M氏は20年前、20代の時に、黒島に遊びに来た。
ちょうどその頃、島の人が民宿をしていたが、閑古鳥が鳴き、つぶれかかった一軒の民宿を自分が借り切るような形で、経営を引き継いだ。
島の人が民宿をやると、島料理ばかりであったり、虫がいても気にしなかったり。
といった島特有の無頓着さが観光客には敬遠され、なかなか繁盛しなかったのである。
M氏はかれこれ15年間コツコツとリピーター客を増やした。
そして嫁さんも迎え、子供もでき、いよいよ自分の民宿を建てる計画を実行に移した。
土地を確保し、整地していると、どうも古井戸らしいものが出てきた。
昔、プラスチックがない時代、飲料水を溜める容器がなく、瓶に溜めるが家族が多くなると貯蔵は大問題。
井戸水は海が近いので干潮や満潮に関係するが、食器洗いや洗濯、島生活、生きるためには絶対必要だった。
誰かが埋めた跡が残っていた。
村の古老に話を聞くと、確かにここには以前家があって、間違いなくそれは、古い井戸であるとのことだった。
その古老は、あなたは大変幸運な男だ、島では昔から「井戸を埋めると子孫末代まで良いことがない」と言われている。
その井戸を見つけたのだから、ちゃんと生き返らせれば、君には幸運がもたらされるであろう、と言ったのである。
誰かが埋めた形跡があり、庭も狭くなるので、そのまま埋めてしまおうかと思ったが、古老の話が気にかかり、生き返らせることにした。
雨水を溜めるための、丸いタンクの使い古しをその井戸にかぶせる。
真ん中に穴を開け、鉄パイプで空気が通るようにし、子供たちにも危険が及ばないようにしたのである。
コンクリート2階建て、島一番の立派な民宿ができ上がり、営業を開始すると、古老に言われた通り、見事に繁盛したのである。
開業してから2年、今ではお客を断るのが大変だという。
中には日程をずらしても宿泊できない、どういうことだと詰め寄るお客もおり、うれしい悲鳴どころか、本当につらいですよと嘆いている。
観光客の中には、その古井戸を見て、それは何ですかと尋ねる人もいるという。
これこれしかじかと話をすると、この古井戸のおかげで、私たちはこんな立派な民宿に宿泊できたんだ、と手を合わせるお客さんもいるという。
M氏は、村の古老の話を聞き捨てにせず、おかげで自分は、言われた通り大変な幸運に恵まれた、と感謝をしているとのことだ。
古井戸や、客呼び込む福の神。
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