2026年7月4日土曜日

114 明日は華

 そして人生の大海原、舵の取り方次第で、己の未来形は思いのまま。

しかし人々は、先輩の歩んだ人生、位置づけを参考として人生航路を航海。

人それぞれ、目指す分野や人生に、夜空に輝く星の如く、目標とする先人が居ることでしょう。

いつまでも、人生航路の人生灯台として、目標にされる立派な人間になろうではないか。

群れ星の中、ひときわ輝く星になろうではないか。

80年前、遥か南の小島で動き出したこの鼓動。

嘘のような魔法の箱物語を求めた60年間。

常に夢いっぱい、幸せいっぱいの人生を送ることができました。

光男少年の求めた魔法の箱、単なるテレビにとどまらず、素晴らしい幸せの宝箱だったのです。

今の少年なら、月に別荘を建て、どでかい花火を打ち上げ眺めてやる、といった壮大な夢を持てば、結果は50年後に出ることでしょう。

昭和30年代、時代の求める流れも加味したかと思いますが、若者たちが未曾有の勢いで都会へ集中して行きました。

当時、若者たちのロマンを駆り立てる要因は何だったのか、と考えると、あのクラーク博士のメッセージあり。

豊かな時代になったからとて、燃えたぎる若者の情熱は不変。

光男は幸いにも、少年の夢を思い通り実現できました。

自分なりに学び得た多くの教訓から、今こそ若き力を奮い立たせる、令和の語録が必要ではないかと、あえて遥か南の小島より熱きメッセージを送ります。

人生の 喜怒哀楽に ロマンあり。

若者よ! 思い残すな 明日は華。

貴方には 誰にも盗られない 知恵がある。

貴方には 誰にも止められない 鼓動がある。

これしかない!

己の人生ドラマ ロマンを持て。

そして、

 命を張れ。

 命を張れ。


113 幸せの鼓動

一人一人平等に与えられた、この莫大な鼓動エネルギーと、尽きることのない知財を最大限に引き出し、己の目標を真剣に求める、情熱的な生き方。

脳いっぱいに詰め込まれた、溢れ出んばかりの人生のアルバムで、老後を楽しみ、周りに幸せエネルギーを放射出来る生き方。

振り返った時、後悔はない。

これしか なかった。と言い切れる人生。

これこそ幸せの鼓動、と言えるのではないだろうか。

そして油面の海が、雄叫びをあげ暴れ狂う海に変化するが如く、我々の人生においても、厳しく辛い時期もあります。

決して、平穏無事で終わりません。

夢が大きければ大きい程、理想が高ければ高い程、苦労は付き物。

高く険しい登山、直線登山では、息切れ必定。

いろは坂登山になるかと思いますが、夢が大き過ぎ、理想が高過ぎ、いろは坂人生もやむなし。

考え方、目標さえしっかりしていれば、決して、到達不可能ということは、ありません。

平和な飽食時代、食うに事欠く話や街頭テレビの話など、時代錯誤もはなはだしい、と言われるかも知れませんが、たった50年前の話。

人は皆、懸命に仕事を覚え、結婚。子供が出来てからは、育児や教育問題等に追われ、

人生にターボが付いたのではないかと思われる加速。

これから社会人となる人達は、いま一度考えてみる必要があるのではないだろうか。

過疎の島から上京、二十歳で夢を語り貫き通した親友と二人。

青春時代の楽しい思い出を肴に飲み干す、夢涙汗の味わい酒。

一人でも多くの若者達が、夢を貫き、夢涙汗酒を飲み干せんことを願っています。

アリ家族 明日を夢見て 蓄える。

カラスとて無い知恵絞り 生きて行く。

人の道 無駄にはすまい この知財。

人の道 無駄にはすまい この鼓動。


1112 「伝説」

 江戸時代後期(約200年前)の伝説ですが、この島のある男が、くり舟で遭難し遥か南方の無人島へ漂着。

半年後、夢に出てきた神様のお告げを頼りに海へ出ると、黄色いサメが股間へ入り込み、背びれに捕まるとそのまま北上。

一昼夜かけ、元の島にたどり着いた、という伝説があります。

法事も済ませた後での男の帰還に、島中大騒ぎで話は広まり、男は琉球王朝へ呼び出され、詳細を報告。

多良間真牛(たらまもーしー)の伝説として、日本の伝説沖縄編に、しっかり位置づけされています。

素晴らしい掛け軸と当時の状況を克明に記述した古文書が今に残されています。

ジュゴンに助けられた伝説は、南洋諸島にあるとのことですが、サメに助けられた伝説は、どこにもないとのこと。

国内外より、民話伝説等の研究者が調査にくる、貴重な物語です。

何を隠そう、この話は多良間家に代々伝わる伝説で、掛け軸に使われた色や図柄などの調査結果から、描写の技法は、琉球王朝の絵に源流があるとのこと。

色は当時の八重山地区では出せない、島では作れない紛れもなく琉球王朝より贈られた物だとのこと。

琉球王朝の風は、南の島の多良間家にまでささやかに訪れ、わが家は由緒ある家柄でした。

そして多良間光男は、サメに助けられた伝説五代目の子孫。

末代まで、サメを傷つけてはいけない!

食してはいけない!という家訓があり、サメを神様として崇め、供物を絶やしたことがありません。

なにげなく仲間と酒を酌み交わし、注ぎつ注がれ、フカヒレ酒だと言われ、急いで戻しましたが後の祭り。

翌日は飲み過ぎたのか祟りなのか、1日中頭痛がしていました。

ご先祖様に陳謝! 陳謝!

(多良間真牛の伝説は、平成5年2月26日付け中日新聞、3月29日付け東京新聞に日本版ロビンソン・クルーソー物語として、大きな紙面で取り上げられました)


122 傘をさすのは人間だけだ !

  筋肉が付き、ピコタンも徐々に目立たなくなり、勉強で他のいじめっ子を負かす事ができる、と悟った光男は、必ず一番になると猛勉強をするようになった。 周りの家では、石油を一升瓶で買うが、貧しく二合瓶でしか買えない。 小さなランプだが、父は光男に明け渡し、細かい仕事を明るい内に済ませ...