台風
ひかるが小学校へ入る前の出来事で、瞬間最大風速70メートルくらいはあったでしょうか。
大型の台風が、島を直撃。平たんな島は、風圧をまともに受け、遮る物は何も有りません。
電気は無く、真っ暗闇の真夜中、轟音渦巻く風の音、激しく叩き付ける雨の音、そして、家がギシギシとマッチ箱を揺するが如く、激しく揺れ動いているのに目が覚めました。
暗闇に目を凝らすと、父と母が、いつもと違う、重苦しい不安げな顔で天井を見つめ、会話を交わしております。
父は、「台風は我が家を直撃する。この分だと屋根が吹き飛び、危険なので避難をする」と、ため息を残し、立ちあがりました。
母は、「この嵐の中、どうやって避難所まで、行き着くのか」と、脅え声。
(台風は目に向かって、左回りに風が吹き、一点にいて、刻々変わる、風向きと風力で、台風の目がこちらへ向かって来るのか、逸れて行くのか判断出来ます)
具体的に北東の風が東になり、時間経過で強まり北東の風に戻ってきた場合、間違いなくこちらをめがけ直撃体勢に入っている事になります。
父が、オーバーコートを出すよう、指示。
風があるとは言え、南国の汗ばむ真夏。
なぜ、オーバーコートが必要なのか?
雨具代わりに使うのだろうか?
答えはすぐ、出ました。
母が大事にしまってある、一着しか無いオーバーコートを出すと、無造作の中にも、襟元をきつく絞り、ベルトをしっかり締め、子供達は両方の裾に掴まれ、との事である。
初めて見る、父のオーバーコート姿でした。
ひかるが、南の島へ帰郷した際、ある85歳のおじいちゃんと、ゆっくり話をする機会が有りました。
おじいちゃんは、10人もの子だくさんで、孫やひ孫を数えると、40人は、いるとの事。
子供達は、高校がないので、一度島を離れますが、もう二度と島には帰って来ません。
おばあちゃんと二人っ切りは、淋しそうに見えるのですが、私は一番幸せ者だ、と自慢。
事実、温和な丸みのある、幸せが滲み出ているのが、感じられます。
何んでそれ程までに、幸せを周りに放射出来るのだろうか?
体力的には、庭の散歩がやっとで、寝ている時間が大半のおじいちゃん。
不思議な力を感じ、その場を離れるのが勿体無く、ついつい色々な話をし、時を過ごしてしまいました。
「今にも天国から、迎えが来るかも知れない」と平気でしゃべっている姿からは、死に対する不安が、微塵も感じられません。
どうしてなのだろうか?
話を聞くと、おじいちゃんの人生は、子だくさんの為、苦労は多かったが楽しみも多かったとの事。
大勢の子や孫の結婚や出産、名前を覚える事。
進学や就職などの便りや写真が、脳内いっぱい詰め込まれていたのです。
そして、脳内に詰め込まれた、写真やストーリーを寝ながらでも、瞬時に引き出し、何回でも再現し、毎日が映画を見ているように、楽しく過ごしていたのです。
そうです、脳内に焼き付けられた人生のアルバムは、お金もかからず体力も使いません。
何時でも、瞬時に引き出し、何回でも楽しむ事が出来るのでした。
若い時代、多くの素敵な出会いや恋をし、色々な所へ行き、苦労もいとわず冒険もし、多くのシーンを脳内に焼き付けておく事が、老後をより楽しく、幸せに過ごす秘訣ではないだろうか。
若い時代、人生のアルバムを、脳内いっぱい貯金し、周りの人々へ、幸せ貯金を放射出来る年寄りになりたいものです。
そのおじいちゃんも、人生を全うした、との便りを受け、ひかるは幸せエネルギーの放射を、体一杯受けられ、最高の出会いだったと感謝しています。
上京直後、組み立て配線工として働いていた時、またまた大失敗です。
昼食には、出前をとっていました。
食べ物の名前は初めて聞くものばかりです。
周りの注文を見聞きしながら覚えていこうと考え、真似をする事に決めこみました。
初日は、天丼、ラーメン、チャーハン、焼飯と、みんなが注文するのを聞き、唯一知っているメニューで、焼飯を注文。
その日は、無事に何事も起こりませんでした。
翌日、例によって皆なが注文をした後、中身は知らないけど、しゃれた名前なのでチャーハンを注文。
みんなが取った後に残った物が、チャーハンだろうとの考え。
待っていると、残っているのは前日と同じ焼飯。
「誰か注文を間違えた人はいませんか!?」と大声で聞きました。
誰も間違えていないとの事。
「君、何を注文したのだ?」と聞かれたので、
「誰か注文を、間違えているはずです。私は間違いなく、チャーハンを注文したのですが、焼飯しか残っていないんです!」
みんなが、食べ物を一斉に吹き出してしまいました。
「この男、笑わせてくれるではないか!」と今なら言えますが、当人は何んで笑われたのか、皆目見当がつきません。
訳を聞くと怒られ「お前、それでも日本人か?」と言われた時には頭に来て、むかつきました。
当時はパスポートを携えての身分で、沖縄人が一番聞きたくない言葉で切れる瞬間。
しかし、そこは忍々の人生修行の場。
焼飯とチャーハンは、同じだったのでした。
カラスの、白け鳥!
失敗談には事欠かず、西武新宿線の「田無」に用事が有り、切符売り場で「デンブ」ください、と言うと怪訝な顔をされ、ニタッとした後、そんなものは無いと、そっけない返事。
からかわれているような気がし、田舎っぺ根性ふつふつ、むらむら。
二言、三言やりあいましたが、読み方が「たなし」だと言われ、開いた口が、塞がりません。
日本国教育を受けた人がいきなりこの二文字を見せられ、たなし、と読む人はいるのかな?
以後、地名や人名には注意をするようになりました。
恥は、かけばかくほど、度胸が付きます。
大いに、恥はかきましょう。
罪のない恥を・・・・
前席の女高生だと思われる女の子が、あれ~と甲高い声を出し椅子を軋ませ逃げ出す。
周りの客は、針でつっ突かれたかの如く、一斉に注目。
見るとテーブル上は運悪く、ツユが前の方へ流れています。
娘が飛んで来て、ツユを拭き、お客に誤り、調理場からもう1本ツユを持って来ました。
こぼしたものと勘違いをしたのです。
さて、2本目です。
どうするか??
あまりの出来事に、多くの客も、野次馬気分で立ち上がっての見物。
前の女高生はすでに避難し、どうしてよいのか分からず、恥ずかしさと冷や汗。
当人は完全に、舞い上がっています。
店全体の視線を一身に受け、仕方なく、そばを一本ずつ、ツユに浸しながら食べていると、隣の客が親切に教えてくれましたが、時すでに遅し。
周りの雰囲気からして、何が何んだか食べた気がしません。
さて、次は下のご飯だぞ!
はやる気持ち、ぎこちない手つきで、すのこを取りました。
何んだ、これは!
カラッポではないか!
大盛に盛られた、どんぶり飯を期待していただけに、裏切られた時の腹の立つ事、立たない事!
娘を呼びつけ、「これは、大もりではない!」と一括。
田舎ものだと馬鹿にされないぞ、だまされないぞ、という剣幕で劣等感が爆発したのです。
親切に、ツユのお代わりまでしてくれた娘は、あっけにとられ、精神異常者ではないか、という恐怖の眼差しで、奥の方へ逃げていきました。
周りの雰囲気は、皆さんの想像にお任せしましょう・・
主人が出て来たので、一言、二言文句を言いました。
日曜日の昼の混雑時、主人はケンカも出来ず、呆れ果てるばかり。
ひかるは、上げ底メニューで客をだます、悪徳食堂の悪徳主人に客を代表して文句を言ってやった、思い知らせてやったと、正義感に燃え、肩で風を切り、堂々と店を出て行きました。
「神様! この男に罪はない、単なる無知だ! 救いの手を・・・・・・・」
お店の皆さん、ごめんなさい!
三高流行の今時、しっかりした考え方に感心させられました。 確かに三高に越した事はないはずですが、世の男性に求められているのは外見や条件よりも、その人の持てる内面的な考え方や個性、生き方ではないだろうか。 夢を語り人生を語り、一緒になって人生ドラマを築き上げて行こう、と真剣に取り...