2026年7月18日土曜日

147 「良かれと思った『肩たたき』が命取りに―島移住の落とし穴」

 定年後に島へ移住した吉田氏(仮名)が深刻な顔で相談に来た。

移住した時に世話をしてくれた人が、いつの間にか疎遠になり、その次に親しくしていた人も付き合ってくれなくなった。

とうとう3番目に親しくしていた人に、酒を飲んでいる時、怒鳴りつけられたという。

本土では、男同士が親しくなると、肌を触れ合ったり、肩をたたいたりするのは、ごく当たり前だ。

しかし島の人たちは、男が男に触れること、ベタベタしたり肩をたたいたりすることは、一番嫌悪感を抱くのだ。

「男が男にべたべたするな!気持ち悪い!」という、男気が異常に強いのだ。

吉田氏は島の気質を知らずに、親しくすればするほど、こまめにベタベタ、肩をたたいたりしたようだ。

島の人にとって肩をたたかれようものなら、とんでもないことで、往復ビンタを喰わされたような、嫌悪感を覚えるのだ。

吉田氏もそれに気付き、なんとか関係を修復したいとのことだが、一度壊れてしまった男同士の関係は、そう簡単に修復できない。

その悩みの相談であった。

たぶん、男気が強い島の人たちとの関係修復は、かなりの時間を要するだろう。

深く反省し、時間をかけて解決しようと諭した。

島暮らしや田舎暮らし、ペットの問題や、周りとの付き合い方、その土地の習慣などは、注意が必要だ。

よく見ると若い人たちは意外とベタベタしているが、中年以上の人たちはベタベタすることを異常に嫌うのだ。

注意しよう。


146 至福の時間

 人生、いくつになっても苦楽は付き物だ。

おじさんも東京に二人の孫がいるが、二人とも、小児喘息持ちだ。

娘からのメールで、今病院で点滴をして来たとの事。

孫のゼーゼー苦しむ顔、普通の人並みの子になって欲しい、と夕日に願をかけていたところだ。

若い時の辛さや苦しさは、いくらでも取り返すことができる。

年を取ると時間と体力に焦りを感じ、本当に心が痛む。

胆汁を搾り切られる思いがする。

確かに今は辛いかも知れない。

しかし取り戻せるのだから。

その辛さを肥やしとして、強い女性に変身したほうが良い、と言うと二人は目を合わせてうなずいた。

最初の娘は、横浜出身で、続いた子が名古屋出身だという。

二人とも年齢は20代後半、ぎりぎり30歳前かなという感じだ。

話をしていて感じた事は、二人とも、私に限って、という自信があった。

そして、まだまだ遊びたいという気持ちが働いたようだ。

もし男が、それを察知したら、遊び心は、女より、はるかに上だから、遊び相手を探して次へと、展開していくのは当然だ。

他所事(ひとごと)ではない。自分の人生なんだから、何でもっと真剣に、積極的に、先へ進めなかったのだろうか。

若い時に少しでも遊びたい、という気持ちは理解出来るが、結果として、それは後々ツケが回ってくることになる。

私の知人にも晩婚で、30代後半で子供が出来た人を何人も知っている。

定年時、子供がまだ大学生、定年で時間が出来、楽しい老後をと思いきや、それどころではない。

やむなく働きに出るが給与はがっくり、今まで自分が顎で使っていた、子供みたいな若造に今度はしごかれ、心身共に疲れ果てる。

帰りに、飲み屋で気を紛らせる、ストレスで体調まで崩してしまう。

そのような人を何人も見てきた。

結果的に、結婚が若ければ若い程、早ければ早いほど、定年後は時間がたっぷりある。

そこで夫婦旅行したり、場合によっては共通の趣味を育てたりと、本当の至福の時間ができる。

若い時に苦労すれば、年を取ってから楽出来る。

若い時に、楽をして遊んでいると、今度は老後に、苦労が待ち構えている。

だけど、まだまだ大丈夫だ。めそめそしないで、新しい恋人を本気で、積極的に探したほうがいい。

南の小さな島は誰も、周りにいない。心を打ち明けたとしても、他人に聞かれるはずがない。

二人とも心の内をさらけ出し、明るくなった。

しかし本当に、胸がつぶれる思いで心配をし、夜も寝ないで、心を痛めているのは、親御さんだろう。

分からないはず、と思っても感じるのが親だ。

今ごろ自殺でもしているのではないかと、心配で心配で寝られない日だろう。

元気な声を親に聞かせてあげるんだぞ、と言うと、二人とも、にっこりうなずいた。

ところで昨夜、民宿で遅くまで酒を飲んでいたが、年齢30歳前後と思われる、好青年が連泊。

恋人募集中だと言ってたから、今日にでも可能性はあるぞ。

帰って夕食がすんだら、民宿の庭で今夜も大勢で酒を飲むだろうから、さっそくアタックしてみろ。

二人はもう元気そのもの。

がんばるぞ! がんばるぞ! と、シュプレヒコールだ。

いつの間にか夕日は、若い二人の失恋という2文字、漆黒の海の底へいざなっていった。

夕日よ、今夜もありがとう。


145 馬鹿野郎!

 いつものように、海辺の休憩所の横で、一服しながら真っ赤な夕陽を眺めていた。

潮時は満潮で、砂浜にも珍しく観光客の姿はなかった。

すると二十代後半と思われる女性が、自転車で来るなり、私の存在も気づかずそのまま砂浜へ降りて行った。

波打ち際で止まるかと思ったのだが、その子はそのまま海の中へ、ズブズブとまっしぐらに歩き出した。

途中で止まるかと思うと、その子はさらに深い所へ、止まることを知らない。

ありゃありゃ、入水自殺か?  

私の前を通り過ぎる時の思いつめたような横顔からして、ただごとではないな。

取り急ぎ、島の消防団を呼ぶ必要があるな、と腰を浮かせ携帯電話を取り出すと、その子は胸元まである深さへ行くと、ピタリと止まった。

そして両手を口もとへ持っていき、腹の底から、あらん限りの声で、夕陽へ向かって叫び出したのである。

OOの馬鹿野郎!

OOなんか死んじまえ! 

OO! あんたなんか動物以下だ!

失恋した男の名前だろうか、悔しさを夕陽にぶつけている。

そうしていると気づかなかったが、砂浜の岩陰にでも居たのだろうか、今度は左側からもう一人、女の子がズブズブと海へ入って行き、同じ態勢で叫び出したのである。

XXの馬鹿野郎!

XX! 今に見ていろ!

若い女性が、真っ赤に沈む夕陽を真ん中に、ステレオで叫ぶ様は、心を打たれ、物悲しい。

涙を洗い流しているのだろうか。

両手で、ざぶざぶ顔を洗った後、女性は砂浜を上がって来た。

私の存在に気づくと、ばつ悪そうな、気恥ずかしい顔をした。

「塩水のまま民宿へ帰るとまずいので、そこのシャワー浴びたほうがいいぞ」と言うと、真っ直ぐシャワーの方へ行った。

シャワーの場所を聞き返さないところをみると、この島は初めてではなさそうだ。

もう一人の子も私の声が聞こえたのか、前の子の後を追ってシャワーへ行った。

自分達の、見せては恥ずかしいシーンを見られてしまった、しかし相手は、どう見ても島の人らしい。

シャワーの間に安堵感があったのか、二人はシャワー後、真っ直ぐ帰るかと思うと、私の前の腰掛け代わりの流木に腰をおろし、一緒に夕陽を眺めた。


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島の夕日。

2026年7月17日金曜日

143 ミステリー島

 古老の話によると、昔、東南アジアや中国と直接交易し、アンナ村跡はベトナムのアンナンからの移住者村で、方言はベトナムとリンクしている、とのことだが、真偽は定かでない。

島に人口が溢れ、繁栄していたということは、マルコ・ポーロの東方見聞録、ジパングはこの島のことかな。

ロマン溢れる、ミステリー島だ!

前回紹介した住民登録台帳、これと同じような形をした、そろばんとは違う、この島独特の計算機が、あったという。

島の人はそれを、縄算と呼んでいたそうだ。

古老に聞いても、現物があったことは知っているが、なかなか原理まで覚えている人はいない。

旧暦9月、暦上は10月であるが、それぞれの御嶽に集まり、願い事をする。

50年ぶりではあったが顔を出すと、年寄りたちがびっくりしていた。

その時、出された食べ物であるが、横長のクッキーの形をした物に見覚えがある。

このクッキー、謎多き島に伝わる、不思議な食べ物、頭がよくなるクッキーだった。

縦横4、5センチほど、横に二本縦に六本ほどのパルスがある食べ物だ。

縄算の計算機をかたどっているという。 

500年前、縄パルスコンピュータが使われていたのかな。

太平洋に浮かぶ諏訪湖ほど、直径三キロの島に紙や文字はなくわからない。

クッキーを食べ、より頭が良くなり健康であって欲しい。

必ず旧暦9月の神事には、各家庭で妙なクッキーを作るという。

その日も、いっぱい食べれば頭が良くなるさー、いっぱいいっぱい食べれば、と。

これがまた、都会では味わえない珍味中の珍味で、桁違いに頭が良くなったように感じるから不思議だ。

子供の頃、母親に手伝わされ、作った記憶が蘇ってきた。

それにしても、縄算なる計算機と原理、解明したいものである。

この頭の良くなるクッキー、メーカーが見ると製品化、飛ぶように売れること間違いなし。

バレンタイン商品をはるかに凌ぐ商品開発になるだろう。

受験シーズン、入学祝など殺到すること、間違いなし。

菓子業界、頭がよくなるクッキー新開発したら売れるよ。


142 大量出土

この島で、妙な貝が、大量に出土した。

巻貝ではあるが大きさがサザエの数倍あり、ホラガイとはまた違う、形そのものはサザエの化け物のようだ。

ところがその貝には、どうしても人工的としか思えない穴が一つ写真の如くあいている。

この貝は光男が子供の頃、70年前には一度も見たことがない。

古老に聞くと、自分もその貝を見たことも食したこともないという。

しかし大量に出土したということは、100年いや200年前、この貝はこの島の周りに大量にいたと思われる。

シャコガイと同じぐらいの出土量があるから、かなり生息していたと思われる。

シャコガイは70年前、足の踏み場もないくらいリーフの上にはいたが、この貝だけは誰も見たことがない。

疑問は、人工的に開けられたと思われる穴だ。

穴のことを古老に聞くと、話には聞いたことがある。

貝に穴をあけ、石に結わえつけ、海中に放牧していたという。

目の前は太平洋、魚介類はいくらでも採れるのに恐るべし、いにしえのこの島人は蓄養方式を採用していたのだ。

小さな貝はなくほとんど大きさが統一されている。

昔は電気や冷蔵庫もなかったので、祝い事や大事なお客をもてなすとき、蓄養していた貝を取り、目の前で新鮮な料理でもてなしたという。

なるほどと感心した。

いにしえの島の人たちは、海で貝を蓄養し必要な時に必要な量、新鮮な料理をし心豊かに味わっていたのだな。

私も閃いた。

今度はシャコガイにドリルで穴をあけ、テグスで石に結わえ、必要な時だけ新鮮なシャコガイを食べよう。

南の島の夕陽を眺め、新鮮なシャコガイ、貝柱、泡盛を片手に至福の時間だ。

調べたらこの貝は学名、ヤコウガイで、太古の昔中国王朝の漆器などに使われ、とんでもない高価で取引されていたという。


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ヤコウガイ。


155 北海道のおばちゃん

  島の民宿では夕食後、泡盛がただで振る舞われる。 中庭の大きなテーブルで、星空を眺めながら、お互い自己紹介をし観光客は談笑。 ふらりとその輪の中へ入っていくと、島の人だという事で話を聞きたく、周りに集まってくる。 北海道から来たという、60歳過ぎのおばちゃんが、早速、隣へ割り込...