2026年4月15日水曜日

1005 3文字

 情報の全くなかった島、電波など考えられなかった島で育った少年には、そんな望遠鏡が有るはずがない!

魔法使いにでも出来ないはずだ、と思えるのでした。

しかし、何度読み返しても5コマ漫画は同じ答えしか出してくれません。

以後、テレビの3文字は少年の脳裏に焼き付けられたのです。

どうしても映画が観たい・・

この映画が、家に居ながら観られる・・

だったらテレビを勉強してみたい・・

解明してみたい・・

何時の間にか、ひかるは5コマ漫画の世界へ夢を膨らませ、魔法の箱解明に人生を賭けてみたい、と行動を起こすのでした。

今考えると携帯やTVラジオもない電気もない南端孤島でどうやって白黒TV時代TV業界へ繋がるルートを検索できたのか不思議です。

二歳年長の先輩が蒲田の工学院へ入りカラーTV学科が出来たとの報に飛びついたのです。

当時4月10月入学、ひかるは5期生でしたから直後で、TBSフジテレビ資本折半企業第一期生入社出来たのです。

微かな情報、チャンス、藁をも縋る可能性に命を捨てる覚悟で臨む、上京時の地を這う生き様は無駄でなかった。結果昭和40年から40年間番組作り、元祖テレビマンが貫けました。

2026年4月14日火曜日

1004 挑戦!TV界

昭和18年8月、八重山地区の黒島にひかる誕生。

出産設備や病院のない島、生まれた男の子を含め次々と3人が他界した後、3歳違いの長女に続く男子誕生で、両親の喜びはひとしお、八年後、母43歳で妹が誕生、妹は高齢出産の子、特別可愛がられ幸せな五人家族でした。

小さな島には電気はなく、勿論、水道もありません。

情報と呼べるものは、特にありません。

飲み水は雨水を瓶に溜め、大事に飲みます。

ボウフラが湧き、瓶の首をコント叩き、潜った瞬間すくって飲む、ボウフラとの協同生活。

ランプのホヤを拭くのは、大人の手が入らないので子供の仕事と言われ、何の抵抗もなく毎日拭かされ、何度かホヤを割り叱られて育ちました。

サンゴ礁で出来た島では、岩だらけの合間に点在する、猫の額程の畑を耕し、家庭菜園に毛が生えたような自給自足の生活。

小学校高学年の頃には、島の貧しい生活に見切りを付け、石垣島や沖縄本島へと引っ越す家が多くなり複式学級制へと移行していきます。

そんな中でも、子供達にとって一番の楽しみは、夏休みや冬休みに12キロ離れた石垣島へ渡り、映画を見る事でした。

しかしひかるの家は特に貧しく、石垣島へ渡る船賃や映画代等とても考えられず、その日暮しの状況。

子供同士で映画のシーンや仕草の真似をしながら遊ぶ時が一番悔しく、どうしても仲間に入っていけません。

一度で良いから、映画が観たい・・・

お願いだから、映画を観せて欲しい・・・

きっと来年は映画を観せて貰える、と懸命に畑仕事を手伝う。

待ちに待った夏休み、しかし夏休みは日一日と過ぎ、夢は空しく消えて行きます。

必ず正月には観せる、と父が約束。

なお一層小さな体で両親を手伝いましたが、それでも夢は叶えられませんでした。

約束を守って欲しい・・・と無理に言い出せません。

親が一番辛いのは、子供心にも分かっています。

中学2年生の時でした・・・

マンガ本の片隅に、5コマ漫画でコタツに入りながら映画が観られる。

「これがテレビだ」と書いてありました。

目を疑い、もう一度読み直しましたが、何度読んでも同じ答え。

家に居ながら映画が観られる?

本当にそのような事が出来るのだろうか?

映画館の無い島、焼玉式エンジンのポンポン船で行き来する、別の島で上映される映画がこの家で観られるはずがない・・

1003 貴重な財産

 台風情報を一番先に捉える、日本南端の石垣島気象台で知られています。

南の島々は空から見下ろすと全てサンゴ礁で縁どられ、そこへ打ち寄せるさざ波は白くリング状に取り巻く。

鮮やかなコバルトブルーから、濃いネイビーブルーへと変化。

まばゆい紺碧、膨大な絵の具を流し込んだのではないか、とさえ思われる風光明媚な大自然が豊富に残されています。

またこの地区は郷土芸能の宝庫とも言われ、マタハーリヌ、チンダラカヌシャマヨー、と歌われる、沖縄県を代表する安里屋ユンタ等、数多くの民謡や踊りを生み、方言や風習等、貴重な財産として引き継がれ、サンゴの種類や規模の大きさ等でも世界屈指の群棲地として注目の的となっています。

現在、テレビは全国の家庭に入り込み生活の一部となっている事は言うまでもありません。

信じがたい事ですが、この地区は5万人もの人口を有するにも関わらず平成5年末迄、NHK以外の民放テレビの電波が届きませんでした。

沖縄本島迄450キロ、中継局が作れずテレビの最後の未開地でした。

60年前、この地区の周囲12キロ、人口二百数十人という小さな太平洋に浮かぶ琵琶湖程の島から、ひかる少年がテレビにロマンを求め、風呂敷包とパスポートを携え旅立ちました。

さて、どんな人生になるのでしょうか・・・

1002 埋蔵石油

60年を過ぎた今、やっと沖縄も少しは注目されるようになって来たのである。

沖縄本島より450キロ南、県2番目に大きな西表島、3番目に大きな石垣島を中心とした、19の島々からなる、八重山地区は、日本最南端、波照間島、および最西端、与那国島を有する、日本の最南西地区。

また、今は無人島ですが、以前はカツオ漁が盛んに行われた魚釣り島もこの地区にあり、海底にはかなりの石油が埋蔵されているとの、調査結果があり、中国、台湾も帰属を主張し、国際的にも関心が寄せられています。

西表島は起伏に富んだ山だらけ、人口二千人の島で、周囲75キロの90%以上が、マングローブや亜熱帯の原生林に覆われ、東洋のアマゾンと呼ばれる生まれたままの自然が残された日本最後の秘境の島である。

またこの島には、天然記念物の西表ヤマネコが生息。

この猫は、中国大陸と日本が陸続きだった大昔、この島の山に取り残され、そのまま生息しているという。

ヒョウ、ピューマ、チーターなどネコ科の元祖だという。

中国のパンダは世界的にも有名だが、それよりも貴重な動物が日本にも生息中という事である。

知床半島や釧路湿原等、日本でも世界遺産に登録されている所はあるが、まず一番目にこの西表島が自然世界遺産に登録されるべきではなかっただろうか。

国連環境問題等で環境大臣が、世界に誇れるネコ科の原種が日本に生息している事をアピールすれば、絶賛されるのではないだろうか。

隣りの石垣島は、沖縄県最高峰の於茂登岳、526メートルが有り、この地区の人口4万6000人の内、4万2000人、90%以上の人口が集中。

1001 TV少年、南の島から東京へ

  沖縄県は120の島々で構成され、第二次世界大戦最後の上陸激戦地となり、戦後は昭和47年まで米国が統治。

復帰後の今なお敗戦の傷跡を多く残しています。

本土は原爆で一瞬だったが、沖縄は上陸掃討作戦、戦車と火炎砲で横一列に焼き尽くしていく。

壕に住民が潜んでいたとしても、軍人が混じっているので焼き尽くす。

やむを得ないといえばやむを得ないだろう。

極度に鬼畜と教え込まれた敵兵が目前、恐怖の中から捕虜として集められ住民は生き延びる。

焦土と化した広大な土地に、米軍は極東を睨んだ巨大な基地を作った。

残された猫の額程の親兄弟の血のしみこんだ土地を耕すしかなかった。

食糧難、沖縄の人たちは米軍に物乞いの如く、縋りついて生きるしかなかった。

そして戦後は米国統治のままである。

沖縄から見ると本土は自分達の繁栄、復興に必死で、沖縄は見放された状態に映る。

親が自分の身を守る為、子供が切り捨てられたと言う怒り、感情が渦巻く。

戦前から植え付けられた反米感情をはるかに上回る、今度は反日感情が積み重なっていったのである。


2026年4月13日月曜日

1253 ひかる ズッコケ通信~

 

途中からご覧の方もあるかと思います。

再度ナンバー1001番より送信いたします。

よろしかったら、友人等お薦め下さい。

このサイト、ビュワー数、既に二千万を間違いなく突破しています。

想像を遥かに超えた反応とご支援、体力の続く限り頑張ります。

1252 命こそ宝

 若い頃、結婚もしない稼いだ金を使いたい放題使う生き方有、人それぞれなので何とも言えませんが人生70代80代幸せの度数は大事だと思います。

若い時にやりたい放題幸せ満杯でも老後が不安ではしょうがありません。

このように己の鼓動を引き継ぎ誕生させるかは重要な問題です。

特に若い女性には早い時期に長い人生の大半を占める鼓動存続決める必要があります。

閉経の後では遅すぎます。

30代半ばでも遅いと言わざるを得ません。

30代になって子供が欲し、しかし出来ないで不妊治療に多くの女性がお金と命をすり減らしているのは何人も見てきてます。

私の主張するあなた自身の鼓動哲学、大げさですけど考えてみる必要性有るのではないだろうか。

男に子宮はありません。子宮は女性にしか与えられていません。

一度も鼓動を育まず命を誕生させずに終わらせるのは、あまりにも勿体ないとしか言えません。果たして正しい事なのだろうか。

60、70代シミジミ鼓動を繋ぐ大事さが分かると思います。

若い女性には堅苦しい言葉ではありますがこのように鼓動を引き継ぐ、そうです自分なりの自分の哲学があってもいいのではないだろうか。

鼓動を育み命として誕生させる、素晴らしい敬意を表すべきだと思います。

沖縄出身の女性俳優ほとんどが結婚もし子供を誕生させています。

南沙織や安室奈美恵や夏川りみ等他にも、だいたい子供を誕生させています。

沖縄には「命こそ宝」という諺があり、親から子への教えとして代々言い継がれています。

命は宝、宝はそれこそ命だぞ、と言う素晴らしい教えだと思います。

若い時はなかなか気づきませんけど60代70代になり、体力も衰えて来ると子供や孫の元気な姿に勇気付けられます。

年老いて人生を振り返った場合、何を残したのかと考えると答えが出せるのだろうか。

命は宝である、鼓動哲学の原点であると主張いたします。


ひかる通信~

 このサイト長い間ご愛読頂き感謝申し上げます。 ハブジャンプ少年ひかるも何時の間にか83歳。 サイトを絞って鼓動ある限り続けたいと思います。 下記URLサイト、混んでいるかと思いますが、 引き続きお付き合い頂きますようお願い申し上げます。  https://note.com/ta...