2026年5月8日金曜日

1047 乙女心

 ひかる24歳。妹が上京するとの事。

友人、及び親戚がなく、優しい言葉をかけてくれる人も居ない、厳しい東京で生きて行けるのだろうか。

片方の足は完全に麻痺しており、パスポート持参。15歳の少女である。

しかし、妹は余り干渉されない東京で、ひっそり生活したかったのでしょう。

小さな島、偏見の中で育ち、生きる全て、唯一の頼りは、兄だったのでしょう。

幸いにも東京都の身体障害者職業訓練校へ入学、卒業後、訓練校の紹介で縫製会社へ就職。会社の寮へ入れました。

数年後、同業他社へ転職した同僚から、「今までより条件が良いので来ないか、との誘いに乗りたい」との件で、相談。

無計画で、衝動的な行動に、思いっ切り叱ってやりました。

元気な友達は、あっちこっち転職するかも知れない。お前は障害者なのだから、他人の真似事はするな! じっと我慢しろ! と。

妹は寂しそうな、そして芯から怒っている、射抜く眼差しで睨みつけているだけ。

まさか兄から身体障害者扱いされるとは、思っても見なかった事でしょう。

夢見る少女心のショックは大きく、お互い気まずい無言の一時があり、「帰る!」と一言残し、トコトコ出て行きました。

その後、数年間の音信不通があり、ひかるの方から連絡、「運転免許を取ったらどうだ」と持ちかけると、どうせ「障害者なのでしょ」と、蚊の泣くような小さな声での返事。


1046 火風

 単純過ぎる答えの様ですが、登山者に、何んで山に登るのかと聞いたとしても、山が有るからだという答えの如く、岩と波がある限り、千年先も、1万年先も、只、「これしかない!」と繰り返す。

自然の摂理だったのです。

そして、台風が過ぎ去った翌日、父が畑を見回るのについて行きました。

大切に丹精込め、育て上げた作物は、揺さぶられ、薙ぎ倒されています。

うつろな眼差しで、何やらブツブツ呟き、根本に盛土する父の姿を見た時、哀れで、かわいそうに見え、反面、怒りを覚えました。

台風は、間違いなく毎年来る。近所の人達は、このような生活に見切りをつけ、歯が抜けるように、島から出ていく中、何んで父もそのような生活を求めないんだろうか。

この父は、馬鹿じゃなかろうか、と言いようのない失望感に襲われました。

しかし上京後、必死に生きる中で、父の本当の気持ちが、理解出来るようになったのです。

当時は、妹の小児マヒが治せるものと信じ、手術の為 、全財産を使い果たし、日々の生計を維持する事すら必死だったのでした。

台風に嫌という程痛めつけられようとも、島を出たくとも出れない。

引っ越しをする事など、とても考えられず、前にも行けず、後へも引けない、極限の状態にあり、ただ只、じっと時を過ごすしかない。

これしかない!

幼い頃抱いた失望感が無くなり、以後、立派な父に見えるようになりました。

また台風は、殆んど雨を伴いますが、子供の頃、雨のない、からっ風台風が襲いました。

台風通過後、しぶきで覆われた島全体が焼け野原の如く枯れてしまい、家畜はおろか、人間さえも生存が危ぶまれる状況。

もし、本土を雨を伴わない台風が襲った場合、しぶきは風に乗り、海岸線より数キロ内陸部まで運ばれ、枯れ野原化、膨大な塩害が出る事でしょう。

台風の雨は、しぶきを洗い流してくれる、人間や自然にとっては、大事な恵みの雨なのです。

この地方では、島全体を焦土と化す、からっ風台風は、ピーカジ(火風)と呼ばれ、大きな自然災害をもたらすものとして、恐れられています。

1045 異様な音

 人工的に作られた防波堤に叩きつける波は、30メートルものしぶきをあげ、音も想像出来るかと思いますが、大自然の熾烈な戦いは、えぐれた岩の横腹に、下からしゃくり上げる時、しぶきは粉末状に、前方へ飛び散るだけ。

搾り出れる音も、これまた想像も出来ない、炸裂、唸り声の異様な合体音。

巨大な鯨が、押し潰され、もがき苦しみ、訳の分からない、悲痛の叫び声を出している様にも聞こえます。

「ドキューン」 「ドズーン」、言葉では表現のしようがありません。

そして台風通過後、一面に油を流し込んだような穏やかな水平線。

嵐の前の静けさ、という諺がありますが、嵐の後の静けさの方が、はるかに静かです。

なぜ、あれだけ熾烈な戦いをするのか?

静かにしていればいいのに・・・

なぜ無意味な戦いをするのか?

普段は遊園地であり、色とりどりの熱帯魚達が見せてくれる、アニメの世界。

穏やかで、母のように優しい海が、何んで異様な音を出し、激しく、恐ろしい海に変わるのだろうか?

激しさと静寂さが目の前に繰り広げられる時、静と動、鬼の顔と母の顔。

この相反する変化に疑問を感じ、この二つの顔の持つ意味が、どうしても理解出来ませんでした。

しかし後日、過酷な試練を味わった時、自分なりの答えが出せたのです。

本当に苦しい時にとれる方法は、背を向けるか、前へ進むか、この二つしかないはずだ。

背を向ける事は簡単ですが、しゃにむに前へ進むしかない。「これしかない!」と、自身に確認出来た時、二つの顔に対し、自分なりの結論が出ました。

そうです。二つの顔には、何ら意味がなく、ただ、「これしかない!」

1044 難問

 ひかるが中学生の頃、人生最大の難問にぶつかりました。

島の生活や子供達にとって、海は切っても切り離せない重要な存在。

都会の子供達が、公園や遊園地で遊ぶように、海と魚は、遊園地や動物園であり、熱帯魚と戯れ、遊んで育ちました。

しかし、一度台風が荒れ狂うと、恐ろしい海に変化します。

瞬間最大風速、70メートルの台風が暴れ狂った時の事を想像してみてください。

普段は、波と岩が何気なく、仲よく調和しており、さざ波が、えぐれた岩の横腹をくすぐり、今は、眠たいから、くすぐるのはやめてくれよ、と戯れているように見えますが、

一度台風が襲い暴れだす時、目の前に現れた姿は、凄まじいものでした。

木々は否応なしに揺さぶり、ねじ伏せられ、風雲は、摩擦のあまり、雷音稲妻と化し、

海は、怒涛のうねりを片時も休む事なく送り続け、攻撃の手を緩めません。

海鳴りは耳をつん裂き、雨は天から降らず、横から殴りつけ、風雲波は三つ巴となり、

巨大な洗濯機が渦巻き、暴走するが如く、自然の猛威を見せつけ、荒れ狂い、小さな島は恐れ慄き、震えているかのよう。

人間の存在は、あまりにも小さく、地面を這い、神とて何んら頼りになりません。

そして三つ巴となった風雲波の怒りの挑戦を受けて立つのもまた、大自然で、

どれ程痛めつけられようとも、負けるものか、と受けて立つのは、岩でした。

1043 VTR

 ロケーションを多用した番組作り、ひかるにとって、それ自体は朝飯前の仕事だ。

並行して、大きな壁が目の前に立ちはだかったのである。

それは、VTRの問題だ。

当時日本では、アメリカアンペックス社のテープ幅2インチVTRが導入され、独占していた。

勿論、ローカル局では買えない代物で、キー局に5、6台納入されていたから、NHKも含め、国内には30台前後が導入されていたであろう。

なんといっても、目玉が飛び出る程の値段で、日本のメーカーでは、パテントなどがあって、真似の出来ない。

極めつけは、可搬型のVR3000という、旅行トランク大の機種で、アンペックス社とNASAが軍事偵察機搭載用に開発したという、当時の最先端技術が集約された機械だ。

キー局すら持てず、パビックという会社とひかるの八峯テレビしか持っていないため、ドラマロケやスタートしたVCM等で重宝されていた。

ひかるはこの機械で稼げば稼ぐほど、将来の後継機種を考えずにはいられなかった。

たぶん防衛庁やNHKも含め、国内には5台前後が導入されていたであろう。

このままいけば、日本の放送業界は、儲けの大半をごっそり、アメリカへ上納する事になる。

反米感情の激しいひかるにとって、とても許しておけるものではない。

早速立ちあがったが、とても一人の力で太刀打ち出来るようなものではない。

それこそ、死闘と呼ぶにふさわしい試練が待ち構えている。

しかしひかるは、3年をもって、日本からアメリカ製VTRの影を抹殺する。

そして、5年後には、日本のVTRが、全世界の放送局を独占したのである。

また、日本のVTRが軌道に乗るやいなや、「日本の野球中継を、アメリカ大リーグ野球中継に負けない番組にしたい」という話が、ひかるに持ち込まれた。

アメリカと聞くだけで、「やってやろうではないか!」と即座に行動開始。

やっと野球にスローVTRが一台導入された時期だと言うのに、一気にスローVTR6台を導入し、当時、誰もが想像出来ない番組を作り上げたのである。

現在の野球放送の原点を、あっと言う間に作り上げ、業界人のど肝を抜いたのである。


2026年5月7日木曜日

1042 熱意

  どうせなら、半端でない覚悟を持って、一気に攻めよう、それしか道はない」 と説いたのである。

いや、間違いなく、説教だった。

あまりの熱意に社長は、反省をした。

飛び出した連中は、折あらば、更に社の弱体化をさせよう、取って代わるべく、虎視眈々と狙っている。

それに比べ、注目もされず、黙々と仕事をし、管理職の機会を与えられなかったこの男が、本気で社を憂い、例へどのような事があっても、最後まで残って踏ん張ると言い切る。

「飛び出したい人は、飛び出せ! 自分は最後まで残る、看板は俺がはずす!」と不動の姿を見せるひかるを見直したのである。

逞しく、一回りも二回りも大きく脱皮した姿で、全社員に号令を発したのである。

社長は、自分の人材登用が間違っていた・・と

そして最後に言った。

責任は、すべて社長である自分がとる、社長の采配すべて任せる、存分に暴れてみろ・・と

ひかるが思い切った、電光石火の行動が採れたのには、この暴走があったのだ。


1041 パスポートから解放

 そして沖縄の本土復帰、パスポートを焼き捨てた時、本土の同期の連中と論争も出来る、ケンカも対等に出来る、と目に見えない鎖の呪縛から解放されたのである。

そんな事は多分、体験した人にしか分からない事であろう。

そんな時、窓外族から、社の中心へ戻るはめになったのだ。

そしてひかるは暴走した。今度はいい意味での暴走だ。

同期の連中は先に管理職として登用され、会社の経営にまで携わり、後輩達からは一目もニ目もおかれていた。

それが、徒党を組んで会社に反旗を翻したのである。

ひかるにとって、その行為は許せなかった。

今まで従いて来た後輩たち、女房子供もいるだろうに・・

自分の利益ばかり考えていいものか! と頭へ来たのである。

社の中心に座ると、ひかるは重役や社長を論破した。

そして社長には、三日三晩、いやと言われても追いかけ回し。

「取り巻く状況は最悪だ、しかし守りに回っていると、さらに社員は、歯が抜けるように引き抜かれていく、現在、3分の2の社員が残っているが、5割を切れば、なだれ現象になり、もう持たない。


111 人生最後のゴール

 三高流行の今時、しっかりした考え方に感心させられました。 確かに三高に越した事はないはずですが、世の男性に求められているのは外見や条件よりも、その人の持てる内面的な考え方や個性、生き方ではないだろうか。 夢を語り人生を語り、一緒になって人生ドラマを築き上げて行こう、と真剣に取り...