当然石垣島での下宿、高校を出ることなどあり得ないことだ。
石垣島にいる父の弟、叔父が乗り込み、生まれた子が栄養が行き届かず三人も他界して、やっと出来た男の子だ。
せめて高校くらいは出さないとあまりにもかわいそうだよ、と迫るが父は貝になるしかない。
とうとう光男を叔父が引き取り、高校を出すことになり、一年遅れて高校入学。
しかし二年も終わる頃、叔父と叔母の言い争いが光男の耳に入る。
叔父はご用聞きの便利屋家業。五人もの子沢山が、自分の子供すら育てられないくせに他人の子供まで預かる甲斐性なし。
と叔父母の言い争い。
二年終了で中退を決意し島に戻る。
今度は別の叔母さんが、もう少しだ、もったいない。
私が預かると申し出、やっとの思いで卒業。
当然地元で働き親や周りに恩返しをすべきだが、どうしてもあの五コマ漫画の映画が見られるテレビが忘れられない。
父に上京を打ち明けると「思った通りやればいい」と絞り出すように言ったのである。
わずかばかりの、戻るに戻れない金。
親や古里を捨て、本土玉砕を覚悟した特攻精神の原点。這いずっても引かない脳内プログラミングが出来てしまったのである。
光男はいつもあのカールブッセの「山の彼方の空遠く・幸い人の住むという」を口ずさんでいたが、光男にとって、それは山ではなく海だった。
人口数百人の島から五万人の大都会、映画館のある石垣島。
そして高校三年間、光男の脳内夢酵母は爆発的な発酵現象を起こし、沖縄本島を飛び越し、遙か海の彼方の空遠く、幸い住むと人の言う。
東京があるという。
紙芝居ではない、映画が出るという魔法の箱、テレビがあるという。
舳先へ立つ光男の視界に、巨大な東京、己の人生を存分にぶつけられる大舞台へたどり着いたのである。
人口数百人の島から五年後、一千万人の東京、そして放送界入り、全国のお茶の間、一億人を視野に活躍できる場を確保できたのである。
後は「これしかない!」
やるしかない、だった。
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