2026年4月23日木曜日

f1166 田舎者

当時、沖縄は日本国ではない。米国統治下でパスポートを持っており、ましてやひかるの生まれ育った島など、日本の地図には載っていない。 彼女の実家は、代々手広く卸問屋をしており、嘘かまことかは分からないが、皇族にもつながる由緒ある家だと言っていた。 そんな家柄が、ひかるみたいな見た目も格好も田舎者。ましてや沖縄とパスポートとなると、反対するのは当然だ。 座布団を投げ付けられ、しまいには塩を捲かれるありさまだ。 生まれて初めて他人さまに馬鹿にされ、コケにされる屈辱感は半端じゃない。 当時、沖縄生まれでパスポートを持っている。自分でも劣等感は感じていたが、それをもろに罵られると、人間の感情は火に油を注ぐようなものだ。 こんな人間、生きている価値がない・・ぶっ殺してしまえ!それくらい憤りを感じた。 しかし故郷で、今日もヘラで草取りに汗を流し、爪に火を灯して生きる両親の事を考えると、息子が東京へ出て殺人を犯した、なんて白い目で周りから見られて生きるのは、あまりにも酷だ。悔しくても、侮辱されても、頭を下げ続けたが、結果的に、許してもらえなかった。 彼女が、親兄弟、親戚含め全て縁を切り一緒になる、と言ってくれた時は、涙が止まらなかった。 ひかるは一生、彼女を路頭に迷わす事はすまい、と心に誓って新婚生活をスタートさせた。 新婚当時、女房の友達を含め7、8人、同年代の仲間でよく飲み食いをした。 その中に一人、独身の中山学がいた。 学はとんでもない男で、十数億もの資産を持ち、自由が丘の邸宅住まいだ。 外国製のカマロだとかいう、訳の分からない外車を乗り回していた。 日本の車は、ドアを閉めた時の音が軽すぎる、といって重厚なドアの音のする外車を次から次と乗り回していたのである。 親父を早くに亡くしており、母と2人の生活だ。 邸宅へ誘われていったが、庭には外車を4台収納出来る車庫があり、門の横には鉄格子で囲った、立派な犬小屋だ。 ひかるの三畳一間の生活、犬以下だ。 この犬がまたデッカイ、3匹もおり、人間なぞひと噛みで殺しそうで、それこそ血統書付のいい犬だという。 家の中へ入ると、そこにはまた、青い眼をした、ペルシャ猫だとかなんとか言っていたが、これまた血統書付の高級な猫だというのが3匹ほど、母親が可愛がっていた。 家のなかの家具や調度品は見た事もない、皇族のお宅ではないかと思われるようなしつらえだ。 泊まっていくようにと勧められ、泊まった。そこには全く見た事もない、そのために作らせたのかと、思われるような本棚があり、そこには、とんでもない百科事典等が、びっしり収まっている。 母親は上品な女性で、何人かのお手伝いを雇い、家の中や庭等、綺麗に作り上げていた。 なんで金があるのかと聞くと、学の祖父は次男ではあったが、長男を手伝い、その昔造園業をやっていたという。 貯木のため、原っぱだった土地をかなり持っていたので、兄貴に分けてもらったとの事だ。 その土地は自由が丘、あれよあれよという間に値上がりし、手が付けられない程の大金が転がり込んできたという。 本家の姪達は、20歳前だと言うのに二十億もの資産を相続、渋谷駅近くに億ションを購入し、優雅に遊び呆けているとの事だ。

f1167 新婚生活

ひかるの新婚生活、女房の実家に猛反対され、それこそ三畳一間、電化製品ひとつない、貧乏どん底からのスタート。 木造で、廊下は歩くとミシミシ音がし、トイレはポットン便所の安アパート、夫婦で共働き、やっと家賃が払えるという生活。 東京で家賃が一番安いアパート。当時アパートには沖縄出身者の入居お断り看板が出ていた。 沖縄名字のひかるは当然パスポート保持者。 ひかるはテレビの世界で仕事をしていたが、当時は白黒放送で、給料など一般の企業の社員に比べられない、どん底生活であった。 ボーナスが入ったら洗濯機を買おう、その次は冷蔵庫、テレビと夫婦で夢を描き、必死で働いていた折、学が自由が丘に五階建ての賃貸しマンションを建てたので、管理人をしてくれないか、との話。家賃は無しとの話だったので、これ幸い飛びついた。 ただほど高くつくものは無い。この管理人の仕事、とんでもない結果を生む事になる。 当時マンションという言葉は、聞き慣れない言葉で、走りだったのである。 家賃も高かったので、入居者はハイクラスの人ばかり。有名な銀座の老舗ビルの息子夫婦だとか、新宿の高級クラブのママさんだとか、自他共に金持ちと認じる人ばかりである。 そういう人達から見ると、明らかに若くて、家賃の出ないマンションの管理人をやってる人間なんぞ、見下げた貧乏人に見えたのだろう。 隣人同士のいざこざ、上下階のいざこざ、トイレが詰まっても管理人の責任だとか、やたらめったら無理難題を押し付けて来る。 下の階からの焼き肉の匂いを、あれは我が家に対するあてつけだ。なんとかしろ、と言ってくる。 とうとう女房が、初めての子を流産してしまった。住人は流産した事を知っているが、優しい言葉をかける訳でもない。 貧乏人など子供を作る資格がない、と言わんばかりに輪をかけて自分たちの争い事を管理人に押し付けてくる。 金持ちなら、心豊かに周りに温かい目、優しい言葉がかけられるものだと思ったが全く逆だ。 金持ちは、人間としての情が金に奪われてしまうものだ、としみじみ感じた。 その後、妊娠をしたので出る決心をし安アパート生活に戻った。 数年後、学が35歳になった頃、母親から嫁探し、お見合いの相手を見つけて欲しいと頼まれた。 友人の為と思い、あちこちに声をかけ、二度も見合いをさせたが成立しなかった。 相手はなんの非の打ちどころもない。素晴らしい女性で、成立しないという事はおかしい。 本人を捕まえ、とことん本音を聞いてみるとびっくりした。 女は自分の背負っている金、財産が目当てだ。 そんな女に子供が出来、子供にまで財産を持っていかれるかと思うと、どうしても決断が出来ないという。 お金の亡者、呪縛に縛られた人間の頭の中というのは、そういうものか、と呆れ果ててしまった。 以後、ひかるは二度とお見合いの段取りはしかかった。 周りの友人も、同じ経験をしているから、誰一人として学に結婚を進める人はもういなくなった。 学はゴルフが好きで、金に任せゴルフ場の会員権を北海道から九州迄くまなく買いあさっていた。 先行投資で、いずれ倍、倍になると自慢していた。 事実、ある程度倍くらいにまでなったようだが、しかしバブルがはじけてしまった。

f1165 軽い男

食事を済ませ8時過ぎ、庭のテーブルで、泡盛を飲んでいると、民宿の20代半ばのカップルが2組散策がてら、ぶらりと入って来た。 東京と島を年間半々生活してる私を見て、うらやましい。自分の両親にもそのような生活をしてもらいたいと、話していた。 親父は定年になるの楽しみにしていたが、いざ定年になると、朝から晩まで夫婦角突き合わせで、些細な事で、口争いが絶えないという。 若い内は朝昼晩喧嘩するが、朝昼晩セックスをすれば、仲直りができる。 歳をとるとセックスの数が追いつかず、なかなか仲直り出来ないというと、おじさんのいう事は的を得ていると、おおはしゃぎだ。 世間話をしていると、同じ民宿の泊まり男客が2人、話につられ、ぶらりと入ってきた。 一番年上だと思われる、30歳くらいの男の言動がどうも気になる。 自分は1度も仕事をした事がない、フリーターである事を自慢している。 態度や言動から見て、どうも軽過ぎる。 スタイル格好そのものは普通の十人並みだが、男として結婚をしようとか、そういう感覚は全く無いようだ。 東京の文京区に親と同居しており、どうも生活するのには困らないようだ。 文京区あたりは東京のど真ん中で、そこに親の代から生活しているという事は、土地なり資産があるだろう。 当然あくせく働く必要もなく、十分食べるくらいの収入があるだろう。 が、しかし男として考えると軽すぎる。 ティッシュペーパーがふらふらしているようなもので、ちょっと風が吹けば舞い上がり、己をコントロール出来ないような、あまりにも軽い幼い感じすら受けるのである。 ひかるの息子は40才、子会社、下請会社を数社使いこなしバリバリ働いている。 今の時代はどうだのこうだのと、親父に説教するくらいのバリバリ、毎日が充実しているようだ。 軽い男に言い聞かせる気などさらさらないが、つい経験した犬の糞物語を話してやった。 ひかるは高校卒業と同時に、周囲12キロ海抜12メータという、日本の南端の小さな島から、着のみ着のままで上京した。 昼間は必死で働き、夜学の後テレビ界へ就職した。 その時知り合った東京生まれの東京育ち、江戸っ子の彼女と出会う事が出来た。 結婚の約束をし、相手の親の所へ挨拶に行くと猛反対だ。

f1142 大量出土

この島で、妙な貝が、大量に出土した。巻貝ではあるが、大きさがサザエの数倍あり、ホラガイとはまた違う、形そのものは、サザエオバケみたいな貝だ。 ところがその貝には、どうしても人工的としか思えない、穴が一つ空いている。 この貝はひかるが子供の頃、60年前には一度も見たことがない。 古老に聞くと、自分もその貝を見たことも、食した事もないという。 しかし、大量に出土したということは、100年、いや200年前、この貝はこの島の周りに、大量にいたと思われる。 シャコ貝と同じぐらいの出土量があるから、かなり生息していたと思われる。 シャコ貝は60年前、足の踏み場もないくらいリーフやリーフの上にはおり、この貝だけは誰も見たことがない。 疑問は、人工的に開けられたと思われる穴だ。 穴のことを古老に聞くと、話には聞いたことがある。 貝に穴を開け、石にゆわえ付け、海中に放牧?していたという。 目の前は太平洋、魚介類はいくらでも採れるのに、恐るべし、いにしえのこの島人は養殖方式を採用していたのだ。小さな貝はなくほとんど大きさが統一されている。 昔は、電気や冷蔵庫もなかったので、祝い事や大事なお客をもてなすとき、放牧?していた、貝をとって来、目の前で、新鮮な料理でもてなしたという。 なるほど、と感心した。 いにしえの島の人たちは、海で貝を放牧?し、必要な時に必要な量、新鮮な料理をし、心豊かに味わっていたのだな。 私も閃いた。 今度は、シャコ貝に、ドリルで穴を開け、テグスで石にゆわえ、必要な時だけ、新鮮なシャコ貝を食べよう。 南の島、夕陽を眺め、新鮮なシャコ貝、貝柱、泡盛を片手に、至福の時間だ ! 調べたら、この貝は学名、夜光貝で、太古の昔、中国王朝の漆器などに使われ、とんでもない高価で取引されていたと言う。

f1164 ヤギの乳

子供が生まれても、昔は栄養が行き届かず母親の乳が出ない場合が結構あった。 勿論、ミルクは無く、冷蔵庫も無い時代。 そこで、ヤギの乳を頂く事になる。そうやって島の子供達は育ったのである。 ひかるも母に3軒の家からヤギの乳を頂いたという。 だから、3軒の家のヤギ様には感謝しなさいよといわれた。 よって恩返しの為、物心ついた時からヤギを飼わされ、一生懸命ヤギの草を刈ったもんだ。 そしてその3軒の家に子供が誕生した時には、私の飼っていたヤギの乳を恩返しするという事だ。 ひかるがこうやって生きていられるのも、ヤギ様のおかげで神様だ。 ひかるの神様は、ヤギ様である。 領土で中国と揉めている魚釣島、野生のヤギが生息しているがこの地区の人が昔住んでいた。 だから女性が居てヤギを同伴させた証である。 皆さん無人島で住む場合、女房とヤギはセットだぞ。 必ずヤギ様もオス、メス同伴が条件。不滅の鼓動だ! ある小雨の日、牧場をやっている青年が我が家へ来、のんびり喋っている。 牛の草は刈ったのか、と聞くと牛は濡れた草は、食べないという。 ??? それでは雨が降った日はどうするんだと聞くと、干し草を食べさせるとの事だ。 初めて聞いたが、牛は苅った草、どんな新鮮な草でも、雨に濡れていると食べないという。 枯らした草、干し草なら、雨に濡れても食べるとの事だ。 勿論、生えている草なら、雨に濡れていても食べるが、苅って雨に濡れた草は刈りたて、新鮮な草でも食べないという。 本当なのだろうか? この島の牛だけが贅沢な生活をしているのか? なんで新鮮な草でも、雨に濡れたら食べないのだろうか? 生えた、雨に濡れた草は食べるのに? 不思議である。 他の島の牛飼いさ〜ん、教えて・・・ 島のじいさんが、おしゃべりにきた。 泡盛とサバの缶詰で飲んでいると、ハエがうるさい。 このハエ何とかならないのかなぁというと、8時半まで待てよという。 訳を聞くと、ハエは8時半になると就寝の時間だという。 言われてみて初めて気がついたが本当に8時半になると、ありゃりゃ、ハエがピタリといなくなった。 島のハエは夜8時半就寝だそうだ。 島の人達は行動時間が夜型だ。 9時10時から平気で飲み歩く。 ハエの時間を考え行動をずらしているのだろうか? 島での生活、色々と頭を使う。 南の島の夜は開放的だ。

f1162 トウージ

この島の方言を見ていると、突然変異みたいな訳の分からない方言が時々出てくる。 豊年際にハーリー競争が昔からある。その船のかじ取り役は重要である。 かじ取り役のことを島の方言では、トウージーという。 なぜかじ取りが、トウージーなのか? 日本の言葉でいうと、統括、統治に当たり、つながるのではないかと思う。 統治が、トウージーになったのではないだろうか。 その昔、この島には、あまりものを書くという習慣がなかったのに不思議である。 昔から続くこの島のハーリー競争は、かじ取りが絶対の権限を持っており、完全に統括している。 言うなれば統治者が、トウージーになっているのだろう。 また女房、妻を、なんと言うかというと、トウージーのハイホンを2つとった、「トゥジ」と呼ぶ。 トゥジ(妻)は、家庭を賄い、やりくりする、言うなれば、家庭の統治者だ。 よって、トゥジと言われるのは、当たり前である。 友人のことを、島の方言では、ドゥシ、と言う。 友達という、複数、総称する場合は、普通、島の方言では、ERがつくが、この友人には、それが付かない。 友達は、ドゥシンキ、という。 この友達という、ドゥシンキは、他の方言と共通しない、変わり種だ。 この言葉がどこから来たのかわからないが、もしかすると、アフリカの山奥で、友達のことをドゥシンキ、というような所があるかもしれない。 渡り鳥が、その言葉をくわえ、島へポコリと落としていったかも? 種子が島で根付き、しっかり島の言葉になったような気がする。 友達の、友達は、みな友達だ。 ドゥシンキの、ドゥシンキは、みなドゥシンキだ。

f1157 死なすぞ!

島で生活してると時々、言葉遣いや表現に、あれれ?、と感じる事がある。 話の中で冗談に、殺すぞ! 、あるいは殺されるぞ!、 という言葉が出てくるはずだ。 島の人の表現では、それは、死なすぞ!、死なされるぞ!、と言う表現になっている。 何んでそんな表現になるのだろうかとよく考えると、殺すぞ!、殺されるぞ!という表現には、頭をブチ割られ、非常に残忍で残酷なシーンが先に浮かぶ。 その点、島の表現では、そのような残忍残酷さは抑えられる。 島の人達がもともと心根が優しい、穏やかであるから、残忍なシーンを連想するその言葉は使い辛いので、自然に言葉が変換されて出てくるのである。 島の人は素晴らしい、とつくづく感じる日々である。 マスコミでは子供が親を、あるいは兄弟、家族を残忍な残酷な殺人報道が多い。 皆さん、夫婦喧嘩、親子や家族喧嘩の中で、知らずに、殺すぞ!とか、殺してやりたい!とか、そのような言葉が日常、ポロリと出ているのではないだろうか。 子供は親の背中を見て育つ、何時の間にか親や周りに、そのような残酷な言葉が飛び交うのを聞き、精神的に残酷なシーンが受け入れられているのではないだろうか。 喧嘩等、興奮してる時に、周りへの配慮は難しいだろうけど、普段から言葉の使い方、表現の仕方に心配りが必要ではないだろうか。 子供は親の背中を見て育つ! 親の言葉を聞いて育つ! 気をつけよう・・・ 以前、民宿のヘルパーをしていた27歳前後の女がいた。 父親は公務員だと言う。 南の島へ行った切りで、心配だっただろう。迎えに来た。 今日は子牛のセリで、見に行くと帰ったはずのその子が牧場へ泊り込み、牛飼いをやっていると言う。 親が許さないだろう、と言うと、ミーラ取りがミーラに成ったのか、父親はこんな良い島は無い、とたびたび訪れると言う。 よく聞くと、他にも牧場に泊り込み、牛飼い女が3人もいると言う。 彼女は大学も出ており、丸の内でキラキラ輝くキャリヤウーマンとしても通用する頭脳明晰、牛飼いがそんなに魅力的なのだろうか、訳が分からなくなった。 160頭もの子牛がセリに出され、70万円前後の値が付いていた。 あすは神戸牛か松坂牛か。 子牛と別れる牛飼い女の目に涙、印象的だった。

f1168 子孫

投資した金は半分に減ってしまったのである。 それからというのは、親からもらった財産を半分に減らした分を、なんとか元に戻すと、更にお金に対する執着、そして呪縛は、日を増すにつれ、膨らんで行った。 とうとう60を過ぎても結婚出来なかったのである。 それでもまだ五億くらいの金は背...