる見えだ。

ワッと言うどよめきと溜息。

スッキリしたばーさんは、じーさんと手を取りニコニコ顔。

夕食は、大広間で其々膳をとる。

じーさんは食欲おおせいで、ばーさんの善にまで箸を出す、二度もご飯のお代わりを大声でとる。

翌日の夕食は、さすがに中居さんも心得、おひつごと置いていった。

三日目、午後3時出発とあって、昼食後、帰る前の温泉で混雑していた。

すると、女の声がする。

混浴ではないぞ?

よく見ると、あの石臼ケツのばーさんだ。

じーさんと二人、ゆかた姿、おまけにスリッパびしょびしょのまま。

洗い場を端から端まで点検、部屋のカギがないとの事で探している。

とうとう二人は浴槽を見定め、この中にあるはずだ。

温泉を抜こうと手に手をとって行動開始。

おい! 全員風邪を引くぞ!

割腹のいい年寄りが、とうとう切れた。

お前ら!フロントヘ行け!

何も悪い事してないのに何んで怒るのよ、とすごすご退散。

この分だと帰りのバスで何か起こるな、と期待していたが二人でゴーゴーといびきのハモリ。

息が合う、麗しき夫婦愛。

しかし、やはり事件は起きた。

上野へ着くとじーさんは、ここは自分の家ではない、自分の家は川治温泉だ、すぐに引き返せと言い寄る。

ばーさんは一泊しかしていない、もう一泊あるからすぐに引き返せ、と。

麗しき夫婦愛。

例のじーさんが再度切れた。

運転手の首根っこを捕まえ、こいつらここで降ろせ!と。

この二人今夜中に家へ帰れるか、鍵は?

素晴らしい映画のクライマックスシーンを時間切れで見れない感じで後ろ髪を引かれる。

終点、新宿まで行って結末を見たかった。

末期老人語録・・・より。

老夫婦、二人でボケれば、敵なしだ!

老夫婦、二人でボケれば、キミ麻呂だ!

老夫婦、二人でボケればメルヘンだ!

老夫婦、二人でボケれば極楽だ!

1211 老人天国

 スポーツクラブで泳ぐのを日課にしているが、平日のクラブは老人天国だ。

サウナに入った後、平面ガラス張りの広い部屋に10人が腰かけられる総鏡張りの前で、ドライヤーが使えるようになっている。

何気なく見、腰が抜ける程、ギョッとした。

ツルツル禿げのじいさんが3人、その前でツルツル頭にドライヤーを当てているではないか。

鏡に映る顔と、ツルツル後頭。

ガン首、シャレコーベが六つ並んで、しかも裸体で、こっちを見ている光景に見えたのだ。

一瞬、あの世へ来てしまった、と感じ、心臓が止まる思いだった。

異様なる光景とは、その事だろう。

何も毛の無いツルツル頭に、ドライヤーを使う必要ないだろう。

せっかくエコに到達できたのに、電気代の無駄だ!

自宅では、ドライヤーを使わないだろうに、タダだからと言って何の意味がある・・

ヤケドするだけだぞ・・

老人大国、平日、喫茶店に行き、タバコをふかしていると、スリ硝子で仕切られた禁煙席に、ばあさん軍団が、けたたましく入ってきた。

耳が遠いのか、親分肌のババーが、店内に響きわたる声で、しゃべくっている。

ねーねー丁目の山本さん、バイドクじゃない。

バイドクは、頭が禿げるんだって・・

子分・・それって、エイズの事じゃない。

そうそう、そのエイズよ・・

若い頃、東南アジアへ単身赴任。今は、奥さんとも、うまくいっていないみたいよう・・

と、山本氏の話題で、大変な盛り上がりようだ。

その内、私の隣にいた、かわいい毛糸の帽子をかぶった男が、ソワソワ動き出した。

親分の前へつかつかと行き、バサーと帽子をとり、一人一人なめ回すように、睨みつけたのだ。

そう、話題の山本氏だったのだ。

殺傷事件が起きかねない、異様なる雰囲気である。

山本氏の後姿は、肩まで怒り狂っているようで、勘定を払って出て行く。

その後姿を見送ると、親分肌のばあさんは、前にもまして、大きな声で言い放った。

何もエイズだと、決め付けた訳でもないのに、失礼だわ!

睨みつけられる覚えは無いはずよ、と。

おい! ばあさん、あんたに反省の気持ちは無いのか・・

ボケも入ってきているのであろう。

老人大国の日本、そろそろ、ボケ法の制定をしないと、国はなりいかなくなるぞ・・

30年間もオカマを通し、女に成りきった男がいた。

酒の席で、色気も全く感じられない、お前は女に成りきれない、男だ、と言われる。

ボケも入ってきており、感情の上下が激しくなっている男は、相手を刺し殺した。

さて、問題はこれからだ。

心身共に女になりきって、殺人までおこしたこの人物を、男部屋に収監したら、罪になるのか・・

女部屋に収監したら、罪になるのか・・

皆さんで酒の肴に、議論してほしい。

いずれ貴方は、裁判員になる可能性がある。

今の内から、勉強しておこう。

1210 すこぶる面白

 その昔、道路や高速道路が出来、物流が飛躍的に伸びた。

そして運送業などが台頭した。その後通信、電波が出現し、テレビやラジオなど・・

土地や建物は所有しても限界がある。しかし電波には垣根が無い。

土地を千坪持っていても、その上層部は天空まで自分の物とは言えないのであるが、電波は勝手に侵入する。家の中まで入って来るのである。

時代の潮目としてTVやラジオが一気に先端企業になり、その後上空空間を使う空間産業として航空産業、JALやANAが誕生。

そして携帯、ブログの時代へ進んで来たのである。

TV等は国の免許が要る、がブログは垣根がない。

私が他人の家へ入れば即逮捕、しかしこの私のブログはもう既に貴方の家に侵入している。

トイレ、スッポンポンで風呂に入っても私のブログは侵入、貴方の体を舐め回している??

と言っても過言ではないだろう。

恐ろしい・・と言うか、世の中すこぶる面白い。

これ程面白い道具を単なる日記で終わらせる訳にはいかない。

昔・コンピュータは国家や巨大企業の独壇場だった。しかし今は個人で持てる。

昔・電波は国家管理下にあった。今はブログで個人が自由に使える時代になった。

ビルゲイツがコンピユータソフトを考え出した状況以上に、目の前には巨大な市場、チャンスが広がっているのだ。

そうだ、個人で放送を初めてもまったく問題は無い。

GPSを利用した次世代産業を就職に選ぶも良し。

だから言う、著名大学を出ようが時代の潮目を見れなければ底辺を這うしかない。

このブログの、若者よ・・・をじっくり味わい先駆者になろう。

革命だ~

いや、いや、脳内爆発だ~

1209 脳内爆発だ~

 最近電車に乗っていて車内の様子が激変しているのにびっくりした。

皆さん気が付いていたのか、殆んどの人が携帯を見ているのだ!

以前は携帯と言えば耳に当てる物、と思っていたが様子がちょっとの間に変わっているのだ。

メールであったり、ラインであったりゲーム、読み物、ともかく携帯が耳から完璧に目に変わっているのだ。

世の中に革命が起きているのだ。

この革命を見過ごすのではなく乗る事、先取りする事が大事と思い、すぐさまブログを書き出した。

いずれブログはインターネットを超え、巨大市場が出来るはずだ、ライブドアや楽天以上の巨大企業が誕生するはずだ。

そして子会社化されるぞ。

私はブログを単なる日記の延長ではなく、コンテンツさえ考えればとんでもない道具になる、と考え実験に乗り出した。

このサイトは予想を遥かに超えるアクセスを確保。

更なるアクセスが倍増出来れば、本格的な個人放送、携帯放送に切り替える積りだ。

若者よ! 未来は面白くなるぞ!

心して己を見つめ、とんでもない可能性へ舵を取ろう!

携帯はその内本になり、サイフや紙幣になり、世界地図にもなる。

チケットやカード、免許証や保険証代わり、音楽堂、むかし話、語り部であったり、更に国をも支配するかも知れない。

電子マネーはすでに定着、国の紙幣までも利用価値が危ぶまれ、住民票や免許証、パスポート等スマホによる顔や指紋認証等切り替わる事も想定できる。

民間では既に利用、スマホバーコードで座席指定からホテル利用など問題ない。

若者よ! 世の流れの潮目を見る要素を蓄えろ。

1208 マッチ発祥の地

 世の中時々ひょんな物に出会う。

マッチ発祥の碑、なんて誰も知らないだろう。

あのタレントのマッチじゃないぞ。

場所は錦糸町、ひかる邸の近所にその碑がある。

名門だが両国高校の敷地内に、道路に面した所に何気なく目立たない状態だ。

誰が何んの意味があって、何んの為に、わざわざ金を出し建てたのだろうか。

訳が解らない・・・

マッチコレクターで興味の有る人、校内に入らなくても自由に道路から見れ、写真も撮れる。

錦糸町駅前のトイレ、気持ちよく放尿していると、中学生の集団がザワザワ入って来た。

右隣の子が満杯なのか、あせりにあせった挙句、ギャーと声を張り上げ「思いっきり、チャックに挟んだ、擦り剥けたよー」と・

左隣の大き目の子が、声変わりしたのか、低いトーンで、訳の分からない意味不明の歌を歌い出した。

「タマネギむ~けた、皮剥けた~、涙が出たよ~、お父~さん~・・」

禿げ爺ジーは若い頃、皮の剥けた当時の喜びを思い出し、思い切りニタニタうなずいていた・

ジーさん、あんたは変態か?!・


明美とひかるは高校時代からの友達で、郷里の会合などで時々会い、クラス会などでも二人は永遠の恋人同士だ、と言い合い、周りからも羨ましがられる親しい友人関係であった。

年に一度の大勢の郷友会で、日曜昼間、一時頃からの飲み会。

舞台では郷土芸能や隠し芸など賑わう。

友人等の席を回り戻ってくると、四時頃だったか、明美が待っていたかの如く、腕にしがみつき、懇願する眼差し。

私、今マルバイ(ノーパン)なの。スースーして風邪引きそう・・と言う。

バカ、昼間っから誘って、どういう積もりだ! と言うと、あら 色気感じるの?

と茶目っ気たっぷりな会話。二人は何時も孫の自慢話だらけ。

話を聞くと、ビールを飲みトイレへ行くが並んでいる。

こらえて我慢、急いでパンツを下ろし、バッシャーと行ったそうだが、ふたのまま、ストッキングを伝わり小水がかかとまで濡れたそうだ。

しかたないのでパンツを脱ぎ捨てた。だからノーパンだとの事。

あんた男でズボンだし、裏返しにするから、パンツ頂戴、と縋り付いての懇願。

帰り、スカート姿で駅の階段上下は出来ないとの事。

こう言う時こそ男にならなければ、と略奪されてしまった。

明美!もし蓋が割れ、お姫ちゃんが挟まれたらただ事では済まないぞ。

内鍵をかけられ、ギャーギャー騒がれたら救急車どころか、レスキュー隊だぞ!

翌日電話、パンツは後日のり付けアイロンをかけ返しますと。

バカ! 記念にやるよ、と言ってやった。

翌年末、明美はガンであっけなく他界した。

記念のアイロンパンツ履いてあの世へ行ったのかな・

合掌・・・


1207 画



マッチ発祥の地。

1206 「ん」

この島では鳥のフクローの事を、ボイサと言う。

なんでこのような呼びかたになったか、まったく訳が分からない。

また、本土では「ん」から始まる言葉や単語は、数少ないと思うが、この島では、けっこう「ん」から始まる言葉や単語がある。

姉さんの事は、「んーな」と呼び、末娘は、んぼま、と呼ぶ。

貝類でも「ん」から始まる末娘と同じ「んぼま」なる名称あり。

木や草にも「ん」から始まる「んーまに」や「んがな」など。

他にも、んーがま、んげせ、など日本の言語学では理解しづらい言葉が数多く残っている。

この島には、言語学者なる者が一歩たりとも足を踏み入れた形跡がない。

30年前に、早稲田大学の調査隊が出した調査報告を見ると、生活様式や行事などを書いてあるが、肝心な言葉に関する調査が欠落している。

昔の言葉を知る人は数少なく、空前の灯だ。

言語学者がいるとすれば、なんとか今の内なら間に合うかもしれない。南の島々の言語を調査すると、日本語と合い通じる、何かが見つかるのではないだろうか。

訳のわからない方言は他にも、出てくる。

お線香の事をこの島では、ハウと言う。

すぐ目の前の石垣島や竹富島、西表島などでも、この呼び方はないようだ。

だいたいが、クーと言うか、それが訛ったような呼び方のようだ。

それは、たぶん香から来ているのだろう。

しかし、なんでこの島だけ、ハウなのか、まったく訳が分からない。

お線香は、火をつけるのにマッチが必需品だ。

墓参へ出かける時、よく確認された。

忘れ物はないか・・・

ハウ、マッチ・・

どこかで聞いたような気がするな・・

石垣島唯一のマクドナルド、あまりの暑さにふらりと入ると女高生が6人二つのテーブルに陣取り、けたたましい声ではしゃいでいた。

スカートであぐら、片ひざ立てている子もおり、上品とは思えないが、制服からひかるの出た高校でないのに一安心。

沖縄人はよく「行くさ~」「行くね~」「行くば~」と言うようにさ~ね~ば~を語尾に付ける場合がおおい。

女高生の会話・明菜が哲也にレター出したば~ どうなったば~ フラば~よと語尾にば~付けでしゃべっている。

隣の子が携帯の写真を見せられ、ガハハーと高笑いの後 超ば~ っと言う。

何を言っているのか訳が分らない。ズーズー弁ならぬばーばー弁だ。

卒業後本土ヘ行くだろうが、まともに会話出来るのだろうか。

おい 女高生! いつからばーばーに成ったのだ。

2026年4月28日火曜日

1205 イケメン

  島には、全く理解出来ない言葉がある。

行け、という表現は、パリ、と言う。

日本国広し、島の数は、多くあると思うが、行け、という言葉をパリ、と表現する地区ないであろう。

フランスのパリ、がどのような意味を持っているのか知っている方は、教えてもらいたい。

仮に行け、あるいは、目指す、というような意味が、パリに込められているとしたら、それは大変なことだ。

方言が、フランスと関係あるという事になる。

歴史的にフランスとは無関係としか思えない島た。

イケメンの事を方言でいうと、パリメンだ。

パリパリの新入社員という言葉があるが、それは、行け行けの新入社員。

イケメンは当然、パリメンだ。

イケイケメンは、方言でパリパリメン。

俺はイケイケパリパリメンだ! と声を大に言う男がいた。

しかし周りからはアイツはゴミ男だと言われていた。

俺でないぞ~^

ところで貴方は、パリパリメンかな??

1204 パンティー欲しい

  島の古老と飲むと、パンティパンティと言う発音が連発される。

パンティの意味は、いっぱい、と言う意味だ。

いっぱいいっぱい注げ、がパンティ、パンティと言う意味で使われオットットットーがパンティ、パンティになる。

だから飲む時パンティパンティ(いっぱい、いっぱい)と溢れんばかりに注ぎ連発は当たり前。

50年前冷蔵庫は無く氷も無い。島には水も乏しくおチョコで原酒。

オットットットー、いっぱい、いっぱい、パンティ、パンティになる。

下着のパンティは50年前日本に来た排除すべき外来語だ。

以前はサルマタ フンドシ ズロースと言っていた。

時代劇でパンティが出たら即カット、いかさまで放送中止!

だから島の古老と飲む時、パンティパンティパンティー(オットットットー)連発は当然。

ちなみに「お腹がパンパン」は「お腹がパンティパンティ」が正しいでしょう。

パンティパンティパンティー、(いっぱい、いっぱい、いっぱい)、溢れるが「パントゥリル」で「パンクル」は短略語。

島では正式な「パントゥリル」が使われ「パンクル」てはない。

なにしろ、丸々の感じ、太っちょ、はパンティかパンタルに近い発音になる。

太るはパンタルで中国のパンダ、多分太っちょの意味から名前がきているはずだ。

太っちょ、ERが付いてパンタラーになる。

パンタル(太る)のイントネーションとゴロ合がピッタリ、どう考えても偶然とは思えない。

今日も飲み屋で、オットットットー、パンティ パンティーが連呼、オチョコに口付けする。

島の古老にパンティ飲もう、と言うと喜ぶぞ。

パンティ行くわよ、と言うともっと喜ぶぞ。

貴方の愛がいっぱいいっぱい欲しい、は貴方の愛がパンティパンティ欲しいになる。

もしかして、国技館の満員御礼の垂れ幕、パンティ御礼にしたら受けるかも。

フンドシとパンティ、ゴロ合いがいいな・・

飲み屋で満員になったら、パンティ御礼の張り紙を数箇所に張ると大受け、連日パンティ御礼になる事、間違いなし。

なぜか、やっかいニョロ棒が入って、パ~ンティ~と発音すると昔々という意味になる。

今でも使われている方言だから問題なし。

だから島にはパンティーだらけという事になる。

満杯で破裂する状態を、パンクリル、と言う。

そう、自転車がパンクル、はこのパンクリルが原語でいっぱいいっぱいがついにパンクリル、パンクになる。

焼き鳥屋で飲む時、色気のない乾杯代わりに声高らかにパンティパンティパンティーを連呼して飲もう。

回りもつられ、皆んなでパンティパンティーだ!


1203 むんぴる

若い青年二人、A君、B君と酒を飲んでいると、C君の話題、文句で盛り上がっていた。

そこへC君が、「よー!」と、入って来た。

話題は必然的に他の話題となり、アルコールが入り、その内A君が、先程のC君に対する文句話となってきた。

酔った勢いもあり「お前は第一、自分勝手で、どうのこうの・・」と説教に入ったのである。

C君は、切れるタイプなので、B君はなんとか、その話題を止めようと、色々気を使っている。

その内、A君が、B君に対し、「先ほどから黙っていたが、なんで俺を、むんぴるんだ!」と、荒れ出したのである。

むんぴる、とは方言で、つねる、ことだ。

ひかるはすかさず「よくぞこのような古い方言を知っていたもんだ」と、話題を方言に切り替え、場を治めたのである。

この島では、ぴる、という言葉が、いたるところに出てくる。

珍しいは、ぴるまさー、になる。

昼は、当然、ぴる、である。

女の子よ、この島は、ぴるだらけだが、売っていないぞ。

島自体がハートの形をしており、温暖な気候、繁殖牛がたくさん飼われ、受胎率は日本ナンバーワン。

すぐ子供が出来ちゃうぞ。

この島へ来る時は、ぴるを忘れずに・・・

ところで、男がぴるを飲んだら、どうなるのかなぁ・・・

ビール同様、酔うのかな、一度飲んでみようっと。


1202 貴方は一万円か?

 古老の話によると、昔は名字が無かったそうだ。

そのせいか、この島の古老達は、あだ名をよく使っている。

また、あだ名のつけ方が、ユニークで、特徴をよくとらえている。

普通は、大工屋あるいは畳屋、鍛冶屋など、職業による名前を使っているが、結構あだ名を使う場合が多い。

ある体の大きな巨漢の人がいたそうだ。その人のあだ名は、軍艦とつけたそうだ。まともに名前を言っても分からないが、軍艦といえば、すぐ島中で通じる。

そして、その一家は今でも軍艦屋、と呼ばれているそうだ。

その家の嫁は軍艦の嫁と呼ばれ、孫達は軍艦の孫と呼び、誰も苗字を使わない。

ひかるが帰郷し隣村を散策中、おばあちゃんが杖を持って石に腰掛け休んでいた。会釈をし通り過ぎようとしたら、まじまじと見て手招きする。

「初めて見る顔だが、あんたは、一万円か?」と言う。

何の事だ??

訳が分からない。

ボケているのか??

名字を言うと「やっぱりあんたは一万円だ」と言う。

そして、一万円の子供だと言う。

訳を聞くと、ひかるの父が生前、魚獲りの名人だった。

注文を聞き、注文通りの魚種を獲って来、売り歩いていた。

漁で稼ぐので、一日いくら稼ぐのだと聞いたそうだ。

父は「一万円に決めている。それ以上獲らない」と言ったそうだ。

その話一つで翌日からは、一万円というあだ名が島中、伝わったそうだ。

だから父に似ている、ひかるを一万円、いや、一万円の子供だと言う。

それにしても、一万円の子供なら五千円か?

まさか、千円という訳ではないだろう。

よく考えると、ひかるは聖徳太子と肩を並べる大大人物だぞ!!!

しかし大蔵省、なんとか一万円以上の紙幣を発行してくれ。

ひかるは一生、一万円を越えられないではないか。

出来れば、ひかるをモデルに・・・


1201 ハナ ハナ ハナミー

 民宿の庭で観光客と飲んでいると、二十歳前後の女の子がペアでいた。

島の方言で、親しい間柄、信頼している中、親友中の親友は、パナヌミ(鼻の穴)と表現する。

訳は、人間の体の中で、目や耳、乳、手や足など、対になっているが、鼻の穴が一番近い。

奥では一つに繋っているので、極々親しい間柄の事を、パナヌミ、鼻の穴、鼻の仲と呼ぶ。

ちなみに、男女の場合でもこの言葉は使われる。

彼と彼女は、もう出来ている。という場合に、あの二人は、パナヌミだよという。

早い話が、信頼している、極々親しい関係は、ハナミの関係である。

女の子が、キャーキャーいいながら喜んだ。

おじさん、この言葉使っていい? 

大阪でハナ、ハナ、ハナミ、ブレイクさせるよ!

おじさんと私は、ハナミ、ハナミ!

ハナミの元祖は、南の島のおじちゃんだよと、両隣へ割り込んでくる。

おい! おい! おじさんと出来て、子供が出来たら、ひ孫だぞ!

だけど、いいか・・

ハナ ハナ ハナミー

今日も、明日もハナミーで行こう。

あなたには、ハナミーいるかな?

本土では、人指し指で鼻を指すと、自分だが、この島では、昨夜肉体関係が出来たらしいよ、と鼻を指しひそひそ話をされているから気をつけよう・・

東京にいる時は、スポーツクラブで泳ぎ、サウナへ入る事を日課にしている。

男がサウナに入る時、特に前を隠すわけでもなく、租チンあらわに、足は逆八の字、堂々と座る。

いつも会う、アラブ系で、小錦といい勝負する、立派な体格の人だが、その人も、堂々と、租チンを見せ座っている。

先日、隣に年齢30代半ばくらいの男で、中肉中背。

顔は、今はやりのイケメンで、腰にバスタオルをしっかり巻いて、租チンが見えないように隠している。

足は、多少内股、八の字スタイルである。

タオルで、租チンをしっかり隠しているところは、几帳面な人だなと、その程度で、特に違和感も何も感じなかった。

10分くらいたって、汗だくだく。その男も、ほんのりと、体中がピンク色に染まっていた。

その男が、先にサウナを出た。

何気なく後姿を見て、あれれ・・・

背中に、横にブラジャーの跡が、ほんのりついているのであった。

ありゃりゃ・・

なるほど・・なるほど・・

一瞬浮かんだ。

オカマちゃん、租チン隠して、背隠さず。

1200 アリ避難

 前年に続き、大型台風が10月に島を襲った。

4日前の10月3日、島は台風の予兆も無く晴れて雨も無い。

いつも通り庭でくつろいでいると、あれれ?いっぱいいるはずのアリ達が、完璧にいなくなり、巣に避難してしまっているのだ。

とんでもない予知能力だ。

確かに普通の雨と台風では量と時間が桁違いだ。

台風の雨が降り出すと庭が水びたしになり、引かない。早めに巣に戻らないと戻れなくなるのだ。

台風はまだフィリッピン沖にあり、何で島へ来る事、超大型である事を予知出来るのか?

これは、とんでもない大発見だ。

間違いなくアリは予知している。

気象庁、国土交通省はじめ、国挙げての研究が必要ではないか。

もしこのアリ達が、地震を予知出来たら?

これはとんでもない事だ。

国を挙げてP波警報体制が採られている。それに3日前に警報発令の予報が出来れば、被害は格段に軽減されるはずだ。

二千キロ先の台風を予測できるのだから、地震は数十キロから数百キロ圏内、かなり精度の高い情報が得られるのではないだろうか。

ひかるは老後、ブログで遊ぼう、と思ったが、もう一つアリの研究と言うテーマが加わった。

人生、楽させてもらえないようだ。

今日もハエ叩きで99%叩き落せるようになった。

アリ達の食料を確保、アリ達との会話を本気で考える。

ワシは宮本武蔵だ!

ちなみに、ナマズが地震を予測すると言われているが、事実であろう。

しかし、自然界で先祖代々生息している環境の中での事だ。

地震の前の微かな地響きか、水圧の変化で、棲家への影響を読むのだろう。

人間の作った環境や水槽での予測は絶対無理だ。

気象庁、本気でアリを研究すべきだぞ・・


1199 アッコにお任せしたーい

 昔々南の小さな島では若い男女の巡り合い、恋愛やお見合い等ではなく、夜這いが結びつきの大きなきっかけであった、と曾祖父が話をしていた。

今では想像つかない面白い話がある。

小さな島に高島吉蔵、91歳のおじいちゃんがいた。

ばあちゃんは90歳で名前は明子、声と体が一回り大きく別名アッコと呼ばれ、

子供は無く仲の良いオシドリ夫婦。

祭りや行事等を先導、周りから信頼され羨ましがられていた。

おじいさんは年のせいか妄想なのか、あらぬ事を口走るようになった。

家で晩酌をしながらアッコばあちゃんにポツリとしゃべった。

なんと島一番の大金持ちで船を持ち船会社を経営している50歳前後の新一、母親大友良江に昔夜這いを仕掛け出来た子が新一だ。

バリバリ働き者で若かりし頃の俺に似ているであろうと褒めちぎり自慢をしたのである。

さあ大変な事が起きる予感。

島には飲み屋も無く祭りや結婚式や長寿の祝い等島中の人が集まりストレス発散派手に賑う。

そこでアッコバーさんのストレス、ヤキモチが炸裂したのだ。

新一の母親良江の髪の毛を鷲掴み、陰売女 泥棒猫 どうやって亭主を受け入れた。

大股おっぴろげ こうしたのか!

よくぞしゃーしゃーとした顔をしていられる、と噛付き祭りは修羅場と化した。

島中の話題でびっくりしたところだが、この吉蔵じーさんはまたあらぬ事を口走るのである。

郵便局長、五十がらみで一番やり手の男だ。

実はこの裕介の母親下村陽子、若い頃夜這いを仕掛けて出来た俺の種だ。

またあらぬ事を口走ってしまったのである。

これまたアッコばーちゃん大変だ。

島育ちの青年が成人式で、島中の人が集まってのどんちゃん騒ぎの祝いの場。

裕介の母、陽子に馬乗りバトル、島人の祝いの場の楽しみが修羅場と化し台無し。

話はここで終わらない。

吉蔵じーさんはあの診療所の息子、則夫の母親山城京子に私が若い頃夜這いを仕掛けて出来た子供だと・・・

二度ある事は三度ある。

今度は四人のタッグマッチ、女の戦いは恐ろしい。

祭りは全て中止。呪いが祟ったのか吉蔵じーさんは亡くなる。

これで一件落着と思いきや、今度はアッコばーさん、三軒へ乗り込み雀の涙の香典では済まない。

実の父親の香典だと、香典揺すりを初めたのである。

それにしても痴呆症や物忘れ、妄想などあるが三途の川を渡る手前の出来事は気を付けて欲しい!!

島人の願い、和田アッコさ~ん アッコにお任せしたーい。

解決して・・・


1198 女の夜這い

ちなみに、この地区の島に、夜這いは、女がする事になっている島があるそうだ。

そんな島で生まれ育っていればよかった、と誰も思うだろう。

しかし、待てよ・・

もしかして夜這いを待ち続け、何時の間にか立つべきものも立たなくなる。

そしてご臨終、俺は何のために生まれたのか・・

考えないようにしよう・・・・・

女の夜這い。夜這いの作法は、ノーパンが原則だとの事。

ノーパンを方言ではマルバイと言う。

女の夜這いはマルバイだー!

あるボス的存在の女で、顔やプロポーションも十人並み。

その女は、島一番の人気者の男を自分が夜這をかける、と周りに案に振れ回っていたそうだ。

番長的存在だから、当然と考えていたのだろう。

ところが、ある女が、その番長には負けじとこっそり夜這いをかけてしまったのだ。

童貞、略奪だ!

さあ、その事がばれて大変だ。

番長は、手下も動員し、事あるごとにその女をいびり、虐めぬいたのである。

とうとうその女は、島にいられなく、こっそり出ていったそうだ。

以後、親兄弟にも連絡が取れず、生涯行方不明だったという。

しかし、その番長は、いじめの代名詞として、島中知れ渡り、最後まで、結婚出来なかったそうだ。

虐めをすると、結婚出来ない、と言う教訓として、今でも語り継がれ、虐めの事をその女の名前で呼んでいるとの事。

おい! スケバンごっこで、番町やってる女いないか。

あなたの噂は男達に知れ渡り、一生結婚なぞ出来なくなるぞ。

虐めは、よせよ。

虐めは結婚の敵!

それにしてもノーパン女の夜這い、来て欲しい・・

特に村はずれの一軒家で、チョンガー生活男がコチョコチョ台所に立ち、洗濯にトイレや風呂掃除、膝を抱いて寝ていると、つくずく思うもの。

しからば、念じに念じ、念じ続ければ、お夜這いさんが来てくれるのでは、と・・・

戸の隙間をつくり、真っ暗闇にし、待ち続けると気配がしたので、うす目で見ると、野良猫のお夜這いさん。

翌日枕元に小石を用意し、思い切り命中、以後ピタリと来なくなった。

諦める訳にはいかない、お夜這いさんを待ち続けて、一ヶ月半。

待望の、本物のお夜這いさんが来たのだ!

来た・来た・来たぞー!

台風通過後、どんよりと曇った闇夜の三時、うす目で見ると、昼間すれ違い時、笑顔で話しかけて来た、歳は三十前後で二年前より島に住み着いている、艶やかな一人身の女である。

逃げられるとまずいので、いびきをかく。

部屋の隅で闇に目を慣らせた後、いよいよ動き出した。

夏掛けの裾から潜り込み、しなやかなる指先の動き、当然パンツいっちょうはなんなく剥ぎ取られ、息子は直立不動の万全なる体勢。

なま暖かい風は下半身から全身を覆う。

大波、小波、漕ぐ舟は極楽の境地、奥歯が小きざみに舞い上がる。

あまりの腰の激しい使いに、全身の筋肉が収縮し炸裂、思いっきり突き上げた。

夏掛けがポロリ、と落ちた瞬間。

ギャー 

ギ、ギャーーー

歯っ欠け婆バーだ!!!

閃光が全身を走り、生まれて初めて、夢で失神してしもーた。

南無・ 南無・・南無・・・・


1197 図

  


夜這い女


1196 社長

二十歳で島を出た時は、着の身着のまま、石垣島、沖縄本島で、日雇い労働者として旅費を工面、少しでもいまわしい記憶のある島から離れたい、と大阪まで辿り着いたのである。

大阪でペンキ屋、左官や土木作業員等転々し、溶接工になった。

暇になると、どうしても島での出来事を思い出す。

忘れるように、人の二倍三倍働きに働き続けた。

溶接工から身を起こし、今では立派な鉄骨屋の社長となったのだ。

社員へ訓示する事は「借金経営はしない、夜駆け、不意打ちはだめだ、

物事は正面からとらへ、筋を通し、正々堂々と行うべし、

迷った時、辛い時は、お互い知恵を出し合い助け合っていこう」

という経営理念を貫いているのだ。

社内外からも太っ腹な立派なリーダーとして、社長として尊敬されているのであった。

自分は今、何の不足もなく幸せ、お金はその気になって働けばいくらでも手に入る。

明子を見た時、自分が起こした事件、その影響は明子の人生に少なからず災となった事は間違いないだろう。

出来るだけの事をやり、詫びようと思ったのである。

詫びて済むような事ではない、明子が幸せになることを願い、手を合わせる日々である。

今日の金曜日も無言電話があり、明子は華やかな気持ちで踊り狂っていた。

明子の踊りには、願いが込められた念仏踊である。

確かに、昭二の事は、大好きであった。

恋しい昭二、いとしい昭二は、何時の間にか徐々に遠いものとなりつつある。

昭二を思い浮かべると、孫をお風呂に入れる姿、乳母車で散歩、木陰でくつろぐ昭二の姿。

もう今となっては、思いを寄せたとて、叶わぬ夢となってしまった。

世の中を這いずり、惨めな生活を救ってくれた昭二、今では大事な大事な恩人である。

遠のく恋心、不安でもある。

しかし親にはぐれた子供が、親を恨み、親を恋しがる、生きているなら、もう一度会いたい気持ち同様、昭二には、今の姿をもう一度見て欲しい。

今更交わる心は微塵もない。

たった一度、もう一度、自分の姿を見て欲しい。

この極楽とんぼで、一晩で良いから泊まって欲しいのである。

蘇えった明子は、とても六十に手の届く女性とは思えない。

若々しく、遥か彼方を見つめ、遠ざかる昭二の姿を追い求める踊り、時にはフラメンコを遙かに凌ぐ激しさ、しなやかな腰の動き、

見る者を怪しい魔の世界へ引きずり込みかねない、艶やかな色気さえ漂う。

お客が明子の踊りを見ると、ジッとしていられない。

一緒になって腰を上げ、激しく踊り狂うのである。

今日も明子は、心の中で念仏をあげ踊る。

民宿とんぼ 極楽とんぼ。

一度でいいから、泊まりに来て下さい。

きっと、きっとよ!

民宿とんぼ 極楽とんぼ。是非、泊まりに来て下さい。

きっと、きっとよ・・・・・完

1195 大金

  夜這いの話が再燃し、これ以上災が起きては、と明子の縋る気持を振り切り、来た道をとぼとぼ帰る昭二の背中は号泣していた。

昭二は、やはり自分の家には寄らず、そのまま港から四十年前と同じ、誰にも気づかれず島を出た。

後日、明子のもとへ小包が届いた。

差出人住所には全く覚えはなく、昭二からの郵便物には間違いなし。

この郵便物は、明子の度肝を抜くのである。

郵便物の中味は、長靴とカッパ、明子名義の通帳と印鑑、なんと二千万円ものカネが入っていた。

当時のお金では、腰を抜かす程の大金である。

間違いなく、昭二が送ってきたものだと考えられるが、どうしたものか考えあぐねた。

思案に思案をした末、この金を大事に使い、何時の日か昭二に恩返しをしたい、と考えた。

結論を出してからの明子は、まるで人が変わった。

当時、旅人がちらほら島に来たが、聞くところ島の民家にお世話になり、民泊しているとの事。

そこで明子は、大勢の人と会話が出来、大勢の人の為に、民宿をはじめようと決断した。

一度決断をすると、その後はもう電光石火。

役場での諸手続き、指摘、アドバイスを受ければ、間違いなく指示通りやる。

生まれて初めての建物、建築関係者との打ち合わせあり。

民宿は素人なので、石垣島の民宿へ正面からお願い。

お金はいりません、是非、手伝わせて下さいと、朝から晩までお風呂やトイレの掃除。料理、接客方法などを次から次とマスターしていったのだ。

島の民家は、台風があるため平家だが、ものの見事、コンクリート建ての二階家の民宿が一年を待たずに、あっと言う間に完成。

時代も味方したのか、民宿は早々に大繁盛である。

タレントや有名人も宿泊、話題となって大繁盛。

そしてテレビの取材が舞い込んだ。

明子は、飛び上がらんばかりに喜んだ。

もしかして、昭二が見てくれるのではないだろうかと考えたのである。

放送後、明子は昭二からの電話を待つが、やはり一度もかかってこなかった。

しかしよく考えると無言電話がかかってくるようになった。

明子はそこで、はっと気がついた。

電話は毎週金曜日夜の8時頃、決まった時間にかかってくる。

その電話は昭二が名乗れずに明子の声を聞くため、かけているのだと思った。

それからの明子は、金曜日になるとそわそわ、丹念に化粧をし、電話の前で正座するのであった。

そして客は、何故か理解出来ないがこの民宿、金曜日8時以降は、酒の無料飲み放題。

明子が、さも楽しそうに踊りまくるのであった。

ちなみに民宿の名前は、極楽とんぼをイメージし、「とんぼ」と名付けた。

毎週金曜日は、お客も入り交じって踊りまくる、極楽とんぼの民宿となった。

昭二は、誰にも身分を明かしていないが、実は大阪で押しも押されぬ、中堅企業の鉄骨屋の社長となっていた。


1194 土下座

 夜這いがあったあの日、昭二を受け入れ、ささやかな世帯を持ちたいと思っていた。

昭二が後手に、柱に縛られ泣いている時、なんで父親に自分の気持ちを打ち明けられなかったのだろうか。

何度も、何度も後悔をしてきた。

昨夜もトタンに囲まれた風呂場、ドラム缶の風呂に夜空を眺め、昭二に思いを廻らしていたのである。

そんな昭二が、突然目の前に現れ、動揺するのは当然だ。

昭二はまた、アバラ屋を見た時、もう両親はなく一人身だろう。

先ほど来、自分を毛嫌いする事なく受け入れてくれている。

もしかして独身で、ずっと自分を待ち続け今日まできたのではないか。

そう思うと、土下座をし、地べたへガツンガツンガツンと頭がわれる程叩きつけ、謝りたい気持ちで明子以上に動顛していた。

沈黙が続いた後、無意識のうちに初めての言葉が出た。

「結婚はしなかったのか?」

明子は、もう開き直っている。

今までの身の上話をポツリポツリ、とかいつまんで話した。

昭二は聞き終わると、大きなため息をもらした。

明子もまた、昭二にだけは一度話したかった、聞いて欲しい事をしゃべったので肩の荷が下り、ため息をついた。

明らかに朽ち果てたボロボロのトタン屋根、風呂やトイレは青天井、冬場は寒いだろうに。

電気や水道は有るのだろうか。着て居るのはボロボロ・・食べ物は・・・

自分の仕出かした事が明子の体や人生全てボロボロに破滅させてしまった。

謝って住むような事ではない・・

明子の顔を見て居るのが辛く視線を外すとハッと我に返った。

もし昭二が明子に会っている姿を見られると村中島中の人が出ていけ二度と島に来るな、と罵られるだろう。

更に明子の身の上に災いが来る・・

急ぎ出なければ・・

幸いにも明子の家は村の東はずれにあり、誰にも気付かれなかった。

様子で気付いた明子は何気なく「ご結婚は?」と聞いた。

「初めての孫が生まれたばかりだ」・・と

明子は動揺もせず、勿論、それは当然の姿である。

1193 他所者

 そんなある時、島に一人の男が立ち寄った。

手ぶらながら、ネクタイに背広姿、島人の姿とは違うので、明らかに他所者、旅人である。

他の客が船から降り終わった後、一人降りて来たが、人が群がっている所は避け、懐かしそうに探索している。

帽子をかぶり、サングラス、口ひげをはやしているが、そうだ、その男こそが四十年前、夜這い事件を起こした、昭二なのだ。

普通の人は、集落を結ぶ大きな通りを歩くのだが、昭二は防風林ぞいの小さな獣道を、なつかしそうに回りを見ながら歩いていった。

自分の生まれ育った集落にさしかかったが、集落へ入ろうとはせず、そのまま通り過ごした。

四、五百メートルくらい行くと、そこは明子と出会った小さな森だ。

昔と殆んど変わっていない、自分が草刈をしていた場所と、明子が薪拾いをしていた所は、三十メートルくらいしか離れていなかったのだ。

ふくよかな明子の姿が脳裏をよぎる・・

なぜあの時、明子に声をかけられなかったのだろうか。今更ながら情けない。

しばらくして、昭二は、更に先へと進んだ。

そこには、明子の家があるのだ。

明子は何時ものように庭での野菜作り。

トマトの新芽の間引きの後、菜っ葉を植えようと耕していると、人の気配がしたので何気なく振り返ると、そこには石垣から首だけをチョコンと出したサングラスの男が覗いていた。

明子は見た瞬間、それが昭二だと判った。

まさか・・一瞬目を疑ったが、まぎれもない。

長い間、待ち続けた昭二。

まさか まさか・・と胸は張り裂けんばかりに取り乱し、逃げたくなった。

昭二は門口まで来ると、明子を見据えたまま「入ってもよろしいでしょうか」という合図の会釈をした。

あまりの突然の出来事に、明子は混乱していたが、大人がやっと二人腰かけられる、小さな縁台へ促した。

明子はどう対応していいのか、もじもじ戸惑っている。

さすが女人で、こんなみすぼらしい姿だけは見せたくなかった。

化粧っけ一つなし、ボロボロの落魄れた姿だ。

恥ずかしい・・ 恥ずかしい・・ 今すぐにでも逃げ出したい・・

しかし、逢いたい、嬉しい、恥ずかしい、諸々が脳裏でチャンプル、チャンプル。

その内、かすかに笑みが漏れたところは、やはり逢いたかった、嬉しい気持ちの方が恥ずかしい気持ちを、寄り切ったようだ。

実は、明子は昭二のことが好きだった。


1192 瓶拾い

 結婚をさせ、子供でも出来れば、元の明るい子に戻るだろうと、石垣島の知人に、相手を紹介して欲しいと依頼した。

十歳も年上の健一という男と見合いをしたが、抜け殻のようになった明子は、親の言うまま結婚。

健一の仕事は、船の荷役という日雇い労働者だ。

当時は重機がなく、男どもが、蟻の如く沖縄本島行きの船へ荷物を乗せ降ろしをしていたのである。

明子との間には、子供が出来なかった。

それもあったのか、荷役の仕事は、船の出港が午前中の為、朝早く仕事に出かけ正午頃には自宅へ帰るが、酒びたりとなった。

この島にはパチンコなどなく、暇を持て余してどうしても酒に手が出るのである。

酒に酔うと口の暴力、物を投げ、手まで出す始末。

健一の妹がやはり子供も出来ず、出戻って来、姑のいびり。

挙げ句の果ては、健一が外に良枝という女に、子供まで生ませてしまった。

良枝は石垣島生まれで、健一の家族も顔見知り、何のおく面も無く、しゃーしゃーと子供連れで出入りするようになってきた。

明子は、女中以下の扱いだ。

健一は、酒を飲み過ぎたのか、肝臓を患い、六十歳で他界してしまった。

健一の両親は、他所の女に生ませた孫を可愛がり、その女は堂々と出入りする。

姑にはいびられる。

収入がないので、近所の空き瓶を拾い、それで生活するような、乞食同然の生活となった。

リアカーも買えない、天秤棒の前と後ろに、カシガー袋(土嚢袋)で空き瓶を拾い回り、天秤棒担ぎをしている姿を島の人に見られてしまった。

島の親父は、強引に乗り込み島へ連れ戻した。明子五十五歳の時である。

不幸はどこまで追いすがるのか、母は病に倒れ、一年目で他界、父は後を追うようにまた一年後に、他界してしまった。

古い家もまた、台風で吹き飛んでしまったのである。本当の家なし乞食となってしまったのである。

建て直す金などあるはずがない。近所の人が、廃材となったトタンを集め、やっと一人が生活出来る、掘っ立て小屋を建ててくれた。

電気代を払う金もなく、ランプ生活。プロパンガスとて無理、土間で薪拾いをし、煮炊きする生活だ。

あまりにも惨めな乞食同然の身となってしまった。

1191 真っ赤っか

  とうとう夜這いに移っていたのである。

先輩が伝授していた通り、身をかがめ、こっそり家の裏へまわる。

そして、物音一つしないよう、明子の寝ている裏座の戸ををやっと入れるくらいの隙間で開ける。

島の家の造りは、一番座、二番座があり、必ずと言っていい程その裏に裏座がある。そしてその裏座は又、必ずと言っていいくらい外へ出入り出来る構造になっている。

初めての夜這いで、昭二の胸は高鳴り、破裂しそうである。

しばらく目を暗闇に慣らす為、じっとうずくまっていると、なんと明子は大胆なポーズで寝ている。

その姿を見た瞬間、昭二の頭は真っ赤っか。全ての思考力はすっ飛んでいた。

昭二は夕方森で出会い、今夜自分が夜這いに来る事を予測し、待っていてくれたのではないか、と思われるポーズ、ぶるぶる身震いしながら少しずつ近づいていった。

その時、襖が五センチ程そっと開いたのであるが、人生最高調、絶好調に興奮し捲くっている昭二は、まったく気がつくはずがない。

ふっくらと盛り上がった明子の乳房へ手がかかる瞬間。

予告無し、稲妻なしの突然の落雷!

「こらあー!! 」と親父の怒鳴り声、天井がスピーカーのコーンとなり爆音が部屋中に響き渡ったのだ。

昭二はそれこそ、失神しかねない驚きだが、抜けた腰でも、とにかく逃げた。

隙間にしこたまぶつけたが、抜け出し、東から回って逃げようとすると、親父が先周りし、泥棒、泥棒、と言って、通せんぼ。

身をひる返し、西側から逃げようとすると、今度は母親が、棒を振りかざし、泥棒、泥棒と叫び、はさみ打ちになってしまった。

しからば、石垣をよじ登って逃げようと飛びついたが、酔いがまわっていたのか、すんでのところ、石垣の上で親父にズボンの裾を捕まれてしまった。

ヤモリなら尻尾を切って逃げるが、へばりついたまま、母親はコン棒振りかざし、恐ろしい形相で、事あらば、と一撃態勢、身動き出来ない状態。

後手にねじ上げられ、家の中に引きずり込まれた。

そして両手を後手に、柱に縛りつけられてしまったのだ。

普通なら説教をし、誤れば解き放つのだが、かわいい一人娘を狙ったにっくき男、親父は気がすまない。

夜が明けると、村中の人に「大泥棒を捕まえたから、顔を見てやってくれ」と、振れ回ったのだ。

隣村からも見物に来、秀雄や久雄などまでがドジしやがったなとニタニタ見物、これ程の屈辱は無い、という晒し者。

親が謝り解き放たれたが、昭二は外にも出ずこもりっ切りだ。

自殺しかねない、見るに見かね、次男の昭二は島からこっそり逃げるように出る、勿論行き先もなく着の身着のまま見送る人も無い。

以後の行方は親兄弟、誰一人とて知る人はない。

あれ程明るかった明子は、以来ふさぎ込んでしまった。

中学生の頃はテニスに打ち込み、地区代表として県大会まで出る程の腕前。

みんなの人気者だった。

それがまた親父の誇りだった。


 1190 注意点

 日本の南端、この黒島ではその昔、夜這いは日常の出来事で、公然と行われていた。

勿論、夜這いが成立するには、お互いがある程度、好意を持ち、受け入れられていたのである。

昭二は二十歳。隣村の十八歳、明子に、ほのかな想いを寄せていた。

夕陽が真っ赤に沈みかけた頃、隣村との間にある森へ、牛の草刈リに出かけた。

その森へ明子もまた、薪ひろいに来ていた。二人は森の中で、出会わしたのである。

明子の素振りも決して昭二が嫌いと言う訳ではなく、好意を持っているかに見えた。

明子は流行歌を口ずさみ、さも楽しそうに嬉しそうに薪拾いをしていた。

声をかければよかったのだが、昭二は寡黙で気が小さく、そのまま別れてしまったのである。

夜は村の中心にある大きなガジュマルの下で青年達は、さんさんごご集まって酒を酌み交わす。

昭二も先輩達といっしょに飲んでいたが、話題が夜這いの話で盛り上がっていた。

「おい! 中里村の明子はよ今一番いい、熟しているぞ、誰が夜這いをかけるんだ」

他の先輩が「中里村の秀雄がよあの子に気がある、近々間違いなく夜這いをかけるはずだぞ」

「お前ら甲斐性なしだな、この村から先に夜這いかける奴いないのか」

「久雄! お前度胸ないのか?」

久雄はやってもいいかな。と打診をし乗り気になっている。

親父の行動を注意しろ、力仕事で疲れ果てぐっすり寝込んだ夜をねらへ、この空になった二合ビンに水を入れ、戸走りをたっぷり濡らし音が出ないようにしろ、など久雄に夜這いの注意点をこと細かに伝授しているのである。

昭二は、決して明子はこいつらの夜這いを受け入れないだろうと期待しながらも、もしかして、と不安が次々に膨れ上がっていく。

先輩は、俺が夜這いをかけた時、布団からそっと足元に忍び寄ったが、相手は男だった。

その娘は弟と一緒に寝ていたのだ、その日は失敗に終わった。

そこで、運動会の夜、弟がぐっすり寝ている時に夜這いをかけたら、大成功。

あの娘はよかった、おいしかったぞ、と色々と自慢話をし煽り立てている。

夜這いの話、明子の話題で、その晩は持ちっ切りだった。

昭二は、寝ようとしたが、夜這いの話が頭にこびりつき、久雄の夜這いに屈する明子の顔で、悶々と寝られなかった。

夜中の三時、特に意識した訳ではないが、いつの間にか明子の家の近くをうろついていた。

周りはどの家も真っ暗闇で寝静まっている。

先輩の、早くしないと他の奴らに夜這いをされるぞ。その言葉が頭の中で、エコーとなって止まらない。


2026年4月27日月曜日

1189 珍人生

 この島に、30年前に本土から移住してきた人がいる。

コンクリで立派な家を建て、そのかわり冬場しか島にはいない夏場は本土へ帰るのである。

その家が空き家にならないよう、管理の名目で夏場だけY氏が利用している。

当然30年来、島へ来ているから、年齢的にもも50半ばである。

そのY氏の生き方が変わっている。

冬場はどうするかというと、本土のスキー場でインストラクターをしているという。

冬場にインストラクターで稼いだカネで、夏場は、他人の家を自由に使って気ままに生きているのである。

背丈も高く、顔自体も、結構モテるタイプだ。

そして島の民宿とも顔見知りになり、夏場は水着姿の女の子たちをいろんなポイントへ案内したりして、自由に生活している。

自分の家も持たず、結婚もせず、しかも常に若い女達が回りにはべり、不自由しない、ちゃんと人生が成り立っているのである。

スポーツマンタイプで、女性がかなり群がってくるはずだのに、うまくかわす術もあるようだ。

お金が無くても、自由で気まま、しかも女に不自由しない生活を30年も続けられる、まか不思議である。

団塊世代の人達は、働かざる者、食うべからず、としゃにむに働いて家庭を維持してきたはずだ。

そういう人達から見ると、いかにもこんな人生があるのか、一年だけでも体験したい、と感心させられる珍人生物語である。

M君は、20年前、二十歳の時に、この島に遊びに来た。

ちょうどその頃、島の人が民宿をしていたが、閑古鳥が鳴き、つぶれかかった一軒の民宿を自分が借り切るような形で、経営を引き継いだ。

島の人が民宿をやると、どうしても昔からの島料理であったり、結構虫がいるが、それも全然気にしない。

よってなかなか繁盛しないのである。

M君はかれこれ15年間、コツコツとリピーター客を捕まえ、そして嫁さんも確保、子供もでき、いよいよ自分の民宿を建てる計画を実行した。

土地を確保し、整地していると、どうも古井戸らしいものが出てきた。

誰かが、埋めた跡が残っていた。

村の古老に話を聞くと、確かにここには依然、家があって、間違い無くそれは、古い井戸であるとの事だった。

その古老は、あなたは大変幸運な男だ、島では昔から、井戸を埋めると、子孫末代まで、いいことがないと、言われている。

その井戸を見つけたのだから、ちゃんと生きかえらせれば、君には幸運がもたらされるであろう、と言ったのである。

誰かが埋めた形跡があり、庭も狭くなるので、そのまま埋めてしまおうかと思ったが、古老の話が気にかかり、生きかえらせることにした。

雨水を溜めるための、丸いタンクの使い古しをその井戸にかぶせ、真ん中に穴を開け、鉄パイプで、空気が通るようにし、子供たちにも危険が、及ばないようにしたのである。

コンクリ二階建て、島1番の立派な民宿が出来上がり、営業を開始すると、古老に言われた通り、見事に繁盛したのである。

開業してから2年、今ではお客を断るのが、大変だという。

中には、日程をずらせても宿泊できない、どういうことだと詰め寄るお客もおり、うれしい悲鳴どころか、本当につらいですよと嘆いている。

観光客の中には、その古井戸を見、それは何ですかと尋ねる人もいるという。

これこれしかじか、と話をすると、この古井戸のおかげで、私たちはこんな立派な民宿に宿泊出来たんだと、手を合わせるお客さんもいるという。

M君は、村の古老の話を聞き捨てにせず、おかげで自分は、言われた通り、大変な幸運に恵まれたと、感謝をしているとのことだ。

古井戸や、お客呼び込む、福の神


1188 スケベーじーさん

 南の島には、個性豊かな老人達が多い。

自他共に認める、島で一番のスケベーじいさんがいる。

水着姿の観光客、女の子達が集まる休憩所へ何時もちょこちょこ出かけるじいさんで、若いピチピチした女の子を見ると、すり寄っていく。

あんたは肌が白い、顔立ちにも気品がある、京都の生まれであろう、とかなんとか言って、話しかけていく。

観光客も、明らかに島のじいさんだと言う事が分かるので、別に拒否反応も示さず、また南の島ゆえ開放的に色々な話をして過ごす。

じいさん、毎日若い女の子のケツを追っかけ、ばあさんにやきもち妬かれないのか、と聞くと「あはー ばあさんは、とっくに死んだよ」

おい おい 生きている人を殺すなよ!

ばあさんが死んでいたら、あんたはとっくに死んでいるよ!

このじーさん、ボケているのか、ばあさんが世話しなければ、生きて行けないはずだが、脳内プログラム、三途の川、いや海の景色を楽しんでいるようだ。

ワシは若い娘たちから、パワーをもらっているから元気でいられる、と本気でしゃべっている。

そのじいさんがニコニコ笑って、おい! ひかる、この島は格が上がったぞ、と言う。

よくよく話を聞くと、以前は観光客に年寄りが多かった。

しかし最近では、若くてしかも美人だけが、こぞって島へ訪れるという。

だからこの島の格が上がったと、じいさんは主張するのだ。

確かにここ数年で、この島へ訪れる観光客は、若い女の子の比率が格段に上がったことは事実である。

この地区は今、離島観光ブームでかつてない程、沸き上がっている。

石垣市を中心として、黒島には毎日15便ほどの往復便がある。

この島より少し小さいが、竹富島は文化財に指定され、牛車での島めぐり、赤い瓦屋根、道路などの景観が観光客に大人気。

黒島の3倍以上、毎日50便が、石垣島から観光客を運んでいる。

隣の小浜島は、黒島よりちょっと大きいが、NHKの朝ドラちゅらさんドラマの舞台となって、その島も、毎日33便くらいの往復便があり、観光客で沸きかえっている。

また、隣の西表島は、東洋のアマゾンと呼ばれるだけあり、沖縄本島に次ぐ2番目に大きな島であるため、そこも、石垣島より、40便前後の船が往復している。

また、船の大きさも、定員数も格段に違い、黒島便は小さな船が15便しかないということは、いかにこの島が観光地化してないかということが分かる。

また竹富島や小浜島、西表島などは、ツアー観光のコースに取り入れられている。

黒島は民宿の数も少なく、大勢の団体が来た場合、トイレや休憩所など、とても対応できない。

石垣島の離島桟橋で見ていると、三角の旗を持ったツアーガイドが、大声を張り上げ、ムカデのごとく、竹富島や小浜島、西表島などへ渡っていく。

水着に飽きる?

若い人達は、どうしても中高年、団体客、ぺちゃくちゃ食べ、スピッツの如く、しゃべりまくるあの集団には、辟易するようだ。

よって若い観光客が、締め出される形で、今度は黒島へ押し寄せる。

だからスケベーじーさんの言う通り、海岸へ行くと、若いピチピチしたギャルたちが、ごろごろいる。

この島で2、3年も生活すると、誰でも水着に飽きてしまう。

海のない、あまり水着に出会える機会の少ない人達から見ると、嘘だろうというかもしれないが、マジな話だ。

シーズンになると、水着での集落内歩行はやめましょう、との立て看板も熱いので守れない。

また、格安航空券も国内で一番長い距離があるため、割安感があり、東京の人が軽井沢、箱根や伊豆半島へ出かけるように、この地区へ人が集まる。

南島楽園、まだまだ続くようだ。

1187 くっ付けろ 

 島の方言で、くっ付ける、は「しびしきる」だ。

しび、はお尻だ。

しきる、はくっ付けろだ。

彼と彼女を、しびしきれ!、は「くっ付けろ」と言う事で、お尻をくっ付けさせろ、と言う事だ。

人間の親しくなる関係、くっ付く関係、同胞関係をお尻で表現する所あるかな?

あれれ!

テレビでお尻をプリンプリン、クレヨンシンちゃんなんて、漫画があるな・・

作者は黒島で発想したのかな・・

世間では、握手をしたり、抱擁や頬をくっ付けたりするが、お尻プリンプリン、ペッタンコ!

島は人口二百数十人、しかも年寄りだらけ、牛三千五百頭。

あのバイデン大統領がパンツを下ろし、紅いお尻をプリンプリン、岸田総理の真っ白いお尻とペッタンコ、紅白ケツでガツーン!と目出度い穴会わせ。

おい!おい! このコーナー日本の想像百景当選だぞ!

超モテモテ男は、可愛い娘がパンツを下ろし、お尻をプリンプリン取り囲む。

おい! いきなりぶちかませたらあかんぞ。

パンツを下ろし、儀式をペッタンコ。

ちなみに、超モテモテ、ワシの周りは尻だらけ。

パンツを下ろし、ペッタンコ。

?? 感触が違うぞ・・

牛だ! 牛だーー!

思いっきり股間を蹴られ、虫の息・・・

た・す・け・て~?

牛憲法第一条・・ 例え牛 合意が必要 穴触り・・

 1186 画

 


穴だらけ・・


1185 悲恋

 育造爺ジイーは、大阪の漬物工場で、長い間働いていたが、ふらりと一人で、生まれ島へ戻って来た。

結婚はしたことがあるのか、子供は居なかったのか、誰にも過去の話はしない、と言う。

機嫌良さそうな顔で、どうやって手に入れたのか、泡盛の二合ビンを1本持って、ひかる、今日はオレのおごりだ!、といって、ふらりと入ってきた。

楽しいことがあったのか、いつもより、水の量が少なく、ほとんどストレートで、1本飲んでしまった。

「育造爺ジイー、この歳で一人は惨めだよ、女はいなかったのか、どこぞで子供は居ないのか」と聞くと、小さな目で睨み付けた後、どういうわけかポツリと、過去の話をした。

漬物工場の近くにある、町内の縫製工場に努める、可愛い子で、名前は良枝という。

良枝は母思いで、いつもセーターやマフラーを編んで、秋田の母に送っていたという。

二人は、一緒になる約束をしていたそうだ。

そのうち良枝の母の具合が悪いということで、秋田へ帰ったとのこと。

育造爺ジイーは、世帯を持つため、一生懸命働きに働いたが、そのうち島の自分の母が具合が悪いということで、呼び戻されたそうだ。

昔のことだ。今みたいに、飛行機が使えるわけでもない。一度果ての島へ帰ったら、2度と本土へ行くということは、大変なことだ。

世帯を持つと約束した二人の関係はあまりにも遠く離れ、以後ぷっつり途絶えたと言う。

育造爺ジイーは、下手ながら、夜な夜な三味線をつまびく。

そして歌うのは、かごの鳥である。

良枝とのことは、誰にも話したことがない。初めて打ち明けたのだろう。

話の途中から、もうおいおい泣き出して、涙が止まらない。

80歳になった今でも良枝のことが忘れられず、夜な夜な、かごの鳥を歌う。

会いに 来たのに?なぜ出て会わぬ・・

僕の?呼ぶ声?聞こえぬか・・

今宵また、南の小さな島の空に、かごの鳥が響く。

声の限り、途切れ途切れに叫ぶ、がごの鳥の歌は、物悲しー

そしてまた明日は港へ行き、若い娘を見つけては「どこから来たねー」、と探し求める。

もう良枝は、こんな若さではないだろうに、育造爺ジイーには、色が白くて、髪の毛を束ねていた、若い時の良枝の面影で、いっぱいだ。

そして、良枝が編んでくれたという、セーターを、今でも大事に、大事にしている。

育造爺ジイーは、もう長くはないだろう。せめてひと目、秋田にいるという、良枝にあわせてやりたい。

良枝、一度でいいから、いや生きているなら、声だけでもいい。

命の限り、あなたを待ち続ける、育造爺ジイーは、かわいそうだ。

育造爺ジイーの声が聞こえるか。

会いたさ、見たさーに、怖さを忘れ・・

会いに 来たの?に なぜ出て会わぬ・・

僕の?呼ぶ声 聞こえーぬか・・

搾り出すかすれ声は潮騒に沁みていく・・・


1184 死なすしかないさー

いわれたとおり水をかけると、確かに寒いのか、泣き止まる、がしかし、30分もするとまた泣き始まる。

30分おきに水をかけ通したが、人間の体が持たない。

オスのヤギのいるところ知っているので、連れてこようか、というと、奥さんは即座にブルルン、ブルルン、ブルルンと、首を横に振る。

これ以上ヤギが増えたらどうなる、よほど懲りたと見える。

「仕方ないさー、殺すしかないさー」

この後に及んでは、高山夫婦も従うしかない。

しかし、ヤギを殺せる人はそういない。

3人ほど名前を挙げてもらい、頼みに行くと、勘弁してくれとのことだという。

そこでまた育造爺ジイーは、最後の頼みで、ひかるのところへ行けといったとの事。

確かに子供の頃、ヤギは食用に飼育していたので殺し、解体した経験はあるが、いまさら殺傷は嫌だ。

あまりの困惑顔に、ひかるの方で3名のうちの一人に泡盛をしたたか飲ませ、人助けだからと頼むと、なんとか殺すことに同意した。

ヤギの泣き声が止まった時、うわさが出る。

誰が殺したのか? たぶん殺し屋ナンバーワン男はアイツだろう・・

田舎暮らし、意外と見落としがちなのは、ベッドによるトラブルだ。

去勢する動物病院が、田舎や島にはない場合が多い。

犬を飼っている家があるが、やはりオスやメスだけでは、問題が出る。

発情期はかなり凶暴で、誰それが噛まれ、誰それが、噛まれる直前まで行ったという話を聞く。

観光客には子供連れもいる。子供がそのような犬に噛まれ病院、旅行変更ダイナシで賠償問題にまでなる事を考えるとゾッとする。

また去勢しているからとて周りには去勢していない野良動物がおり、トラブルもある。

田舎暮らしを計画している人が居たら、厳重な注意が必要だ。

殺し屋は、そう簡単には見つからないぞ!

1183 悲痛な声

  前にも増して泣き方が、懇願するようなもの悲しさと悲痛な声で泣いている。

再度育造爺ジイーの所へ行くと、満面の笑顔で泡盛を舌なめずりで飲んでいる。

ジーが泡盛を飲むとケツに根が生え、びくとも動かず、泣き声などまったく耳に入らない。

頼んでも、頭の中は泡盛のことだけでまったく話にならない。

そして言い放った。

一晩くらいは、ヤギと添い寝しな、再度泣き出したら指を2本突っ込め、これを繰り返していると大丈夫だよ!

やぎの糞の中で寝るのか!、バカバカしいと高山夫婦は、腹に据えかね帰った。

今度は、ひかるの所へ相談に来た。

あまりにも島暮らしのルールを知らない。

バカバカしい相談なので、この問題を解決できれば、間違いなくノーベル賞はもらえる、夫婦で本気になって考えな!

ヤギの糞がいやなら、自分のベットへお招きしろ、と言ってやった。

夫婦は周りに、島人は自分たちの悩みを本気に相談にのってくれない、自分建ちは、移住者としてよそ者扱いされていると、愚痴をこぼしたそうだ。

あんたら馬鹿か!。

そんな下らないことで島の人たちと諍いを超すようだったら、この先が思いやられる。

横浜へ帰って、週刊誌ネタで、井戸端会議をしていろ!

帰ったほうがましだぞ・・・!

高山夫妻のところの、二匹目のヤギがとうとう発情してしまった。

メスヤギの鳴き声は、ますますひどく、1週間おきに、2日間、昼夜を問わず泣き続けるという。

それに今度は、子ヤギが泣きはじめたのである。

高山夫人は、とうとう完全なるノイローゼ状態だ。

今度こそはと、わらにもすがる思いで、育造爺ジイーのところへ相談に行くと、「水をかければいいさー」という。


1182 郵便配達

見晴らしのいい観光休憩所でのんびりしていると、赤い郵便局のバイクが来、顔なじみの配達員が、兄さん、東京から手紙だよ!、と配達してくれた。

東京なら郵便受けへポンで終わりだが、島らしい。

なぜ俺がここに居る事が分かった、と聞くと、民宿で聞いた、との事。

そうだ、民宿の親父は、立ち寄らなくても、厨房で仕事中でも、バイクの音を聞き分けることが出来る。

10分前に、こっちの方へ行ったから、と教えてくれたそうだ。

他にもバイクは走っているが、音が違うし、時間帯により誰が通ったか、見なくても分かる。

島はのどかでいい所だ。

最近、石垣島より若い娘達が日帰りでワンサと訪れれる。

港でカニウマを借り、島内一周して必ず立ち寄るのが、赤いポストの郵便局だ。

そう、この南のハート島のポストに想いを投函すると成就する、と言われ、押し寄せるのである。

ワーリトーリ(歓迎)黒島へ!

島に、横浜から移住してきた、50代の高山夫婦がいる。

子供はなく、二人きりの生活で、大きな番犬を飼っている。

それにペットとして、メスのヤギを二匹、飼いだした。

大きい方のヤギが、ここのところやたらめったら泣く、それも、一昼夜メーメー泣き続けるのである。

泣き止むかと思うと、2週間もすると、また夜通し泣き続ける。夜中2時3時であれ関係なく、不眠不休で泣き続けるのだ。

島の人に聞くと、それは発情だろうとのことだ。

さて、困ったことに、オスのヤギがいない。

とうとう3回目も泣き出し、隣近所に対しても迷惑だし夜も眠れない。

そのうち二匹目も泣き出したら、やっとの思いで移住したのに、島にはいられない。

高山夫婦は、困りはててしまった。

育造爺ジイーなら、島のことは知っているし、頼んでみようということになった。

ジイーは、しばらく人から頼まれ事も無いので、即座にOKだ。

ヤギ小屋へ行くと、荒々しくメスヤギを横倒し、な、ななんと、指をメスヤギの熟れたあそこへ突っ込んだのである。

メスヤギは、いきなり抑え込まれ,眼をパチパチ、オジさん何すんのよ!と言っているのか、唇ムニャムニャ、あまりにも速い動作に、あっけにとられた顔だ。

そうすると、どういう訳か泣きやんでしまったのである。

高山夫婦は大いに感謝、感激。大事に取ってあった泡盛の古酒と、夜のおかず用に用意してあった刺身を育造爺ジイーに渡した。

育造爺ジイーは、得意満面、「何かあったらいつでも相談に乗るさー」と意気揚々と帰っていった。

ところがところがだ。

2時間もすると、またメーメー泣き出したのである。

2026年4月26日日曜日

 1181 半ボケ

 皆さん、ハートアイランドご存知ですか。
沖縄本島から南へ450キロ。
周囲12キロという、ものの見事にハート型をした、小さな島がある。
黒島で、別名はハートアイランドと呼ばれている。
この島に年齢は80歳を越した、いまだに独身の一人の爺ジーが居る。
頭は完璧にツルツル、ツルッ禿げだがその分あごヒゲはもじゃもじゃ。
目は人一倍小さい。遠くから見ると、どう見ても顔が上下逆回転だ。
いつも短パンにランニング姿で、腹がポッコリと出ている。
年のせいか、半分ボケが入っている。
足腰は意外と丈夫で何時も自転車を乗り回し、昼間から島中を徘徊している。
見晴らしのいい、休憩所などで観光客がいると誰かれ構わず、「何処から来たね~」と声をかけ回る。
爺ジーは若い頃、20年程大阪で仕事をし自分の生まれ育ったこの島へ、ふらりと単身戻って来た。
観光客が名古屋から来たというと、私は20年間名古屋で住んでいたといい。適当に話を合わせる。
別な観光客が、仙台から来たといえば自分は20年間、仙台に住んでいた事がある、と良い加減だ。
毎日が徘徊と、想像の世界である。
顎鬚は見事、そして笑顔が子供のように愛らしき、いつもニコニコしている。
観光客は、半分ボケているとは誰も思わない。
最近島に、外人観光客が増えてきたが、育造爺ジイーは果敢に挑戦する。
「何処から来たね~」と聞き「スイスから来た」というと、私は20年間スイスで生活していたと始まる。
エッフェル塔の眺めは、素晴らしい。上ったことあるかい。
ゼラシックパークという公園では、昼間からよくも、若者がチュウチュウ、キスをして恥ずかしくないのかね。
・・・・???
話は全く通じない。
また別の外人を見つけ、何処から来たね~、と始まる。
イギリスから来たというと、私は20年間イギリスに住んでいた事があると始まる。
セーヌ川の高台の高級住宅街、知ってるかと得意になって話をする・・・・???
話は全く通じない。
とうとう育造爺ジイーは外人と話をする事を止めた。
その点を聞くと「あいつら、バカだよ」
こんな小さな島へ流れ着くような外人は、学校なんぞ出ていない無学文盲だ。
育造爺ジイーは、芯から怒り出す。
今日も育造爺ジイーは自転車で徘徊をはじめる。

 1180 画像



ハート島。

f1191 真っ赤っか

とうとう夜這いに移っていたのである。 先輩が伝授していた通り、身をかがめ、こっそり家の裏へまわる。 そして、物音一つしないよう、明子の寝ている裏座の戸ををやっと入れるくらいの隙間で開ける。 島の家の造りは、一番座、二番座があり、必ずと言っていい程その裏に裏座がある。そしてその裏座は又、必ずと言っていいくらい外へ出入り出来る構造になっている。 初めての夜這いで、昭二の胸は高鳴り、破裂しそうである。 しばらく目を暗闇に慣らす為、じっとうずくまっていると、なんと明子は大胆なポーズで寝ている。 その姿を見た瞬間、昭二の頭は真っ赤っか。全ての思考力はすっ飛んでいた。 昭二は夕方森で出会い、今夜自分が夜這いに来る事を予測し、待っていてくれたのではないか、と思われるポーズ、ぶるぶる身震いしながら少しずつ近づいていった。 その時、襖が五センチ程そっと開いたのであるが、人生最高調、絶好調に興奮し捲くっている昭二は、まったく気がつくはずがない。 ふっくらと盛り上がった明子の乳房へ手がかかる瞬間。 予告無し、稲妻なしの突然の落雷! 「こらあー!! 」と親父の怒鳴り声、天井がスピーカーのコーンとなり爆音が部屋中に響き渡ったのだ。 昭二はそれこそ、失神しかねない驚きだが、抜けた腰でも、とにかく逃げた。 隙間にしこたまぶつけたが、抜け出し、東から回って逃げようとすると、親父が先周りし、泥棒、泥棒、と言って、通せんぼ。 身をひる返し、西側から逃げようとすると、今度は母親が、棒を振りかざし、泥棒、泥棒と叫び、はさみ打ちになってしまった。 しからば、石垣をよじ登って逃げようと飛びついたが、酔いがまわっていたのか、すんでのところ、石垣の上で親父にズボンの裾を捕まれてしまった。 ヤモリなら尻尾を切って逃げるが、へばりついたまま、母親はコン棒振りかざし、恐ろしい形相で、事あらば、と一撃態勢、身動き出来ない状態。 後手にねじ上げられ、家の中に引きずり込まれた。 そして両手を後手に、柱に縛りつけられてしまったのだ。 普通なら説教をし、誤れば解き放つのだが、かわいい一人娘を狙ったにっくき男、親父は気がすまない。 夜が明けると、村中の人に「大泥棒を捕まえたから、顔を見てやってくれ」と、振れ回ったのだ。 隣村からも見物に来、秀雄や久雄などまでがドジしやがったなとニタニタ見物、これ程の屈辱は無い、という晒し者。 親が謝り解き放たれたが、昭二は外にも出ずこもりっ切りだ。 自殺しかねない、見るに見かね、次男の昭二は島からこっそり逃げるように出る、勿論行き先もなく着の身着のまま見送る人も無い。 以後の行方は親兄弟、誰一人とて知る人はない。 あれ程明るかった明子は、以来ふさぎ込んでしまった。 中学生の頃はテニスに打ち込み、地区代表として県大会まで出る程の腕前。 みんなの人気者だった。 それがまた親父の誇りだった。

f1187 くっ付けろ

島の方言で、くっ付ける、は「しびしきる」だ。 しび、はお尻だ。 しきる、はくっ付けろだ。 彼と彼女を、しびしきれ!、は「くっ付けろ」と言う事で、お尻をくっ付けさせろ、と言う事だ。 人間の親しくなる関係、くっ付く関係、同胞関係をお尻で表現する所あるかな? あれれ! テレビでお尻をプリンプリン、クレヨンシンちゃんなんて、漫画があるな・・ 作者は黒島で発想したのかな・・ 世間では、握手をしたり、抱擁や頬をくっ付けたりするが、お尻プリンプリン、ペッタンコ! 島は人口二百数十人、しかも年寄りだらけ、牛三千五百頭。 あのバイデン大統領がパンツを下ろし、紅いお尻をプリンプリン、岸田総理の真っ白いお尻とペッタンコ、紅白ケツでガツーン!と目出度い穴会わせ。 おい!おい! このコーナー日本の想像百景当選だぞ! 超モテモテ男は、可愛い娘がパンツを下ろし、お尻をプリンプリン取り囲む。 おい! いきなりぶちかませたらあかんぞ。 パンツを下ろし、儀式をペッタンコ。 ちなみに、超モテモテ、ワシの周りは尻だらけ。 パンツを下ろし、ペッタンコ。 ?? 感触が違うぞ・・ 牛だ! 牛だーー! 思いっきり股間を蹴られ、虫の息・・・ た・す・け・て〜? 牛憲法第一条・・ 例え牛 合意が必要 穴触り・・

f1188 スケベーじーさん

南の島には、個性豊かな老人達が多い。 自他共に認める、島で一番のスケベーじいさんがいる。 水着姿の観光客、女の子達が集まる休憩所へ何時もちょこちょこ出かけるじいさんで、若いピチピチした女の子を見ると、すり寄っていく。 あんたは肌が白い、顔立ちにも気品がある、京都の生まれであろう、とかなんとか言って、話しかけていく。 観光客も、明らかに島のじいさんだと言う事が分かるので、別に拒否反応も示さず、また南の島ゆえ開放的に色々な話をして過ごす。 じいさん、毎日若い女の子のケツを追っかけ、ばあさんにやきもち妬かれないのか、と聞くと「あはー ばあさんは、とっくに死んだよ」 おい おい 生きている人を殺すなよ! ばあさんが死んでいたら、あんたはとっくに死んでいるよ! このじーさん、ボケているのか、ばあさんが世話しなければ、生きて行けないはずだが、脳内プログラム、三途の川、いや海の景色を楽しんでいるようだ。 ワシは若い娘たちから、パワーをもらっているから元気でいられる、と本気でしゃべっている。 そのじいさんがニコニコ笑って、おい! ひかる、この島は格が上がったぞ、と言う。 よくよく話を聞くと、以前は観光客に年寄りが多かった。 しかし最近では、若くてしかも美人だけが、こぞって島へ訪れるという。 だからこの島の格が上がったと、じいさんは主張するのだ。 確かにここ数年で、この島へ訪れる観光客は、若い女の子の比率が格段に上がったことは事実である。 この地区は今、離島観光ブームでかつてない程、沸き上がっている。 石垣市を中心として、黒島には毎日15便ほどの往復便がある。 この島より少し小さいが、竹富島は文化財に指定され、牛車での島めぐり、赤い瓦屋根、道路などの景観が観光客に大人気。 黒島の3倍以上、毎日50便が、石垣島から観光客を運んでいる。 隣の小浜島は、黒島よりちょっと大きいが、NHKの朝ドラちゅらさんドラマの舞台となって、その島も、毎日33便くらいの往復便があり、観光客で沸きかえっている。 また、隣の西表島は、東洋のアマゾンと呼ばれるだけあり、沖縄本島に次ぐ2番目に大きな島であるため、そこも、石垣島より、40便前後の船が往復している。 また、船の大きさも、定員数も格段に違い、黒島便は小さな船が15便しかないということは、いかにこの島が観光地化してないかということが分かる。 また竹富島や小浜島、西表島などは、ツアー観光のコースに取り入れられている。 黒島は民宿の数も少なく、大勢の団体が来た場合、トイレや休憩所など、とても対応できない。 石垣島の離島桟橋で見ていると、三角の旗を持ったツアーガイドが、大声を張り上げ、ムカデのごとく、竹富島や小浜島、西表島などへ渡っていく。 水着に飽きる? 若い人達は、どうしても中高年、団体客、ぺちゃくちゃ食べ、スピッツの如く、しゃべりまくるあの集団には、辟易するようだ。 よって若い観光客が、締め出される形で、今度は黒島へ押し寄せる。 だからスケベーじーさんの言う通り、海岸へ行くと、若いピチピチしたギャルたちが、ごろごろいる。 この島で2、3年も生活すると、誰でも水着に飽きてしまう。 海のない、あまり水着に出会える機会の少ない人達から見ると、嘘だろうというかもしれないが、マジな話だ。 シーズンになると、水着での集落内歩行はやめましょう、との立て看板も熱いので守れない。 また、格安航空券も国内で一番長い距離があるため、割安感があり、東京の人が軽井沢、箱根や伊豆半島へ出かけるように、この地区へ人が集まる。 南島楽園、まだまだ続くようだ。

f1186 画

穴だらけ・・

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f1181 半ボケ

皆さん、ハートアイランドご存知ですか。 沖縄本島から南へ450キロ。 周囲12キロという、ものの見事にハート型をした、小さな島がある。 黒島で、別名はハートアイランドと呼ばれている。 この島に年齢は80歳を越した、いまだに独身の一人の爺ジーが居る。 頭は完璧にツルツル、ツルッ禿げだがその分あごヒゲはもじゃもじゃ。 目は人一倍小さい。遠くから見ると、どう見ても顔が上下逆回転だ。 いつも短パンにランニング姿で、腹がポッコリと出ている。 年のせいか、半分ボケが入っている。 足腰は意外と丈夫で何時も自転車を乗り回し、昼間から島中を徘徊している。 見晴らしのいい、休憩所などで観光客がいると誰かれ構わず、「何処から来たね〜」と声をかけ回る。 爺ジーは若い頃、20年程大阪で仕事をし自分の生まれ育ったこの島へ、ふらりと単身戻って来た。 観光客が名古屋から来たというと、私は20年間名古屋で住んでいたといい。適当に話を合わせる。 別な観光客が、仙台から来たといえば自分は20年間、仙台に住んでいた事がある、と良い加減だ。 毎日が徘徊と、想像の世界である。 顎鬚は見事、そして笑顔が子供のように愛らしき、いつもニコニコしている。 観光客は、半分ボケているとは誰も思わない。 最近島に、外人観光客が増えてきたが、育造爺ジイーは果敢に挑戦する。 「何処から来たね〜」と聞き「スイスから来た」というと、私は20年間スイスで生活していたと始まる。 エッフェル塔の眺めは、素晴らしい。上ったことあるかい。 ゼラシックパークという公園では、昼間からよくも、若者がチュウチュウ、キスをして恥ずかしくないのかね。 ・・・・??? 話は全く通じない。 また別の外人を見つけ、何処から来たね〜、と始まる。 イギリスから来たというと、私は20年間イギリスに住んでいた事があると始まる。 セーヌ川の高台の高級住宅街、知ってるかと得意になって話をする・・・・??? 話は全く通じない。 とうとう育造爺ジイーは外人と話をする事を止めた。 その点を聞くと「あいつら、バカだよ」 こんな小さな島へ流れ着くような外人は、学校なんぞ出ていない無学文盲だ。 育造爺ジイーは、芯から怒り出す。 今日も育造爺ジイーは自転車で徘徊をはじめる。

f1177 天空橋

まったく使われていないが、滑走路を思わせる訳の分からない、とてつもない長い桟橋がこの黒島には残っている。 周囲12キロ、海抜12メータ、平べったい島の規模からすると、昔の人のやる事は分からない。 昔の出来事、車や重機も無く、すべて人力。超大型台風となると、風は勿論半端でない波が打ち寄せるが、それにも耐え残っている。 島の古代人のエネルギーはエジプトのピラミットに負けないぞー 橋の先端で夜中、日本の南端、ハートの島、天の川を眺め彦星、織り姫に思いを走せ流れ星に願いをかける・・ 最高のデートスポットではないだろうか・・ ちなみに作曲家が見ていれば、この場所は明け方、干潮時、波の音も無く虫の音も無い。 勿論車やエアコン風の音等無く、完璧な無音状態が体験出来る場所でもある。 ギターを抱え訪れる大者アーティストがいるが島の人は知らないようだ。 源一じいさんは、夫婦で20頭程の牛を飼っている。 夏休みに高校生の孫を、島へ呼び寄せる事を一番の楽しみに、セリで牛が売れると少しずつ貯金をし、指折り数え待っているのだ。 昨年、じいさんは思いきって牛舎をトタン屋根で組み上げた。 完成した矢先、9月に30年ぶりと言われる超大型台風が島を直撃。 じいさんが組み上げたトタン屋根は、みごと飛んでしまった。 がっかりしたが気をとり直し、飛んでしまったトタン板をリヤカーを引っ張り、拾い集め、木のハンマーで叩き直し、再度組み上げたのである。 道なき原野をリヤカーで回り、トタンを集め作り上げた牛舎に、みんなが拍手喝采だ。 ところが一年経った今年9月、また昨年に続き、超大型台風が島を直撃。 源一じいさんの作り上げたトタン屋根は、あっけなく吹き飛ばされてしまった。 じいさんは諦めない。再度リヤカーを引っ張り、トタン板を集め、また木のハンマーで叩く。 80歳の年寄りが一人で屋根に上り、ロープでトタンを釣り上げ組上げていく。 その執念には周りもびっくりした。 ところが、ところがである。 やっと組み上げた突端、10月6日にまたまた超大型台風が島を襲ったのである。 当然、あっという間にまたトタン屋根は吹き飛ばされてしまった。 80歳の高齢だ。 周りも声のかけようがない。 手助けを申し入れても、源一じいさんは、決して頭を縦に振らない。 3度ある事は、4度ない、とまたまたトタン板を拾い集めている。 もうトタン板は、屋根の役をなさない。 やめた方が良い、と言ってやりたいところだが、じいさんは意地なのかやり遂げる。 来年も台風は来るだろうに・・・ おばあちゃん、決して咎めるでないぞ。 きっと来年の夏休みには、孫が島へ来、おじいちゃんの肩を揉んでくれる事だろう。 それにしても80の年で屋根に上り、一人でトタンを引っ張り上げ組み立てていく。 牛飼い魂は、見上げたものである。 誰にも真似出来ない事だ。

f1190 注意点

日本の南端、この黒島ではその昔、夜這いは日常の出来事で、公然と行われていた。 勿論、夜這いが成立するには、お互いがある程度、好意を持ち、受け入れられていたのである。 昭二は二十歳。隣村の十八歳、明子に、ほのかな想いを寄せていた。 夕陽が真っ赤に沈みかけた頃、隣村との間にある森へ、牛の草刈リに出かけた。 その森へ明子もまた、薪ひろいに来ていた。二人は森の中で、出会わしたのである。 明子の素振りも決して昭二が嫌いと言う訳ではなく、好意を持っているかに見えた。 明子は流行歌を口ずさみ、さも楽しそうに嬉しそうに薪拾いをしていた。 声をかければよかったのだが、昭二は寡黙で気が小さく、そのまま別れてしまったのである。 夜は村の中心にある大きなガジュマルの下で青年達は、さんさんごご集まって酒を酌み交わす。 昭二も先輩達といっしょに飲んでいたが、話題が夜這いの話で盛り上がっていた。 「おい! 中里村の明子はよ今一番いい、熟しているぞ、誰が夜這いをかけるんだ」 他の先輩が「中里村の秀雄がよあの子に気がある、近々間違いなく夜這いをかけるはずだぞ」 「お前ら甲斐性なしだな、この村から先に夜這いかける奴いないのか」 「久雄! お前度胸ないのか?」 久雄はやってもいいかな。と打診をし乗り気になっている。 親父の行動を注意しろ、力仕事で疲れ果てぐっすり寝込んだ夜をねらへ、この空になった二合ビンに水を入れ、戸走りをたっぷり濡らし音が出ないようにしろ、など久雄に夜這いの注意点をこと細かに伝授しているのである。 昭二は、決して明子はこいつらの夜這いを受け入れないだろうと期待しながらも、もしかして、と不安が次々に膨れ上がっていく。 先輩は、俺が夜這いをかけた時、布団からそっと足元に忍び寄ったが、相手は男だった。 その娘は弟と一緒に寝ていたのだ、その日は失敗に終わった。 そこで、運動会の夜、弟がぐっすり寝ている時に夜這いをかけたら、大成功。 あの娘はよかった、おいしかったぞ、と色々と自慢話をし煽り立てている。 夜這いの話、明子の話題で、その晩は持ちっ切りだった。 昭二は、寝ようとしたが、夜這いの話が頭にこびりつき、久雄の夜這いに屈する明子の顔で、悶々と寝られなかった。 夜中の三時、特に意識した訳ではないが、いつの間にか明子の家の近くをうろついていた。 周りはどの家も真っ暗闇で寝静まっている。 先輩の、早くしないと他の奴らに夜這いをされるぞ。その言葉が頭の中で、エコーとなって止まらない。

 1179 地獄耳

 パーティーから数日後、港で会ったので声をかけた。
先日、群馬からお父さんが来たんだって、と聞くと。
え! ええ!!、誰から!、誰から聞いたの、私お父さんが島に来た事誰にも言ってないのに、とびっくりしていた。
おじさん、地獄耳だから何でも知ってるよ、というと観念したのか、皆さん島の良い人に出会えた事、一生忘れないよと、笑顔で答えていた。
真美ちゃんのお父さん、本当に心配で仕事を休んで、高い飛行機代出して、様子を見に来たんだぞ。
もっとお父さんに、甘えた方がいいよ、というと、ニ週間後に島を離れるけど島の事、一生忘れないから、と明るい笑顔だった。
群馬へ帰ったら、お見合いをし、いい人見付けな、というとコックリうなずき、私必ずいい人見付けて、もう一度島へ来るからと自信に溢れた少女の笑顔が返ってきた。
この島は、見事なハートの形をしている。何故かこの島に滞在すると、心が落ち着き癒されるという。
真っ赤に燃えた真美のハート、きっといい人が見つかるであろう。
南の島の夜、雲一つない晴天、まれに見る星空の美しい夜の出来事。
民宿の庭で、観光客14、5人と輪になって酒を飲んでいると、年の頃30歳を越したばかりと思われる女性の二人連れがいた。
綺麗な星空を海岸で見て来る、と二人は出かけた。
しばらくして、綺麗な星空が見れてよかったと帰ってきた。
流れ星見えた、と聞くと、すごい大きな流れ星が何個も見えた、との事だ。
年頃の女性なので、さぞかし流れ星にロマンチックな想いを寄せたのでは、と尋ねると「勿論、お願い事したわよ」
何をお願いしたのと聞くと、勿論お金よ、と即座に言ってのけ、隣の子もうなずいていた。
「おじさん知らないの、流れ星に、金、金を5回連発出来ると、金持ちになれるのよ」・・・・
今の若者の考え方には、夢もロマンもへったくれもないか。
しばらく飲んでいたが、また今度は、別の方向で星を見に行くという。
姉御役と思われる一人が、どうも自信がない。
こんどこそ間違いなく、金、金を5連発してやると、立ち上がって行った。
こら! この若さで、まだまだ人生を開き直る事ないだろ、といったがどうも耳に入らないようだ。
スレた様子からみて、この二人の女性は、再度星を見に行くと言って、周りの男の子が一緒に追いて来るのではないかと、誘いをかけしているように見えたが、男は誰一人として追いて行かなかった。
男どもよ! 間違ってもこのような女性に捕まるな。
まかり間違って捕まると、なんで私が貧乏な人生を続けなければならないんだ、と言い続けられる。
結婚しない女性が増えているというが、原因の根本は結婚に対する金の比重が、以前とは格段に違うようだ。
このような世代に生まれなくて幸せだった・・


 1178 ファッションモデル?

 島に昼間は軽食、夜は飲み屋になる小さな店がある。
ヘルパーとして23歳の娘と27歳の真美ちゃんが、昼夜交代で働いている。
真美ちゃんは、ひかるの娘と同じ名前なので、何時も呼び捨てにしかわいがっている。
真美も、ひかるの事を父親の如く親しくしてくれている。
夕方7時頃、店に行くと島の牧場をやっている青年達が、5人ほど集まっていた。
隅っこの二人掛けのテーブルに座ると、青年達が手招きをするので同席すると、何とテーブルには寿司と焼き鳥、串焼きが所狭しと豪勢に並べられている。
この島にはない料理で、石垣島より取り寄せたばかりだという。
何か祝い事でもあるのかと聞くと、真美ちゃんの27歳の誕生祝だとの事。
しばらくして、真美を席に座らせると、電気が切られ真っ暗闇。
入り口から、若者がタンタータタン、タンタータタンと、出来立てのケーキだといって入ってきた。
ろうそくがともされ、バースデーの歌が流れ、真美ちゃんが蝋燭の火を消すとあかりが点けられ、拍手喝采。
そしてケーキカットの合図に、大きなスプーンが真美に渡された。
何と気がつかなかったが、目の前にあるのは、ケーキではなく、実は豆腐だったのである。
島に、ケーキがないので出来立ての豆腐が、ケーキに早変わり。
よく見ると、豆腐の横には、波形のポテトチップスが刺さって、デコレーションされている。
立派なケーキに見えるのである。
そして真美ちゃんは、ポテトチップスにスプーンで豆腐を乗せ、まず口へ運び、ありがとうと、みんなにお礼をし、そして次から次と、ポテトチップスに、豆腐を乗せ、みんなに配った。
初めてではあったが、びっくりするような珍、新味だ。
醤油は使わず、ポテトチップスの塩気と、その上に乗った豆腐をほおばる。
これ程の珍味があるのかと思われる、見事なケーキ。
島の若者達のアイディア、感性には驚かされた。
真美ちゃんがこの島へ流れ着いたのは、一年前であった。
スタイル、プロポーションは抜群で、目鼻だちもはっきりしており、ファッションモデルとしても通用する、均整のとれた容姿である。
しかし来た当時、どうみても暗いイメージで、いわくありげというか、幽霊が背中にハビリついているのではないか、今にも岩から飛び降り自殺をしそうな暗さを持っていた。
それが一年経った今は、これ程変身出来るかと思われるくらいの明るさが戻ってきた。
誕生パーティーでも、同年代の島の独身男性が言い寄って来ても「私はあんたとなんか絶対結婚しないから、あっちへ行け」と脳天からの高笑い、明るく、軽く、相手に不快感を与えずに、あしらう。
誰もがびっくりするような変身ぶりである。

 1177 天空橋

 まったく使われていないが、滑走路を思わせる訳の分からない、とてつもない長い桟橋がこの黒島には残っている。
周囲12キロ、海抜12メータ、平べったい島の規模からすると、昔の人のやる事は分からない。
昔の出来事、車や重機も無く、すべて人力。超大型台風となると、風は勿論半端でない波が打ち寄せるが、それにも耐え残っている。
島の古代人のエネルギーはエジプトのピラミットに負けないぞー
橋の先端で夜中、日本の南端、ハートの島、天の川を眺め彦星、織り姫に思いを走せ流れ星に願いをかける・・
最高のデートスポットではないだろうか・・
ちなみに作曲家が見ていれば、この場所は明け方、干潮時、波の音も無く虫の音も無い。
勿論車やエアコン風の音等無く、完璧な無音状態が体験出来る場所でもある。
ギターを抱え訪れる大者アーティストがいるが島の人は知らないようだ。
源一じいさんは、夫婦で20頭程の牛を飼っている。
夏休みに高校生の孫を、島へ呼び寄せる事を一番の楽しみに、セリで牛が売れると少しずつ貯金をし、指折り数え待っているのだ。
昨年、じいさんは思いきって牛舎をトタン屋根で組み上げた。
完成した矢先、9月に30年ぶりと言われる超大型台風が島を直撃。
じいさんが組み上げたトタン屋根は、みごと飛んでしまった。
がっかりしたが気をとり直し、飛んでしまったトタン板をリヤカーを引っ張り、拾い集め、木のハンマーで叩き直し、再度組み上げたのである。
道なき原野をリヤカーで回り、トタンを集め作り上げた牛舎に、みんなが拍手喝采だ。
ところが一年経った今年9月、また昨年に続き、超大型台風が島を直撃。
源一じいさんの作り上げたトタン屋根は、あっけなく吹き飛ばされてしまった。
じいさんは諦めない。再度リヤカーを引っ張り、トタン板を集め、また木のハンマーで叩く。
80歳の年寄りが一人で屋根に上り、ロープでトタンを釣り上げ組上げていく。
その執念には周りもびっくりした。
ところが、ところがである。
やっと組み上げた突端、10月6日にまたまた超大型台風が島を襲ったのである。
当然、あっという間にまたトタン屋根は吹き飛ばされてしまった。
80歳の高齢だ。
周りも声のかけようがない。
手助けを申し入れても、源一じいさんは、決して頭を縦に振らない。
3度ある事は、4度ない、とまたまたトタン板を拾い集めている。
もうトタン板は、屋根の役をなさない。
やめた方が良い、と言ってやりたいところだが、じいさんは意地なのかやり遂げる。
来年も台風は来るだろうに・・・
おばあちゃん、決して咎めるでないぞ。
きっと来年の夏休みには、孫が島へ来、おじいちゃんの肩を揉んでくれる事だろう。
それにしても80の年で屋根に上り、一人でトタンを引っ張り上げ組み立てていく。
牛飼い魂は、見上げたものである。
誰にも真似出来ない事だ。

 1176 画像

 



天空橋

 1175 豊年際

 黒島には、かなり古くから伝わる、豊年際の、ハーリー競争がある。
ハーリー競争は、中国や沖縄本島、石垣島や周りでも行われているが、この黒島の場合、かなり違った行事である。
船を漕ぐ競争だけでなく、ウーニーと呼ばれる、走り手、その競争が、かなりメインの役割をする。
写真は、ウーニーの姿で、ふんどしの部分は、肝心なところをやっと覆いつくすばかりで、ケツの方は、ぐるぐる巻きに束ねる。
割れ目に食い込み、下半身がむき出しの状態だ。
勿論、上半身もごらんの通り軽装で、このウーニーに選ばれることは、走りが早く、非常に名誉な事である。
最大の人気者だ。
ウーニーは、強い脛の意味で、健脚という事。そこにも英語が相通じる方言が、見え隠れする。
ウーニーは、村長から杯をいただき、腰くらい迄の所に待っている船に、砂浜、浅瀬を走り、飛び乗る。
そして船をこぎ、沖合にある旗をとって、Uターンする。
帰りは船にスピードが付いている為、深さ胸元くらいの所で、ウーニーは飛び降り、両手で水をかきながら、浅瀬、砂浜、そして、村長の所へ来て、タッチする。早い方が勝ちだという訳だ。
そういう意味では、ただ陸上で走りが早いだけではない。
水中をうまく、走るテクニック、方法が重要である。
また舳先に、ピーゾーと呼ばれる、棒高跳びの竿に匹敵する、竹のさおを付いて、漕ぎ手と、トウージーと呼ばれる、かじ取りと連携する。
返しの場合、ウーニーが、船からとび降りる合図をかじ取りが出す。
舳先のピーゾーと、かじ取りが強引に船を方向転換しないと、ウーニーは、船の下敷になる。
そのタイミングが、危険極まりない状態だが、その為に、漕ぎ手に指示を出し、ピーゾーに指示を出す。
飛び降りる瞬間をウーニーへ指示するのが、トウージーと呼ばれる、かじ取りの重要な役目だ。
また、Uターンをする時、旗を船に取り込まなければ、失格である。
かなりスピードが出ている船で、旗を取れる状態で、Uターンさせる。
50センチでも離れれば、旗が取り込めない。
そこが、トウジーの1番重要な役目だ。
前回、トウージーとトウジ(妻)の話をしたが、その辺に繋がりがあるようだ。
このウーニーハーリーの方式は、他には無く、日本国内ではこの黒島にしかない。
中国のハーリーにもない、なんでこの島にしかないのだろうか?
この島は、かなり古くから他には影響されない、独自の文化があったのではないかと、推測する原点である。
昔から南の島に伝わる、このウーニー、トライアスロンの原点ではないだろうか。 


1174 画



ウーニーを船の下敷きにさせないため、トウジーの怒号が飛ぶ。
(写真は大野隆志氏提供)

 1173 画



水中を走るには、熟練した技術が必要。

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超人気者、ウーニー。

2026年4月25日土曜日

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ウーニーを船の下敷きにさせないため、トウジーの怒号が飛ぶ。 (写真は大野隆志氏提供)

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f1192 瓶拾い

結婚をさせ、子供でも出来れば、元の明るい子に戻るだろうと、石垣島の知人に、相手を紹介して欲しいと依頼した。 十歳も年上の健一という男と見合いをしたが、抜け殻のようになった明子は、親の言うまま結婚。 健一の仕事は、船の荷役という日雇い労働者だ。 当時は重機がなく、男どもが、蟻の如く沖縄本島行きの船へ荷物を乗せ降ろしをしていたのである。 明子との間には、子供が出来なかった。 それもあったのか、荷役の仕事は、船の出港が午前中の為、朝早く仕事に出かけ正午頃には自宅へ帰るが、酒びたりとなった。 この島にはパチンコなどなく、暇を持て余してどうしても酒に手が出るのである。 酒に酔うと口の暴力、物を投げ、手まで出す始末。 健一の妹がやはり子供も出来ず、出戻って来、姑のいびり。 挙げ句の果ては、健一が外に良枝という女に、子供まで生ませてしまった。 良枝は石垣島生まれで、健一の家族も顔見知り、何のおく面も無く、しゃーしゃーと子供連れで出入りするようになってきた。 明子は、女中以下の扱いだ。 健一は、酒を飲み過ぎたのか、肝臓を患い、六十歳で他界してしまった。 健一の両親は、他所の女に生ませた孫を可愛がり、その女は堂々と出入りする。 姑にはいびられる。 収入がないので、近所の空き瓶を拾い、それで生活するような、乞食同然の生活となった。 リアカーも買えない、天秤棒の前と後ろに、カシガー袋(土嚢袋)で空き瓶を拾い回り、天秤棒担ぎをしている姿を島の人に見られてしまった。 島の親父は、強引に乗り込み島へ連れ戻した。明子五十五歳の時である。 不幸はどこまで追いすがるのか、母は病に倒れ、一年目で他界、父は後を追うようにまた一年後に、他界してしまった。 古い家もまた、台風で吹き飛んでしまったのである。本当の家なし乞食となってしまったのである。 建て直す金などあるはずがない。近所の人が、廃材となったトタンを集め、やっと一人が生活出来る、掘っ立て小屋を建ててくれた。 電気代を払う金もなく、ランプ生活。プロパンガスとて無理、土間で薪拾いをし、煮炊きする生活だ。 あまりにも惨めな乞食同然の身となってしまった。

f1170 垂れ垂れオッパイ

島のじいさんと飲んでいたら、今の女のオッパイは、成っていない、あの格好は何んだ、と怒っている。 猥談でも始まるのかと思うと、真面目な話のようだ。 昔の女は、オッパイを長く長く伸ばす訓練をしていたんだぞ。 子供を背負い、オッパイを欲しがったら肩へちょこんと乗っけ、子供にオッパイを飲ます。 その間、手仕事が出来る。いちいち抱いていたら、乳を飲ませる時間が無駄になる、乳の垂れ具合で、働き者のいい嫁か、決まったと言う。 おかしな話もあるもんだと、聞いていると、隣に60代のおばちゃんがいて、この話は本当かも知れない。 亡くなった母は、本当にオッパイが垂れ下がって、肩にのっけられるくらいの長さだったという。 そう言われてみると、この話本当なのかなー? アフリカの原住民の女性のオッパイがかなり垂れ下がっているが、もしかして、この話のとおり延ばし延ばしたのかな。 ある日、90を過ぎたおばあちゃんに、どうしたらオッパイを長々と延ばせるのか、と聞いてみた。 そのばあちゃんは、にっこり笑って、「あんた! 私に惚れたね! 久しく絶えていたが、今夜はいいよ!」とにじり寄って来た。 おい!、ばあちゃん勘違いするなよ! 90を過ぎ、三途の川へ片足つっこんだ、ばあちゃんに乗ったら、オレはギネスブックに載るよ。 最中に、いく〜、いく〜、と逝かれたらブタバコ行きだ! くわばら・・くわばら・・ とりあえず、快楽どころか、葬式の事が頭をかすめ、逃げ帰って来た。

f1189 珍人生

この島に、30年前に本土から移住してきた人がいる。 コンクリで立派な家を建て、そのかわり冬場しか島にはいない夏場は本土へ帰るのである。 その家が空き家にならないよう、管理の名目で夏場だけY氏が利用している。 当然30年来、島へ来ているから、年齢的にもも50半ばである。 そのY氏の生き方が変わっている。 冬場はどうするかというと、本土のスキー場でインストラクターをしているという。 冬場にインストラクターで稼いだカネで、夏場は、他人の家を自由に使って気ままに生きているのである。 背丈も高く、顔自体も、結構モテるタイプだ。 そして島の民宿とも顔見知りになり、夏場は水着姿の女の子たちをいろんなポイントへ案内したりして、自由に生活している。 自分の家も持たず、結婚もせず、しかも常に若い女達が回りにはべり、不自由しない、ちゃんと人生が成り立っているのである。 スポーツマンタイプで、女性がかなり群がってくるはずだのに、うまくかわす術もあるようだ。 お金が無くても、自由で気まま、しかも女に不自由しない生活を30年も続けられる、まか不思議である。 団塊世代の人達は、働かざる者、食うべからず、としゃにむに働いて家庭を維持してきたはずだ。 そういう人達から見ると、いかにもこんな人生があるのか、一年だけでも体験したい、と感心させられる珍人生物語である。 M君は、20年前、二十歳の時に、この島に遊びに来た。 ちょうどその頃、島の人が民宿をしていたが、閑古鳥が鳴き、つぶれかかった一軒の民宿を自分が借り切るような形で、経営を引き継いだ。 島の人が民宿をやると、どうしても昔からの島料理であったり、結構虫がいるが、それも全然気にしない。 よってなかなか繁盛しないのである。 M君はかれこれ15年間、コツコツとリピーター客を捕まえ、そして嫁さんも確保、子供もでき、いよいよ自分の民宿を建てる計画を実行した。 土地を確保し、整地していると、どうも古井戸らしいものが出てきた。 誰かが、埋めた跡が残っていた。 村の古老に話を聞くと、確かにここには依然、家があって、間違い無くそれは、古い井戸であるとの事だった。 その古老は、あなたは大変幸運な男だ、島では昔から、井戸を埋めると、子孫末代まで、いいことがないと、言われている。 その井戸を見つけたのだから、ちゃんと生きかえらせれば、君には幸運がもたらされるであろう、と言ったのである。 誰かが埋めた形跡があり、庭も狭くなるので、そのまま埋めてしまおうかと思ったが、古老の話が気にかかり、生きかえらせることにした。 雨水を溜めるための、丸いタンクの使い古しをその井戸にかぶせ、真ん中に穴を開け、鉄パイプで、空気が通るようにし、子供たちにも危険が、及ばないようにしたのである。 コンクリ二階建て、島1番の立派な民宿が出来上がり、営業を開始すると、古老に言われた通り、見事に繁盛したのである。 開業してから2年、今ではお客を断るのが、大変だという。 中には、日程をずらせても宿泊できない、どういうことだと詰め寄るお客もおり、うれしい悲鳴どころか、本当につらいですよと嘆いている。 観光客の中には、その古井戸を見、それは何ですかと尋ねる人もいるという。 これこれしかじか、と話をすると、この古井戸のおかげで、私たちはこんな立派な民宿に宿泊出来たんだと、手を合わせるお客さんもいるという。 M君は、村の古老の話を聞き捨てにせず、おかげで自分は、言われた通り、大変な幸運に恵まれたと、感謝をしているとのことだ。 古井戸や、お客呼び込む、福の神

f1171 偽ミンク

この島では、気温が10度を切ると、近海の魚が凍死して浮き上がってくる。 一番寒さに弱い魚は、フクラビと呼ばれるカワハギである。 立派な皮を纏い、見た目は寒さに一番強そうな魚が、一番弱い。 カワハギ! お前は、イミテーションのミンクのコートを着ているのか。 ヤマトウ嫁が民宿をやると、大繁盛する。 料理や観光客の心を理解出来る為だろう、と古老が呟いた。 20年も前だが、20才前後の女が島へ来、島男とどうしても結婚がしたい、男を紹介して欲しいと頼み回ったそうだ。 十人並みの容姿で問題ないが、何かいわくがあるのか?  頭がおかしいのか、と誰も相手にしなかったそうだ。 最近、ヤマトウ嫁が活き活きと活躍する姿を見、あの娘は20年先の今を見通していたのでは、決して頭が可笑しかったのではない。 あの娘が民宿をやっていれば、今頃は島一番の民宿になっていただろう。 島として大きな損失だった、としみじみ呟いた。 ひかる! 今からでも遅くない。 島には40代、50代のチョンガーがいる、その娘を探して来い、と。 お〜い!! 心当たりの人、いるか? 足腰は弱っているが、最後の力を搾り、島ジーが一肌でも二肌でも脱ぐ、と言っているぞ! 今一度、島ジーの所へ行ってくれ!

f1173 画

水中を走るには、熟練した技術が必要。

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f1158 ハローワーク

この島の方言を聞いていると、訳の分からない事が沢山出てくる。 足の事をパンと呼び、ハブの事もパンという。 畑に使うクワの事をパーイと呼ぶ。 このパーイはペルーの山奥の原住民が使う言葉だと言われている。 インドネシアを旅行したおり、ところどころ車窓に、MAKANというローマ字の看板が出てきたのでガイドに聞いてみると、レストランの意味だという。 島の方言で、旨いは、まーはんと言うが、インドネシアのマカンと発音イントネーションがぴったりだったのには驚いた。 ちなみに島では、食器のちゃわんもマハンと言う。 また島の方言で、殆んど当てはまる事だか、複称、総称の場合、単称の単語に、ERをつければ事が済む。 その点は、どうも英語と同じだ。 例えば、バカな奴、阿保な奴を方言でいうと、プリムン、になる。 複称、あるいは総称して言うと、それはERを付けて、プラーにり、プリムン達という意味だ。 わんぱく小僧の事を、ヤマング、と言う。 複称、ないしは総称すると、ERをつけてヤマンガアー、になり、やマング達との意味だ。 太る、というのは、パンタル、と表現する。 太った人達、と総称すると、やはりERをつけて、パンタラーになる。 逃げるは、ピンギルだが、逃げ足の速い奴、ピンギヤーだ。 極めつけ方言は、働くだ。 働く事は、石器時代の昔からあっただろう。その言葉が、ものの見事、英語のワークと同じだ。 働く、それは、方言でも「ワーク」である。 屁理屈こく前に「働けば」の方言は 屁理屈こく前に「ワーキバ」になる。 日本南端の島は、ERだらけだ。 日本国内に、理解しがたい日本人がいた。 しかし、日本人のルーツかもしれない・・・ 島の爺ジーに、なんで働くが、ワークなんだと聞いたら、お前は、ヤマトウへ行って、屁理屈屋になった。 そんな事、ワシに聞いても分からない。昔からそうなっているのだから、しかたないさ! ごちゃごちゃ屁理屈ばかりこいてないで、「ワーキバ !」、(働けば !)、と怒られた。 まあ まあと言って、泡盛をつぐと、全て円満解決。 飛び交う方言を聞いていたら、いにしえの昔へタイムスリップ。 島の年寄りは、性根が正直で優しい。 私は島の年寄りが大好きだ。

f1178 ファッションモデル?

島に昼間は軽食、夜は飲み屋になる小さな店がある。 ヘルパーとして23歳の娘と27歳の真美ちゃんが、昼夜交代で働いている。 真美ちゃんは、ひかるの娘と同じ名前なので、何時も呼び捨てにしかわいがっている。 真美も、ひかるの事を父親の如く親しくしてくれている。 夕方7時頃、店に行くと島の牧場をやっている青年達が、5人ほど集まっていた。 隅っこの二人掛けのテーブルに座ると、青年達が手招きをするので同席すると、何とテーブルには寿司と焼き鳥、串焼きが所狭しと豪勢に並べられている。 この島にはない料理で、石垣島より取り寄せたばかりだという。 何か祝い事でもあるのかと聞くと、真美ちゃんの27歳の誕生祝だとの事。 しばらくして、真美を席に座らせると、電気が切られ真っ暗闇。 入り口から、若者がタンタータタン、タンタータタンと、出来立てのケーキだといって入ってきた。 ろうそくがともされ、バースデーの歌が流れ、真美ちゃんが蝋燭の火を消すとあかりが点けられ、拍手喝采。 そしてケーキカットの合図に、大きなスプーンが真美に渡された。 何と気がつかなかったが、目の前にあるのは、ケーキではなく、実は豆腐だったのである。 島に、ケーキがないので出来立ての豆腐が、ケーキに早変わり。 よく見ると、豆腐の横には、波形のポテトチップスが刺さって、デコレーションされている。 立派なケーキに見えるのである。 そして真美ちゃんは、ポテトチップスにスプーンで豆腐を乗せ、まず口へ運び、ありがとうと、みんなにお礼をし、そして次から次と、ポテトチップスに、豆腐を乗せ、みんなに配った。 初めてではあったが、びっくりするような珍、新味だ。 醤油は使わず、ポテトチップスの塩気と、その上に乗った豆腐をほおばる。 これ程の珍味があるのかと思われる、見事なケーキ。 島の若者達のアイディア、感性には驚かされた。 真美ちゃんがこの島へ流れ着いたのは、一年前であった。 スタイル、プロポーションは抜群で、目鼻だちもはっきりしており、ファッションモデルとしても通用する、均整のとれた容姿である。 しかし来た当時、どうみても暗いイメージで、いわくありげというか、幽霊が背中にハビリついているのではないか、今にも岩から飛び降り自殺をしそうな暗さを持っていた。 それが一年経った今は、これ程変身出来るかと思われるくらいの明るさが戻ってきた。 誕生パーティーでも、同年代の島の独身男性が言い寄って来ても「私はあんたとなんか絶対結婚しないから、あっちへ行け」と脳天からの高笑い、明るく、軽く、相手に不快感を与えずに、あしらう。 誰もがびっくりするような変身ぶりである。

2026年4月24日金曜日

f1161 人生のスタート

ひかるが、なぜテレビ業界を目指したのか。 昭和30年代、TVは緒についたばかりだ。 遥か南端の小島、映画館は無いが、子供心に映画を見たかった。 石垣島まで渡れば映画は見れたが、家が貧しく船賃もなく出来なかった。 南端小島、当時飛行機は無く船輸送、漫画本等は半年以上遅れて着く。 その漫画本の片隅に、4コマでコタツに入りながら映画が見られる。それが四角いテレビだと書いてあった。 それだ! 家に居ながら映画が見られるという、訳のわからないテレビというものの解明に人生をかけよう。 そこから人生がスタート、親兄弟を捨て、故郷も捨て、着のみ着のままで上京、夜学へ通いながら必死に勉強した。 ブログをやっている人ならウイルコム(現AUの前身)と言う会社、知っているだろう。 ホームページに誇らしく、人口カバー率99パーセントと出ているが、ひかるの育った島はまだカバーされていない、日本最後の情報過疎地だ。 半年遅れに漫画本が流れ着くが、それが唯一の情報源だ。 昭和40年、第一回東京オリンピック39年開催の翌年、勿論テレビは白黒時代で、朝と夜の放送で、昼間はフィルムのメロドママ放送。 やっとの思いでテレビ業界へ入った。 本当に人生の辛酸をなめ尽くしたと言われる状況だった。 それでも、しがみ付き夢をまっとうした。 勿論長男ではあるが、両親の死に目にも会えなかった。 そんな経験の中から、今の若者達には是非、勇気を持って己の道を貫いて欲しい。 親が何を言おうと関係ない! 親は、己の人生を既に歩んで来ている。これからは、自分の人生は自分で決断する、でいい。 この世にポコンと動き出した貴方の鼓動、100パーセント間違いなく、いずれは止まる。 何の為に今まで動いて来たのか? 今、何のために動いているのか? これから先、どう動かせるか? 己の可能性に立ち向かおうではないか! 人生の 喜怒哀楽に ロマンあり 若者よ 思い残すな 明日は華   貴方には 誰にも盗られない 知恵がある   貴方には 誰にも止められない 鼓動がある これしかない! 己の人生ドラマ ロマンを持て! そして  命を張れ!  命を張れ!

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天空橋

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ハート島。

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f1184 死なすしかないさー

いわれたとおり水をかけると、確かに寒いのか、泣き止まる、がしかし、30分もするとまた泣き始まる。 30分おきに水をかけ通したが、人間の体が持たない。 オスのヤギのいるところ知っているので、連れてこようか、というと、奥さんは即座にブルルン、ブルルン、ブルルンと、首を横に振る。 これ以上ヤギが増えたらどうなる、よほど懲りたと見える。 「仕方ないさー、殺すしかないさー」 この後に及んでは、高山夫婦も従うしかない。 しかし、ヤギを殺せる人はそういない。 3人ほど名前を挙げてもらい、頼みに行くと、勘弁してくれとのことだという。 そこでまた育造爺ジイーは、最後の頼みで、ひかるのところへ行けといったとの事。 確かに子供の頃、ヤギは食用に飼育していたので殺し、解体した経験はあるが、いまさら殺傷は嫌だ。 あまりの困惑顔に、ひかるの方で3名のうちの一人に泡盛をしたたか飲ませ、人助けだからと頼むと、なんとか殺すことに同意した。 ヤギの泣き声が止まった時、うわさが出る。 誰が殺したのか? たぶん殺し屋ナンバーワン男はアイツだろう・・ 田舎暮らし、意外と見落としがちなのは、ベッドによるトラブルだ。 去勢する動物病院が、田舎や島にはない場合が多い。 犬を飼っている家があるが、やはりオスやメスだけでは、問題が出る。 発情期はかなり凶暴で、誰それが噛まれ、誰それが、噛まれる直前まで行ったという話を聞く。 観光客には子供連れもいる。子供がそのような犬に噛まれ病院、旅行変更ダイナシで賠償問題にまでなる事を考えるとゾッとする。 また去勢しているからとて周りには去勢していない野良動物がおり、トラブルもある。 田舎暮らしを計画している人が居たら、厳重な注意が必要だ。 殺し屋は、そう簡単には見つからないぞ!

f1185 悲恋

育造爺ジイーは、大阪の漬物工場で、長い間働いていたが、ふらりと一人で、生まれ島へ戻って来た。 結婚はしたことがあるのか、子供は居なかったのか、誰にも過去の話はしない、と言う。 機嫌良さそうな顔で、どうやって手に入れたのか、泡盛の二合ビンを1本持って、ひかる、今日はオレのおごりだ!、といって、ふらりと入ってきた。 楽しいことがあったのか、いつもより、水の量が少なく、ほとんどストレートで、1本飲んでしまった。 「育造爺ジイー、この歳で一人は惨めだよ、女はいなかったのか、どこぞで子供は居ないのか」と聞くと、小さな目で睨み付けた後、どういうわけかポツリと、過去の話をした。 漬物工場の近くにある、町内の縫製工場に努める、可愛い子で、名前は良枝という。 良枝は母思いで、いつもセーターやマフラーを編んで、秋田の母に送っていたという。 二人は、一緒になる約束をしていたそうだ。 そのうち良枝の母の具合が悪いということで、秋田へ帰ったとのこと。 育造爺ジイーは、世帯を持つため、一生懸命働きに働いたが、そのうち島の自分の母が具合が悪いということで、呼び戻されたそうだ。 昔のことだ。今みたいに、飛行機が使えるわけでもない。一度果ての島へ帰ったら、2度と本土へ行くということは、大変なことだ。 世帯を持つと約束した二人の関係はあまりにも遠く離れ、以後ぷっつり途絶えたと言う。 育造爺ジイーは、下手ながら、夜な夜な三味線をつまびく。 そして歌うのは、かごの鳥である。 良枝とのことは、誰にも話したことがない。初めて打ち明けたのだろう。 話の途中から、もうおいおい泣き出して、涙が止まらない。 80歳になった今でも良枝のことが忘れられず、夜な夜な、かごの鳥を歌う。 会いに 来たのに?なぜ出て会わぬ・・ 僕の?呼ぶ声?聞こえぬか・・ 今宵また、南の小さな島の空に、かごの鳥が響く。 声の限り、途切れ途切れに叫ぶ、がごの鳥の歌は、物悲しー そしてまた明日は港へ行き、若い娘を見つけては「どこから来たねー」、と探し求める。 もう良枝は、こんな若さではないだろうに、育造爺ジイーには、色が白くて、髪の毛を束ねていた、若い時の良枝の面影で、いっぱいだ。 そして、良枝が編んでくれたという、セーターを、今でも大事に、大事にしている。 育造爺ジイーは、もう長くはないだろう。せめてひと目、秋田にいるという、良枝にあわせてやりたい。 良枝、一度でいいから、いや生きているなら、声だけでもいい。 命の限り、あなたを待ち続ける、育造爺ジイーは、かわいそうだ。 育造爺ジイーの声が聞こえるか。 会いたさ、見たさーに、怖さを忘れ・・ 会いに 来たの?に なぜ出て会わぬ・・ 僕の?呼ぶ声 聞こえーぬか・・ 搾り出すかすれ声は潮騒に沁みていく・・・

f1179 地獄耳

パーティーから数日後、港で会ったので声をかけた。 先日、群馬からお父さんが来たんだって、と聞くと。 え! ええ!!、誰から!、誰から聞いたの、私お父さんが島に来た事誰にも言ってないのに、とびっくりしていた。 おじさん、地獄耳だから何でも知ってるよ、というと観念したのか、皆さん島の良い人に出会えた事、一生忘れないよと、笑顔で答えていた。 真美ちゃんのお父さん、本当に心配で仕事を休んで、高い飛行機代出して、様子を見に来たんだぞ。 もっとお父さんに、甘えた方がいいよ、というと、ニ週間後に島を離れるけど島の事、一生忘れないから、と明るい笑顔だった。 群馬へ帰ったら、お見合いをし、いい人見付けな、というとコックリうなずき、私必ずいい人見付けて、もう一度島へ来るからと自信に溢れた少女の笑顔が返ってきた。 この島は、見事なハートの形をしている。何故かこの島に滞在すると、心が落ち着き癒されるという。 真っ赤に燃えた真美のハート、きっといい人が見つかるであろう。 南の島の夜、雲一つない晴天、まれに見る星空の美しい夜の出来事。 民宿の庭で、観光客14、5人と輪になって酒を飲んでいると、年の頃30歳を越したばかりと思われる女性の二人連れがいた。 綺麗な星空を海岸で見て来る、と二人は出かけた。 しばらくして、綺麗な星空が見れてよかったと帰ってきた。 流れ星見えた、と聞くと、すごい大きな流れ星が何個も見えた、との事だ。 年頃の女性なので、さぞかし流れ星にロマンチックな想いを寄せたのでは、と尋ねると「勿論、お願い事したわよ」 何をお願いしたのと聞くと、勿論お金よ、と即座に言ってのけ、隣の子もうなずいていた。 「おじさん知らないの、流れ星に、金、金を5回連発出来ると、金持ちになれるのよ」・・・・ 今の若者の考え方には、夢もロマンもへったくれもないか。 しばらく飲んでいたが、また今度は、別の方向で星を見に行くという。 姉御役と思われる一人が、どうも自信がない。 こんどこそ間違いなく、金、金を5連発してやると、立ち上がって行った。 こら! この若さで、まだまだ人生を開き直る事ないだろ、といったがどうも耳に入らないようだ。 スレた様子からみて、この二人の女性は、再度星を見に行くと言って、周りの男の子が一緒に追いて来るのではないかと、誘いをかけしているように見えたが、男は誰一人として追いて行かなかった。 男どもよ! 間違ってもこのような女性に捕まるな。 まかり間違って捕まると、なんで私が貧乏な人生を続けなければならないんだ、と言い続けられる。 結婚しない女性が増えているというが、原因の根本は結婚に対する金の比重が、以前とは格段に違うようだ。 このような世代に生まれなくて幸せだった・・

f1183 悲痛な声

前にも増して泣き方が、懇願するようなもの悲しさと悲痛な声で泣いている。 再度育造爺ジイーの所へ行くと、満面の笑顔で泡盛を舌なめずりで飲んでいる。 ジーが泡盛を飲むとケツに根が生え、びくとも動かず、泣き声などまったく耳に入らない。 頼んでも、頭の中は泡盛のことだけでまったく話にならない。 そして言い放った。 一晩くらいは、ヤギと添い寝しな、再度泣き出したら指を2本突っ込め、これを繰り返していると大丈夫だよ! やぎの糞の中で寝るのか!、バカバカしいと高山夫婦は、腹に据えかね帰った。 今度は、ひかるの所へ相談に来た。 あまりにも島暮らしのルールを知らない。 バカバカしい相談なので、この問題を解決できれば、間違いなくノーベル賞はもらえる、夫婦で本気になって考えな! ヤギの糞がいやなら、自分のベットへお招きしろ、と言ってやった。 夫婦は周りに、島人は自分たちの悩みを本気に相談にのってくれない、自分建ちは、移住者としてよそ者扱いされていると、愚痴をこぼしたそうだ。 あんたら馬鹿か!。 そんな下らないことで島の人たちと諍いを超すようだったら、この先が思いやられる。 横浜へ帰って、週刊誌ネタで、井戸端会議をしていろ! 帰ったほうがましだぞ・・・! 高山夫妻のところの、二匹目のヤギがとうとう発情してしまった。 メスヤギの鳴き声は、ますますひどく、1週間おきに、2日間、昼夜を問わず泣き続けるという。 それに今度は、子ヤギが泣きはじめたのである。 高山夫人は、とうとう完全なるノイローゼ状態だ。 今度こそはと、わらにもすがる思いで、育造爺ジイーのところへ相談に行くと、「水をかければいいさー」という。

f1182 郵便配達

見晴らしのいい観光休憩所でのんびりしていると、赤い郵便局のバイクが来、顔なじみの配達員が、兄さん、東京から手紙だよ!、と配達してくれた。 東京なら郵便受けへポンで終わりだが、島らしい。 なぜ俺がここに居る事が分かった、と聞くと、民宿で聞いた、との事。 そうだ、民宿の親父は、立ち寄らなくても、厨房で仕事中でも、バイクの音を聞き分けることが出来る。 10分前に、こっちの方へ行ったから、と教えてくれたそうだ。 他にもバイクは走っているが、音が違うし、時間帯により誰が通ったか、見なくても分かる。 島はのどかでいい所だ。 最近、石垣島より若い娘達が日帰りでワンサと訪れれる。 港でカニウマを借り、島内一周して必ず立ち寄るのが、赤いポストの郵便局だ。 そう、この南のハート島のポストに想いを投函すると成就する、と言われ、押し寄せるのである。 ワーリトーリ(歓迎)黒島へ! 島に、横浜から移住してきた、50代の高山夫婦がいる。 子供はなく、二人きりの生活で、大きな番犬を飼っている。 それにペットとして、メスのヤギを二匹、飼いだした。 大きい方のヤギが、ここのところやたらめったら泣く、それも、一昼夜メーメー泣き続けるのである。 泣き止むかと思うと、2週間もすると、また夜通し泣き続ける。夜中2時3時であれ関係なく、不眠不休で泣き続けるのだ。 島の人に聞くと、それは発情だろうとのことだ。 さて、困ったことに、オスのヤギがいない。 とうとう3回目も泣き出し、隣近所に対しても迷惑だし夜も眠れない。 そのうち二匹目も泣き出したら、やっとの思いで移住したのに、島にはいられない。 高山夫婦は、困りはててしまった。 育造爺ジイーなら、島のことは知っているし、頼んでみようということになった。 ジイーは、しばらく人から頼まれ事も無いので、即座にOKだ。 ヤギ小屋へ行くと、荒々しくメスヤギを横倒し、な、ななんと、指をメスヤギの熟れたあそこへ突っ込んだのである。 メスヤギは、いきなり抑え込まれ,眼をパチパチ、オジさん何すんのよ!と言っているのか、唇ムニャムニャ、あまりにも速い動作に、あっけにとられた顔だ。 そうすると、どういう訳か泣きやんでしまったのである。 高山夫婦は大いに感謝、感激。大事に取ってあった泡盛の古酒と、夜のおかず用に用意してあった刺身を育造爺ジイーに渡した。 育造爺ジイーは、得意満面、「何かあったらいつでも相談に乗るさー」と意気揚々と帰っていった。 ところがところがだ。 2時間もすると、またメーメー泣き出したのである。

f1175 豊年際

黒島には、かなり古くから伝わる、豊年際の、ハーリー競争がある。 ハーリー競争は、中国や沖縄本島、石垣島や周りでも行われているが、この黒島の場合、かなり違った行事である。 船を漕ぐ競争だけでなく、ウーニーと呼ばれる、走り手、その競争が、かなりメインの役割をする。 写真は、ウーニーの姿で、ふんどしの部分は、肝心なところをやっと覆いつくすばかりで、ケツの方は、ぐるぐる巻きに束ねる。 割れ目に食い込み、下半身がむき出しの状態だ。 勿論、上半身もごらんの通り軽装で、このウーニーに選ばれることは、走りが早く、非常に名誉な事である。 最大の人気者だ。 ウーニーは、強い脛の意味で、健脚という事。そこにも英語が相通じる方言が、見え隠れする。 ウーニーは、村長から杯をいただき、腰くらい迄の所に待っている船に、砂浜、浅瀬を走り、飛び乗る。 そして船をこぎ、沖合にある旗をとって、Uターンする。 帰りは船にスピードが付いている為、深さ胸元くらいの所で、ウーニーは飛び降り、両手で水をかきながら、浅瀬、砂浜、そして、村長の所へ来て、タッチする。早い方が勝ちだという訳だ。 そういう意味では、ただ陸上で走りが早いだけではない。 水中をうまく、走るテクニック、方法が重要である。 また舳先に、ピーゾーと呼ばれる、棒高跳びの竿に匹敵する、竹のさおを付いて、漕ぎ手と、トウージーと呼ばれる、かじ取りと連携する。 返しの場合、ウーニーが、船からとび降りる合図をかじ取りが出す。 舳先のピーゾーと、かじ取りが強引に船を方向転換しないと、ウーニーは、船の下敷になる。 そのタイミングが、危険極まりない状態だが、その為に、漕ぎ手に指示を出し、ピーゾーに指示を出す。 飛び降りる瞬間をウーニーへ指示するのが、トウージーと呼ばれる、かじ取りの重要な役目だ。 また、Uターンをする時、旗を船に取り込まなければ、失格である。 かなりスピードが出ている船で、旗を取れる状態で、Uターンさせる。 50センチでも離れれば、旗が取り込めない。 そこが、トウジーの1番重要な役目だ。 前回、トウージーとトウジ(妻)の話をしたが、その辺に繋がりがあるようだ。 このウーニーハーリーの方式は、他には無く、日本国内ではこの黒島にしかない。 中国のハーリーにもない、なんでこの島にしかないのだろうか? この島は、かなり古くから他には影響されない、独自の文化があったのではないかと、推測する原点である。 昔から南の島に伝わる、このウーニー、トライアスロンの原点ではないだろうか。

2026年4月23日木曜日

f1168 子孫

投資した金は半分に減ってしまったのである。 それからというのは、親からもらった財産を半分に減らした分を、なんとか元に戻すと、更にお金に対する執着、そして呪縛は、日を増すにつれ、膨らんで行った。 とうとう60を過ぎても結婚出来なかったのである。 それでもまだ五億くらいの金は背負っていたので、もうお金の事は諦めろ。 老後を楽しく過ごそう、と言ったが全く聞く耳を持たない。 母親も亡くなり、これから先、自分が死んだらこの財産、どうなるのだろうかと不安がっている。 また若い時、金に任せ女遊びと酒を飲んで肝臓まで患ってしまい、不安な毎日を過ごしているそうだ。 ちなみに、渋谷で億ションを買って遊び呆けていた姪ご達、中山家の人達は誰一人として子供が出来かったそうだ。 金に狂った一族だと言わざるを得ない。 ひかるはアパートを転々とし、引っ越し貧乏を繰り返していた。 仕事が忙しく、徹夜の連続か午前様で、朝は子供達が目覚める前に、出社する。 子供達が、父親を怖がり近寄らない状態。 あまりの貧乏さに、ある時女房が怒鳴りつけた。 貯金が4万円しかない、これからどーやって生活する! どうせこれからも母子家庭に間違いない。 貴方等いない方がいい、出て行け! と怒鳴ったのである。 貴方等、貧乏王国へ行けば即大統領になれる、素晴らしい人だ。 もうこんな生活はイヤだ! それでもひかるは、コツコツと働きに働き続けた。 子供達にも、祖父母の存在は必要だろうと考え、女房の実家とも丁重に頭を下げ、和解した。 女房の実家側からすれば、最初に沖縄という、想像出来ない所の人間で、まず拒否感が出たのであろう。 それなりに家庭を守り、またテレビ業界での仕事ぶりは、大きな評価を得て、塩を撒き付けたはずの男が、何時の間にか神棚に上げられるような大変な信頼ぶりである。

f1156 強制移住

南端に浮ぶ周囲12キロ、ハート形の黒島には遠い昔、溢れんばかりの人口があり、一大文化圏を形成していたという説がある。 ある説によれば、人口1万人はいたであろうという人もいる。 真意の程は定かでないが、1700年、鳩間島へ60人が強制移住、3年後には更に500人が強制移住させられたという記録が残っている。 その記述が本当ならば、黒島の住人は千人や二千人ではなく、一万人説もおかしくない。 それ以降も石垣島等へかなりの人が強制移住させられたという。 1500年代から600年代にかけて、日本では武士が勢力争いをしていた頃、この島は幸せで豊かに、文化を謳歌した人達がいたと思われる。 島には、特に豪族らしきものは無い、また貨幣なるものも見当たらない。 人々は物々交換、海から獲れる膨大な魚介類、御嶽を中心にお互いの門中が、仲良く生活していたと思われる。 島には墓は有るが、お寺は一軒も無い。法事は自宅で親族同士で行う。御嶽は健康子孫繁栄、豊作祈願の太陽崇拝の場で、親族同士が門徒である。 島には人が溢れ、耕作地を岩の上まで広げたという、その痕跡は今でも残っている。 岩の上に出来る作物など、あるはずがないと思って、古老に聞くと、事もなげに粟なら十分作れるとの事だ。 言われてみれば60年前、島には粟が野生化し、野生のウズラがたくさんいた。 ウズラの卵、仕掛けでウズラを捕らえて食した事を思い出す。 また、御嶽は今でも十数カ所残っている。直径2キロちょっとの島に、本土では考えられない十数カ所の御嶽の跡が残っている。 沖縄本島にある御嶽は、久高島に島々を作った神様が降り立ったという事で、久高島を向き、御嶽信仰が行われているという。 しかし450キロ離れたこの島には、そのような信仰は無関係のようだ。 理解出来ないのは、島の十数カ所の御嶽は、それぞれ方向がバラバラで、統一されていない。こんな小さな島で統一されない疑問、不思議である。 御嶽は本土でいうお寺みたいな存在だが2キロ前後の空間に、これ程のお寺なり、御嶽があるような地区はないだろう。 この島を調べていくと、不思議な事だらけだ。

f1163 ヤギ様

南の島々には、ヤギを飼育しており、ヤギ汁は生活に欠かせない。 そして必ずと言っていいくらい、そこにはヨモギが入っている。 ヤギ汁は血圧を上げる、ヨモギは血圧を下げる効果があるとの事。 だからこの組み合わせは、どこの家庭でも行われている。 古老に聞くと、ヨモギは、サギグスイ、下げ薬と呼んでいる。 昔の人はよくぞ血圧計もなかっただろうに、どうやってそのような組み合わせを考えたのだろうか。 南の島には、色々な不思議が一杯だ。 この島の人達は昔、牛肉は食する風習は無かったが最近では牛肉を食べる機会が多い。 やはり、その時も牛汁にはヨモギを入れて食べる。 島の人達は知らないところで、健康管理が出来ているようだ。 ちなみに、ヨモギは野生でどこにでも生えている。 東北人はおしんこを多く食べ、塩分を取り過ぎ、高血圧で寿命が短いと聞く。 庭先にヨモギを植え、利用するといいかも。沖縄の長寿はヨモギのせいかも? 南の島でヤギは重要な存在である。 人間をはじめ全んどの動物は、生きていくのに水を必要とする。 しかし、ヤギは川がなくても水の無い所でも何ら問題なく生きられる。 八丈島の手前に、周りは崖で人が住めない無人島があるが、(鬼界島?)そこには、かなりのヤギが野生化して育っている。 勿論無人島で、川も無く水溜まりや雨水を溜める容器も無く大雨が降ってもサンゴ礁の島は即地下水に成りヤギの飲み水は無い。 生涯水を飲まなくても草を食べるだけで問題無し。ヤギの生き延びる力は半端じゃない。 この黒島では昔、妊娠すると出産日を計算。 まず妊娠してるヤギをどう確保するかが、大きな問題だ。

f1166 田舎者

当時、沖縄は日本国ではない。米国統治下でパスポートを持っており、ましてやひかるの生まれ育った島など、日本の地図には載っていない。 彼女の実家は、代々手広く卸問屋をしており、嘘かまことかは分からないが、皇族にもつながる由緒ある家だと言っていた。 そんな家柄が、ひかるみたいな見た目も格好も田舎者。ましてや沖縄とパスポートとなると、反対するのは当然だ。 座布団を投げ付けられ、しまいには塩を捲かれるありさまだ。 生まれて初めて他人さまに馬鹿にされ、コケにされる屈辱感は半端じゃない。 当時、沖縄生まれでパスポートを持っている。自分でも劣等感は感じていたが、それをもろに罵られると、人間の感情は火に油を注ぐようなものだ。 こんな人間、生きている価値がない・・ぶっ殺してしまえ!それくらい憤りを感じた。 しかし故郷で、今日もヘラで草取りに汗を流し、爪に火を灯して生きる両親の事を考えると、息子が東京へ出て殺人を犯した、なんて白い目で周りから見られて生きるのは、あまりにも酷だ。悔しくても、侮辱されても、頭を下げ続けたが、結果的に、許してもらえなかった。 彼女が、親兄弟、親戚含め全て縁を切り一緒になる、と言ってくれた時は、涙が止まらなかった。 ひかるは一生、彼女を路頭に迷わす事はすまい、と心に誓って新婚生活をスタートさせた。 新婚当時、女房の友達を含め7、8人、同年代の仲間でよく飲み食いをした。 その中に一人、独身の中山学がいた。 学はとんでもない男で、十数億もの資産を持ち、自由が丘の邸宅住まいだ。 外国製のカマロだとかいう、訳の分からない外車を乗り回していた。 日本の車は、ドアを閉めた時の音が軽すぎる、といって重厚なドアの音のする外車を次から次と乗り回していたのである。 親父を早くに亡くしており、母と2人の生活だ。 邸宅へ誘われていったが、庭には外車を4台収納出来る車庫があり、門の横には鉄格子で囲った、立派な犬小屋だ。 ひかるの三畳一間の生活、犬以下だ。 この犬がまたデッカイ、3匹もおり、人間なぞひと噛みで殺しそうで、それこそ血統書付のいい犬だという。 家の中へ入ると、そこにはまた、青い眼をした、ペルシャ猫だとかなんとか言っていたが、これまた血統書付の高級な猫だというのが3匹ほど、母親が可愛がっていた。 家のなかの家具や調度品は見た事もない、皇族のお宅ではないかと思われるようなしつらえだ。 泊まっていくようにと勧められ、泊まった。そこには全く見た事もない、そのために作らせたのかと、思われるような本棚があり、そこには、とんでもない百科事典等が、びっしり収まっている。 母親は上品な女性で、何人かのお手伝いを雇い、家の中や庭等、綺麗に作り上げていた。 なんで金があるのかと聞くと、学の祖父は次男ではあったが、長男を手伝い、その昔造園業をやっていたという。 貯木のため、原っぱだった土地をかなり持っていたので、兄貴に分けてもらったとの事だ。 その土地は自由が丘、あれよあれよという間に値上がりし、手が付けられない程の大金が転がり込んできたという。 本家の姪達は、20歳前だと言うのに二十億もの資産を相続、渋谷駅近くに億ションを購入し、優雅に遊び呆けているとの事だ。

f1167 新婚生活

ひかるの新婚生活、女房の実家に猛反対され、それこそ三畳一間、電化製品ひとつない、貧乏どん底からのスタート。 木造で、廊下は歩くとミシミシ音がし、トイレはポットン便所の安アパート、夫婦で共働き、やっと家賃が払えるという生活。 東京で家賃が一番安いアパート。当時アパートには沖縄出身者の入居お断り看板が出ていた。 沖縄名字のひかるは当然パスポート保持者。 ひかるはテレビの世界で仕事をしていたが、当時は白黒放送で、給料など一般の企業の社員に比べられない、どん底生活であった。 ボーナスが入ったら洗濯機を買おう、その次は冷蔵庫、テレビと夫婦で夢を描き、必死で働いていた折、学が自由が丘に五階建ての賃貸しマンションを建てたので、管理人をしてくれないか、との話。家賃は無しとの話だったので、これ幸い飛びついた。 ただほど高くつくものは無い。この管理人の仕事、とんでもない結果を生む事になる。 当時マンションという言葉は、聞き慣れない言葉で、走りだったのである。 家賃も高かったので、入居者はハイクラスの人ばかり。有名な銀座の老舗ビルの息子夫婦だとか、新宿の高級クラブのママさんだとか、自他共に金持ちと認じる人ばかりである。 そういう人達から見ると、明らかに若くて、家賃の出ないマンションの管理人をやってる人間なんぞ、見下げた貧乏人に見えたのだろう。 隣人同士のいざこざ、上下階のいざこざ、トイレが詰まっても管理人の責任だとか、やたらめったら無理難題を押し付けて来る。 下の階からの焼き肉の匂いを、あれは我が家に対するあてつけだ。なんとかしろ、と言ってくる。 とうとう女房が、初めての子を流産してしまった。住人は流産した事を知っているが、優しい言葉をかける訳でもない。 貧乏人など子供を作る資格がない、と言わんばかりに輪をかけて自分たちの争い事を管理人に押し付けてくる。 金持ちなら、心豊かに周りに温かい目、優しい言葉がかけられるものだと思ったが全く逆だ。 金持ちは、人間としての情が金に奪われてしまうものだ、としみじみ感じた。 その後、妊娠をしたので出る決心をし安アパート生活に戻った。 数年後、学が35歳になった頃、母親から嫁探し、お見合いの相手を見つけて欲しいと頼まれた。 友人の為と思い、あちこちに声をかけ、二度も見合いをさせたが成立しなかった。 相手はなんの非の打ちどころもない。素晴らしい女性で、成立しないという事はおかしい。 本人を捕まえ、とことん本音を聞いてみるとびっくりした。 女は自分の背負っている金、財産が目当てだ。 そんな女に子供が出来、子供にまで財産を持っていかれるかと思うと、どうしても決断が出来ないという。 お金の亡者、呪縛に縛られた人間の頭の中というのは、そういうものか、と呆れ果ててしまった。 以後、ひかるは二度とお見合いの段取りはしかかった。 周りの友人も、同じ経験をしているから、誰一人として学に結婚を進める人はもういなくなった。 学はゴルフが好きで、金に任せゴルフ場の会員権を北海道から九州迄くまなく買いあさっていた。 先行投資で、いずれ倍、倍になると自慢していた。 事実、ある程度倍くらいにまでなったようだが、しかしバブルがはじけてしまった。

f1165 軽い男

食事を済ませ8時過ぎ、庭のテーブルで、泡盛を飲んでいると、民宿の20代半ばのカップルが2組散策がてら、ぶらりと入って来た。 東京と島を年間半々生活してる私を見て、うらやましい。自分の両親にもそのような生活をしてもらいたいと、話していた。 親父は定年になるの楽しみにしていたが、いざ定年になると、朝から晩まで夫婦角突き合わせで、些細な事で、口争いが絶えないという。 若い内は朝昼晩喧嘩するが、朝昼晩セックスをすれば、仲直りができる。 歳をとるとセックスの数が追いつかず、なかなか仲直り出来ないというと、おじさんのいう事は的を得ていると、おおはしゃぎだ。 世間話をしていると、同じ民宿の泊まり男客が2人、話につられ、ぶらりと入ってきた。 一番年上だと思われる、30歳くらいの男の言動がどうも気になる。 自分は1度も仕事をした事がない、フリーターである事を自慢している。 態度や言動から見て、どうも軽過ぎる。 スタイル格好そのものは普通の十人並みだが、男として結婚をしようとか、そういう感覚は全く無いようだ。 東京の文京区に親と同居しており、どうも生活するのには困らないようだ。 文京区あたりは東京のど真ん中で、そこに親の代から生活しているという事は、土地なり資産があるだろう。 当然あくせく働く必要もなく、十分食べるくらいの収入があるだろう。 が、しかし男として考えると軽すぎる。 ティッシュペーパーがふらふらしているようなもので、ちょっと風が吹けば舞い上がり、己をコントロール出来ないような、あまりにも軽い幼い感じすら受けるのである。 ひかるの息子は40才、子会社、下請会社を数社使いこなしバリバリ働いている。 今の時代はどうだのこうだのと、親父に説教するくらいのバリバリ、毎日が充実しているようだ。 軽い男に言い聞かせる気などさらさらないが、つい経験した犬の糞物語を話してやった。 ひかるは高校卒業と同時に、周囲12キロ海抜12メータという、日本の南端の小さな島から、着のみ着のままで上京した。 昼間は必死で働き、夜学の後テレビ界へ就職した。 その時知り合った東京生まれの東京育ち、江戸っ子の彼女と出会う事が出来た。 結婚の約束をし、相手の親の所へ挨拶に行くと猛反対だ。

f1142 大量出土

この島で、妙な貝が、大量に出土した。巻貝ではあるが、大きさがサザエの数倍あり、ホラガイとはまた違う、形そのものは、サザエオバケみたいな貝だ。 ところがその貝には、どうしても人工的としか思えない、穴が一つ空いている。 この貝はひかるが子供の頃、60年前には一度も見たことがない。 古老に聞くと、自分もその貝を見たことも、食した事もないという。 しかし、大量に出土したということは、100年、いや200年前、この貝はこの島の周りに、大量にいたと思われる。 シャコ貝と同じぐらいの出土量があるから、かなり生息していたと思われる。 シャコ貝は60年前、足の踏み場もないくらいリーフやリーフの上にはおり、この貝だけは誰も見たことがない。 疑問は、人工的に開けられたと思われる穴だ。 穴のことを古老に聞くと、話には聞いたことがある。 貝に穴を開け、石にゆわえ付け、海中に放牧?していたという。 目の前は太平洋、魚介類はいくらでも採れるのに、恐るべし、いにしえのこの島人は養殖方式を採用していたのだ。小さな貝はなくほとんど大きさが統一されている。 昔は、電気や冷蔵庫もなかったので、祝い事や大事なお客をもてなすとき、放牧?していた、貝をとって来、目の前で、新鮮な料理でもてなしたという。 なるほど、と感心した。 いにしえの島の人たちは、海で貝を放牧?し、必要な時に必要な量、新鮮な料理をし、心豊かに味わっていたのだな。 私も閃いた。 今度は、シャコ貝に、ドリルで穴を開け、テグスで石にゆわえ、必要な時だけ、新鮮なシャコ貝を食べよう。 南の島、夕陽を眺め、新鮮なシャコ貝、貝柱、泡盛を片手に、至福の時間だ ! 調べたら、この貝は学名、夜光貝で、太古の昔、中国王朝の漆器などに使われ、とんでもない高価で取引されていたと言う。

f1164 ヤギの乳

子供が生まれても、昔は栄養が行き届かず母親の乳が出ない場合が結構あった。 勿論、ミルクは無く、冷蔵庫も無い時代。 そこで、ヤギの乳を頂く事になる。そうやって島の子供達は育ったのである。 ひかるも母に3軒の家からヤギの乳を頂いたという。 だから、3軒の家のヤギ様には感謝しなさいよといわれた。 よって恩返しの為、物心ついた時からヤギを飼わされ、一生懸命ヤギの草を刈ったもんだ。 そしてその3軒の家に子供が誕生した時には、私の飼っていたヤギの乳を恩返しするという事だ。 ひかるがこうやって生きていられるのも、ヤギ様のおかげで神様だ。 ひかるの神様は、ヤギ様である。 領土で中国と揉めている魚釣島、野生のヤギが生息しているがこの地区の人が昔住んでいた。 だから女性が居てヤギを同伴させた証である。 皆さん無人島で住む場合、女房とヤギはセットだぞ。 必ずヤギ様もオス、メス同伴が条件。不滅の鼓動だ! ある小雨の日、牧場をやっている青年が我が家へ来、のんびり喋っている。 牛の草は刈ったのか、と聞くと牛は濡れた草は、食べないという。 ??? それでは雨が降った日はどうするんだと聞くと、干し草を食べさせるとの事だ。 初めて聞いたが、牛は苅った草、どんな新鮮な草でも、雨に濡れていると食べないという。 枯らした草、干し草なら、雨に濡れても食べるとの事だ。 勿論、生えている草なら、雨に濡れていても食べるが、苅って雨に濡れた草は刈りたて、新鮮な草でも食べないという。 本当なのだろうか? この島の牛だけが贅沢な生活をしているのか? なんで新鮮な草でも、雨に濡れたら食べないのだろうか? 生えた、雨に濡れた草は食べるのに? 不思議である。 他の島の牛飼いさ〜ん、教えて・・・ 島のじいさんが、おしゃべりにきた。 泡盛とサバの缶詰で飲んでいると、ハエがうるさい。 このハエ何とかならないのかなぁというと、8時半まで待てよという。 訳を聞くと、ハエは8時半になると就寝の時間だという。 言われてみて初めて気がついたが本当に8時半になると、ありゃりゃ、ハエがピタリといなくなった。 島のハエは夜8時半就寝だそうだ。 島の人達は行動時間が夜型だ。 9時10時から平気で飲み歩く。 ハエの時間を考え行動をずらしているのだろうか? 島での生活、色々と頭を使う。 南の島の夜は開放的だ。

f1162 トウージ

この島の方言を見ていると、突然変異みたいな訳の分からない方言が時々出てくる。 豊年際にハーリー競争が昔からある。その船のかじ取り役は重要である。 かじ取り役のことを島の方言では、トウージーという。 なぜかじ取りが、トウージーなのか? 日本の言葉でいうと、統括、統治に当たり、つながるのではないかと思う。 統治が、トウージーになったのではないだろうか。 その昔、この島には、あまりものを書くという習慣がなかったのに不思議である。 昔から続くこの島のハーリー競争は、かじ取りが絶対の権限を持っており、完全に統括している。 言うなれば統治者が、トウージーになっているのだろう。 また女房、妻を、なんと言うかというと、トウージーのハイホンを2つとった、「トゥジ」と呼ぶ。 トゥジ(妻)は、家庭を賄い、やりくりする、言うなれば、家庭の統治者だ。 よって、トゥジと言われるのは、当たり前である。 友人のことを、島の方言では、ドゥシ、と言う。 友達という、複数、総称する場合は、普通、島の方言では、ERがつくが、この友人には、それが付かない。 友達は、ドゥシンキ、という。 この友達という、ドゥシンキは、他の方言と共通しない、変わり種だ。 この言葉がどこから来たのかわからないが、もしかすると、アフリカの山奥で、友達のことをドゥシンキ、というような所があるかもしれない。 渡り鳥が、その言葉をくわえ、島へポコリと落としていったかも? 種子が島で根付き、しっかり島の言葉になったような気がする。 友達の、友達は、みな友達だ。 ドゥシンキの、ドゥシンキは、みなドゥシンキだ。

f1157 死なすぞ!

島で生活してると時々、言葉遣いや表現に、あれれ?、と感じる事がある。 話の中で冗談に、殺すぞ! 、あるいは殺されるぞ!、 という言葉が出てくるはずだ。 島の人の表現では、それは、死なすぞ!、死なされるぞ!、と言う表現になっている。 何んでそんな表現になるのだろうかとよく考えると、殺すぞ!、殺されるぞ!という表現には、頭をブチ割られ、非常に残忍で残酷なシーンが先に浮かぶ。 その点、島の表現では、そのような残忍残酷さは抑えられる。 島の人達がもともと心根が優しい、穏やかであるから、残忍なシーンを連想するその言葉は使い辛いので、自然に言葉が変換されて出てくるのである。 島の人は素晴らしい、とつくづく感じる日々である。 マスコミでは子供が親を、あるいは兄弟、家族を残忍な残酷な殺人報道が多い。 皆さん、夫婦喧嘩、親子や家族喧嘩の中で、知らずに、殺すぞ!とか、殺してやりたい!とか、そのような言葉が日常、ポロリと出ているのではないだろうか。 子供は親の背中を見て育つ、何時の間にか親や周りに、そのような残酷な言葉が飛び交うのを聞き、精神的に残酷なシーンが受け入れられているのではないだろうか。 喧嘩等、興奮してる時に、周りへの配慮は難しいだろうけど、普段から言葉の使い方、表現の仕方に心配りが必要ではないだろうか。 子供は親の背中を見て育つ! 親の言葉を聞いて育つ! 気をつけよう・・・ 以前、民宿のヘルパーをしていた27歳前後の女がいた。 父親は公務員だと言う。 南の島へ行った切りで、心配だっただろう。迎えに来た。 今日は子牛のセリで、見に行くと帰ったはずのその子が牧場へ泊り込み、牛飼いをやっていると言う。 親が許さないだろう、と言うと、ミーラ取りがミーラに成ったのか、父親はこんな良い島は無い、とたびたび訪れると言う。 よく聞くと、他にも牧場に泊り込み、牛飼い女が3人もいると言う。 彼女は大学も出ており、丸の内でキラキラ輝くキャリヤウーマンとしても通用する頭脳明晰、牛飼いがそんなに魅力的なのだろうか、訳が分からなくなった。 160頭もの子牛がセリに出され、70万円前後の値が付いていた。 あすは神戸牛か松坂牛か。 子牛と別れる牛飼い女の目に涙、印象的だった。

2026年4月22日水曜日

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ジュラルミン製、飛行機の残骸。

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f1155 北海道のおばちゃん

島の民宿では夕食後、泡盛がただで振舞われる。 中庭の大きなテーブルで、星空を眺めながら、お互い自己紹介をし観光客は談笑。 ふらりとその輪の中へ入っていくと、島の人だという事で話を聞きたく、周りに集まってくる。 北海道から来たという、60歳過ぎのおばちゃんが、早速、隣へ割り込んできた。 きれいな星空、空気がおいしい、生まれて初めての体験だと、かなりハイになっている。 こんな素晴らしい島で生活出来たらいい。なんとか移住したいので、土地を譲ってくれる人はいないか、との相談だ。 出来ない事はないと言うと積極的に色々な質問をしてきた。 話の内容から、かなり融通の利かない教員か公務員上がりのガチガチな堅物の類、箱入りババーだ。 こんな人に土地を分ければ、住民と間違いなく争いを起こす。 島の人達はテーゲーグワーで、いい加減と言うかあまり小さな事にはこだわらず、のんびり生活をしている。 島人と争いをお越し、後々嫌な思いをするので、この人の相談にだけは乗らないようにしようと心に決めていた。 その内、ひょんな質問をしてきた。 この島に、蜘蛛はいるのですか?・・ はぁー? と思わず聞き返す。 蜘蛛はいっぱいいるし、毒は持ってないが森へ行くと大きなやつもいるよ、と言うと、ギヤアーと血相変えた。 蜘蛛は嫌いどころか糸が体に触れただけで蕁麻疹が出来ると言う。 民宿のベランダでも糸を張っているし、島を散策すると間違いなく糸に触れるよ、と言うと顔面蒼白、わざと嫌がる事を言って脅かしているのではないかと、毛嫌いするというか嫌悪感あらわに出し、睨み付けている。 芯から蜘蛛が嫌いで、アレルギーのようだ。 隣にいるのも嫌になっただろうか、席を移していった。 その話を聞いていた他の観光客が、そのおばちゃんを説得。 日本全国蜘蛛のいない所はない。あなたは、まかり間違っても田舎暮しなど、考えないほうがいいと言われ、渋々納得したようだ。 このおばちゃん、島で連泊するつもりだったらしいが、翌日、早々に引き払ったと言う。 次は西表島観光だと言っていた。あの島は、毒はないが、大きな蜘蛛がもっといっぱいいる。 デッカイ蜘蛛が首に貼り付き、アワを吹き吹き、失神する姿、目に目えるわ・・ その人は北海道だと言う。 おーい北海道〜  蜘蛛いないか??

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亀甲墓。

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f1153 墓の入り口

入り口は棺桶の入る大きさ。

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島の夕日。

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1088 NASA

 当時、可搬型VTRとして、あのNASAが軍事偵察機用に開発した、VR-3000なる機種が、国内では4,5台導入されていた。 どういう訳か、その機種が、ひかるの会社にあった。 設立時、TBSとフジテレビが折半出資、別々に確保するよりは、子会社に持たせ、両局で使用出来る、という事で...