テリー伊藤氏の若い頃を書いてみよう。
彼は学生運動の火炎瓶で斜視になった、と他のブログで書いてあったので書くが、卒業直後「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」のロケ担当ディレクターだった。
もちろん番組作りは初めてで、ロケの技術を受注したのが光男。
スタート当初テリー伊藤氏は、あまりにも番組作りを知らなすぎた。
番組にならない、とスタッフが総スカン立ち往生してしまったのである。
Mカメラマンにはゴールデン番組なので、決して手を抜かないよう指示はしていたが、とうとう彼ですら限界を超えた。
残るは光男がロケ総責任者として一喝すべし、とのことになり会うことになった。
会ってびっくり、彼は童顔でどう見ても学生アルバイトではないのか、雨傘番組(あまがさばんぐみ)とはいえ、と思わせる状況だった。
学生運動での火炎瓶事件後なので、斜視がひどかった。
更に吃音(きつおん)もひどく、光男の見た感じでは障害者に見えたのである。
小児麻痺という障害者を妹に持つ光男にとって、障害者に見えるテリー伊藤氏は切り捨てるわけにはいかなかったのである。
静かに耳を澄ませてテリー伊藤氏の話を聞くと、言っていることに理はある。
技術がついて来ない旨を言っているが、一番光男がロケ機材や装備、電源など開発を急ぐべく各メーカーを駆けずり回っていた時期。
機材開発は各メーカーが協力体制をとっており先は見えている。
この男を潰す訳にはいかない、フォローしようと腹に決めた。
光男は、一喝どころか何一つしゃべらずに帰った。
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