少年の目に映った魔法の箱、テレビは、東独はじめ東欧諸国の民主化にも大きな影響を与え、オリンピック中継等でもわかる通り、人々の目となっています。
情報の乏しい小島で育った、ひかる少年の目、子供らしい素直な目、だったのではないだろうか。
今の子供達にもこのような目は、あるはずで、清らかな瞳を見る時、将来、どのような素晴らしい人生が約束されているのだろうか、と期待せざるを得ません。
また親元を巣立つ時、県内にとどまるべきか、当時の、常識を越えた所へ飛ぶか、と真剣に悩んだ時期がありました。
しかし、親は既に50才を過ぎ、自分なりの人生を歩んで来た。
20歳30歳と歩む、己の今後の人生を考えると、ここで別れがあったとしても生涯離れ離れになったとしても、自分の人生を優先すべきだ。
という結論を得、行動に移したのです。
はたして何が少年に、生涯を左右する大きな決断をさせたのだろうか。
おそらく、遊びや悔しい思いの中から、沸々と湧き出た情熱でしょう。
あの甲子園で繰り広げられる高校野球、若者達が、たった一つの目標のため、最大限努力し、熱き鼓動、燃える鼓動をぶつけ合う。
勝っても負けても涙する、あの姿はブラウン管を通し、燃える情熱を感じさせ感動させてくれます。
光輝く瞳から流れ出る、あの大粒の涙は、どんな味がするのだろうか。
辛苦の涙だろうか
歓喜の涙だろうか
満足の涙だろうか
忍耐の涙だろうか
他人には分からない、自分一人の味でしょう。
流した涙は人生のアルバムとして脳裏に収められ、何万回でも蘇って来ることでしょう。
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