2026年7月11日土曜日

131 映像技術における下克上

放送業界、歴史の最重要なVTR問題に立ち上がった人は一人もいなかった。アメリカへ立ちはだかった人はいなかった。

当時民放から見ると、国家予算にも匹敵する巨額の開発予算を行使していたNHKですら、このオメガ方式には関与する猶予はなかった。

技術資料館にはオメガ方式、これに由来する物証は一案たりともないでしょう。

このオメガ方式、電子編集こそがNASA開発のVR-3000を駆逐し、日本が先進国アメリカを一気に抜き去り、映像王国にのし上がった瞬間である。

光男は3年で方式問題、編集問題をクリアし、5年後にはアメリカ大リーグがお手本にするスローVTRを多用した番組を作り上げたのだ。

全国のお茶の間が明るくなったことはいうまでもない。

チャンネルや電波の系列など、小さすぎる、コタツでテレビを楽しむ全国の人々を常に意識しろ、が口癖。

光男の上司は慶応大卒の切れ者と言われた人物だったが、光男のことは、タイニン(大人)タイニンと呼び、全幅の信頼をおいていた。

未来の番組作りを託せる社員を採用しよう、と光男は新人採用に乗り出す。

サッカー番組の台頭は著しいものがあったが、当面野球は続くだろう、と考え野球番組メンバー採用を優先させ、筆記試験、書類選考から面接へと進んだ。

その中に甲子園出場者がいたので当確にしたA君、もう一人どうしても拍子抜けするB君がいた。

京都出身で、名前も公家が使う名前、応答が京都弁でくる。

スポーツ系でもなく文系でもない。

なに系にもあてはまらないが、ドラマのカメラマンでもやらせば使えるかな、と採用を決める。

新人は2年間、ドラマや音楽、報道取材やワイドショーなど、あらゆる番組の下働きをさせ、顔つなぎや適性を見極め、本人の希望も採り入れ、方向付けをし先輩に預け育てる。

一年が経った頃、つかみどころのないB君をどのジャンルへ当てるか悩んでいた。

しゃべりや対応のしかた、ふにゃふにゃに見え、どうやっていいのか、リンダ節、こまっちゃうな~と歌いたくなる心境。

しかし本人から野球をやらせて欲しいと言ってきたので、とりあえずやらせてみることにした。


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