M君をここまで育て上げ、上司として心より感謝しています。
「実は私もM君の才能を高く評価しています」と光男は真面目に話し出した。
彼に民放両局のゴールデン番組のチーフを張らせ、自信を付けさせたい。
民放ナンバーワンのカメラマンにし、世界に通用する人物に育てたい。
そして、その才能、ノウハウは今後、必ずフジテレビのために使います。と淡々としゃべったのである。
H氏はしばらく天を仰ぎ沈黙の後、いきなり立ち上がると、握手を求め、この話はなかった事にしようと言ったのである。
「さすが東大出だな」と光男は感じいった。
論争を続ければ、光男という男は業界及び世界までも視野に入れている。
一局一番組だけにこだわる、己がスケールの狭い男に映る。
また先程からの態度を見れば、この男はクビが飛ぼうが決して引かないだろう、と咄嗟に判断し握手を求めたのだろう。
光男は名字の多良間で即沖縄出身である事は分かり、普段は沖縄と呼ばれ、かくして沖縄東大紛争は決着した。
周りからはどうやって説得したのか、興味半分に聞かれたがひかるは何もしゃべらなかった。
光男はわざわざ放送業界や世界における日本のメディアの位置付けなど用意した訳ではない。
子供の頃より手に取るような天の川、流れ星を庭に育ち、入社当時は魔法の箱解明に専念。
10年もすると、何時の間にか業界や世界を視野に入れた思考をするようになっていた。
今の若者たちには光年単位で息づく天の川を眺め、どうせ気がつけば短い一生、スケールの大きな人生を歩んで欲しいと願うゆえんである。
H氏はさすが東大出で、後に歌合戦はたけしに視聴率を食われ、あえなく終焉する。
しかしたけしはさんまと組んでタケちゃんマンでフジテレビゴールデンタイムに貢献する。
そしてひかるに新企画、ねるとん紅鯨団が持ち込まれ、即M君を起用、約束通りその才能を存分にフジテレビに生かしたのである。
ねるとん紅鯨団は二つの大きな効果を局にもたらした番組である。
テレビ局は時間を売る商売だ。
当時、ねるとん紅鯨団放送の時間帯は、なかなか視聴率がとれない、売り物にならない死に時間帯で、それを何とかしたいと模索の末の企画。
そのヒットにより、他の曜日の同時間帯にも火がつき大きな利益をもたらしたのである。
また前にも記したが、カメラとVTRを4台パラ回しで多重記録することにより、オールロケでど素人を主役に、いとも簡単に番組が出来ることを証明。
以後ロケ番組が軌道に乗り番組革命ができたのである。
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