2026年7月10日金曜日

126 雨傘番組

 ビートたけしは20代、漫才でちょっとだけテレビに出ていたが、その後影が薄くなっていた。

浅草あたりでやけ酒を飲んでいる、と噂されていた。

ちょうど30歳になった頃だろうか、初めてたけしの名前を番組の冠に付けた、

「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」なる番組の企画が持ち込まれた。

この番組は日本テレビ系列、後楽園球場のドーム化前で、巨人戦が雨で中止になった時に流す、鬼瓦権造なるキャラクターで放送時間の穴埋め用番組。

業界では「雨傘番組」と呼んでいた。

名の通った役者なら断りそうなものだが、たけしは縋るしかなかったのだろうか。

当時フジテレビ日曜夜8時は欽ちゃんの「オールスター家族対抗歌合戦」が好評。

光男はフジテレビ日曜夜8時、欽ちゃんの「オールスター家族対抗歌合戦」チーフカメラマンM君をゴールデンタイム裏番組

「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」のロケチーフカメラマンに起用することにしたのです。

歌合戦はスタジオ番組で日曜日収録、元気が出るテレビは日曜収録無しでしたが、野球が終わると11月から雨傘がとれ翌年3月までゴールデン番組になります。

結果、たけしの海外ロケ企画が持ち上がり、家族対抗歌合戦収録の日曜日がもろにぶつかります。

たけしの海外ロケにMカメラマン起用を約束した光男は、両局のメンツがぶつかり、窮地に追い込まれることとなる。

フジテレビの日曜8時、ゴールデン番組のチーフカメラマンを、いわゆる完璧な裏番組に起用することにフジテレビHディレクターが異を突き付けてきたのである。

担当課長等に交渉させるが、らちがあかず、とうとう最後の砦として光男の出番となった。

H氏はフジテレビきっての東大卒敏腕ディレクター、学生運動では安田講堂の屋上で大きな旗を振りリーダー役、全国弁論大会を制覇してきたと噂される弁舌家。

当時の芸能界大御所、古関裕而や水の江瀧子など、こうしましょ、こうして下さい、など歯に衣着せぬ自信溢れるてきぱきぶり。

フジテレビでは当時、早稲田卒が圧倒的に多くいたが、この東大卒にだけは勝てない、といわれていた。

かたや光男は子供の頃から25歳までもの言わぬ人と言われ、社内でも窓際族を通し、やむなく社の中心に据えられたばかり。

勝負は既にあったも同然と言われたが、光男は日本テレビ側にM君の起用を通達済みで、引く訳には行かない。

H氏にアポをとり会いに行くと、歌合戦の編集中だが完璧に無視した態度。

待つこと2時間近く、光男はソファーで微動だにせず薄目で様子を見ていた。

この男、終電になっても明け方までテコでも動く気配がない、と観念したのか、Hディレクターは前に座ると一気にしゃべりだした。

「何度も言っているが、M君は私が手塩にかけノウハウをつぎ込んで、やっとチーフが張れる迄育て上げてきた。

事もあろうに当面の敵局、裏番組に起用するとは常識外だ、向こうが軌道に乗れば、こちらの視聴率が喰われるんだぞ」と。

子会社の身分で場合によっては君のクビだけではすまない、社長だって危ないぞ、と光男を逆なですることまで言われ、怒鳴り返したかったが、そこは忍々。

存分に喋らせた後、たどたどしいながら光男は喋りだした。

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129 テリー伊藤氏を生かす。

 問題は完璧にテリーに反発しているスタッフだ。 帰りに焼鳥屋へ立ち寄り、この番組は思い切った強化策をとる、と切り出すとM君は、怪訝な顔をしていた。 カメラ、音声、VTR課の課長がすべてスクラムを組みスタッフを出さないことになっている。 光男が部長命令を出したとしても社内事情は無理...