2026年4月24日金曜日

f1185 悲恋

育造爺ジイーは、大阪の漬物工場で、長い間働いていたが、ふらりと一人で、生まれ島へ戻って来た。 結婚はしたことがあるのか、子供は居なかったのか、誰にも過去の話はしない、と言う。 機嫌良さそうな顔で、どうやって手に入れたのか、泡盛の二合ビンを1本持って、ひかる、今日はオレのおごりだ!、といって、ふらりと入ってきた。 楽しいことがあったのか、いつもより、水の量が少なく、ほとんどストレートで、1本飲んでしまった。 「育造爺ジイー、この歳で一人は惨めだよ、女はいなかったのか、どこぞで子供は居ないのか」と聞くと、小さな目で睨み付けた後、どういうわけかポツリと、過去の話をした。 漬物工場の近くにある、町内の縫製工場に努める、可愛い子で、名前は良枝という。 良枝は母思いで、いつもセーターやマフラーを編んで、秋田の母に送っていたという。 二人は、一緒になる約束をしていたそうだ。 そのうち良枝の母の具合が悪いということで、秋田へ帰ったとのこと。 育造爺ジイーは、世帯を持つため、一生懸命働きに働いたが、そのうち島の自分の母が具合が悪いということで、呼び戻されたそうだ。 昔のことだ。今みたいに、飛行機が使えるわけでもない。一度果ての島へ帰ったら、2度と本土へ行くということは、大変なことだ。 世帯を持つと約束した二人の関係はあまりにも遠く離れ、以後ぷっつり途絶えたと言う。 育造爺ジイーは、下手ながら、夜な夜な三味線をつまびく。 そして歌うのは、かごの鳥である。 良枝とのことは、誰にも話したことがない。初めて打ち明けたのだろう。 話の途中から、もうおいおい泣き出して、涙が止まらない。 80歳になった今でも良枝のことが忘れられず、夜な夜な、かごの鳥を歌う。 会いに 来たのに?なぜ出て会わぬ・・ 僕の?呼ぶ声?聞こえぬか・・ 今宵また、南の小さな島の空に、かごの鳥が響く。 声の限り、途切れ途切れに叫ぶ、がごの鳥の歌は、物悲しー そしてまた明日は港へ行き、若い娘を見つけては「どこから来たねー」、と探し求める。 もう良枝は、こんな若さではないだろうに、育造爺ジイーには、色が白くて、髪の毛を束ねていた、若い時の良枝の面影で、いっぱいだ。 そして、良枝が編んでくれたという、セーターを、今でも大事に、大事にしている。 育造爺ジイーは、もう長くはないだろう。せめてひと目、秋田にいるという、良枝にあわせてやりたい。 良枝、一度でいいから、いや生きているなら、声だけでもいい。 命の限り、あなたを待ち続ける、育造爺ジイーは、かわいそうだ。 育造爺ジイーの声が聞こえるか。 会いたさ、見たさーに、怖さを忘れ・・ 会いに 来たの?に なぜ出て会わぬ・・ 僕の?呼ぶ声 聞こえーぬか・・ 搾り出すかすれ声は潮騒に沁みていく・・・

f1179 地獄耳

パーティーから数日後、港で会ったので声をかけた。 先日、群馬からお父さんが来たんだって、と聞くと。 え! ええ!!、誰から!、誰から聞いたの、私お父さんが島に来た事誰にも言ってないのに、とびっくりしていた。 おじさん、地獄耳だから何でも知ってるよ、というと観念したのか、皆さん島の良い人に出会えた事、一生忘れないよと、笑顔で答えていた。 真美ちゃんのお父さん、本当に心配で仕事を休んで、高い飛行機代出して、様子を見に来たんだぞ。 もっとお父さんに、甘えた方がいいよ、というと、ニ週間後に島を離れるけど島の事、一生忘れないから、と明るい笑顔だった。 群馬へ帰ったら、お見合いをし、いい人見付けな、というとコックリうなずき、私必ずいい人見付けて、もう一度島へ来るからと自信に溢れた少女の笑顔が返ってきた。 この島は、見事なハートの形をしている。何故かこの島に滞在すると、心が落ち着き癒されるという。 真っ赤に燃えた真美のハート、きっといい人が見つかるであろう。 南の島の夜、雲一つない晴天、まれに見る星空の美しい夜の出来事。 民宿の庭で、観光客14、5人と輪になって酒を飲んでいると、年の頃30歳を越したばかりと思われる女性の二人連れがいた。 綺麗な星空を海岸で見て来る、と二人は出かけた。 しばらくして、綺麗な星空が見れてよかったと帰ってきた。 流れ星見えた、と聞くと、すごい大きな流れ星が何個も見えた、との事だ。 年頃の女性なので、さぞかし流れ星にロマンチックな想いを寄せたのでは、と尋ねると「勿論、お願い事したわよ」 何をお願いしたのと聞くと、勿論お金よ、と即座に言ってのけ、隣の子もうなずいていた。 「おじさん知らないの、流れ星に、金、金を5回連発出来ると、金持ちになれるのよ」・・・・ 今の若者の考え方には、夢もロマンもへったくれもないか。 しばらく飲んでいたが、また今度は、別の方向で星を見に行くという。 姉御役と思われる一人が、どうも自信がない。 こんどこそ間違いなく、金、金を5連発してやると、立ち上がって行った。 こら! この若さで、まだまだ人生を開き直る事ないだろ、といったがどうも耳に入らないようだ。 スレた様子からみて、この二人の女性は、再度星を見に行くと言って、周りの男の子が一緒に追いて来るのではないかと、誘いをかけしているように見えたが、男は誰一人として追いて行かなかった。 男どもよ! 間違ってもこのような女性に捕まるな。 まかり間違って捕まると、なんで私が貧乏な人生を続けなければならないんだ、と言い続けられる。 結婚しない女性が増えているというが、原因の根本は結婚に対する金の比重が、以前とは格段に違うようだ。 このような世代に生まれなくて幸せだった・・

f1183 悲痛な声

前にも増して泣き方が、懇願するようなもの悲しさと悲痛な声で泣いている。 再度育造爺ジイーの所へ行くと、満面の笑顔で泡盛を舌なめずりで飲んでいる。 ジーが泡盛を飲むとケツに根が生え、びくとも動かず、泣き声などまったく耳に入らない。 頼んでも、頭の中は泡盛のことだけでまったく話にならない。 そして言い放った。 一晩くらいは、ヤギと添い寝しな、再度泣き出したら指を2本突っ込め、これを繰り返していると大丈夫だよ! やぎの糞の中で寝るのか!、バカバカしいと高山夫婦は、腹に据えかね帰った。 今度は、ひかるの所へ相談に来た。 あまりにも島暮らしのルールを知らない。 バカバカしい相談なので、この問題を解決できれば、間違いなくノーベル賞はもらえる、夫婦で本気になって考えな! ヤギの糞がいやなら、自分のベットへお招きしろ、と言ってやった。 夫婦は周りに、島人は自分たちの悩みを本気に相談にのってくれない、自分建ちは、移住者としてよそ者扱いされていると、愚痴をこぼしたそうだ。 あんたら馬鹿か!。 そんな下らないことで島の人たちと諍いを超すようだったら、この先が思いやられる。 横浜へ帰って、週刊誌ネタで、井戸端会議をしていろ! 帰ったほうがましだぞ・・・! 高山夫妻のところの、二匹目のヤギがとうとう発情してしまった。 メスヤギの鳴き声は、ますますひどく、1週間おきに、2日間、昼夜を問わず泣き続けるという。 それに今度は、子ヤギが泣きはじめたのである。 高山夫人は、とうとう完全なるノイローゼ状態だ。 今度こそはと、わらにもすがる思いで、育造爺ジイーのところへ相談に行くと、「水をかければいいさー」という。

f1182 郵便配達

見晴らしのいい観光休憩所でのんびりしていると、赤い郵便局のバイクが来、顔なじみの配達員が、兄さん、東京から手紙だよ!、と配達してくれた。 東京なら郵便受けへポンで終わりだが、島らしい。 なぜ俺がここに居る事が分かった、と聞くと、民宿で聞いた、との事。 そうだ、民宿の親父は、立ち寄らなくても、厨房で仕事中でも、バイクの音を聞き分けることが出来る。 10分前に、こっちの方へ行ったから、と教えてくれたそうだ。 他にもバイクは走っているが、音が違うし、時間帯により誰が通ったか、見なくても分かる。 島はのどかでいい所だ。 最近、石垣島より若い娘達が日帰りでワンサと訪れれる。 港でカニウマを借り、島内一周して必ず立ち寄るのが、赤いポストの郵便局だ。 そう、この南のハート島のポストに想いを投函すると成就する、と言われ、押し寄せるのである。 ワーリトーリ(歓迎)黒島へ! 島に、横浜から移住してきた、50代の高山夫婦がいる。 子供はなく、二人きりの生活で、大きな番犬を飼っている。 それにペットとして、メスのヤギを二匹、飼いだした。 大きい方のヤギが、ここのところやたらめったら泣く、それも、一昼夜メーメー泣き続けるのである。 泣き止むかと思うと、2週間もすると、また夜通し泣き続ける。夜中2時3時であれ関係なく、不眠不休で泣き続けるのだ。 島の人に聞くと、それは発情だろうとのことだ。 さて、困ったことに、オスのヤギがいない。 とうとう3回目も泣き出し、隣近所に対しても迷惑だし夜も眠れない。 そのうち二匹目も泣き出したら、やっとの思いで移住したのに、島にはいられない。 高山夫婦は、困りはててしまった。 育造爺ジイーなら、島のことは知っているし、頼んでみようということになった。 ジイーは、しばらく人から頼まれ事も無いので、即座にOKだ。 ヤギ小屋へ行くと、荒々しくメスヤギを横倒し、な、ななんと、指をメスヤギの熟れたあそこへ突っ込んだのである。 メスヤギは、いきなり抑え込まれ,眼をパチパチ、オジさん何すんのよ!と言っているのか、唇ムニャムニャ、あまりにも速い動作に、あっけにとられた顔だ。 そうすると、どういう訳か泣きやんでしまったのである。 高山夫婦は大いに感謝、感激。大事に取ってあった泡盛の古酒と、夜のおかず用に用意してあった刺身を育造爺ジイーに渡した。 育造爺ジイーは、得意満面、「何かあったらいつでも相談に乗るさー」と意気揚々と帰っていった。 ところがところがだ。 2時間もすると、またメーメー泣き出したのである。

f1175 豊年際

黒島には、かなり古くから伝わる、豊年際の、ハーリー競争がある。 ハーリー競争は、中国や沖縄本島、石垣島や周りでも行われているが、この黒島の場合、かなり違った行事である。 船を漕ぐ競争だけでなく、ウーニーと呼ばれる、走り手、その競争が、かなりメインの役割をする。 写真は、ウーニーの姿で、ふんどしの部分は、肝心なところをやっと覆いつくすばかりで、ケツの方は、ぐるぐる巻きに束ねる。 割れ目に食い込み、下半身がむき出しの状態だ。 勿論、上半身もごらんの通り軽装で、このウーニーに選ばれることは、走りが早く、非常に名誉な事である。 最大の人気者だ。 ウーニーは、強い脛の意味で、健脚という事。そこにも英語が相通じる方言が、見え隠れする。 ウーニーは、村長から杯をいただき、腰くらい迄の所に待っている船に、砂浜、浅瀬を走り、飛び乗る。 そして船をこぎ、沖合にある旗をとって、Uターンする。 帰りは船にスピードが付いている為、深さ胸元くらいの所で、ウーニーは飛び降り、両手で水をかきながら、浅瀬、砂浜、そして、村長の所へ来て、タッチする。早い方が勝ちだという訳だ。 そういう意味では、ただ陸上で走りが早いだけではない。 水中をうまく、走るテクニック、方法が重要である。 また舳先に、ピーゾーと呼ばれる、棒高跳びの竿に匹敵する、竹のさおを付いて、漕ぎ手と、トウージーと呼ばれる、かじ取りと連携する。 返しの場合、ウーニーが、船からとび降りる合図をかじ取りが出す。 舳先のピーゾーと、かじ取りが強引に船を方向転換しないと、ウーニーは、船の下敷になる。 そのタイミングが、危険極まりない状態だが、その為に、漕ぎ手に指示を出し、ピーゾーに指示を出す。 飛び降りる瞬間をウーニーへ指示するのが、トウージーと呼ばれる、かじ取りの重要な役目だ。 また、Uターンをする時、旗を船に取り込まなければ、失格である。 かなりスピードが出ている船で、旗を取れる状態で、Uターンさせる。 50センチでも離れれば、旗が取り込めない。 そこが、トウジーの1番重要な役目だ。 前回、トウージーとトウジ(妻)の話をしたが、その辺に繋がりがあるようだ。 このウーニーハーリーの方式は、他には無く、日本国内ではこの黒島にしかない。 中国のハーリーにもない、なんでこの島にしかないのだろうか? この島は、かなり古くから他には影響されない、独自の文化があったのではないかと、推測する原点である。 昔から南の島に伝わる、このウーニー、トライアスロンの原点ではないだろうか。

2026年4月23日木曜日

f1168 子孫

投資した金は半分に減ってしまったのである。 それからというのは、親からもらった財産を半分に減らした分を、なんとか元に戻すと、更にお金に対する執着、そして呪縛は、日を増すにつれ、膨らんで行った。 とうとう60を過ぎても結婚出来なかったのである。 それでもまだ五億くらいの金は背負っていたので、もうお金の事は諦めろ。 老後を楽しく過ごそう、と言ったが全く聞く耳を持たない。 母親も亡くなり、これから先、自分が死んだらこの財産、どうなるのだろうかと不安がっている。 また若い時、金に任せ女遊びと酒を飲んで肝臓まで患ってしまい、不安な毎日を過ごしているそうだ。 ちなみに、渋谷で億ションを買って遊び呆けていた姪ご達、中山家の人達は誰一人として子供が出来かったそうだ。 金に狂った一族だと言わざるを得ない。 ひかるはアパートを転々とし、引っ越し貧乏を繰り返していた。 仕事が忙しく、徹夜の連続か午前様で、朝は子供達が目覚める前に、出社する。 子供達が、父親を怖がり近寄らない状態。 あまりの貧乏さに、ある時女房が怒鳴りつけた。 貯金が4万円しかない、これからどーやって生活する! どうせこれからも母子家庭に間違いない。 貴方等いない方がいい、出て行け! と怒鳴ったのである。 貴方等、貧乏王国へ行けば即大統領になれる、素晴らしい人だ。 もうこんな生活はイヤだ! それでもひかるは、コツコツと働きに働き続けた。 子供達にも、祖父母の存在は必要だろうと考え、女房の実家とも丁重に頭を下げ、和解した。 女房の実家側からすれば、最初に沖縄という、想像出来ない所の人間で、まず拒否感が出たのであろう。 それなりに家庭を守り、またテレビ業界での仕事ぶりは、大きな評価を得て、塩を撒き付けたはずの男が、何時の間にか神棚に上げられるような大変な信頼ぶりである。

f1156 強制移住

南端に浮ぶ周囲12キロ、ハート形の黒島には遠い昔、溢れんばかりの人口があり、一大文化圏を形成していたという説がある。 ある説によれば、人口1万人はいたであろうという人もいる。 真意の程は定かでないが、1700年、鳩間島へ60人が強制移住、3年後には更に500人が強制移住させられたという記録が残っている。 その記述が本当ならば、黒島の住人は千人や二千人ではなく、一万人説もおかしくない。 それ以降も石垣島等へかなりの人が強制移住させられたという。 1500年代から600年代にかけて、日本では武士が勢力争いをしていた頃、この島は幸せで豊かに、文化を謳歌した人達がいたと思われる。 島には、特に豪族らしきものは無い、また貨幣なるものも見当たらない。 人々は物々交換、海から獲れる膨大な魚介類、御嶽を中心にお互いの門中が、仲良く生活していたと思われる。 島には墓は有るが、お寺は一軒も無い。法事は自宅で親族同士で行う。御嶽は健康子孫繁栄、豊作祈願の太陽崇拝の場で、親族同士が門徒である。 島には人が溢れ、耕作地を岩の上まで広げたという、その痕跡は今でも残っている。 岩の上に出来る作物など、あるはずがないと思って、古老に聞くと、事もなげに粟なら十分作れるとの事だ。 言われてみれば60年前、島には粟が野生化し、野生のウズラがたくさんいた。 ウズラの卵、仕掛けでウズラを捕らえて食した事を思い出す。 また、御嶽は今でも十数カ所残っている。直径2キロちょっとの島に、本土では考えられない十数カ所の御嶽の跡が残っている。 沖縄本島にある御嶽は、久高島に島々を作った神様が降り立ったという事で、久高島を向き、御嶽信仰が行われているという。 しかし450キロ離れたこの島には、そのような信仰は無関係のようだ。 理解出来ないのは、島の十数カ所の御嶽は、それぞれ方向がバラバラで、統一されていない。こんな小さな島で統一されない疑問、不思議である。 御嶽は本土でいうお寺みたいな存在だが2キロ前後の空間に、これ程のお寺なり、御嶽があるような地区はないだろう。 この島を調べていくと、不思議な事だらけだ。

111 人生最後のゴール

 三高流行の今時、しっかりした考え方に感心させられました。 確かに三高に越した事はないはずですが、世の男性に求められているのは外見や条件よりも、その人の持てる内面的な考え方や個性、生き方ではないだろうか。 夢を語り人生を語り、一緒になって人生ドラマを築き上げて行こう、と真剣に取り...