水中を走るには、熟練した技術が必要。
この島の方言を聞いていると、訳の分からない事が沢山出てくる。 足の事をパンと呼び、ハブの事もパンという。 畑に使うクワの事をパーイと呼ぶ。 このパーイはペルーの山奥の原住民が使う言葉だと言われている。 インドネシアを旅行したおり、ところどころ車窓に、MAKANというローマ字の看板が出てきたのでガイドに聞いてみると、レストランの意味だという。 島の方言で、旨いは、まーはんと言うが、インドネシアのマカンと発音イントネーションがぴったりだったのには驚いた。 ちなみに島では、食器のちゃわんもマハンと言う。 また島の方言で、殆んど当てはまる事だか、複称、総称の場合、単称の単語に、ERをつければ事が済む。 その点は、どうも英語と同じだ。 例えば、バカな奴、阿保な奴を方言でいうと、プリムン、になる。 複称、あるいは総称して言うと、それはERを付けて、プラーにり、プリムン達という意味だ。 わんぱく小僧の事を、ヤマング、と言う。 複称、ないしは総称すると、ERをつけてヤマンガアー、になり、やマング達との意味だ。 太る、というのは、パンタル、と表現する。 太った人達、と総称すると、やはりERをつけて、パンタラーになる。 逃げるは、ピンギルだが、逃げ足の速い奴、ピンギヤーだ。 極めつけ方言は、働くだ。 働く事は、石器時代の昔からあっただろう。その言葉が、ものの見事、英語のワークと同じだ。 働く、それは、方言でも「ワーク」である。 屁理屈こく前に「働けば」の方言は 屁理屈こく前に「ワーキバ」になる。 日本南端の島は、ERだらけだ。 日本国内に、理解しがたい日本人がいた。 しかし、日本人のルーツかもしれない・・・ 島の爺ジーに、なんで働くが、ワークなんだと聞いたら、お前は、ヤマトウへ行って、屁理屈屋になった。 そんな事、ワシに聞いても分からない。昔からそうなっているのだから、しかたないさ! ごちゃごちゃ屁理屈ばかりこいてないで、「ワーキバ !」、(働けば !)、と怒られた。 まあ まあと言って、泡盛をつぐと、全て円満解決。 飛び交う方言を聞いていたら、いにしえの昔へタイムスリップ。 島の年寄りは、性根が正直で優しい。 私は島の年寄りが大好きだ。
島に昼間は軽食、夜は飲み屋になる小さな店がある。 ヘルパーとして23歳の娘と27歳の真美ちゃんが、昼夜交代で働いている。 真美ちゃんは、ひかるの娘と同じ名前なので、何時も呼び捨てにしかわいがっている。 真美も、ひかるの事を父親の如く親しくしてくれている。 夕方7時頃、店に行くと島の牧場をやっている青年達が、5人ほど集まっていた。 隅っこの二人掛けのテーブルに座ると、青年達が手招きをするので同席すると、何とテーブルには寿司と焼き鳥、串焼きが所狭しと豪勢に並べられている。 この島にはない料理で、石垣島より取り寄せたばかりだという。 何か祝い事でもあるのかと聞くと、真美ちゃんの27歳の誕生祝だとの事。 しばらくして、真美を席に座らせると、電気が切られ真っ暗闇。 入り口から、若者がタンタータタン、タンタータタンと、出来立てのケーキだといって入ってきた。 ろうそくがともされ、バースデーの歌が流れ、真美ちゃんが蝋燭の火を消すとあかりが点けられ、拍手喝采。 そしてケーキカットの合図に、大きなスプーンが真美に渡された。 何と気がつかなかったが、目の前にあるのは、ケーキではなく、実は豆腐だったのである。 島に、ケーキがないので出来立ての豆腐が、ケーキに早変わり。 よく見ると、豆腐の横には、波形のポテトチップスが刺さって、デコレーションされている。 立派なケーキに見えるのである。 そして真美ちゃんは、ポテトチップスにスプーンで豆腐を乗せ、まず口へ運び、ありがとうと、みんなにお礼をし、そして次から次と、ポテトチップスに、豆腐を乗せ、みんなに配った。 初めてではあったが、びっくりするような珍、新味だ。 醤油は使わず、ポテトチップスの塩気と、その上に乗った豆腐をほおばる。 これ程の珍味があるのかと思われる、見事なケーキ。 島の若者達のアイディア、感性には驚かされた。 真美ちゃんがこの島へ流れ着いたのは、一年前であった。 スタイル、プロポーションは抜群で、目鼻だちもはっきりしており、ファッションモデルとしても通用する、均整のとれた容姿である。 しかし来た当時、どうみても暗いイメージで、いわくありげというか、幽霊が背中にハビリついているのではないか、今にも岩から飛び降り自殺をしそうな暗さを持っていた。 それが一年経った今は、これ程変身出来るかと思われるくらいの明るさが戻ってきた。 誕生パーティーでも、同年代の島の独身男性が言い寄って来ても「私はあんたとなんか絶対結婚しないから、あっちへ行け」と脳天からの高笑い、明るく、軽く、相手に不快感を与えずに、あしらう。 誰もがびっくりするような変身ぶりである。
ひかるが、なぜテレビ業界を目指したのか。 昭和30年代、TVは緒についたばかりだ。 遥か南端の小島、映画館は無いが、子供心に映画を見たかった。 石垣島まで渡れば映画は見れたが、家が貧しく船賃もなく出来なかった。 南端小島、当時飛行機は無く船輸送、漫画本等は半年以上遅れて着く。 その漫画本の片隅に、4コマでコタツに入りながら映画が見られる。それが四角いテレビだと書いてあった。 それだ! 家に居ながら映画が見られるという、訳のわからないテレビというものの解明に人生をかけよう。 そこから人生がスタート、親兄弟を捨て、故郷も捨て、着のみ着のままで上京、夜学へ通いながら必死に勉強した。 ブログをやっている人ならウイルコム(現AUの前身)と言う会社、知っているだろう。 ホームページに誇らしく、人口カバー率99パーセントと出ているが、ひかるの育った島はまだカバーされていない、日本最後の情報過疎地だ。 半年遅れに漫画本が流れ着くが、それが唯一の情報源だ。 昭和40年、第一回東京オリンピック39年開催の翌年、勿論テレビは白黒時代で、朝と夜の放送で、昼間はフィルムのメロドママ放送。 やっとの思いでテレビ業界へ入った。 本当に人生の辛酸をなめ尽くしたと言われる状況だった。 それでも、しがみ付き夢をまっとうした。 勿論長男ではあるが、両親の死に目にも会えなかった。 そんな経験の中から、今の若者達には是非、勇気を持って己の道を貫いて欲しい。 親が何を言おうと関係ない! 親は、己の人生を既に歩んで来ている。これからは、自分の人生は自分で決断する、でいい。 この世にポコンと動き出した貴方の鼓動、100パーセント間違いなく、いずれは止まる。 何の為に今まで動いて来たのか? 今、何のために動いているのか? これから先、どう動かせるか? 己の可能性に立ち向かおうではないか! 人生の 喜怒哀楽に ロマンあり 若者よ 思い残すな 明日は華 貴方には 誰にも盗られない 知恵がある 貴方には 誰にも止められない 鼓動がある これしかない! 己の人生ドラマ ロマンを持て! そして 命を張れ! 命を張れ!
いわれたとおり水をかけると、確かに寒いのか、泣き止まる、がしかし、30分もするとまた泣き始まる。 30分おきに水をかけ通したが、人間の体が持たない。 オスのヤギのいるところ知っているので、連れてこようか、というと、奥さんは即座にブルルン、ブルルン、ブルルンと、首を横に振る。 これ以上ヤギが増えたらどうなる、よほど懲りたと見える。 「仕方ないさー、殺すしかないさー」 この後に及んでは、高山夫婦も従うしかない。 しかし、ヤギを殺せる人はそういない。 3人ほど名前を挙げてもらい、頼みに行くと、勘弁してくれとのことだという。 そこでまた育造爺ジイーは、最後の頼みで、ひかるのところへ行けといったとの事。 確かに子供の頃、ヤギは食用に飼育していたので殺し、解体した経験はあるが、いまさら殺傷は嫌だ。 あまりの困惑顔に、ひかるの方で3名のうちの一人に泡盛をしたたか飲ませ、人助けだからと頼むと、なんとか殺すことに同意した。 ヤギの泣き声が止まった時、うわさが出る。 誰が殺したのか? たぶん殺し屋ナンバーワン男はアイツだろう・・ 田舎暮らし、意外と見落としがちなのは、ベッドによるトラブルだ。 去勢する動物病院が、田舎や島にはない場合が多い。 犬を飼っている家があるが、やはりオスやメスだけでは、問題が出る。 発情期はかなり凶暴で、誰それが噛まれ、誰それが、噛まれる直前まで行ったという話を聞く。 観光客には子供連れもいる。子供がそのような犬に噛まれ病院、旅行変更ダイナシで賠償問題にまでなる事を考えるとゾッとする。 また去勢しているからとて周りには去勢していない野良動物がおり、トラブルもある。 田舎暮らしを計画している人が居たら、厳重な注意が必要だ。 殺し屋は、そう簡単には見つからないぞ!
三高流行の今時、しっかりした考え方に感心させられました。 確かに三高に越した事はないはずですが、世の男性に求められているのは外見や条件よりも、その人の持てる内面的な考え方や個性、生き方ではないだろうか。 夢を語り人生を語り、一緒になって人生ドラマを築き上げて行こう、と真剣に取り...