夜這いの話が再燃し、これ以上災いが起きては、と明子の縋る気持ちを振り切り、来た道をとぼとぼ帰る昭二の背中は泣いていた。
昭二は、やはり自分の家には寄らず、そのまま港から四十年前と同じく、誰にも気づかれず島を出た。
後日、明子のもとへ小包が届いた。
差出人住所には全く覚えはないが、間違いなく昭二からの郵便物だ。
この郵便物は、明子の度肝を抜くのである。
郵便物の中身は、長靴とカッパ、明子名義の通帳と印鑑、なんと二千万円もの大金が入っていた。
当時のお金としては、腰を抜かすほどの大金である。
間違いなく昭二が送ってきたものだと思われたが、どうしたものか考えあぐねた。
思案に思案を重ねた末、この金を大事に使い、いつの日か昭二に恩返しをしたい、と考えた。
結論を出してからの明子は、まるで人が変わった。
当時、旅人がちらほら島に来たが、聞くところ島の民家にお世話になり、民泊しているとのこと。
そこで明子は、大勢の人と会話ができ、大勢の人のために、民宿を始めようと決断した。
一度決断をすると、その後はもう電光石火。
役場での諸手続き、指摘、アドバイスを受ければ、間違いなく指示通りやる。
生まれて初めての建物、建築関係者との打ち合わせなど。
民宿は素人なので、石垣島の民宿へ正面からお願いした。
「お金はいりません、是非、手伝わせてください」と朝から晩までお風呂やトイレの掃除。
料理、接客方法などを次から次へとマスターしていったのだ。
島の民家は、台風があるため平屋だが、ものの見事に、コンクリート造りの二階建て民宿が、一年を待たずしてあっという間に完成。
時代も味方したのか、民宿は早々に大繁盛である。
タレントや有名人も宿泊、話題となって大繁盛。
そしてテレビの取材が舞い込んだ。
明子は、飛び上がらんばかりに喜んだ。
もしかして、昭二が見てくれるのではないだろうか、と考えたのである。
放送後、明子は昭二からの電話を待つが、やはり一度もかかってこなかった。
しかしよく考えると無言電話がかかってくるようになった。
明子はそこで、はっと気が付いた。
電話は毎週金曜日の夜8時頃、決まった時間にかかってくる。
その電話は昭二が名乗れずに明子の声を聞くため、かけているのだと思った。
それからの明子は、金曜日になるとそわそわ、丹念に化粧をし、電話の前で正座するのであった。
そして客は、何故か理解出来ないがこの民宿、金曜日8時以降は、酒の無料飲み放題。
明子が、さも楽しそうに踊りまくるのであった。
ちなみに民宿の名前は、極楽とんぼをイメージし、「とんぼ」と名付けた。
毎週金曜日は、お客も入り交じって踊りまくる、極楽とんぼの民宿となった。
昭二は、誰にも身分を明かしていないが、実は大阪で押しも押されぬ、中堅企業の鉄骨屋の社長となっていた。
0 件のコメント:
コメントを投稿