縄担ぎ。
この島に、年は58歳、東京からUターンしてきたY君夫婦がいる。
子供はいないが、島の誰もがうらやむくらい、どこへ行くにも二人、すこぶる仲の良い夫婦だ。
普段は無口で、酒もあまり飲まず、ひたすら仲の良い夫婦をやっている。
先日、家を手直しするので、手伝ってくれと言うと「はいきた兄貴、任せてくれ」と引き受けてくれた。
仕事も無事完了、ビールと泡盛を飲むと、ペラペラ喋りだした。
俺みたいな男の所へ、嫁に来てくれた女房、神様だよ、ありがたいと思っている。
実はそれには訳がある、と喋りだした。
小学校5年生の時、担任は若い女のS先生だった。
この先生には、隣の西表島に、同じ教員で恋人、K先生がいたという。
そのK先生は週末になると、考えられないことだが、西表島で拾った、写真の飛行機の残骸、燃料補助タンク。
それに乗って、一人で櫂をこぎ、8キロ近く、海流もある荒海を渡ってこの島のS先生に会いにくる。
島中の人がK先生の命懸け、と言うか、命懸けの恋には、あきれ果て大きな話題だったという。
島の子は、猫よりも身軽に石垣を乗り越え、猫よりも音をたてずに忍び寄り、S先生の戸の隙間から大人のお付き合いなどを観察したという。
素知らぬ顔で、教壇に立つS先生の顔を見、友達同士でつっつきあって面白がっていたという。
そのうち4月になり、島に新しい男の先生が赴任してきた。
こともあろうに、S先生は新しく赴任してきた若い先生にぞっこん、出来ちゃっていることは島中の人が知っている。
命懸けで通ってきたK先生は、泣く泣くまた命懸けで帰るしかない。
島の人たちはK先生が自殺するのではと同情、あまりにも身勝手なS先生の変わり身は、話題になったという。
そしてS先生は、新しい恋人とさっさと結婚してしまったのである。
「兄貴よ、俺は女が信じられなかった、俺など何の取り柄もない、女房はずーっとついてきてくれている、神様、仏様のように思える」だと。
世の男性共よ、女房を大事にしよう。
逃げられてからでは遅い、神様、仏様だ。
そんなY君の余韻に浸っていると、入れ替わりで島一番の物知り博士だと自認する、島じいが泡盛を片手にニコニコ入ってきた。
「何をしているんだ」と言うので、ブログを書いていると言うと、グローブは知っているが、何だそれは、と言う。
島ではインターネットをやっている人はほとんどいない。
年寄りたちはインターネットと言えば、人を誹謗中傷する道具と解釈しているようだ。
まかり間違ってもそんなもの持ち歩くんじゃないぞ、と注意されるのである。
島じい、インターネットって知ってるか、と聞くと「バッハルン!」(あったりまえ、しっているさー)と方言で自信ありげに答えた。
昔は、女しかしなかったのに、最近は男までがやっとる、と言い出す。
観光客が、ヘッドセットをかけて歩くのを見、それがインターネットと、解釈しているようだ。
昔、女性がヘアネットをしていたのを、最近では、男までがやる。それがインターネットと解釈しているらしい。
ヘアネット、ヘッドセット、インターネット、頭の中で混乱しているようだ。
言われてみれば、インターネットは頭を使う。
頭に関係するヘアネット、ヘッドセット、インターネットのチャンプルーだー
あれれ、この島じいの解釈、間違っているのかな?
おい、おい!こっちまで脳内超伝導現象だ。
定年後に島へ移住した吉田氏(仮名)が深刻な顔で相談に来た。
移住した時に世話をしてくれた人が、いつの間にか疎遠になり、その次に親しくしていた人も付き合ってくれなくなった。
とうとう3番目に親しくしていた人に、酒を飲んでいる時、怒鳴りつけられたという。
本土では、男同士が親しくなると、肌を触れ合ったり、肩をたたいたりするのは、ごく当たり前だ。
しかし島の人たちは、男が男に触れること、ベタベタしたり肩をたたいたりすることは、一番嫌悪感を抱くのだ。
「男が男にべたべたするな!気持ち悪い!」という、男気が異常に強いのだ。
吉田氏は島の気質を知らずに、親しくすればするほど、こまめにベタベタ、肩をたたいたりしたようだ。
島の人にとって肩をたたかれようものなら、とんでもないことで、往復ビンタを喰わされたような、嫌悪感を覚えるのだ。
吉田氏もそれに気付き、なんとか関係を修復したいとのことだが、一度壊れてしまった男同士の関係は、そう簡単に修復できない。
その悩みの相談であった。
たぶん、男気が強い島の人たちとの関係修復は、かなりの時間を要するだろう。
深く反省し、時間をかけて解決しようと諭した。
島暮らしや田舎暮らし、ペットの問題や、周りとの付き合い方、その土地の習慣などは、注意が必要だ。
よく見ると若い人たちは意外とベタベタしているが、中年以上の人たちはベタベタすることを異常に嫌うのだ。
注意しよう。
人生、いくつになっても苦楽は付き物だ。
おじさんも東京に二人の孫がいるが、二人とも、小児喘息持ちだ。
娘からのメールで、今病院で点滴をして来たとの事。
孫のゼーゼー苦しむ顔、普通の人並みの子になって欲しい、と夕日に願をかけていたところだ。
若い時の辛さや苦しさは、いくらでも取り返すことができる。
年を取ると時間と体力に焦りを感じ、本当に心が痛む。
胆汁を搾り切られる思いがする。
確かに今は辛いかも知れない。
しかし取り戻せるのだから。
その辛さを肥やしとして、強い女性に変身したほうが良い、と言うと二人は目を合わせてうなずいた。
最初の娘は、横浜出身で、続いた子が名古屋出身だという。
二人とも年齢は20代後半、ぎりぎり30歳前かなという感じだ。
話をしていて感じた事は、二人とも、私に限って、という自信があった。
そして、まだまだ遊びたいという気持ちが働いたようだ。
もし男が、それを察知したら、遊び心は、女より、はるかに上だから、遊び相手を探して次へと、展開していくのは当然だ。
他所事(ひとごと)ではない。自分の人生なんだから、何でもっと真剣に、積極的に、先へ進めなかったのだろうか。
若い時に少しでも遊びたい、という気持ちは理解出来るが、結果として、それは後々ツケが回ってくることになる。
私の知人にも晩婚で、30代後半で子供が出来た人を何人も知っている。
定年時、子供がまだ大学生、定年で時間が出来、楽しい老後をと思いきや、それどころではない。
やむなく働きに出るが給与はがっくり、今まで自分が顎で使っていた、子供みたいな若造に今度はしごかれ、心身共に疲れ果てる。
帰りに、飲み屋で気を紛らせる、ストレスで体調まで崩してしまう。
そのような人を何人も見てきた。
結果的に、結婚が若ければ若い程、早ければ早いほど、定年後は時間がたっぷりある。
そこで夫婦旅行したり、場合によっては共通の趣味を育てたりと、本当の至福の時間ができる。
若い時に苦労すれば、年を取ってから楽出来る。
若い時に、楽をして遊んでいると、今度は老後に、苦労が待ち構えている。
だけど、まだまだ大丈夫だ。めそめそしないで、新しい恋人を本気で、積極的に探したほうがいい。
南の小さな島は誰も、周りにいない。心を打ち明けたとしても、他人に聞かれるはずがない。
二人とも心の内をさらけ出し、明るくなった。
しかし本当に、胸がつぶれる思いで心配をし、夜も寝ないで、心を痛めているのは、親御さんだろう。
分からないはず、と思っても感じるのが親だ。
今ごろ自殺でもしているのではないかと、心配で心配で寝られない日だろう。
元気な声を親に聞かせてあげるんだぞ、と言うと、二人とも、にっこりうなずいた。
ところで昨夜、民宿で遅くまで酒を飲んでいたが、年齢30歳前後と思われる、好青年が連泊。
恋人募集中だと言ってたから、今日にでも可能性はあるぞ。
帰って夕食がすんだら、民宿の庭で今夜も大勢で酒を飲むだろうから、さっそくアタックしてみろ。
二人はもう元気そのもの。
がんばるぞ! がんばるぞ! と、シュプレヒコールだ。
いつの間にか夕日は、若い二人の失恋という2文字、漆黒の海の底へいざなっていった。
夕日よ、今夜もありがとう。
いつものように、海辺の休憩所の横で、一服しながら真っ赤な夕陽を眺めていた。
潮時は満潮で、砂浜にも珍しく観光客の姿はなかった。
すると二十代後半と思われる女性が、自転車で来るなり、私の存在も気づかずそのまま砂浜へ降りて行った。
波打ち際で止まるかと思ったのだが、その子はそのまま海の中へ、ズブズブとまっしぐらに歩き出した。
途中で止まるかと思うと、その子はさらに深い所へ、止まることを知らない。
ありゃありゃ、入水自殺か?
私の前を通り過ぎる時の思いつめたような横顔からして、ただごとではないな。
取り急ぎ、島の消防団を呼ぶ必要があるな、と腰を浮かせ携帯電話を取り出すと、その子は胸元まである深さへ行くと、ピタリと止まった。
そして両手を口もとへ持っていき、腹の底から、あらん限りの声で、夕陽へ向かって叫び出したのである。
OOの馬鹿野郎!
OOなんか死んじまえ!
OO! あんたなんか動物以下だ!
失恋した男の名前だろうか、悔しさを夕陽にぶつけている。
そうしていると気づかなかったが、砂浜の岩陰にでも居たのだろうか、今度は左側からもう一人、女の子がズブズブと海へ入って行き、同じ態勢で叫び出したのである。
XXの馬鹿野郎!
XX! 今に見ていろ!
若い女性が、真っ赤に沈む夕陽を真ん中に、ステレオで叫ぶ様は、心を打たれ、物悲しい。
涙を洗い流しているのだろうか。
両手で、ざぶざぶ顔を洗った後、女性は砂浜を上がって来た。
私の存在に気づくと、ばつ悪そうな、気恥ずかしい顔をした。
「塩水のまま民宿へ帰るとまずいので、そこのシャワー浴びたほうがいいぞ」と言うと、真っ直ぐシャワーの方へ行った。
シャワーの場所を聞き返さないところをみると、この島は初めてではなさそうだ。
もう一人の子も私の声が聞こえたのか、前の子の後を追ってシャワーへ行った。
自分達の、見せては恥ずかしいシーンを見られてしまった、しかし相手は、どう見ても島の人らしい。
シャワーの間に安堵感があったのか、二人はシャワー後、真っ直ぐ帰るかと思うと、私の前の腰掛け代わりの流木に腰をおろし、一緒に夕陽を眺めた。
島の民宿では夕食後、泡盛がただで振る舞われる。 中庭の大きなテーブルで、星空を眺めながら、お互い自己紹介をし観光客は談笑。 ふらりとその輪の中へ入っていくと、島の人だという事で話を聞きたく、周りに集まってくる。 北海道から来たという、60歳過ぎのおばちゃんが、早速、隣へ割り込...