ところがこの男、とんでもないことをしでかすのであった。
野球中継の技術総責任者は、中継車の中でカメラやVTR、音声や照明等に指示を出し、画像を瞬時に切り替えるテクニカルディレクター(TD)である。
このTDは12台のカメラ、6台のスローなど18画面、音響や照明など、インターカムで繋がっており、適宜指示を出し、かなり経験を積んだ15年、20年選手が通常は座る。
まさかの出来事だが、このB君、5年を待たずしてTDの席へ座っていたのである。
当然大ベテランは自分がTD席へ座る番。10年早い、と怒鳴りつけ、足を引っ張りそうなものだが、どういう訳かB君にはトチらせたくない。
という雰囲気を持ってフォローしたくなる性格だ。
大先輩、三カメさんいただきました、あんがとさん。
およよ五カメさん監督キープ、おいしい画どす。OK。なんて京弁丸だし。
怒号飛び交う車内の雰囲気が、がらりと変わっていたのだ。
TD経験のある大御所から「B君は君が面接採用した光男組だろう。どこを見込んで採用した?」と聞かれたが、こちらが質問したいところです、と答えた。」
もちろん甲子園経験A君も同期に負けじと、現在でも切磋琢磨中である。
今宵も後輩たちの成長ぶりをテレビで楽しみ、晩酌する光男であった。
光男中学卒業時、小児麻痺の妹は7歳、どん底生活だった。その日の食べ物すら確保できない状況。
忘れようにも忘れられない食べ物、それはカタツムリだ。
食べ物も底をつき何もない。雨が降ると石垣の合間から小さなカタツムリが這い出る。それを沸かして食べるのである。
勿論醤油や味噌もない。
ぬるぬるし、殻ごとジャリジャリ食べるのである。
母は痩せこけ栄養失調状態だが、必死に光男の命を繋いだのである。
フランス料理、カタツムリが高級料理らしいが、光男にとってはゾッとする食べ物、生涯口にすることはない。
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