2026年9月27日日曜日

178 珍味。

 

島に昼間は軽食、夜は飲み屋になる小さな店がある。

ヘルパーとして23歳の娘と27歳の真美ちゃんが、昼夜交代で働いている。

真美ちゃんは、光男の娘と同じ名前なので、いつも呼び捨てにし、かわいがっている。

真美ちゃんも、光男のことを父親の如く親しくしてくれている。

夕方7時頃、店に行くと島の牧場をやっている青年達が、5人ほど集まっていた。

隅っこの二人掛けのテーブルに座ると、青年達が手招きをするので同席すると、何とテーブルには寿司と焼き鳥、串焼きが所狭しと豪勢に並べられている。

この島にはない料理で、石垣島より取り寄せたばかりだという。

何か祝い事でもあるのかと聞くと、真美ちゃんの27歳の誕生祝いだとのこと。

しばらくして、真美ちゃんを席に座らせると、電気が切られ真っ暗闇。

入り口から、若者がタンタータタン、タンタータタンと、できたてのケーキだといって入ってきた。

ろうそくが灯され、バースデーソングが流れ、真美ちゃんがろうそくの火を消すと明かりが点けられ、拍手喝采。

そしてケーキカットの合図に、大きなスプーンが真美ちゃんに渡された。

何と気が付かなかったが、目の前にあるのは、ケーキではなく、実は豆腐だったのである。

島にケーキがないので、できたての豆腐がケーキに早変わり。

よく見ると、豆腐の横には、波形のポテトチップスが刺さって、デコレーションされている。

立派なケーキに見えるのである。

そして真美ちゃんは、ポテトチップスにスプーンで豆腐を乗せ、まず口へ運び、ありがとうと、みんなにお礼をし、そして次から次へと、ポテトチップスに、豆腐を乗せ、みんなに配った。

初めてではあったが、びっくりするような珍味、新味だ。

醤油は使わず、ポテトチップスの塩気と、その上に乗った豆腐をほおばる。

これほどの珍味があるのかと思われる、見事なケーキ。

島の若者達のアイデア、感性には驚かされた。

真美ちゃんがこの島へ流れ着いたのは一年前であった。

スタイル、プロポーションは抜群で、目鼻立ちもはっきりしており、ファッションモデルとしても通用する、均整のとれた容姿である。

しかし来た当時、どうみても暗いイメージで、いわくありげというか、幽霊が背中にこびりついているのではないか、今にも岩から飛び降り自殺をしそうな暗さを持っていた。

一年後、あの暗かった彼女からは想像もできない、これほど変身できるかと思われるくらいの明るさが戻ってきた。

誕生パーティーでも、同年代の島の独身男性が言い寄って来ても「私はあんたとなんか絶対結婚しないから、あっちへ行け」と脳天からの高笑い。

明るく、軽く、相手に不快感を与えずにあしらう。

誰もがびっくりするような変身ぶりである。


177 天空橋

 

まったく使われていないが、滑走路を思わせる正体不明の威容を誇る、とてつもなく長い桟橋がこの黒島には残っている。

周囲12.6km、海抜15m、平べったい島の規模からすると、重機もない時代、すべて人力で造られたことを思うと、当時の人々の情熱には驚かされる。

超大型台風となると、風はもちろん半端でない波が打ち寄せるが、それにも耐え抜いている。

当時の島民のエネルギーは、エジプトのピラミッドにも引けを取らないだろう。

夜、この橋の先端に立てば、天の川が降り注ぐ。日本の南端に浮かぶハートの島で、織姫と彦星に思いを馳せる時間は、至高のひとときだ。

また、ここは稀有な『無音』を体験できる場所でもある。明け方の干潮時、風も虫の音も止む瞬間、完璧な静寂が訪れる。その静寂を求めて、人知れずギターを抱えて訪れるアーティストがいることも、島の人はまだ知らない。


176 画像

 


天空橋


2026年9月26日土曜日

175 豊年祭


黒島には、かなり古くから伝わる、豊年祭のハーリー競漕がある。

ハーリー競漕は、中国や沖縄本島、石垣島や周りの島々でも行われているが、この黒島の場合、かなり違った行事である。

船を漕ぐ競漕だけでなく、ウーニーと呼ばれる走り手、その走りが重要な役割を果たす。

写真はウーニーの姿で、褌(ふんどし)をきつく締め上げ、臀部を露出させた勇壮な姿。

もちろん上半身もご覧の通り軽装で、このウーニーに選ばれることは、走りが速く、非常に名誉なことで、最高の人気者だ。

ウーニーは「強い脛」の意味で、健脚ということ。

ウーニーは、村長から杯を頂き、腰くらいまでの所に待っている船に、砂浜、浅瀬を走り飛び乗る。

そして船を漕ぎ、沖合にある旗をとってUターンする。

帰りは船にスピードが付いているため、深さ胸元くらいの所でウーニーは飛び降りる。

両手で水をかきながら、浅瀬、砂浜、そして村長の所へ来てタッチする。

速い方が勝ちだというわけだ。

そういう意味では、ただ陸上で走りが速いだけではない。

水中をうまく走るテクニック、方法が重要である。

また舳先に、ピーゾーと呼ばれる、棒高跳びの竿に匹敵する、竹の竿を突いて、漕ぎ手とトゥージィと呼ばれる、舵取りと連携する。

船の到着時ウーニーが、船から飛び降りる合図を舵取りが出す。

舳先のピーゾーは竹竿を杖にし、舵取りと強引に船を方向転換しないと、ウーニーは、船の下敷きになる。

そのタイミングが、危険極まりない状態だが、そのために漕ぎ手に指示を出し、ピーゾーに指示を出す。

飛び降りる瞬間をウーニーへ指示するのが、トゥージィと呼ばれる舵取りの重要な役目だ。

また、Uターンをする時、旗を船に取り込まなければ失格である。

かなりスピードが出ている船で、旗を取れる状態で、Uターンさせる。

50センチでも離れれば、旗が取り込めない。そこがトゥージィの一番重要な役目だ。

前回、トゥージィとトウジ(妻)の話をしたが、船を操る舵取りと、家庭を切り盛りする妻を重ね合わせている表現、その辺に繋がりがあるようだ。

このウーニーハーリーの方式は、中国や日本国内の他地域には見られない、黒島独自の形式で、なんでこの島にしかないのだろうか。

この島は、かなり古くから他には影響されない、独自の文化があったのではないかと推測する原点である。

昔から南の島に伝わる、このウーニー、トライアスロンの原点ではないだろうか。 

174 画

 


ウーニーを船の下敷きにさせないため、トウジーの怒号が飛ぶ。

(写真は大野隆志氏提供)


173 画

 


水中を走るには、熟練した技術が必要。


172 画

 


超人気者、ウーニー。


190 作法

 日本の南端、この黒島ではその昔、夜這いは日常の出来事で、公然と行われていた。 もちろん夜這いが成立するには、お互いがある程度、好意を持ち、受け入れられていたのである。 昭二は二十歳。隣村に住む十八歳の明子に、ほのかな想いを寄せていた。 夕陽が真っ赤に沈みかけた頃、隣村との間にあ...