2026年10月16日金曜日

216 島が生んだ女牛若丸


島ではその人の特徴を捉え、ユニークで覚えやすいあだ名を付けて呼ぶ習慣があった。

光男が生まれた当時、母は戦争最中の食糧難の小島で、乳が出ないためヤギの乳を飲ませ育てられた。

光男の神様は羊年(ひつじどし)生まれだが、ヤギである。

のちに牛の乳を飲ませる習慣が入ってきた。

今は西表島より海底パイプで水道が引かれているが、その昔天水を溜めて飲料水にしていた。

溜める容器がないため、瓶に溜めて飲む、牛は人間の数倍も水を飲むため、孤島では飼えなかった。

島で女の赤ちゃんが生まれ、不幸にも母親が亡くなってしまった。

島の人は見たこともなかったが、初めてその子に牛の乳を飲ませて育てた。

女の子だったが島の人達はその子のことを、牛の乳で育ったので牛若丸とあだ名を付けて呼んだ。

女牛若丸誕生だ!

そのうち子供が生まれると次々と牛の乳を飲ませて育てるようになり、結果的に島牛若丸が次々と誕生したのである。

名前を呼ぶのに牛若丸五号、牛若丸六号、なんてことになり、このあだ名は不都合が生じ封印。

最初の子は元祖・女牛若丸と呼ばれた。

島には川は勿論、水溜まりも橋も欄干もない。

牛若丸はピョンピョンどこを飛び跳ねていたんだろうか。

石垣を飛び跳ねていたのだろうか。

石垣を飛び交う牛若丸、絵になるなあ。

子供は島で育つと年頃に島を飛び立っていく。

女牛若丸は飛び跳ね過ぎたのだろうか、アメリカへ渡って現地で結婚、女の子二人をもうけた。

娘が大学の卒論にと自分のルーツを求め島を訪れた。やはり顔は女牛若丸、母親そっくり。

島ではその日のうちに島中を伝令が走った。

アメリカから女牛若丸が島に舞い戻ったぞーと。

当の本人は何で自分が牛若丸なのかチンプンカンプン。

娘はアメリカと日本の架け橋たらんと東北へ赴き、東日本大震災復興に取り組む。

アメリカからのボランティア受け入れ窓口として日本語・英語で活躍。

日本とアメリカの架け橋、欄干で女牛若丸はぴょんぴょん飛び跳ねていた。

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