問題は完璧にテリーに反発しているスタッフだ。
帰りに焼鳥屋へ立ち寄り、この番組は思い切った強化策をとる、と切り出すとM君は、怪訝な顔をしていた。
カメラ、音声、VTR課の課長がすべてスクラムを組みスタッフを出さないことになっている。
光男が部長命令を出したとしても社内事情は無理だと分かりきっている。
業界にはボツボツ、フリーでやっている人がいるはずだ。
彼らを動員しようと言うと、やったーと膝を叩いて納得。
さすが、と握手をしてきた。
ゴールデン番組なので日当は割り増し払いの触れ込みに、一気にスタッフ問題は解決した。
テリー伊藤氏はまだ初心者、ビートたけしとの間を取り持ち充分なるフォロー体制を取るように、とMカメラマンに指示。
軌道に乗っていったのです。
当時、雨傘番組だと手を抜き、二流カメラマンを当てるのが普通だが、キー局のゴールデンカメラマンを裏番組、当面の敵局に惜しげもなく当てる。
光男がいかにロケの映像を茶の間に届ける事を重視していたか分かるだろう。
またこの番組では各メーカーの試作機を次から次と取り寄せテスト。
ノウハウは後のオールロケ「ねるとん」番組へ繋いでいったのである。。
テリー伊藤氏は、光男がロケの統括としてバックに控えていたから、社会人初の大きな番組のディレクターが務め上げられたのだ。
ビートたけしもこのMカメラマンがいたから軌道に乗ったと言っても過言ではないだろう。
民放に勤める人なら誰もがあの巨額の予算とキャスティングで展開する大河ドラマを凌ぐ番組を作りたい、と思うがレギュラー番組では実現していない。
そう、光男とMカメラマンのコンビはいとも簡単にそれを実現したのである。
当時の日テレ、フジテレビ、両局の視聴率を合算するとレギュラー番組で常に大河ドラマを上回っていたのだ。
光男があの東大卒敏腕ディレクターと一歩も引かない覚悟で臨んだ裏には、この読みもあったことを書いておこう。
ビートたけしのスタジオ部分は日テレ局社員制作、完璧とは言えないが、ロケに頼る点も大であった、おまけの解釈。
日本テレビさん、ごめんなさい。
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