2026年5月19日火曜日

1092 サンゴの花

 親サンゴは、動く事できず、自分の産んだ卵が、生き延びているのか、生死すら確認する事叶わず、2度と会う事も出来ず、ただひたすら、子の無事を祈るだけ。

私たちに、生き延びる厳しさを教えてくれ、まかり間違っても、殺めないで欲しい、と叫ぶ、親サンゴの願いが届くはず。

そしてサンゴの産卵、潮の流れが風となる、命の舞。

一度見ると、サンゴに対する愛着と理解が、一層深まるのではないだろうか。

また、黒島のサンゴに囲まれた海面下、1メートル前後の岩に、ある日忽然と、直径十数センチくらいの、岩の付け根が薄い茶色、花自体は、濃赤色のシャクナゲに似た花が咲きます。

薄くて、ゼラチン状の、ぬるっとした肌触りで、あまりにも薄く、潮流があると破れてしまい、咲く事は出来ません。

台風が綺麗に洗い流した後、潮流がほとんどない、直射日光が届く場所。

毎年咲く訳でもなく、同じ岩に咲くのでもなく、ある海域の何処か、一輪咲くだけの不可解な岩花。

サンゴの1種かと思いきや、4、5日後には跡形もなく消滅。

サンゴとは違う、微生物の集合体ではないかと思われ、今だに訳の分からない、幻の岩花。

観光客の多い今、幻の岩花は、見られるのだろうか。

1091 珊瑚の産卵

 美しく咲き乱れるサンゴ群、実は厳しい条件で、生き延びているのです。

サンゴの育成には、年間18度以上の海水温度と、ある程度の塩分濃度、透明度が高く、太陽光が届く条件が必要です。

しかし日本の最南端、八重山地区は、地球の母なる大河、黒潮が満たしてくれます。

また、このサンゴは、紛れもなく、口も胃もある、れっきとした動物だとのこと。

自然界に同じ形は二つとなく、段々花畑のように作られたサンゴ群の景色を眺めるとき、人間の作り上げた日本庭園や町並み等、比較に値しない事が歴然と感じられます。

植物の光合成は当然ですが、サンゴは、動物でありながらも光合成をする為、太陽を食べる動物。太陽の子、と呼ばれています。

光合成の結果、カルシウムの結晶で、骨格を形成して行くとの事ですが、実は年に一度、産卵をします。

普段はザラザラとした感触のサンゴが、ある時期になると、ぬるぬる状になり、臨月を迎えます。

8月初旬、満月の夜は、サンゴの産卵日でした。

物音一つしない不気味な海底、陣痛が始まり、見渡す限りのサンゴから、数千億にも及ぶ、朱色の卵が、雪が舞う如く、一斉に放卵。ゆっくり浮上する、命の舞。

動物の誕生に、これ程神秘的な世界があったのだろうか、と感動させられます。

地上の万物は、引力の影響を受けざるを得ません。

生まれたばかりの小さな命、どうやって、引力を振り切り、浮上するのだろうか。

そして、サンゴの群生する、水面2メートル前後の水温は、対流となり、横からの緩やかな潮流と交差し、縞状水温を形成。

優しく体を舐め、放卵された、無数の卵が、潮の流れになびく時、ふっと、水中に吹く風を感じさせてくれます。

暖かい南海で水着のまま感じる吹雪、生涯一度体感するのもいいのでは・・

生まれたばかりの小さな命は、浮上と同時に大空へ産声を上げ、さざ波のゆり籠に揺られての、旅立ち。

漂う卵は、ほとんどが魚の餌食になる中、万分の一個が、別な場所に辿り着き、そこを生涯の棲家とし、立派なサンゴへと成長して行く。

1090 画像

 


珊瑚の産卵。

1089 島ザル

 ひかるがVTR問題で仮眠の連続、死闘を繰り広げていた頃、家計は火の車であった。

食事はほとんど外食、疲れるので、たまにはビジネスホテルに泊まる事もある。

全てが会社の伝票で落とせる訳ではなく、小遣いが足りなくなると、女房が爪に火を灯して蓄えたお金を、むしり取るように持って行く。

団地住まいで、奥様族は、週に1、2度しか帰って来ないひかるを見、

「あの男、顔に似合わず、やるわね!」

「間違いなく女がいるのよ!」と井戸端会議だ。

当然、女房の耳にもそれは届いてしまった。

そして、二人の子供を抱え、貯金は底をついていたのである。

疲れ果てて帰って来たひかるの顔を見ると、女房は爆発した。

「母子家庭なら覚悟のしようもある!」

「しかし、もうこの貧乏生活、我慢出来ない!!」とテーブルをひっくり返し、怒鳴り付けたのである。

角が出る、なんてものではない。

針千本、いや、角千本だ!

さんまもびっくり、前歯をとんがらし、今にも噛み付かんばかり、恐ろしい形相だ。

次から次、出てくる言葉は、ひかるの脳に、あらゆる角度からブス、ブスと突き刺さる。

「もう、あんたの顔を見るのも嫌だ!」

「もう、これ以上の貧乏は、嫌だ!」

「出て行け!」

「あんたなんぞ、地球の裏にあるという、貧乏王国へ行けばいい!」

「即、大統領、間違いなし!」と。

がなるだけがなって、まだ足りないのか、周りにあるものすべて叩き割り、子供を連れて実家へ帰って行ってしまった。

ひかるは、なすすべもなく、一人酒を飲むしかなかった。

翌日、どう対応すべきか、ひかるは早めに仕事を切り上げ帰ると、女房と子供達が舞い戻っていた。

どうしたのだ、と聞くと、結婚当時、猛反対した親は、手ぐすね待っていたかの如く、あの沖縄の島ザルは、最初からものにならない、躾けはなっていないし、どうしようもない男だと、ありとあらゆる悪口雑言を並べ、すぐにでも離婚すべし! と急きたてる。

人間として扱われない悪口雑言に、今度は、女房が切れた。

冗談じゃない! 曲がりなりにもコツコツ洗濯機、冷蔵庫を買い、子供達まで出来た。

何の援助もしなかった親ではないか!

こんな所で、父親の悪口雑言を子供達に教え込まれたら、まともな子に育たない、と舞い戻って来たのである。

ひかるは、土下座をして謝った。

そして、ほんのちょっと、もう少しだけ時間をくれ。

今の放送業界、誰も気がつかない。自分がやるしかない。

などと、大言壮語、まくし立てたのである。

業界がどうのこうの・・・女房にとっては、へったくれもクソもない事だが、聞くだけ聞いてやった。

女房は、どうも貧乏神から逃がれられそうにもない、どうせなら、とことん貧乏を舐め尽くそう、と開き直ったのである。

お酒が飲みたい、と言うので、注いでやると、気持ちがほぐれたのか。

「今後は、あんたの事、貧乏王国大統領閣下と呼ばせてもらいますわ・・」

閣下様、私も、立派な大統領夫人になって見せるは! と笑顔を見せてくれたのである。

めでたし・・・めでたし・・・

勿論、ひかるは深く反省、その後、家庭を大事にしたのである。

それにしても、貧乏王国大統領、クーデターを起こすような人は、なさそうだ。

無期限任期は、辛いよう・・

野党の皆さん、お願いだ!

総理大臣を引き擦り下ろす前に、この大統領、引き擦り下ろしてくれ!

1088 世界制覇

 ひかるが上京して数年後、帰郷する。

再度上京時西鹿児島から東京まで列車移動。勿論金がないので寝台車など使えるはずは無い。

生まれ育った島が直径三キロにも満たない小さな島育ち、周遊道路は十キロにも満たない。

西鹿児島から東京まで、寝ても覚めてもガタンゴトンと走り続ける。ひかるが心底ど肝を抜かれ、恐るべきことは列車の枕木であった。

誰がどうやってこの枕木をこれだけ多く用意して作ったのだろうか。

線路は自分の列車だけでなく複数線あり都市部に入るとさらに増える。

最初は試しに隣の線路の枕木を数えてみたがとても数えられなかった。

日本人の技術は恐るべきものがあると心底感じたのである。 

電車を利用している皆さんはそのようなことほとんど感じないかもしれない。

小さな島で育ったひかるにとって、大きな発見であり疑問であった。

前記した通りビデオ信号の編集にはこの枕木の原理が利用されたのである。

映像信号は1秒間に30枚、枚数ごとにタイムコードと呼ばれる信号を入れていく。

10分間あるいは30分、1時間、2時間、3時間のタイムコードの数を計算すると分かる。

ひかるが初めて電子編集にとりかかった時、この枕木の数と原理がタイムコード枕木にリンクされ応用方法が考え出されたのである。

VTRのストップスタートを繰り返していくとタイムコードはズレる。昔テレビのVTR画像がビロ~ンと上から下に流れた。

解決策として1時間テープを30本なり50本、映像を記録する前にタイムコードを完璧に入れておく。

そこに映像を一枚一枚はめ込んでいけば、ストップおよびスタートを繰り返してもタイムコードはズレることはない。電車の枕木の原理が映像信号に使われたのである。 

このような発想をする人はひかる以外にはいないだろう。

大量のテープにタイムコードを手作業で先に入力する。

その後に映像信号を入力しデジタル編集をする、アナログ作業とデジタル作業を並行させるデジアナチャンプルー方式。

この方式は次の新しいアイディアが出て来た為ほんの一時期であった。

殆ど気がつかないが、テープをストップした時映像信号は空で黒味、30コマほどタイムコードを記録してストップさせる。

タイムコードを30個分巻き戻して映像が黒味の所から次の映像信号を入れ、タイムコードはロックさせていく。

機械的にやる為ストップスタートを何回繰り返してもタイムコードがずれることはない。

アメリカNASAが衛星偵察用に開発したVTRは幅が2インチで5センチ8ミリが横に流れ1秒に1枚、縦に1本ずつ線状に記録されています。

編集は線を一本ずつ縦に顕微鏡で見ながらカミソリで切り裏面で張り合わせる。

CMで5秒単位で5枚継ぎ合わせる作業は無理で、出来たとしても1時間テープはかなりの重量があり、高速の早送り巻き戻しで切れます。

日本方式は1インチ。2.54センチ幅が横に流れ斜めに記録、記録密度は2インチに迫ります。

あっという間に世界制覇していったのです。

1088 NASA

 当時、可搬型VTRとして、あのNASAが軍事偵察機用に開発した、VR-3000なる機種が、国内では4,5台導入されていた。

どういう訳か、その機種が、ひかるの会社にあった。

設立時、TBSとフジテレビが折半出資、別々に確保するよりは、子会社に持たせ、両局で使用出来る、という事で、導入されたらしい。

当時は、カラーテレビが飛ぶように売れ、大企業はフィルムCMから、色再現の良い、VCM作りに軸足を移しており、このVR-3000が威力を発揮していたのである。

オペレーター一人付で、日建て15万円でも、飛ぶように注文があった。

ひかるは売れれば売れる程、早く可搬型国産機開発の必要性、反米感情が日に日に増していった。

当然、ソニーも可搬型、Hー500という機種を開発しておりフィールドテスト中だが、どうにも訳の分からない回転エラーが出る。

チェックをするとOKで、エラーの原因が、全く掴めないのだ。

事故日報をピックアップし、気になる事があったので部下にその日の天候を調べさせた。

やはり雨が降っており、それが原因だが、室内での使用でなぜ?

その事をソニーへ連絡、しばらくして原因解明OKの連絡。

湿気でテープのツルツル裏面の貼り付き現象が出ているとの事。

湿度による微妙な事でエラーが出ていたのだ。

さすがソニーで、世界中の支店へ打電し調べ上げ、湿度の一番高いのはボルネオとの事。

それ以上の湿度でも稼動するよう設計変更。Hー500は全世界へ輸出され制覇していったのである。

VR-3000と並べて使うと、桁違いの性能。これでアメリカ製VTRを抹消出来た、と。

VTRは平坦な所で、そっと置いて使う精密機械、しかしひかるはトラックの荷台に紐で結え付け移動使用、どんな地震でも稼動する事を求めたのである。ひかるが立ち上がり、オメガ方式へ切り替える事が出来た。

出来なかったらと考えると、オートスレーディング、カセット化は難しく、途中から方式変更、と言う事態になれば、莫大な費用が掛り、番組内容にも影響したであろう。

そして、一番大事な事は、日本のVTRが全世界で認められた事だ。

南端の小さな島で、ランプの灯りで育った少年の目、どこかで垣間見たカセット、いずれ放送現場でも使われるだろう、と10年先を夢に描いたのである。

1087 オメガ方式発進

この昼メロが放送されるとソニーから電話、キー局がオメガ方式、大量の発注があったと歓喜の連絡が来た。

以後、あっと言う間にオメガ方式に切り変わっていったのである。

それどころか、ソニーは、海外でもその1インチを売り捲り、世界中でこのオメガ方式が統一方式となったのである。

編集システムを担当させた、ひかるの部下K君は、三越とフジテレビが折半出資、アルタスタジオを設立するとの事で、そこへ移籍させた。

今も元気で頑張っているようである。

また、K君は昼メロのヒロインと結婚。

ひかるは、上司として大勢の前で主賓挨拶。

しどろもどろで汗をかき、恥をかいて大きくなって行ったのである。

今なら書ける。***ソニーと方式問題で画策している時、フジテレビの予算執行、発注出来る立場にある、お偉いさんから呼び出しを食った。

「君は、親会社、キー局にタテついて、あらぬ動きをしているようだけど、やめろ!

親会社から、一言いけば、君のクビなんぞ、すぐ飛ぶぞ!」と、脅しというよりは、脅迫だ。

ひかるは、承知しましたと、そこを出ると、すぐさま「開発に拍車をかけるべし!」とソニーへ電話したのである。

夜は一人でいつもと違う焼き鳥へ行き、じっくり考えた。

業界全体を考えるべき立場の人が、自分のメンツばかり考えやがって、なんてケツの穴のちっちゃい奴だろうと、情けなくなった。

「ひかるの首を、袈裟掛け、みじん切りにしたとて、一文の得にもならない、やるんならやって見ろ!」と怒りが込み上げて来た。

ひかるは、今まで以上に、意地でもなんとかしてやろう、と固く誓ったのである。


1099 魔法の箱物語

 普段は、15、6頭の牛を庭先の牧場で放牧し、牛には家族の名前をつけ、子や孫と話すように、牛と対話しながらの生活。 いち早く血統書に注目、島根県産の血統書付母牛を導入。 初めの内は、訝かられたそうですが、今では血統書が重宝されるようになりました。 牛は、子を産むごとに、角に一輪ず...